束縛
09.浮気できないように
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春が来て、わたしは二年生に進級した。
三年生は受験や就職活動で忙しくなる。
冬樹くんが目指している大学は、幸いにも自宅から通える範囲にあった。
受験の邪魔をしたくないから勉強会をやめようかと彼に言ったら、即『嫌だ』って拒否された。
わたしに会えない方が、ストレスが溜まって、勉強に支障をきたしてしまうそうだ。
だから平日の夜は相変わらず、わたしは冬樹くんに愛されている。
気がかりだった火野先輩のことも解決したみたいだった。
あれ以来、冬樹くんや夏子先輩に関わってくることもなく、わたしに到っては校内で姿を見るなり逃げていく。
すごく怖がっているのが遠くからでもわかった。
秋斗先輩の影響なのだとはわかっていたけど、どうしてそこまで怖がるんだろう。
不思議に思っていたら、謎はある日突然解けた。
「桜沢さんて、穂高先輩と付き合ってるの?」
クラス替えで新しくクラスメイトになった子が、会話の合間に尋ねてきた。
「ううん、付き合ってないよ。でも、仲良くしてもらってるの」
わたしはいつもこう答える。
秋斗先輩の出会いのチャンスを潰しちゃダメだから、いつでも退ける距離にいる。
だけど、おかしなことに先輩はモテない。
ううん、厳密に言えばモテてはいるんだ。
彼に憧れている子は大勢いるのに、遠目でうっとり見ているだけで、告白どころか誰も近寄ろうとしないのだ。
友達も男子が多く、女子とは集団での付き合いだけで親しい子はいないみたい。
「すごいよね、あの穂高先輩と仲良しなんて」
質問者の彼女は、羨ましそうに言った。
「秋斗先輩は気さくな人だから、誰にでも優しいよ。どうしてみんな遠巻きにしているのかな?」
冬樹くんは今でも告白されまくっている。
今年の一年生にも、挑戦者は多くいるらしい。
どうして秋斗先輩は同じ状況にならないんだろう。
「もしかして、桜沢さん知らないの? 確かに穂高先輩は優等生で優しそうなんだけど、中学の時から色々噂があってね。特にお家が……」
その先は声を潜めて、彼女はこそこそ囁いた。
耳慣れない言葉に、わたしは眉を顰めた。
「やくざ?」
反復しかけた口を、手で塞がれた。
「大きな声で言わないで。穂高先輩を怒らせると街を歩けなくなるって一部じゃ有名な話なんだよ。中学の時、半端に不良を気取って粋がってた子が、先輩の友達を恐喝していたんだけど、ケンカで重傷を負わされて病院送りになって、転校しちゃったって話があるの。あ、もちろん、先輩がどうこうしたって証拠があるわけじゃないよ。でも、そういう家の人だから、何かと黒い噂があるの」
彼女はわたしに口止めを約束させて、自分の席に戻って行った。
秋斗先輩のお父さんは、手広く事業をやっている大きな会社の会長さんだとは聞いていたけど、そういう家だったのか。
でも、家がどうであれ、わたしの秋斗先輩への印象は変わらない。
怖い人じゃない。
先輩は優しい人。
大事な人を守るために、強くなれる人なんだよ。
お昼休みは生徒会室に行く。
秋斗先輩と一緒にお弁当を食べるためだ。
引継ぎの関係で、先輩はまだ生徒会の仕事を手伝っている。生徒会室も一学期中は今まで通りに使っていいと、現生徒会長から了解を得ているそうだ。
わたしが入り浸っているからか、冬樹くんと夏子先輩もやってくる。
冬樹くんが引っ張ってきてるみたいで、夏子先輩はたまには二人っきりで食べないと、周りの人に怪しまれると言って、強引に中庭に連れて行った。
夏子先輩は、わたしと秋斗先輩の思い出作りに協力的で、邪魔をしようとする冬樹くんを抑える役をしてくれている。
だから今日は、秋斗先輩と二人っきり。
他愛のない話のついでに、わたしは秋斗先輩の家に行ってみたいと言った。
