束縛

08.他の人間を見るなんて許さない

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 雲が浮かぶ青い空は、日差しもきつくなく、ほど良い加減で屋上にいても気持ちがいい。
 レジャーシートの上で、わたしはお弁当を食べていた。
 お昼休みに放送部の人がかけているクラシックの音楽が、ここにいても聞こえていた。

 わたしの隣には冬樹くん。
 向かい合って秋斗先輩と海藤先輩がいる。
 昼休みのチャイムが鳴るなり、教室に海藤先輩がやってきて、わたしをここまで連れてきたのだ。
 屋上には冬樹くんと秋斗先輩がすでにシートを敷いて待っていて、それから四人でお弁当をつついていた。

「春香ちゃんもお人よしだよね。せっかくやめるって言ってるものを継続させるなんてさ」

 秋斗先輩が不機嫌な声を出して、冬樹くんと海藤先輩に視線を向けた。
 海藤先輩の表情が曇る。
 お箸を持つ手が動きを止めた。

「わたしが決めたの。それに元々はわたしを守るためでもあったんだから、海藤先輩には感謝してる。秋斗先輩は口を出さないでください」

 今度はわたしが守ってあげる番。
 秋斗先輩にはっきりと答えると、海藤先輩の曇った顔が少し晴れた。
 目が合って、わたしが笑いかけたら海藤先輩も笑ってくれた。
 やっぱり見るなら笑ってる顔がいい。

 わたしが庇うとは思っていなかったんだろう、秋斗先輩はぽかんと口を開けていた。
 あっけにとられた表情でわたしを見つめ、やがて穏やかな笑みが口元に浮かんだ。

「てっきり、情に訴えられて流されたのかと思ったけど、そうでもないみたいだね。納得ずくなら安心かな。不安が残っているなら、やめるように言うつもりだったけど、いらぬお世話だったわけだ」

 秋斗先輩は心配してくれてたんだ。
 冬樹くんと元の鞘に納まったことを知ってても、先輩の優しさは変わらない。
 大事に思ってもらえるのって嬉しい。
 わたしは秋斗先輩に微笑みかけた。

「秋斗先輩、ありがとう。わたしは大丈夫。冬樹くんも大事にするって約束してくれたの。もう泣いたりしないから、安心して」

 秋斗先輩と見つめ合ってたら、冬樹くんがわたしを自分の方へ引き寄せた。
 わわっ、お弁当がこぼれる。
 お弁当箱をしっかり掴む。
 気がついたら、わたしの体は冬樹くんの腕の中にあった。

「何、穂高なんかと見つめあってるんだよ。春香が見つめていいのはオレだけなの。他の男なんか視界にも入れるな」

 冬樹くんがわたしの瞳を覗き込んで、命令口調で言った。
 こんなに独占欲が強かったなんて、秋斗先輩が現れなかったら、知らないままだったかも。

「それになんだよ、秋斗先輩って。こんなヤツ眼鏡で十分だ。春香が名前で呼んでいい男はオレだけだ!」

 駄々っ子みたいな冬樹くんに、秋斗先輩も海藤先輩も呆れ顔。
 春香ちゃんも大変だって、顔を寄せ合ってひそひそ囁きあっていた。

「冬樹くん、お弁当食べるから離してよ」

 そう言ったら、しぶしぶ離してくれたけど、お弁当箱を取られて、お箸でおかずの卵焼きを口元まで運ばれた。

「はい、あーん」

 普通、立場が逆でしょう?
 秋斗先輩に見せつけたくてしょうがないみたい。
 それだけ危機感が強いのかな。
 仕方ないなぁって口を開けて、食べさせてもらった。
 もぐもぐ口を動かしていたら、海藤先輩が熱い目でこっちを見ていた。
 心なしか、小動物系のかわいいものを見ているようなキラキラした視線を感じる。

