傷心

 1 (side 鳩音)

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「お前ってさ。オレの容姿だけ見て気に入って、告白してきたんだってな」

 それは高校生の時のこと。
 わたしは半年付き合った彼氏に別れを切り出された。

「幻滅したよ。お前が欲しかったのは見目良い彼氏だったわけだ。別にオレじゃなくても良かったんじゃねぇか。バカにすんな」

 彼――鶉沢朱鷺(うさわ・とき)は、非難の言葉をまくしたてて、わたしを睨みつけた。
 予兆はあった。
 一月ほど前から、急に彼の態度がよそよそしくなり、不機嫌になることが増えた。
 わたしを見る目に疑いの気持ちが宿っていることにも気づいていた。
 だけど、彼が別れを決めたのが、こんな理由だなんて想像もしていなかった。

「ち、違う。わたしは朱鷺のことが本当に好きで……」
「嘘つけ。鳩音がイケメンの彼氏ができたって自慢してたの聞いたってヤツは腐るほどいるんだよ。オレが不細工なら見向きもしなかったくせに、軽々しく好きだなんて口にするな!」

 怒っている彼に反論ができなかったのは、本当のことだったから。
 確かに最初は姿形からで。
 でも、朱鷺の内面に触れてもっと好きになった。
 容姿なんて、もうどうでも良くて、彼と一緒に過ごすだけで幸せになれた。

「オレさぁ、本気で好きになれる相手見つけたんだ。お前みたいに姿だけじゃなくて、オレの内面を見て好きになってくれた素直でかわいい子だ。お互い本気じゃなかったことだし、これでチャラにしようぜ。お前好みの顔の男がまた見つかると良いな。だけど、そんな基準でしか人を好きになれないなんて虚しいだけだって早く気づけよ」

 ショックが強すぎて、声が出せなかった。
 顔を強張らせて立ち尽くすわたしを、朱鷺は冷たい見下したような目で見つめた。
 わたしを好きだと言って、微笑んでくれた彼はもういない。
 恋人の心変わりを目の当たりにして、絶望で体が震えた。

「彼女が待ってるから、もう行く。じゃあな」

 朱鷺が去っていく方角に、心配そうな顔でこっちの様子を窺っている女の子がいた。
 彼は彼女に笑いかけて駆け寄っていく。
 話をつけてきたと、報告しているのが聞こえた。

 本気じゃなかったんだ。
 そっちだって、告白さえしてくれれば誰でも良かったんじゃない。
 きっかけは確かに不純だったけど、この半年間でわたしのあなたへの好意が大きくなっていたことに、少しも気づいてくれなかったの?

 わたしは本気だったのに。
 内面にも触れて、好きだと思ってたのに。
 伝わっていなかった悔しさで涙がこぼれた。

 最悪の結末を迎えた失恋の記憶。
 幾度も恋を重ねてきたけど、この記憶だけは未だに忘れられない傷となって心に刻まれている。




 あれから数年が経ち、大学生になったわたしは新たな恋に胸を躍らせていた。
 浮き浮きした気分で、待ち合わせ場所に急ぐ。
 だって、今日は楽しみにしていたデートの日だから。
 憧れの人からの思いがけないお誘いに、今日を迎えるまで夢見心地で過ごしてきた。

 憧れの彼は、鳶坂渡さんといって、わたしの親友である小鳥雛のボディガードを務めている男性だ。
 彼に惹かれた一番の理由はその容姿。
 高身長に均整のとれた逞しい体格、爽やかな笑顔を浮かべる整った顔立ちは、映画の中から抜け出てきたヒーローみたいで、一目でハートを射抜かれた。
 護衛を仕事にしている彼は、護身術や格闘技にも長けていて、常に体を鍛えている。
 それでいて、粗野なところがない。
 さりげない気配りなんかもできるし、女性のエスコートも上手。
 まさに理想の王子様。
 彼にめぐり合えた奇跡に、神様と親友には幾ら感謝しても足りないぐらい。




 待ち合わせ場所は、わたしが住む街の駅前にある噴水の前。
 鳶坂さんが住んでいるマンションは、いくつも街を越えた遠くなのに、わざわざわたしの近所まで迎えに来てくれるという。
 悪いなぁと思いながらも、気遣ってもらえて嬉しかった。