「え? あー、オレの家かぁ。いいけど、後悔するよ? 強面のおじさんがいっぱいいるから、男友達でも怖がって二度と来なくなる。まあ、中には少しも臆せずに、何度でも来てくれるヤツもいるけどね」
秋斗先輩はフッと、思い出し笑いをした。
何か楽しいことを思い出したのかな。
「雪城が初めてだったんだよ。何度でも家に遊びに来て、オレと親しく付き合ってくれたのは」
冬樹くんとの出会いを、先輩は話し始めた。
小学校の時、仲良くなった友達がいても、どの子も親からあの子は普通の家の子じゃないから付き合いをやめなさいって言われて離れていったそうだ。
「オレは滅多に暴力なんか振るわないし、性格もおとなしい方だったけど、世間は親を見て子供も判断する。親父の仕事は真っ当なものばかりで、世間に顔向けできないようなことはないが、代々引き継いできた人脈で裏の世界にも顔が利くしな、黒い噂が湧いても仕方ない人なんだよ。そのせいで昔はつらいこともあったけど、恨んではいない。おかげで本当の友達を見つけられた」
その友達は冬樹くん。
小学校は校区が別で、中学で一緒のクラスになった。
意気投合して、互いの家に行き来して、何でも話し合える親友にまでなれた。
冬樹くんは秋斗先輩の家に行っても、少しも怖がらなかったんだって。
「怖くないのかって聞いたら、『穂高の家の人だから、顔は怖くてもみんな優しい人なんだ』って言ったんだ。それを聞いて親父も舎弟のみんなも雪城のことを気に入って、『秋斗の友達第一号だ』って喜んで、オレ達を囲んで酒盛りを始めた。あ、オレと雪城はちゃんとお茶を飲んでたぞ」
わたしの知らない冬樹くんの話。
先輩が話してくれる冬樹くんの姿は、驚きと新鮮さが伴っていた。
例の噂の真相も聞くことが出来た。
「大体は噂の通りかもしれない。オレ達が恐喝に気づいた時には、友達は家の金を持ち出して、呼び出し先に出かけた後だった。雪城や他の友達と一緒に手分けして街中を探してて、ケンカをしているって騒ぎを聞いて、胸騒ぎがして見に行った。オレが駆けつけた時、先に来ていた雪城が友達を庇って、その上級生に痛めつけられていた。それを見た瞬間、オレはキレた。気がついたら、雪城がオレを抑えてて、上級生が血まみれで転がってた。相手は元々問題の多い生徒だったらしくて、こっちは優等生のグループだろ。互いに公にはしたくないからって示談にして、向こうが転校ってことでケリがついた。親父には我を忘れてケンカしたことを怒られて、半殺しにされかけたけどね」
ケンカをしたのは、それっきりだったけど、おかげで先輩にまで黒い噂が立ち始めたそうだ。
それはそれで便利なこともあるから気にしてないって、秋斗先輩は笑った。
「オレの名前で春香ちゃんのことを守れているだろう? 親父の跡も継ぐつもりだし、今のままでいいんだよ。そんな噂も気にしないで、オレのことを信じて好きになってくれる人を見つけたいと思っている」
先輩ならきっと見つけられる。
こんなに素敵で優しい人だから、いつかきっと互いに愛し合える人が見つかるよ。
「春香ちゃんも好きだけど、雪城のことも同じぐらい大事なんだ。だから、二人が幸せなら、オレは諦められる。大人になったら笑って思い出を語り合えるように、これからもよろしくな」
差し出された手を握り返す。
温かい気持ちで見詰め合っていたら、ガラッと引き戸が開けられた。
冬樹くんだ。
後ろには、申し訳なそうな顔で「ごめんね」と顔の前で手の平を合わせている夏子先輩がいた。
「油断も隙もあったもんじゃない! その手を離せ、離れろ!」
冬樹くんはわたしを抱きしめて、毛を逆立てた猫みたいに秋斗先輩を威嚇した。
ああん、もう。
せっかく、秋斗先輩が冬樹くんのこと大事な友達だって褒めてたのに。
友情を蔑ろにしていたら、愛想尽かされちゃうよ?
