憎しみの檻

エリーヌ編

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 【4】

 レリアの傷が治り、侍女に復帰した頃、フェルナン様と落ち着いて話す機会を設けた。
 告白しようと決めたけど、正直言ってそれどころではなかったから、まだ何も伝えていない。
 わたしの気持ちをわかってくださっていたのか、フェルナン様も急かすようなことはなさらなかった。
 覚悟を決めて、家人が寝静まった夜更けに彼の部屋を訪ねた。

「フェルナン様、ずっとお伝えしたかったことがあります」

 緊張して切り出すと、彼はわたしの唇に人さし指を当てて話を遮った。

「それは私から言わせてくれるかな? きっと我々の気持ちは同じだと思うから」

 頷いて、彼の胸に頬を寄せた。
 フェルナン様の指が、しどけなく解いたわたしの髪を梳く。

「我々が出会ってから八年、いやもうじき九年になるかな。私は最初から君を女性として見ていたわけではない」
「存じておりました。いいえ、興味を持っていらしたら、それこそ問題ですもの」

 彼の言いたいことを理解して、わたしは微笑んだ。
 フェルナン様の表情も安堵で緩んだ。

「君と夫婦になり、傍で成長を見守ってきて、気持ちは徐々に変わってきた。庇護すべき子供から、掛け替えのない家族、それから私が慈しみたいたった一人の女性として、君の存在は大切なものへと変化した。エリーヌ、今ここで改めて告げよう。私は君を愛している、妻として、これからも傍にいて欲しい」

 わたし達の気持ちは同じだった。
 歓喜して彼に抱きついた。

「わたしもです、フェルナン様。わたしは母と故国を守るためにあなたの優しさを利用した。それでも、何も感じなかったわけではありません。わたしを気遣ってくださるあなたがかけてくださる言葉や笑顔がこの地でどれほど救いになったことでしょう。わたしはずっとあなたを心からお慕いしてきました。この想いを伝えるために、わたしが差し上げられるものはこの身一つしかございません。後悔はしません、今宵わたしをあなたの本当の妻にしてください」

 興奮で声が上手く出なかったものの、最後まで言い切り、フェルナン様の顔を見上げた。
 彼もまた感極まった様子でわたしをじっと見つめていた。
 体にまわされた腕が強く締まっていく。

「ああ、エリーヌ! 君が欲しい、もう我慢なんてできない!」

 体が軽々と持ち上げられ、柔らかい寝具の上に下ろされた。
 状況を把握する間もなく、フェルナン様が圧し掛かってきて、胸元に手を入れてまさぐりながら、肩の辺りに顔を埋めてきた。
 口づけの音が幾つも聞こえ、吸い付くようなキスが肌を濡らしていく。
 フェルナン様は獣みたいな唸り声を上げて、もどかしげに脱がそうとしていたわたしの夜着を下着ごと引きちぎった。
 胸の膨らみに下腹部の茂みまで、わたしの全てが彼の前に晒された。
 フェルナン様も服を脱ぎ捨て、期待通りの美しく逞しい体を見せてくれた。
 恥じらいも理性も吹き飛んで、欲望が心を満たしていく。

「素敵、フェルナン様……。早く、来て……」

 少しだけ残った羞恥心から、求める声が小さくなった。
 それでも彼には届いたようで、笑みを浮かべてわたしを抱きしめた。

「こんなに大きくなって……。君はもう大人だ、私を十分受け入れられる。この日をどれだけ待ちわびたことか」

 胸を優しく揉み解されて、尖ってきた乳首を舐められた。
 そこは特に敏感に彼の愛撫を感じ取り、わたしの体を高めていく。
 長い間求めていた温もりを与えられ、身も心も満足して喜びの声を上げた。

「んっ……、ああっ!」

 フェルナン様の唇が肌を這い、下へと向かう。
 足を広げられて、その間に顔を埋められた瞬間、体の芯から痺れが走った。
 きゅうっと何かが湧き起こってきて、腰が震える。
 だけど、フェルナン様は離してくれなくて、さらに割れ目を舐めてきた。

「はぁ……、ああんっ!」

 快感が押し寄せてきて、意識が飛びそうになった。
 それと同時に舐められていた場所から蜜が溢れてきた。
 恥ずかしさから隠そうと手を伸ばしたけど、あっさり阻まれてしまった。