 噴水を目印にする人も多く、わたし達の他にも待ち合わせをしている人が何人もいた。
 その中に混じり、胸に手を当てて深呼吸。
 デートって言っても、まだわたしの片思いだから、彼に会う時は嫌われないように気を張ってしまう。
 服もかわいくしようと白地のワンピースを選び、メイクも念入りにしてきた。
 約束の三十分前に到着し、待っている間は手鏡で髪型を直したり、服装に乱れがないかチェックしたりして落ち着きなく過ごした。

「おはよう、鳩音ちゃん。待った?」

 約束の時間の十分前に、駅の改札から鳶坂さんが現れた。
 わたしは元気よく笑って、手を振った。

「おはようございます! いいえ、ちっとも待ってませんよ!」

 はうう、今日もカッコイイ。
 彼の着ている物はどこにでも売っているジーンズに黒のシャツといった普段着だけど、身につける側の素材が違うと、こうも素敵に見えるものなのね。
 惚れ惚れと見とれていると、目が勝手に潤んでくる。

「その服似合ってるよ、かわいいね」

 鳶坂さんは、にっこり笑ってそう言った。
 形のよい唇からこぼれる言葉は、わたしを夢の中に誘う甘美な魅力を持っている。
 自然に褒め言葉が出てくるなんて、大人の余裕だなぁ。

「それじゃ行こうか」
「はいっ」

 鳶坂さんの笑顔がわたしだけに注がれている。
 嬉しさに舞い上がって、地に足が着いていないような感覚がした。




 彼について歩きだそうとした時だった。

「鳩音?」

 雑踏の中で、わたしを呼んだのは、間違いなく朱鷺の声。
 振り向いたら、彼女と腕を組んだ朱鷺がこっちを見ていた。

「朱鷺……」

 大学生になってからは、会うこともなかった。
 未だに引きずっているあの痛みが甦ってくる。

「久しぶり。卒業以来だから、二年近く会ってねぇよな」

 朱鷺は普通に笑っている。
 知り合いに偶然会った、そんな感じで。
 隣にいる彼女は、あの時の子だ。
 まだ続いているんだ。
 本気になったっていうのは、本当だったんだ。

「あ、うん、久しぶり。元気そうだね」

 声のトーンが落ちていく。
 どんな風に振る舞えばいいのかわからない。
 笑顔なんて浮かべられない。

「そっちの人は連れ? 彼氏?」

 朱鷺が鳶坂さんに気づいた。
 彼の目が興味を帯びたように輝く。
 どこか嫌な感じがした。

「あ、ううん。えっと、友達の彼氏の友達……」
「紹介で接近中なわけね。なかなかカッコイイ人じゃん。お前の価値観は昔とちっとも変わってないわけだ」

 不躾な視線を投げかけられて、鳶坂さんの眉がしかめられた。
 さすがにまずいと思ったのか、朱鷺の彼女が慌てて腕を引いた。

「朱鷺くん、失礼よ。お邪魔になってるし、もう行きましょう」

 だけど、朱鷺は彼女の制止を無視して、わたしに軽蔑の眼差しを向けた。
 そして鳶坂さんに対して、同情するよと肩をすくめた。

「オレ、高校時代に鳩音と半年付き合ってたんだけど、こいつの告白の動機ってオレの顔が気に入ったからなんだぜ。あんたもこいつはやめとけよ。どうせ顔しか見てないんだ。男を自分を良くみせる飾り物ぐらいにしか思ってない最低女なんだ」

 ぐらっと目の前が真っ暗になった。
 過去の光景が重なって見える。
 何も言い返せずに立ち尽くすわたしを、朱鷺は嘲笑いながら離れていこうとした。

「ちょっと待て」

 わたしの隣で低い声が聞こえた。
 朱鷺が足を止めた。
 怪訝な顔で振り返る。
 その彼を鳶坂さんは怒りのこもった目で見据えていた。

「過去に何があったのか、オレは知らない。だがな、好意を持っている相手が最低とまで言われて黙っていられるほど腑抜けじゃない。そうやって、別れる時も一方的に被害者面して責めたんだろう。彼女を非難する資格がお前にあるのか? 相手の中身を見ていなかったのはお前の方じゃないのか?」