秋斗先輩は、お腹を抱えてくすくす笑ってた。
「ああ、おかしい。雪城をからかうには春香ちゃんにちょっかい出すのが一番効くな。手を繋ぐぐらい良いじゃないか、幼稚園の子ならお友達と手を繋ぐぞ」
「お前らは高校生だろうが!」
すっかり手玉に取られている冬樹くん。
駆け引きとかは、秋斗先輩の方が上だ。
冬樹くんも完璧じゃないんだね。
人付き合いにおける立ち回りの悪さとかは、わたし以上かも。
もっと要領が良ければ、わたしに誤解を与えて犯すようなことにはならなかったのかもしれない。
あの時はつらかったけど、喉元過ぎればなんとやらで、新たに見つけた冬樹くんの欠点も含めて、わたしはさらに彼のことが大好きになった。
土曜日の朝、冬樹くんから携帯に電話がかかってきた。
特に予定のなかったわたしは、まだベッドの中で惰眠を貪っている最中だった。
寝ぼけながら通話ボタンを押して、挨拶を交わす。
冬樹くんはとっくに起きていたらしく、元気な声が携帯を通して聞こえてくる。
声を聞いているうちに、わたしの寝ぼけた頭も徐々に覚醒してきた。
「どうしたの? 今日はバイトじゃないの?」
「受験もあるし、やめたんだ。それよりさ、今からうちで勉強会しないか? うちの親、旅行で留守なんだ。夕飯まで一緒に食ってくれると嬉しいんだけど」
冬樹くんの家にお邪魔するのは久しぶりだ。
勉強会を始めてからは、ずっと冬樹くんがうちに来てたから、小学校以来かも。
「行く行く、すぐ行くから待っててね」
わたしは通話を切って、急いで身支度を済ませると、手提げカバンに勉強道具一式を詰め込んだ。
一応、下着の替えも底に忍ばせておく。
「お母さん、今日は冬樹くんの家で勉強してくる。おじさんとおばさんが旅行に行ってるから、ご飯も一緒に食べてくるからね」
台所にいたお母さんに声をかけたら、手を拭きながらいそいそ出てきた。
「じゃあ、夕ご飯はうちで食べてもらいなさいよ。いつもお世話になってるんだし、そのぐらいさせてもらわなくちゃね」
「わかった。夕ご飯の時間に冬樹くんを連れてくる」
わたしは家を出て隣に向かった。
冬樹くんは玄関のドアを開けて、待ってくれていた。
通された冬樹くんの部屋は、子供の時と比べたらシンプルになっていた。
ごちゃごちゃしてなくて、勉強と寝るための部屋って感じだ。
壁に飾ってあるのも、アイドルとかのポスターじゃなくて世界地図。部屋の隅っこには参考書と問題集が山のように積まれていた。
机の上にはパソコンが置いてある。
自分専用のがあるなんていいなぁ。わたしは必要な時にお父さんのを使わせてもらっているから、好きな時に使えないんだ。羨ましい。
「その辺に適当に座ってろ。本棚に置いてあるのは勝手に読んでいいから」
冬樹くんは飲み物を入れてくると言って、階下に行った。
本棚の本は辞典とか難しそうな分厚い本ばっかり。
わたしはニヤリと笑って、ベッドのマットの下を探り始めた。
「秘密の本は、こういう所に隠してあるんだよね」
どれどれ、どんな雑誌を隠して……。
ん? それっぽいものがあったけど感触が変。
訝りながらも、わたしはそれを取り出した。
出てきたものは雑誌じゃなかった。
薄いアルバムだ。
ビニールポケットの中に写真を挟むタイプのヤツ。
どうして写真をこんな所に?
興味が湧いてめくってみた。
一枚目を見た直後に硬直する。
写っていたのはわたしだった。
どれも隠し撮りで、わたしの目線はカメラの方を向いてはいない。全て中学時代から現在の、学校で撮られたと思しきものだった。
しかも、変なアングルばっかり。
体操着のやつなんて、胸やお尻をアップにして撮っている。
パラパラめくって更衣室での着替え途中の写真がないことに安心したけど、その代わりに制服に体操服、体育祭のチアガールに文化祭の着物姿まで、学校行事でわたしが着た衣装が一つも漏らすことなく撮られていた。
「な、何これ……」
わなわな震えて写真を凝視していたら、冬樹くんが戻ってきた。
テーブルにお盆を置いて、わたしが見ているものに気がつくと、彼は目を剥くほど驚いて飛び上がった。
「うわあっ! 見るなぁ!」
叫び声を上げて、冬樹くんがアルバムを奪い取った。
もう、見ちゃった。
冬樹くんがここまで変態さんだったなんて、知らなかった。
でも、好きなのよ。
これが他の女の子の写真だったら許さないけど、わたしのだから許してあげよう。
「こんな写真、いつ撮ったの?」
にこやかに尋ねた。
でも、目が笑っていないことは冬樹くんにもわかったんだろう。
びくびく怯えた目でわたしを見ながら、アルバムをしっかり抱えている。
「ごめん。春香のブルマ姿がどうしても見たかったんだよ。そしたら穂高が写真持ってるって言うから、譲ってもらったんだ」
あ、秋斗先輩がこの写真を!?