「私に全てを捧げてくれるのだろう、これ以上焦らさないでくれ」

 熱の篭った囁きが耳に吹き込まれ、再び興奮が甦る。
 荒々しく唇が重ねられ、貪欲なほど舌が口内を探りだした。
 今までしてきた挨拶の口づけは子供の遊びのような触れ合いだった。
 見守る立場ではなく対等の立場で、フェルナン様はわたしを求めていた。
 それがたまらなく嬉しい。

「フェルナン様、フェルナン様ぁ」

 寄り添う体に抱きつき、彼の名を繰り返し呼んだ。
 熱い昂りがわたしを貫いた瞬間も、怖さよりも喜びが勝り、痛みさえ快感に変わっていく。

「エリーヌ、君は素晴らしい。愛しい私の妻だ」

 答えようにも声が出ない。
 乱れた息と喘ぎだけがこぼれる。
 フェルナン様は欲望に燃えた瞳でわたしを見下ろし、返事は求めていないとでも言うように、唇を重ねて声を封じた。

 愛しさと快楽に溺れて息が出来ない。
 嵐のような情事に意識を失いそうになりながら、わたしは彼を終わりまで受け止めた。




 目を覚ました時、部屋はうっすらと明るくなっていた。
 朝になっているようだ。

 ふっと気づいて、目を開けた。
 レリアが起こしに来る頃だ。
 彼女はわたしが部屋にいないと知って驚くだろう。
 泣きながら屋敷中を駆け回る姿が容易に想像できて青くなった。

「エリーヌ?」

 飛び起きたわたしは、隣で寝ている人の存在を思い出した。
 フェルナン様も裸のままで、不思議そうにわたしを見上げていた。

「ど、どうしましょう。朝には戻るつもりだったから、レリアには何も言っていないんです。今頃はわたしを起こしに来て驚いているはず……」

 落ち着きなく早口で説明していると、廊下からレリアの大きな声が聞こえた。

「エリーヌ様がお部屋にいらっしゃらないの! どうしよう、アシル! フェルナン様にもお伝えしなくちゃ!」

 予想通り、レリアの声は涙交じりのものだ。
 罪悪感が胸を刺し、寝台から降りようとして身を覆うものがないことに気がつく。
 ゆ、昨夜着ていたものは……?
 床に散らばる衣服を探したものの、夜着も下着も力任せに引き裂かれていて、とても着られる状態ではなかった。
 フェルナン様の激しさを思い起こして赤面しつつ、ますます慌ててしまう。
 それにこの有様。
 乱れたシーツや裸の自分が急に恥ずかしくなった。
 おまけに真っ白なシーツには、わたしが純潔であった証が刻みつけられている。
 以前のレリアならともかく、今の彼女にこれを見せるわけにはいかない。

「エリーヌ、大丈夫だよ。ベッドに戻って」

 わたしが動揺しているというのに、フェルナン様は余裕の表情だった。
 くすくす笑って、わたしをベッドに連れ戻し、上掛けの中に入れた。

「さっきから言ってるだろうが、姫はフェルナン様のところにいるはずだって! 泣くなってば、オレを信じろ!」
「だって、エリーヌ様がいないのよ! 何かあったらどうするの!」

 二人の声が近づいてくる。
 部屋の前で気配が止まり、ドアがノックされた。
 なおも不安を口にするレリアの声を抑えて、アシルがフェルナン様を呼んだ。

「フェルナン様、起きておられますか? そちらに姫がおられるか確認したいんですが」
「ああ、いるよ。朝まで一緒にいることになるとは思わなかったから、レリアには心配かけたね」

 フェルナン様がアシルの問いに答えたのを聞いて、扉の向こうでレリアが安堵する声が聞こえた。
 ごめんなさいね、レリア。
 わたしはいつまで経っても、あなたに心配ばかりさせて、成長しないわね。

「レリア、わたしの支度はいいからアシルと一緒にいて。後で今朝のことは謝るわ」

 扉の向こうにいる彼女に声をかけると、思いのほか元気な声が返ってきた。

「エリーヌ様がご無事ならいいんです。朝食の用意をして待っていますから、いつでもお呼びください! アシル、行こう」
「え? ああ、おい、待て! もう泣き止んでるのかよ、切り替え早いな」

