束縛
01.なんのための行為ですか
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わたし、桜沢春香(さくらざわ・はるか)は、ごく普通の、どちらかといえば地味でおとなしい平凡な人間だ。
特別問題も起こさず、かといって目立った活躍もしない。
その他大勢、背景のようなタイプだと自覚はしている。
髪は染めずに地毛のまま、切りっぱなしで済むセミロングで年中通し、化粧は下地と日焼け止めぐらい、服装だって周囲から浮かない程度の、ほどよい地味目を好んでいた。
隣の家には優等生がいる。
成績優秀、運動神経抜群、モデル並みに背が高く、顔も整っていて綺麗。
学業においての姿勢も、生活態度も優良で、教師の受けも良く、ご近所でも悪く言う人はいない。
そんな完璧な男、雪城冬樹(ゆきしろ・ふゆき)は、わたしより一学年上の高校二年生。
幼稚園の頃は「ふゆきくん」「はるちゃん」と呼び合う仲良しだった。
だけど、それは昔の話。
今では同じ学校に通っていても、外では滅多に話さない。
かといって、疎遠になったというわけでもない。
彼はほぼ毎日のように我が家にやってくる。
わたしの勉強をみるという名目で。
「いらっしゃい、冬樹くん。いつもごめんね」
お母さんの嬉しそうな声が階下から聞こえた。
わたしは立ち上がり、部屋のドアを開けた。
階段を下りていくと、玄関でお母さんと話しながら、冬樹くんが靴を脱いでいたところだった。
「春香。ジュースとお茶菓子用意しといたから、持ってあがりなさい」
わたしに気づいたお母さんが、台所のテーブルを指差した。
「うん、わかった」
「手伝おうか?」
優しい声で冬樹くんが言う。
「大丈夫、先に行ってて」
わたしに促されて、冬樹くんが階段をのぼっていく。
彼が階上に消えたのを確認してから、お母さんが肘でわたしをつついた。
「二人っきりじゃ、かえって勉強が手につかないんじゃない? お母さんは邪魔しないけど、冬樹くんに見とれてばっかりで、全然はかどってなかったりしてね」
お母さんは、いつもこうやってからかう。
わたし達が真面目に勉強していると思い込んでいるから、気楽に構えていられるんだろう。
「ちゃんとしてるよ。成績だって下がってないじゃない」
「わかってるわよ、しっかりね」
わたしはお盆を持って、階段を上った。
部屋では冬樹くんが待っている。
ちょっとだけ、体が震えた。
勉強時間は二時間。
その間は、誰も二階にはやってこない。
半分の一時間は、わたしと彼との秘め事の時間。
「う…んんっ……、ふうっ! んっ!」
ベッドの上で、くぐもった声を上げているのは、わたし。
枕に突っ伏して、膝をつき、お尻を高く上げる格好にさせられている。
声が洩れないように、口には柔らかい布で作られた猿轡をはめられていた。
理由はわたしがこの行為を嫌がっているからだ。
白地のブラウスは肌蹴られ、ブラジャーは後ろのホックを外されて、胸の上にたくし上げられている。
Eカップの胸の膨らみは、後ろから揉みほぐされて先端が硬く勃ってきていた。
赤と白のチェックのミニスカートはお腹までめくり上げられていて、スカートの用を成していなかった。
ブラとお揃いのショーツはとっくの昔に脱がされて、お尻も秘所も隠すことができない。
すっかり濡れて、蜜が湧き出ている秘所には、冬樹くんの硬くなった分身が埋め込まれていた。
ゴムはいつもつけてくれている。
それだけが救い。
彼に背後から貫かれて、枕に顔を伏せながら腰を振っていた。
与えてもらえる愛撫は、すごく気持ちいい。
冬樹くんはわたしの性感を全て知っている。
幼い頃から彼の手で開発されてきたんだから、体の相性は誰よりもいいと思う。
でも、行為の後は虚しくなる。
この行為には、愛情など少しも伴っていないからだ。
わたしの初体験の相手は、全て冬樹くんだった。
幼稚園の頃に、ファーストキスを済ませた。
一線を越えたのは、わたしが中二の時。
それまでは裸を触るだけのスキンシップだったのが、自然な流れで行為に及んでいた。
だけど、その頃は幸せだった。
まだ、愛されていると思っていたから。
冬樹くんが中学生になった時、外では話しかけてくれなくなった。
男女が別々でグループを作るようになる年頃だから、仕方ないかと思っていた。
実際、わたしも恥ずかしかったから、お互い様だった。
外で仲良くできない分は、家に帰ると、勉強会の名目で二人の時間を作った。
冬樹くんの成績がいつもトップクラスだったため、うちの両親はぜひ教わりなさいと、すぐに乗り気になってくれた。
二時間みっちり勉強するから邪魔しないでね、と言ったら、あっさり信用して、一度も様子を見にきたことがない。
優等生の冬樹くんが、娘に手を出しているなんて夢にも思っていないんだろうな。
土日は用事があって会えないことも多かったけど、平日の夜は毎日こうして触れ合っていた。
わたしは彼の恋人だと、信じて疑っていなかった。
高校に入学するまでは……。
高校も受験勉強を頑張って、冬樹くんと同じ学校に受かった。
偏差値の高い進学校だったそこでは、わたしの成績はやっぱり平均だったけど、冬樹くんは学年トップの記録を更新していた。
そこで彼が、女の子にモテていることを知った。
高校の方が恋愛ごとに関しては盛んみたいで、すぐに彼氏彼女の話題になる。
冬樹くんの話題も、すぐに昼食中のクラスメイトの口から聞くことになった。
「ええー! 雪城先輩、彼女いるの? わたし告白しようと思ってたのに」
一緒に食べていた女子の一人が声を上げた。
「そうだよ、隣のクラスの子が告白した時、そう言われて断られたんだって」
話題を持ち出した子が、行儀悪くお箸を振りながら言う。
冬樹くんが断ってくれていると知ってホッとした。
でも、こんなに人気があるのに、わたしが彼女だってバレたらと思うと、ちょっと怖くなった。
「その彼女って、海藤先輩なんだって。雪城先輩のクラスメイトで、すっごい才女で美人なの。あの人なら仕方ないよね」
ショックで固まった。
誰それ?