校内で一、二を争う優等生が揃って変態だったなんて。
わたしは呆然と、床に座り込んでしまった。
「秘蔵のコレクションだからって、穂高のヤツ足下見やがって、二万で買わされたんだ。頼む、処分はしないでくれ。こいつは春香に会えない時のオレの憩いのオアシスなんだ」
アルバムを抱え込んでる冬樹くんを見て、わたしはため息をついた。
オアシスって何なの。
冬樹くんの生活って、本当にわたし一色なんだね。
「持ってていいよ。だけど、他の人には見つからないようにしてね」
許してあげたら、冬樹くんは顔を輝かせた。
それから、部屋の隅に置いてあった紙袋を持ってきた。
「春香に服買ったんだ。着て見せて」
え? 服?
指輪も買ってもらったし、わたしも何かプレゼントしないと悪いな。
でも、冬樹くんがわたしのために選んでくれた服なんて嬉しい。
わくわくして出して見ると、フリルのついたブラウスと襞がたくさんついた紺色のワンピースが出てきた。ブラウスの襟元を飾る赤いリボン、頭に飾るレースのついたカチューシャもあった。
「ちょっと派手かな? お人形さんみたい」
丈は短そうでひらひらしている。
腰で巻くエプロンみたいなのもついてるし、これで揃いの服みたい。
変な型の服だなと思いながらも、せっかく冬樹くんがくれたプレゼントだからと着てみた。
姿身に映して、無言で立ち尽くす。
後ろで冬樹くんが感激してたけど、わたしは喜ぶより呆れてしまった。
冬樹くんのプレゼントは、いわゆるメイドさんの衣装だった。実在したメイドさんの服じゃなくて、いかがわしいビデオに出てくるような扇情的なアレンジが加えてあるやつだ。
ワンピースの前は胸の下まで大きく開いていて、ブラウスに包まれた膨らみが飛び出すようなデザインだった。
「やっぱり似合う! ネットでカタログを見てから春香に着せたかったんだ。残ってたバイト代をはたいて買った甲斐があった!」
冬樹くんはわたしに抱きついて、似合う、かわいいと褒めまくった。
バ、バイト代をはたいたって、コスプレ衣装に幾らつぎ込んだの!?
「冬樹くんの変態! こんなもの買うのに、大事なバイト代を使わないの!」
怒って脱ごうとしたら、両手首に手錠をはめられた。
い、いつぞやの手錠だ。
どこから出したんだろう。
「春香が自分の思い出を使うなって言うから、わざわざ買ったんだぞ。オレの気が済むまで着てもらうからな」
「そ、それとこれとは別だよ、着たんだから気が済んだでしょう。勉強しに来たんだから、もう着替えるよ」
泣きそうになりつつ、冬樹くんに手錠を外すように迫った。
だけど、冬樹くんは唇を重ねて抗議を遮り、わたしの体を触り始めた。
「勉強なんて口実に決まってるだろ、何のために朝から呼び出したと思ってるんだよ。今日は夜までたっぷり時間があるからな。近頃の春香は穂高とイチャついてばっかりだから、一度腰がくだけるほど抱いて、お前が誰の物かわからせてやらないといけないよな。浮気できないように、オレしか見えないようにしてやるよ」
冬樹くんの笑みが怖い。
されたキスや愛撫は優しかったけど、これからの時間を思うと気が遠くなりそう。
「春香はオレの専属メイドだから、ご主人さまって呼べ」
「ば、ばかぁ」
後ろから抱かれて、飛び出している胸の膨らみを、気持ち良いぐらいの力で揉みしだかれた。
お尻の辺りに、冬樹くんの硬くなったものが当たっているのがわかる。
わたしを欲しがっている彼の欲望を知って、体の奥が熱くなった。
耳の裏を舐められて、体がびくんと震える。
「はぁ…ああん……、いじわるしないでぇ」
四つんばいに組み伏せられて、メイド服を脱がされながら、胸を中心に体をいじりまわされた。
秘所がじっとりと湿った頃合いを見て、彼のものが侵入してくる。
待ち望んでいた彼自身を迎え入れて、わたしの全身に歓喜の震えが走った。
わたしは冬樹くんのもの。
彼の宣言通りに、日が落ちるまで体にたくさん思い知らされた。
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