 レリアを追いかけていくアシルの足音が小さくなる。
 肩の力を抜いて寝具の中で丸くなった。
 フェルナン様の手が、労わるようにわたしの頭を撫でた。

「今のレリアには刺激が強すぎるからね、今日の支度は他の侍女に頼もう」
「ええ。ですが、もうしばらく寝かせてもらえます?」

 疲れ果てるまで愛された体は、まだ重くてだるい。
 フェルナン様は頷いて、そっとわたしを抱き寄せた。

「正式に公表されるのは、まだ少し先のことだが、君には話しておくよ」

 何の話?
 わたしを抱く腕の温かみに酔いしれながら耳を傾けた。

「近いうちに父上は退位される。新王の即位式を見届ければ、私は王都を去ることになる。兄上達からは公爵位に見合うだけの領地を与えると言われた。国内に限らず、今まで支配下に置いた領土も含めて好きに選べと」

 わたしの胸は期待で膨らんだ。
 フェルナン様が選ばれたのはもしかして……。

「私は旧ネレシアの領土を希望した。もちろん全てと言うわけにはいかないが、王都であった街を中心とした広大な土地だ。あの土地は新たにアーテスのネレシア公爵領と呼ばれることになる。君達にしてみれば我々の支配を受けることに変わりはないだろうが、私はそれだけで終わらせたくないんだ」
「ネレシアの名を残してくださるのですか? あなたの家名として我が一族の名を名乗ってくださると?」

 戦に負けた時から、ネレシアの名はこの世から消えたのだと諦めていた。
 確かにネレシア王家はわたしの代で消え、我が子はアーテスの王族として生きていく。
 それでもあの土地に名が残るのだ。
 祖先が生きた証でもある名を、どんな形であれ伝え残すことができる。

「ネレシアの名は消すべきものではない。君の一族の歴史は、あの土地の民の歴史でもある。私は壊すために行くのではない、新たな歴史を君と始めたいんだ」
「はい、わたしもお手伝いします。わたし達の民となる人々が、後の世まで誇れる領地にいたしましょう」

 失ったものは取り戻せなくても、新たに生み出すことはできる。
 記憶を失う前のレリアのように、アーテスの人々を許せない者がネレシアにもまだ多くいることを知っているけど、黙っているだけでは何も変わらない。
 復興と共存を願って、フェルナン様がわたしを故国に連れて帰ってくれると言うのなら、わたしは彼の一番の理解者となり、協力者となろう。
 ネレシアの最後の王女として、わたしが果たす役割はこれから始まるのだ。
 過去と未来への架け橋になり、祖先が守ってきた民を新たな時代に導いていく。
 この人となら、何十年かかろうともきっとできる。

 未来への希望に胸を高鳴らせるわたしの耳にフェルナン様が口を寄せてきた。

「ネレシアへ行けば、これまで以上に忙しくなる。今のうちに存分に愛を交わし合っておきたいと思わないかい?」

 彼の右手が腰を撫でて、下へとおりていく。
 ヒップを揉むように触られて、明確な欲望が伝わってくる。

「フェルナン様、こんな……。もう明るいのに……」

 恥ずかしさで目を瞑り、首を振る。
 懇願しても行為は止まず、お尻や胸を触られながら昨夜つけられた情交の痕の上に、さらなる口づけが降ってきた。

「明るいからいいんだよ、君がはっきり見える。恥ずかしがる顔も可愛いよ。君はいつでも愛らしい、私のために生まれてきたような姫だ」

 囁かれる言葉は、私への愛情で満ちている。
 女性としても求められていると知った今だから、可愛いという褒め言葉も素直に聞くことができた。

 甘い言葉で絆されてしまい、わたしも彼の首に腕をまわした。
 唇が重なったのが合図。
 昨夜と同じ、いいえ、もっと濃厚な愛撫がわたしの意識を絡め取った。
 フェルナン様の愛と欲望は、底が見えないほど深く大きい。
 包み込まれ、再び吹き荒れた情欲の嵐に翻弄されながら、わたしはようやく得た幸せを噛みしめた。


 END

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