憎しみの檻

フェルナン編

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 【4】

 レリアが選んだ幕引きの方法は、アシルを殺すことではなく、自らの命を終わらせることだった。
 彼女のこの行動が、皮肉にも彼らのすれ違いの証明となった。

 レリアはアシルを愛していた。
 だが、その愛を認めることが彼女にはできなかったのだ。
 理由は幾つもあるだろう。
 アシルは兄の仇であり、彼女にわざと憎まれるべく酷い仕打ちを繰り返したのだから。
 そして何よりも、アシルが彼女への愛を打ち明けなかったことが、レリアを死の世界へと向かわせた。
 もしも、一言でも伝えていたならば、違う未来があったかもしれない。
 今さら何を言っても取り返しはつかないが、後悔の念が押し寄せるたびに考えずにはいられなかった。

 すぐにアシルが処置をしたおかげで、レリアの命は助かった。
 目覚めた彼女は多くの記憶を失っていたけれど、最悪の結末だけは避けることができた。

 私もエリーヌも、レリアの力になれなかったことを悔やんだ。
 だが、最も大きな後悔をしているのはアシルだ。
 彼は目覚めたレリアに寄り添い、見知らぬ場所や人に怯える彼女を励まして、支えになろうと屋敷に通い詰めた。
 アシルの献身をレリアは受け入れ、頼りにするようになった。

 誰にでも向けられるようになったレリアの笑顔は、無邪気な子供のものだった。
 以前の彼女からは想像もつかない天真爛漫な振る舞いは周囲の者を驚かせ、戸惑いを覚えさせた。
 私も同じく戸惑っている。
 レリアは私にも微笑みかけて、好意的な目を向けてくるのだ。

「フェルナン様、おはようございます」

 朝食の席で、アシルに付き添われて現れた彼女に挨拶をされた。
 現在のレリアから見て、私はエリーヌの夫であり、アシルが仕える王子という認識だ。
 故国の仇であるとか、主を手篭めにするかもしれない危険人物ではない。
 敵意と警戒心を剥き出しにして睨まれていたのと同じ目で、信頼や尊敬の眼差しを向けられると落ち着かなくなる。

「おはよう、体の具合はどうだい?」
「はい、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 レリアは礼儀正しくお辞儀をして、アシルと一緒に席についた。
 エリーヌを含めた四人で和やかに食卓を囲む。
 まさか、こんな日が来るとは、人生とは何が起こるかわからないものだ。

 アシルは関係のあった全ての女性と手を切ったそうだ。
 彼の浮気はレリアに向ける大き過ぎる欲望を発散させるためのものだったが、これからは誠実であることを示すために一番に起こした行動だ。
 もちろん心が子供時代に戻ったレリアに手を出せるはずもないから、禁欲生活をしているに違いない。有り余る性欲を誇示していた男には辛い試練だが、それに耐えることで彼のレリアに寄せる想いの深さが推し量れる。
 隠していてもいずれ過去の素行がレリアの耳に入るかもしれないが、それまでに信頼を築くことができれば関係が壊れることはないだろう。

 私とテーブルを挟んで対面に座る二人は、仲睦まじい様子で笑い合っている。

「レリア、ちゃんと残さず食えよ。傷が治って医者の許可が出たら、街に連れてってやるからな」
「うん、出かけるの楽しみ。約束したからね」

 レリアはアシルを映した瞳を輝かせている。
 アシルがレリアを見つめる眼差しも、穏やかで優しい。
 レリアが記憶を失ったことは悲しむべきことだが、悪いことばかりではなかった。




 失われたレリアの記憶。
 しかし、その記憶は完全に消えたわけではない。
 数日後、数年後、数十年後に、前触れもなく戻ってしまう可能性もあるのだ。
 そうなった時、再びレリアが死を選ぶことがないとは言い切れない。
 アシルはその不安と常に戦いながら贖罪の日々を送る覚悟だった。

「レリアが望むこと、幸せになれるというならどんなことでもします。記憶が戻ったとしても、一人で死なせることはしない。どれだけみっともなかろうが、土下座でも何でもして止めますよ。レリアがオレを愛しているから死を選んだのだとしたら、まだ救いは残されている。どう償えばいいのか今でもわからないが、わかることはレリアに生きてもらいたい、笑っていて欲しいってことなんです」

 将来、レリアがアシル以外の者を愛しても、全て受け入れて近くで見守り続けると彼は言った。
 彼女が幸福に包まれて天寿を全うすることがアシルの贖罪であり、ようやく見出したレリアへの愛を示す方法なのだ。