そんな人知らない。
きっと何かの間違いよ。
「あ、ほら、見て。中庭でお弁当食べてるよ。美男美女でお似合いだねぇ」
恐る恐る中庭を覗くと、冬樹くんがいた。
隣には、みんなの言う通りの綺麗な人がいた。
長い黒髪に、肌には日焼けも染みもない、日本人形みたいな上品な人だ。
芝生の上に並んで座って、お弁当を食べている。
互いのおかずの交換をしたり、本当に仲がよさそうだった。
「一年の時から付き合ってるそうだよ。日曜日に二人でいるところを、遊園地とか映画館で見た人とかが、結構いるみたい」
二重にショックな話だった。
高校に入ってからは、わたしとは一度も日曜日に遊びに行ったことないのに。
忙しいって言われても、友達同士の付き合いや、部活とかだって信じてたのに。
「桜沢さん、どうしたの? 気分悪いの?」
わたしの顔色は傍目にも悪くなっていたらしく、みんなに心配された。
だけど理由は言えなくて、吐き気がすると言ってトイレに飛び込んだ。
人の目のない個室の中で、声を殺して泣いた。
その日の夜も、冬樹くんはうちに来た。
いつも通りに抱こうと近寄ってきた彼を、わたしは拒絶した。
こんなことは初めてだったから、冬樹くんはびっくりしたみたいだった。
「春香、具合でも悪いのか?」
額に伸ばされる手を、汚らわしいって思った。
他の人を抱いた手で触って欲しくなかった。
「触らないで!」
手を払って、テーブルの上に教科書に参考書、ノートを広げる。
「今日は勉強だけするの。明日からは来なくていいからね」
無視して今日の復習を始めたわたしを、冬樹くんが呆然とした顔で見つめていた。
我に返った彼は、わたしの肩をぐっと掴んだ。
「来なくていいってどういうことだ!? 一緒にいる時間がなくなるじゃないか!」
「いいじゃない、それで。明日から、ただのお隣さんになるだけよ」
恐ろしいほど冷たい声が出ていた。
裏切られた衝撃が、わたしの心を凍らせていた。
「オレに抱かれるのが嫌になったのか?」
「そうだよ。したいなら、よその女でも抱いてくれば?」
海藤夏子って、彼女をね。
心の中でそっと付け足す。
「よその女? 誰のことだよ?」
「海藤先輩。今日、中庭で一緒にお弁当食べてたでしょう」
「ああ、夏子か。あいつはそんなんじゃない。やりたいからって、抱ける女じゃない」
わたしの凍えた心に冷水がかけられる。
彼は何を言ったんだろう。
「あいつは大事なヤツだから、遊びで付き合う気はない」
真剣な顔で、冬樹くんは言った。
大事だから抱かない。
じゃあ、わたしは?
大事じゃないから抱くの?