 朱鷺の表情に変化が起きた。
 戸惑いと焦り、怯えが見え隠れしている。
 鳶坂さんは一歩も動いていないのに、朱鷺は後ずさった。

「顔が気に入ったって動機のどこが悪い。お前は半年も付き合って、彼女の何を見ていた? 顔だけで好かれ続けたと本気で思っていたのなら大した自惚れ屋だな。恋人じゃなくても、オレは鳩音ちゃんの良い所をたくさん知っている。いつも笑顔を絶やさない、友達思いで気のつく子だ。賑やかなだけじゃなく、困っている人がいれば声をかけて駆けつける。そんな積極性だって持っている」

 朱鷺は反論しない。
 項垂れて、唇を噛みしめている。

「彼女のことを何も知ろうとせずに、好かれていることだけで満足し、あげくに気持ちを確かめもせずに勝手な思い込みで責めたんだな。自分の好意を疑われて、鳩音ちゃんが傷つかなかったと思うのか。この上、まだ彼女を貶めて傷つける気なら、オレも容赦はしない。これだけ言ってわからないなら、拳で体にわからせてやる」

 鳶坂さんが朱鷺に向かって一歩近づいた。
 わたしは彼の腕にすがった。

「やめてください、朱鷺を責めないで!」

 わたしのことで、鳶坂さんが怒ることはないんだ。
 悪いのは、浮ついた気持ちで朱鷺と付き合っていたわたしだったんだ。

「わたしが悪いんです。わたしだって最初の内は、朱鷺の中身なんて知らずにカッコイイ人だって浮かれてて、思い込みで恋して告白した。そのことで、彼が傷つくなんて考えもしなかった。……朱鷺だけが…悪いんじゃ…ない、きちんと……気持ち…伝えなかった、わたしも悪かっ……」

 言いながら、ボロボロ泣いていた。
 誰にも言えなかったつらい記憶が溢れてくる。
 朱鷺にわかってもらえなかったわたしの気持ちを、鳶坂さんはわかってくれた。
 それだけで、心が救われた。
 ずっと心に引っかかっていた朱鷺との別れの記憶が、氷が溶けていくように流れていく。

 鳶坂さんの腕にしがみついて泣いていると、頭を撫でられた。

「泣かないで。オレも口を出しすぎた。君を泣かしたかったわけじゃない」

 腕を離すと、顔を胸に押し付けられて抱え込まれた。
 鳶坂さんの腕の中は、すごく広くて安心できる。
 それに温かい。
 涙が乾いてきて、穏やかな気持ちになれた。

「行こうか。これ以上、ここにいたら通行の邪魔になる」

 鳶坂さんは、わたしの肩を抱いて朱鷺達に背中を向けた。
 歩き出し、離れて行くわたしの耳に、朱鷺がぽつりと呟いたのが聞こえた。

「鳩音、ごめん」

 声は震えていて小さかったけど、はっきり聞こえた。
 わたしは足を止めて振り向き、微笑みを彼に向けた。

「わたし、朱鷺のこと姿も中身も全部含めて好きだったよ。それだけは本当だから信じてね。今度会った時は、もう一度友達からやり直そう。わたしは今、この人の良い所をたくさん見つけてのめりこんでる最中なの。朱鷺も彼女に愛想尽かされないように頑張ってね」

 朱鷺は俯いていた顔を上げて笑ってくれた。

「ああ、もう一回やり直そう。オレ、今度はお前の良い所ちゃんと見る。ううん、わかってた。でも、自分の非を認めるのが嫌でわざと見ないフリをしてたんだ。本当に悪かった」

 わたしは前を向き、鳶坂さんが差し出してくれた手を取って歩き始めた。

 朱鷺にとっても、わたしとの別れはいつまでも記憶に引っかかっていたんだろうか。
 わたし達はこれで互いを縛っていた過去から解放された。
 朱鷺と過ごした日々は、楽しい事だってたくさんあった。
 それらはわたしの記憶の中で、ようやく綺麗な思い出に昇華された。
 鳶坂さんのおかげで……。