「春香ちゃんて、かわいい。わたし末っ子だから、かわいい妹が欲しかったの。ねえ、穂高くんが秋斗先輩なら、わたしのことも夏子って呼んで。カモフラージュなしで、一緒に遊びに行ったりしたいなぁ」

 すすっと近寄ってきた海藤……もとい、夏子先輩は、わたしを抱きしめて冬樹くんから奪い取った。

「夏子! お前には先生がいるだろうが!」

 怒鳴る冬樹くんをちらりと一瞥して、夏子先輩はふふっと妖艶に微笑んだ。

「男女の愛と、女同士の友情は別よ。春香ちゃんも冬樹に束縛されてたら、新しいお友達も作れないじゃない。お姉さまが未知の世界を教えてあげるわ」
「お姉さまって何だ!? 春香を怪しい世界に引っ張りこむなーっ!」

 冬樹くんと夏子先輩の間で、取り合われているわたし。
 ちょっと前までなら、考えられない光景だ。
 夏子先輩もどこまで本気なんだろう?
 冬樹くんをからかって遊んでいるようにも思える。
 楽しくなってきて、わたしは笑い声を上げた。

 秋斗先輩はわたし達の様子をじっと見ていた。
 そして、おもむろに腰を上げると、二人の間からわたしを抱き上げて取り上げた。
 お姫様抱っこされてる。
 先輩って意外に力持ちなんだな。
 秋斗先輩はわたしを抱いたまま、冬樹くんを見下ろした。

「お前ら二人が偽恋人を続けるってことは、表向き春香ちゃんはフリーなわけだ。オレもフリーだから問題ないよな。春香ちゃん、校内ではオレと付き合おう」

 秋斗先輩がわたしに向けた顔には、意地悪な笑みが浮かんでいた。
 冬樹くんは真っ青な顔をしてうろたえている。
 これは秋斗先輩のささやかな復讐なんだろう。

「すぐに気持ちを切り替えて彼女なんか作れそうにないし、春香ちゃんに捧げたオレの学生生活は、灰色で終わりそうだ。春香ちゃんが恋人のフリしてくれたら、オレの青春に桜色の思い出が残るんだよ。超健全なお付き合いでいいから、仲良くしよう」

 わたしの苗字に例えて、先輩はそんなことを言った。
 わざと真面目な顔して言うもんだから、おかしくて、お腹を抱えて笑ってしまった。

「うん、いいよ。付き合おう。一緒に登下校して、お弁当食べて、楽しい思い出たくさん作ろうね」

 その場のノリで、秋斗先輩の首に腕をまわして抱きついた。
 でも、言った言葉は嘘じゃない。
 秋斗先輩のことも、良く知りたい。
 それに、これが先輩の本心からの望みだってこともわかっているから。

「待てよ、オレが偽の恋人になってるのは夏子と先生のためで仕方なくなんだぞ! 春香は誰とも付き合っちゃだめだ!」

 冬樹くんが文句言ってたけど、わたし達は無視してわざと見せ付けるように抱き合っていた。
 今までのお返しとばかりに、わたしにも意地悪なイタズラ心がむくむくと湧いてくる。
 悔しそうな冬樹くんを見て気が済んだのか、秋斗先輩はわたしを下ろした。

「安心しろ、お前と海藤がやってるぐらいのことをするだけだ。オレの五年近くの実らない片思いを思えば、そのぐらいは許せよ」

 冬樹くんは不満を顔に滲ませながら、諦めた様子で渋々頷いた。

「わかったよ。その代わり、変な虫がつかないように見張っててくれよ」

 かわいそうになって、冬樹くんの頬にキスをしてあげた。
 それで『好きなのは冬樹くんだけだよ』って付け加えたら、喜んで抱きついてきた。
 じゃれつく大型犬みたいって言って、秋斗先輩も夏子先輩も笑ってた。

 キスやセックスだけが、人と繋がるってことじゃない。
 色んな思い出が、その人との絆を強くしてくれる。
 わたしが冬樹くんと離れられないのは、二人で作ったたくさんの思い出があったからだ。
 秋斗先輩や夏子先輩とも、そんな思い出を作りたい。
 わたし達には、それだけの時間がいっぱいあるんだ。