「わかっただろ。ほら、来いよ」
ぐいっと腕を引っ張られる。
床に押し倒されて、Tシャツをブラごと胸の上までたくし上げられた。
ぷるんと剥き出しになった胸に、冬樹くんが吸い付いた。
「や、やだ!」
彼の頭を押しのけて、逃げようと暴れた。
冬樹くんは舌打ちして、声がもれないようにわたしの口を手で押さえた。
「じっとしてろ! 息が苦しいだろうけど、我慢しろよ。痛い目には合わせたくないからな」
タオルで口封じをされて、ベッドに放り投げられた。
両手を右腕一本で、頭の上で纏め上げられ、左手で体をまさぐられた。
指で秘所をいじられて、意思とは無関係に濡れてくる。
馴らされた体は、彼の言いなりだった。
指が抜かれて、代わりに熱くたぎった彼自身が入ってくる。
心は嫌がってるのに、体は受け入れていた。
性欲を解消する道具にされて、気持ちよくなるなんて、最低で最悪の気分だった。
わたしを抱きながら、彼の心は飛んで行ってる。
大事な人を想って、わたしの体で自分を慰めてるんだ。
二時間たっぷり犯された。
挿入してなくても、指や舌で体中を愛撫される。
声も動きも封じられたわたしは、ただ泣くしかなかった。
行為が終わって、ようやく口を覆っていたタオルを外してもらえた。
涙で歪んだ視界でぼんやり天井を見ていると、冬樹くんが顔を覗き込んできた。
「明日も来るからな」
あれだけのことをしたのに、彼の態度は普通だった。
「嫌よ! 来ないで!」
自分が惨めで情けなかった。
高ぶった感情が、涙を溢れさせてくる。
だけど冬樹くんは、動揺を見せることなく、冷静で冷たかった。
「勉強会をやめる理由を言わないと、おじさんもおばさんも納得しないだろ。オレに犯されたって言うのか? オレの信用は完璧だからな、誰も信じないぜ。反対に、勉強が嫌でとんでもない嘘をついたって責められるぞ」
お父さんもお母さんも、冬樹くんを信用しきってる。
二人とも、わたしが勉強を好きじゃないことを知っているから、彼の言い分を信じる。
わたしは従うしかなかった。
この行為は何のためのものなんだろう。
欲望を満たすためだけに抱かれるわたしは 愛されない、性交のための人形同然だった。
始まりの季節は春。
もう、秋になろうとしている。
校内では相変わらず、仲の良い冬樹くんと海藤先輩の姿を見かける。
今も廊下の窓から、グラウンドで話している二人の姿を見ていた。
冬樹くんは陸上部で、海藤先輩はマネージャー。
短距離のタイムを計っているみたい。
好タイムが出たんだろう。
走り寄って笑いあい、はしゃいで手を打ち合わせていた。
わたしと冬樹くんの関係は、誰に打ち明けても信じてはもらえない。
海藤先輩だって信じない。
モテない女が、虚言で彼を陥れようとしているのだと非難されるだけだ。
別にわたしは冬樹くんをどうにかしたいわけじゃなかった。
ただ、解放して欲しいと願っている。
抱かれるたびに、苦しい想いが増えていく。
誰か、忘れさせてくれないだろうか?
わたしを闇から救って欲しい。
「桜沢さん」
かけられた声に、振り向いた。
ちょっと低めの穏やかな声。
生徒会長の穂高秋斗(ほだか・あきと)先輩だ。
眼鏡をかけてて、真面目そうな人だけど、明るくていつも人の輪の中心にいる。
冬樹くんとは中学からの友達だってことは知ってる。もちろん、穂高先輩はわたしと冬樹くんが仲が良かったことなんて知らないはずだ。
春にわたしはクラス委員になった。
委員会には生徒会の役員も出てきていて、意見を交し合っているから、生徒会長の彼とも話す機会があって、顔と名前ぐらいは知り合っている間柄だった。
穂高先輩は、わたしの隣に立って、窓の外を眺めた。
「何見てたのかなと思って。桜沢さん、すごく泣きそうな顔してる」
慌てて目元を擦る。
良かった、涙は出ていない。
「何でもないです、気にしないでください」
うまく笑えたかな?
へへっとごまかし笑いを浮かべたら、穂高先輩が苦笑した。
「桜沢さんは、雪城のことが好き?」
その問いに体が硬直した。
先輩は何もかも知ってるの?
怖くなって、後ずさりした。
「図星だったみたいだね。けど、諦めた方がいいよ。あいつ、付き合ってる子いるから」
「知ってます……」
海藤先輩のことを言ってるんだとすぐにわかった。
穂高先輩も認めてるってことっては、二人はやっぱり付き合ってるんだ。
「オレじゃダメかな? 顔も勉強も運動も、雪城には勝てなくて万年二位だけど、それなりに良いお買い得物件だよ」
先輩の提案に、わたしは口をあんぐりあけた。
か、からかわれてる?
先輩、ひどい!
「変な冗談言わないでください。傷心の下級生を騙そうなんて、人が悪いにもほどがあります」
もう行こう。
踝をかえして歩きかけて、腕を掴まれた。
振り返らされて、もう一度向かい合う。
「冗談に聞こえた?」
先輩は笑ってなかった。
眼鏡を外して、ブレザーのポケットに入れた。
再び向けられた目は真剣で、胸に迫ってくる気迫のようなものがあった。
「オレは一目見た時から、桜沢さんが好きだった。話してみて、この子だって確信したよ」
顔を寄せられて、唇を奪われた。
冬樹くん以外の人との初めてのキス。
その現場を、グラウンドにいた彼に、ばっちり見られていたなんて、わたしは知りもしなかった。
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