 つないでいた鳶坂さんの手が離れた。
 気がついたら、人気のない公園の片隅に立っていた。
 彼は真剣な顔でわたしを見つめている。

「さっきはどさくさ紛れに言ったみたいなもんだから、言い直しさせて」
「何をですか?」

 鈍いわたしの反応に、鳶坂さんは大げさに肩を落とした。
 さっき彼が言ってたことって?
 わたしを朱鷺から庇ってくれて……。

「好意を持っている相手って言えば、オレの気持ち伝わったかと思ったんだけど無理だったか。うん、きちんと言い直すから、聞いていてね」
「は、はいっ!」

 しゃきんと背筋を伸ばす。
 あ、これはまさか、ひょっとして……。

「鳩音ちゃん。オレは君が好きです。ぜひ、恋人としてお付き合いしてください」

 照れることなく、鳶坂さんはわたしの目を見て告白した。
 意中の人からの突然の告白に、わたしの方が緊張で固まる。

「よ、よろしくお願い…します……」

 おずおずと手を差し出すと、しっかりと握り返された。
 元カレとの再会が生み出した思わぬ急展開に、わたしはパニック寸前だった。

「ありがとう。じゃあ、鳶坂さんてのも距離を感じるからなしにして、渡って呼んで」
「はい、あの……。渡、さん……」

 赤面しつつ、何とか彼の名前を呼ぶと、悩殺されそうな笑顔が返ってきた。
 ほやほやと脳が蕩けて、クラクラしてくる。
 眩しい輝きを放つ渡さんは、わたしの手の平にそっと銀色の欠片を乗せた。

「彼女になってくれたから、鳩音ちゃんにこれあげる。いつでも好きな時に来てね」

 手の平に握らされたのは鍵。
 合鍵。
 一人暮らしの彼の部屋の……。

「うわあああっ! ちょっと鳶……ちが、渡さん! これ、これっ!」

 慌てふためいて、鍵と彼を交互に見る。

「何か問題でも?」
「だって、付き合って初日でいきなり合鍵なんて、早くないですか?」
「初日といっても、付き合い自体は長いからね。信用してる証拠だよ。朝に君がこっそりやって来て、おはようのキスで起こしてくれることを期待している」

 どこまで本気なのかわからないけど、顔が茹蛸みたいに赤くなっていく。
 もうだめだ。
 わたしは溺れている。
 この鳶坂渡という人に、抜け出せないほど囚われてしまった。




 その夜、わたしは雛に電話をかけた。
 もちろん今日の報告とこれからの相談。
 まだ実感が湧かなくて、心臓がバクバク鳴っている。

「ひ、雛ぁ。どうしよう、鳶坂……じゃなくて、渡さんに告白されちゃったよぉ〜」

 電話の向こうの雛は、恋愛成就したというのに泣きついてきたわたしにびっくりしている。

『よ、良かったじゃない。どうしたの? 嬉しくないの?』
「う、嬉しいけど、合鍵だよ! おはようのキスだって、うひい〜っ!」
『は、鳩音ちゃん、鳩音ちゃん!』

 脳裏に赤面ものの告白シーンが再現されて、恥ずかしさに携帯を耳に当てたまま、ベッドの上でのたうちまわり、意味不明な叫び声を上げる。
 わたしが発する怪しい電波を受信中の雛は、不安がって必死に呼びかけてきている。

『鳩音ちゃん、大丈夫?』
「あ、うん。ごめん、変になってた」

 何とか現実に戻ってきて、会話を仕切りなおす。
 途方に暮れて、雛に電話した理由から話さないと。

「雛も知ってると思うけど、わたしが相手と両思いになったのは朱鷺だけなんだよ。だ、だからね、いきなり彼女って言われても、どうしたらいいのかわかんないの。それで参考にしたくて、渡さんが今までの彼女とどういうお付き合いしていたのか知りたいんだ。鷹雄さんにそれとなく聞いてみてくれない?」
『ええ? うーん、でも、鳩音ちゃんのペースで付き合えばいいんじゃないの? 鳶坂さんだって、ありのままの鳩音ちゃんを好きになったはずだよ。今までの彼女と比べたりなんてしないと思う』
「わかってるよ。だけど、幻滅されたくないの。好きな人によく思われたいって考えるのは当たり前の感情でしょう?」

