束縛
10.所有
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――二年後。
高校を卒業したわたしは、近くの女子大に現役で合格した。
冬樹くんと夏子先輩は、高校卒業をきっかけに自然消滅で交際を解消したように見せかけて、偽の恋人関係を終わらせた。
当初の計画通りに、夏子先輩は大学生になってから、土倉先生と再会して恋に落ちたことにして、現在では結婚を前提に正式なお付き合いをしている。
そして、冬樹くんとわたしも……。
「お母さん、味見して」
初めて挑戦した肉じゃがに味付けをしてお母さんを呼ぶ。
夕ご飯に、おかずを一品作ること。
これがわたしの日課になっている。
冬樹くんは時々うちで夕ご飯を食べていく。
今日はその日だから、料理にも熱が入る。
お料理上手で家事全般が得意な奥さんになることが、わたしの目標なのだ。
「おいしいけど、もうちょっと甘味が欲しいかな。砂糖をもう少し足してみなさい」
「はーい」
お母さんの指導で、着実に腕を上げている……つもり。
冬樹くんは何を出してもおいしいって言ってくれる。
その後、二階に行って部屋に入るなり、服を脱がされて『ご飯もいいけど、春香が一番おいしい』とか言って、体のあちこちを舐められた。
ああ、思い出すだけで恥ずかしい。
お鍋の煮汁をもう一度自分で味見してみると、甘味が増えていい味になった。
もうしばらく煮詰めてから火を止めて、お皿に盛っていたら、冬樹くんが来た。
「こんばんは、今夜はご馳走になります。春香のメニューは肉じゃがか、おいしそうな匂いだな」
冬樹くんは台所でお母さんとわたしに声をかけてから、居間に行ってお父さんと話していた。
うちの両親とも親子みたいに馴染んでいる。
わたしが高校を卒業した日に、二人で双方の両親を前にして交際してますって挨拶したら、何を今さら改まって言うのかと笑われた。
「中学からずっと二人で勉強会でしょう? これでその気がないなんて誰が思うのよ。でも、冬樹くんて本当に真面目な子よね。わざわざ春香が高校卒業するまで待ってたなんてね」
わたしのお母さんは、鈍いんだか鋭いんだかわからないことを言った。
中二の時にすでに食べられてしまっていたんです、とは言えない。
わたしと冬樹くんは冷や汗を流しながら、笑顔でその場を乗り切った。
それ以来、親も公認の恋人同士として毎日楽しく過ごしている。
わたしの部屋で二人っきりになると、何はなくとも触れ合いから始める。
座っている冬樹くんの膝の上に腰をおろして、首に抱きつき、ちゅっちゅって音が出るぐらい粘っこいキスをした。
冬樹くんの手が、わたしの服をはだけて、直に胸を触ってくる。
興奮で起き上がった先端を指でいじられて、たまらず抱きつく腕に力を込めた。
愛おしそうにちゅうって胸を吸われた。
わたしの唇から悩ましいため息がこぼれる。
感じてしまって、秘所からも冬樹くんを受け入れるための蜜がとろとろ湧き出てきた。
一度離れて服を脱ぎ、同じ体勢に戻る。
今日はわたしが上に跨り、冬樹くんの分身を自分から秘所に導き入れた。
「あ、あんっ、はぁん、ああああっ」
自分から彼を受け入れた刺激がすごくて、たまらず腰を振りながら仰け反り、動きに合わせて揺れる無防備な乳房を、冬樹くんの舌が捕らえて舐めまわした。
彼の腕は、わたしの背中と腰にまわされていて、離れることを許してくれない。
それがわたしに安心感を与えてくれる。
繋がることは日常の一部みたいになっていたけど、その度に愛されていると確信できた。
行為の合間に、キスマークを無数につけられた。
わたしが彼のものであることを、この痕が証明している。
「忘れないで、春香はオレのものだけど、オレも春香のものなんだ。春香のものだって印しをオレにもつけて」
冬樹くんのお願いに、わたしは彼の肌にキスをした。
「んっ、んん……っ」
首に肩、背中、胸や腕にまで吸い付いて、所有の証しを同じだけ刻みつける。
「冬樹くんはわたしのものだよ。他の女の人なんか見ちゃだめ、誰にもあげない」
あなたはわたしのもの。
わたしの束縛の言葉を聞いて、冬樹くんは満足そうな笑みを浮かべた。
気持ちがさらに強く結びつく。
お互いしか目に入らないぐらい、わたし達は幼い頃から惹かれあってきた。
きっとこれからも変わらない。
わたしには、あなただけ。
あなたも、わたしだけを望んでいる。
誰にも断ち切ることのできない強い絆で、わたし達は相手を永遠に束縛し続ける。
夕闇が迫る大学からの帰り道を、わたしは駅に向かって一人で歩いていた。
賑やかな雑踏の中に見知った人を見つけて足を止める。
「秋斗先輩」
しばらく会っていなかったけれど、忘れることのできない人だ。
向こうも気づいたみたいで、こっちに向かって手を上げた。
眼鏡をかけた優しそうな風貌は、大学生になっても変わらない。
「春香ちゃん、久しぶり」
晴れやかな笑顔。
わたしもふんわり微笑んだ。
そのまま街を一緒に歩いた。
大学のこととか近況を話していると、あっという間に駅についていた。
駅の敷地内には遅咲きの桜が咲いていて、わたし達はその下に立って、ピンクの花で彩られた枝を眺めていた。
秋斗先輩はわたしの方を向くと、いきなり頬に手を触れた。
「泣いていたら、またあの公園に連れて行けたのに」
その一言で、先輩に抱かれた瞬間を昨日のことのように思い出した。
秋斗先輩の気持ちは、まだあの時のままなの?
でも、わたしには伝えられる言葉がなかった。
冬樹くんを想う気持ちに嘘はないから、先輩を受け入れることはできない。
しばらく黙って見つめ合い、先に口を開いたのは秋斗先輩だった。
「残念だけど嬉しい。これでオレの思い出の中の春香ちゃんは、いつも笑顔でいてくれる」
頬に触れていた先輩の手が離れた。
熱を持ち始めた頬に、夕闇がもたらす涼しい空気が触れた。
秋斗先輩の気持ちに整理がついていたことを知って、心から良かったと思う。
高校生活、先輩と一緒に過ごした思い出は、わたしの中にもちゃんと残っているよ。
「大学で女の子の友達ができたんだ。これからは幾つも恋をして、オレも大事な人を見つける。春香ちゃん、綺麗な初恋の思い出を残してくれてありがとう。これでオレも過去に囚われることなく先に進めるよ」
秋斗先輩はしっかりと前を向いていた。
わたしは笑顔で彼に応える。
風に吹かれた桜の木が枝を揺らし、わたし達の上に花びらを降り注いだ。
まるで新たな門出を祝ってるみたい。
「そろそろ行くよ。オレは寄る所があるから、ここでお別れだ」
名残り惜しそうに呟いて、先輩は駅とは反対の方向へ踵を返した。
数歩歩いて振り返り、にっこり笑って手を振ってくれた。
「またね、春香ちゃん」
「うん。さよなら、秋斗先輩。今度は冬樹くんや夏子先輩と、みんなで一緒に遊ぼうね」
わたしも大きく手を振り返した。
歩き去る先輩の背中を見送ってから、人波に混ざって駅の改札を通り抜けた。
誰にも内緒の二つ目の恋。
胸に残る甘酸っぱい彼への想いを、桜色の思い出で包み込む。
出来上がったその包みは、わたしの記憶の底にある宝箱に、そっと大切にしまって鍵をかけた。
END
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