 今夜も勉強会に備えて、早めに夕ご飯を食べて、お風呂に入る。
 髪を乾かしたら服は普段着に着替えておく。
 冬樹くんが来るのは八時頃。
 お隣だから、十時までいても何も言われない。
 時計の針が八時きっかりを指すと、来客を知らせるチャイムが鳴った。
 彼を迎えに玄関まで飛んで行く。
 わたしが一番幸せになれる時間がやってきた。




 ベッドの縁に座った冬樹くんの上に腰掛けて、小鳥がついばむようなキスをする。
 冬樹くんの手が、服の上から体に触れる。

「ん…ふ……ううん…」

 舌を絡ませあいながら、次第に気分が高まっていく。
 今日の服は薄手のセーターとロングスカート。
 その下にスリップを着ているから、ちょっと脱ぐには手間がかかる。

「どうしてこんな厚着してるんだよ」

 セーターをめくりあげても、スリップが邪魔をしているのを見て、冬樹くんが言った。

「だって夜は冷えるんだからね。暖房もいれてないし、このぐらい着ないと風邪引くの」

 冬樹くんは面倒になったのか、スリップの脇から手を入れて胸を触ってきた。
 ブラだけを上に押し上げて、スリップの中で直接揉み始める。

「あ、あん、やぁん……。もう、せっかちなんだからぁ」

 乳首を摘まれて刺激されて、口では文句を言ってても、体はしっかり反応していた。
 ダメなわたし。
 こうなってしまうと、冬樹くんには逆らえない。

「こうしていると、痴漢してるみたいで興奮するな」

 冬樹くんの手がスカートの中で動いている。
 太腿を触って、お尻を撫でて、ショーツの上から指であそこを擦ってくる。
 痴漢の気分を味わっているみたい。
 うわああん、冬樹くんが変態さんになってるよぉ。

「なあ、春香。制服着てくれないか? 中学のセーラー服でもいいぞ」

 それを着せてどうするつもりですか?
 冬樹くんはわたしをベッドに寝かせて立ち上がると、クローゼットを勝手に開けて、何となく捨てられずに残していたセーラー服を手に取った。さらに体操服まで見つけて、嬉々として出してきた!

「体操服も着てくれ、春香のブルマ姿が見たい。学年が違うから、オレ一度も見たことないんだよ」

 紺色のブルマを持って、冬樹くんがにじり寄ってくる。
 コスプレえっちなんて、マニアックなことをしたがるなんて衝撃だ。

「絶対、嫌! えっちなことにわたしの思い出を使わないで! 無理やり着せたら、もう絶交だからね!」

 絶交が効いたのか、冬樹くんはしょんぼりと背中を丸めて、服をクローゼットに戻した。
 未練たっぷりにセーラー服を見つめて、扉を閉じる。
 複雑な気分で、わたしは彼の背中に抱きついた。

「こうして抱きついてるだけでも、わたしは嬉しいよ。冬樹くんは違うの?」

 問いかけて腕を離す。
 振り向いた冬樹くんは、わたしを抱きしめてキスをした。

「声を聞けて、同じ部屋にいるだけでも嬉しい。でもな、春香が好きすぎて、えっちな気分になるんだよ。厚着の服でも、春香が着るだけで色っぽく見える」

 普通の服でこれなら、挑発的な服を着たら、どうなるんだろう?
 考えてたら、服を脱がされて、肌にキスをたくさん落とされた。
 まあ、いいか。
 冬樹くんが興奮するのはわたし限定みたいだし、それだけ愛されてるんだって思っとこう。

 両方の準備を終えた冬樹くんが、わたしの中に入ってきた。
 繋がりが生まれて、喜びが心を満たす。
 生まれたままの姿になって、わたし達は今夜も存分に愛し合った。

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