「辛い人生になるかもしれないな」
「構いません。それに辛くはないかもしれない、オレの喜びはレリアの幸せなんですから」

 やるべきことがはっきりしたアシルは、憑き物が落ちたかのごとく快活に笑った。
 私は結局、傍観者でしかなかったが、彼らの未来が明るいものになることを神に祈った。




 こんな時にエリーヌを寝室に誘うのも不謹慎な気がして、レリアが落ち着くまではと機会を待っていた。
 私とエリーヌがようやく結ばれたのは、レリアが侍女に復帰して間もなくの頃だ。
 一応の心配事はひと段落したことだし、そろそろいいだろうと思っていた所に、エリーヌの方から私の部屋にやってきた。

 屋敷の明かりが落ちた深夜。
 エリーヌと二人っきりで向かい合った。
 彼女は緊張して落ち着きがなかったが、話す覚悟を決めたのか、顔を上げてしっかりと私を見つめた。

「フェルナン様、ずっとお伝えしたかったことがあります」

 ついに来たと嬉しくなった。
 だが、やはり告白は私からしたい。
 エリーヌの唇に人さし指を当てて、声を遮った。

「それは私から言わせてくれるかな? きっと我々の気持ちは同じだと思うから」

 頷いたエリーヌを腕の中に引き寄せた。
 胸に頬を寄せて擦り寄ってくる彼女の腰に腕をまわし、下ろされて流れる美しい金糸の髪を指で梳いた。

「我々が出会ってから八年、いやもうじき九年になるかな。私は最初から君を女性として見ていたわけではない」
「存じておりました。いいえ、興味を持っていらしたら、それこそ問題ですもの」

 微笑み合い、続きを話す。

「君と夫婦になり、傍で成長を見守ってきて、気持ちは徐々に変わってきた。庇護すべき子供から、掛け替えのない家族、それから私が慈しみたいたった一人の女性として、君の存在は大切なものへと変化した。エリーヌ、今ここで改めて告げよう。私は君を愛している、妻として、これからも傍にいて欲しい」

 エリーヌは歓喜の声を上げて抱きついてきた。

「わたしもです、フェルナン様。わたしは母と故国を守るためにあなたの優しさを利用した。それでも、何も感じなかったわけではありません。わたしを気遣ってくださるあなたがかけてくださる言葉や笑顔がこの地でどれほど救いになったことでしょう。わたしはずっとあなたを心からお慕いしてきました。この想いを伝えるために、わたしが差し上げられるものはこの身一つしかございません。後悔はしません、今宵わたしをあなたの本当の妻にしてください」

 彼女の告白を聞いた瞬間、心の中で行なわれていた天使と悪魔の戦いにも終止符が打たれた。
 天使達は剣と鎧を投げ捨てて輪になって踊りだした。
 手を繋ぐ彼らの中には、今まで激戦を繰り広げてきた悪魔もいる。みんな笑顔だ。
 おめでとう、おめでとう。
 彼らは声を揃えて祝福の言葉を投げ掛けた。
 もう我慢しなくていいのだ。
 私は誘惑に打ち勝ち、長い試練の時を耐えた。
 この日が来ることを、どれだけ夢見たことだろう。

 エリーヌが私を見上げてくる。
 何度となく見てきた誘うような瞳。
 全てが私のものになる。
 心も体も、エリーヌは未来永劫私のものだ。
 無意識に彼女を強く抱き寄せた。

「ああ、エリーヌ! 君が欲しい、もう我慢なんてできない!」

 彼女を抱き上げ、寝台に運ぶ。
 切羽詰って飢えてはいても大事なエリーヌを乱暴には扱わない。
 慎重に彼女を寝具の上に下ろし、覆い被さる。
 白い夜着を身につけたエリーヌは神聖で汚すのが惜しいほど美しかった。
 しかし、惜しいと思ったのは一瞬で、欲望が理性を凌駕した。
 胸元に手を差し入れて膨らみを探り、肌にキスを幾つも落とした。
 夢にまでみたエリーヌ肌は滑らかで、玉の肌という形容詞が似合うほど磨き上げられていた。
 くそ、服が脱がせられない。
 興奮で手がまともに動かず、夜着の釦が外せない。
 餌に食いつく狼の心境がわかった気がする。
 抑制の枷が外れた私は、獣と同化したかのごとき唸り声を上げて、彼女の体を覆う布を引き裂いた。
 若さ溢れる弾力を持つ二つの膨らみが目の前に現れ、勢いをつけて揺れる。
 一気に裾まで裂いた衣服の下から、眩しい肢体が露わになった。
 理想的な形でくびれた腰、その下には金の茂みで覆われた秘密の場所がある。足は閉じられ、恥ずかしそうに腿をすり寄せているが、じきに開いて隠す場所がないほどに嘗め尽くすつもりだ。
 自分の衣服も脱ぎ捨てて裸になる。
 恥じらいも躊躇いもかなぐり捨てて、私は本能に従って彼女を求めた。
 エリーヌも同じ気持ちだったらしく、急いた様子で声をかけてきた。