 雛は気が進まない様子だったけど、ふいに声が遠くなった。
 話し声が微かにする。
 鷹雄さんが近くにいるみたい。

『た、鷹雄ぉ、あっち行ってて。鳩音ちゃんの相談に乗ってるんだからぁ』
『渡のことなら、オレのアドバイスを欲しがってるんだろ。だから、貸せ』

 雛の悲鳴が聞こえている。
 何やってるんだろう?
 ぷつっと通話が切れて、戸惑っている間に向こうからかけ直されてきた。
 出てみると、話しかけてきたのは鷹雄さんだった。

『もしもし、急に切って悪かった。久しぶりだな』
「お、お久しぶりです。この前はありがとうございました」

 うう、この人苦手なのよぉ。
 最初に話した時の険のきつさがトラウマになってる。
 悪い人じゃないんだけど、言葉遣いも素は乱暴だし、元ヤンだって聞いたし怖いよぉ。
 だから、雛を通してアドバイスもらおうと思ったのに。

 こちらの動揺などお構いなしに鷹雄さんは話を続けた。
 相槌を打って耳に彼の声を通しながら、何とか落ち着きを取り戻して話に聞き入る。

『オレからしてやれるアドバイスのことだがな。渡は受身で心が広いから、彼女になった以上は、多少のワガママで愛想を尽かされることはない。むしろ、遠慮して引いてると逆効果だ、あいつは離れていく。がっちり捕まえて押していけ』
「は、はい。わかりました」

 渡さんは積極的な子が好きだってこと?
 親友の鷹雄さんが言うんだから、間違いはないよね。

『渡のこと頼む。あいつ、人の世話ばっかり焼くお節介のくせに、自分のことは蔑ろにしてやがんだ。あんたなら、あいつに応えてやってくれそうな気がする。オレもできる限り協力するから、任せたぜ』

 鷹雄さんの声は沈んでいた。
 渡さんが自分を蔑ろにしてるってどういうこと?




 通話を切って、ぽてんとベッドに寝転がった。
 今日は色んなことが起こり過ぎて、頭の中がまだ混乱している。

 わたし、渡さんの彼女になったんだ……。
 手元に残った合鍵が、現実だと教えてくれる。

 アタックしてる時は夢中で、想いが通じた後のことなんてまったく考えていなかった。
 片思いで終わった恋ばっかりしてたから、今回も心のどこかで同じ結末を描いていたのかな。
 ああ、もう、考えるのやめた!
 わたしは渡さんが好き。
 両思いになれたんだ、何も悩むことない。
 わたしの好きって気持ちを伝えていこう。
 楽しい思い出を二人でたくさん作っていくんだ。




 恋人同士になってから初めて迎えた休日。
 出かける支度をしていたわたしの携帯に、渡さんが連絡してきた。

『ごめん、鳩音ちゃん。今日は出かけられそうにない。悪いけど、デートは来週にしてくれないか? 埋め合わせは次回に必ずするからさ』

 都合が悪くなったのかな。
 理由を聞きたかったけど、電話越しに聞こえてくる声はひどく疲れているみたい。
 困らせたくなくて、わかりましたと返事をして通話を切った。

 通話をしている間は物分りが良かったくせに、考える余裕ができると心配と不安で落ち着かなくなってきた。
 渡さん、どうしたんだろう。
 雛なら何か知ってるかもしれない。

 雛の携帯を鳴らすと、出てもらえた。
 挨拶をして、渡さんとの約束がなくなったことを話した。

『鳶坂さんなら、昨日は海外から来たお客様の護衛についてて、帰ってきたの今朝みたいなんだ。急に人が必要になって呼び出されることもよくあるみたい。直前までキャンセルの連絡をしなかったのは、鳩音ちゃんに会いたかったからだと思うよ』

 じゃあ、渡さんは部屋で寝てるんだ。
 徹夜でお仕事してたんなら、しょうがないよね。

「ありがとう、雛。ごめんね、急に電話して」
『ううん、いいの。不安なことがあったら教えてね。相談にならいつでも乗るよ』

 さて、理由がわかったところで、今日はどうしようかな。
 誰か誘って遊びに……。

 机の上に置いていた、合鍵が目に付いた。
 鷹雄さんが言ってたっけ。
 多少のワガママで愛想を尽かされることはないって。
 渡さん、ワガママ言ってもいい?
 構ってくれなくてもいいの。
 わたしはあなたの傍にいたい。

電話の向こうで起こったこと

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