「素敵、フェルナン様……。早く、来て……」

 口にして恥ずかしくなったのか、エリーヌの声が小さくなる。
 そんな彼女も可愛くて笑みがこぼれた。
 抱きしめて、捧げられた体をまさぐった。

「こんなに大きくなって……。君はもう大人だ、私を十分受け入れられる。この日をどれだけ待ちわびたことか」

 両手を胸の膨らみに添えて指を埋める。
 瑞々しく若い肌は触れると心地良く、量感のある乳房を揺すると手の中で弾んだ。
 エリーヌが痛がることのないように優しく揉んでいると、先端が硬くなり、おいしそうに誘ってくる。
 まず舌で舐め、口に含んだ。
 口の中で乳首を転がして遊ぶ。
 感じているのか、エリーヌは甘い声を出してあえいだ。

「んっ……、ああっ!」

 たっぷりと胸を堪能して、愛撫の中心を下へと動かしていく。
 太腿を撫でてキスをする。
 内腿を舐めていくと、自然に膝が開き、その隙を狙って足を広げた。
 彼女の全てを見ることがついに叶った。
 新たな命を生み出す器官を神々しく感じながら拝み、恭しく口づけた。
 舌を這わせた途端、エリーヌの腰が震え、愛液が溢れ出した。
 エリーヌは愛撫から逃れようと身をよじったが、足をしっかりと捕らえて離さない。
 まだ準備が足りない。
 彼女の痛みを軽減するには、しっかり濡らしておかなくてはいけない。
 それにもっと乱れるエリーヌが見たい。

「はぁ……、ああんっ!」

 可愛い声で喘ぎながら、エリーヌは何度も達した。
 羞恥で頬を染めて、愛液で満たされた秘所を隠そうと手を伸ばしてくる。
 彼女の手を掴んで行動を阻み、囁きを耳に吹き込んだ。

「私に全てを捧げてくれるのだろう、これ以上焦らさないでくれ」

 唇を重ねて、彼女の上に覆い被さる。
 愛しい人の痴態を目にして硬くなった欲望の象徴を、エリーヌの腿に擦り付け、体を高めていく。
 エリーヌの腕が私を引き寄せ、名を激しく呼ばれた。
 私を求める彼女の声が幸福を与えてくれる。
 幸せな気持ちに包まれながら、エリーヌの中に身を沈めた。

「エリーヌ、君は素晴らしい。愛しい私の妻だ」

 返事はなかったが、不要だった。
 彼女の表情が、体の反応が、私を認め、欲しているからだ。
 数え切れないほどのキスを再び与え合い、夜明けを迎えるまで幾度も愛し合った。




 それから一年後、父上が王位を退いた。
 王位を継いだのは第一王子の兄上で、第二王子の兄上は宰相として新王に仕えることとなった。
 これにより、アーテス王宮の勢力図は大きく変わったが、兄達自身の仲は悪くないので、きっとうまくやっていくはずだ。
 私は以前から希望していた通り、旧ネレシアを中心とした土地を領地として賜わった。今後は領地を守る目的以外で、戦に出るつもりはない。
 近衛騎士団は新たな王子に引き継がれ、今後もアーテスの守りの要となる。

 私はエリーヌとレリア、それにアシルを連れてネレシアに旅立った。
 旅立つ前に書簡を送り、エリーヌの母を修道院から城に呼び戻すように指示を出しておいた。
 城にいてもらった方が監視が容易いと建前をつけておいたが、本音はエリーヌに母を返してあげたかったからだ。
 彼女達自身は王家の再興など願ってはいない。
 陰謀に利用されないように、私が守っていかなくては。

 かつて王宮の闇から逃げた私だが、年を重ねて多少は強くなった。
 これからは領主として、多くの闇に立ち向かわねばならないが、私には守るべき者が大勢いるのだから負ける気はしない。

 兄上が統治の基盤を整えてくれていたおかげで、領民達にも歓迎してもらえた。
 城に向かう道中、我々が乗る馬車は行く先々で人々の歓待を受けた。
 何より民に一番喜ばれたのはエリーヌの帰還だ。
 通りの両端に人々が並び、笑顔で自分達の王女へ迎えの言葉をかけた。
 ネレシアの民にとって、やはり王族は特別な存在であり、統治者の伴侶が彼女であったことは、大きな意味を持っていた。
 我々の間に子が生まれ、血が交じり合うことで、二つの国が一つになっていくきっかけとなるだろう。

  「フェルナン様、民の喜ぶ声が聞こえますか? この声が途切れることのないように、頑張らねばなりませんね」

 私の隣で微笑む后に顔を向けて、笑みを返した。
 彼女は私の力の源。
 そして、生きる喜び。

 君を幸せにするために、喜ぶ顔を見るために、私はこの地の領主となった。
 これからは君が生まれ育った土地を豊かにし、愛してきた民を守ろう。
 私の望みは君と静かに暮らすこと。
 誰と争うこともなく、心穏やかに君と二人で寄り添っている時間が、私が得た生涯一番の幸福なのだ。


 END

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