償い
第5話 予想外の雨
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今朝は和食が食べたかったのか、お兄ちゃんが用意してくれた朝食は、ご飯と味噌汁、卵焼きと鮭の塩焼きの定番メニューに味付け海苔が添えられている。
特に話すことも浮かばず、黙々と食べる。食卓に乗っている小型テレビの音が、気まずくなりそうな空気をを和らげてくれていた。
食後には淹れ立てのコーヒーを飲むのがお兄ちゃんの習慣だ。
わたしが食器を流しに運んでいる間に、二人分のホットコーヒーがテーブルの上に置かれた。
香りを堪能しながら、味わって飲む。
テレビに映る朝の番組は、かわいいキャラクターを使った天気予報のコーナーになった。
本日登場したのは、お日様をモチーフにデザインされたぬいぐるみ。
出演者の人がぬいぐるみを手にして、各地の天気を紹介していく。どこも晴れマークばかりだ。
「今日は晴れなんだ。傘はいらないな」
荷物になるから、晴れの日は折り畳み傘も置いていく。
コーヒーを入れたマグカップをテーブルに戻したお兄ちゃんは、呆れた表情でわたしを見た。
「車での送迎なら、雨の心配なんぞいらんだろうが。送り迎えしてやるって言ってるのに、どうして電車に拘るんだよ」
「だって、運転手つきの高級車で大学に来る人なんていないよ。どこのお嬢様だって誤解されたら困るじゃない。わたしの家は普通の家庭なんだよ」
この話題になると堂々巡りになる。
単なる愛人になりたくないからなんて、お兄ちゃんには言えない。
だから、わたしは別の理由を挙げる。
「大学でわたし達の関係がバレたら困るでしょう? お兄ちゃんの評判が悪くなるよ」
企業はイメージも大切だ。
跡継ぎの副社長が、多額の援助と引き換えに女子大生を囲っているなんて世間に知られたら、お兄ちゃんは失脚させられてしまう。
わたしには会社の内情はわからないけど、隼人さんの親族の中には養子であるお兄ちゃんが跡継ぎになったことを良く思っていない人もいると思う。
足枷にはなりたくないと訴えるとお兄ちゃんは渋々引き下がった。
「当分は渡が一緒に通学するらしいな。変な考えは起こすなよ、お前はオレのことだけ見ていればいい」
護衛につけたものの、お兄ちゃんは鳶坂さんとわたしが必要以上に接近することを好ましく思っていない。
確かに鳶坂さんは素敵だけど、恋心とは違うんだ。
お兄ちゃんには抱かれてもいいけど、彼とそうなることは考えられない。
わたしが身を任せてもいいと思えるのはお兄ちゃんだけだ。
他の人を見る余地なんてないぐらい、わたしはお兄ちゃんが好き。
「信用して。わたしはお兄ちゃんのものだよ」
自分から抱きついて、唇を重ねる。
舌を絡めるとコーヒーの香りがした。
わたしが積極的なことに気を良くしたのか、お兄ちゃんも舌を入れてきた。
「ん……、ふぅ…うん……」
溶けてしまいそうな甘い口付けに、その気になってくる。
もうすぐ出かけなければいけないから、残念だけど今朝はここまで。
お兄ちゃんも不満そうに体を離した。
「続きは今夜と言いたいところだが、オレはしばらく残業続きだ。帰りは深夜になるかもしれないから、先に寝ていて構わないぞ」
最近のお兄ちゃんは忙しそうだ。
泊りがけの出張も多いし、帰宅が遅い日も続いている。
大きな商談を任されていて、その準備や根回しに駆け回っているんだと、鳶坂さんがこっそり教えてくれた。
浮気をしているわけじゃないなんて付け加えて。
ホッとしたのは事実だけど、わたしにはお兄ちゃんの恋愛を止める権利はない。
彼に心から愛する人ができたら、わたしは用済みになる。
お兄ちゃんには復讐より、心の安らぐ家庭を築くことを選んで欲しい。
わたしの償いは、彼が幸せになるまで終わることはない。
今日も大学での一日は無事に終わった。
最後の講義を受け終えて、わたしは鳩音ちゃんと一緒に外に出た。
「うわ、見て、雛! すごいカッコイイ男がいるっ!」
目を輝かせて鳩音ちゃんが叫ぶ。
彼女の目線の先には、長身で体格のいい男性がいた。
背筋は姿勢正しく真っ直ぐで、堂々とした物腰が彼の周囲に漂う空気をびしりと引き締める。
服装はラフで大学のキャンパスに溶け込んでいるけど、大学生ではないことをわたしは知っている。
彼はわたしに気づくと、笑顔で片手を上げた。
「お帰り、雛ちゃん」
「お迎えありがとうございます、鳶坂さん」
彼の出迎えの言葉に、わたしも丁寧に返す。
鳩音ちゃんはぽかんとした後、きゃあきゃあ騒ぎ始めた。
「え? 何? 雛の知り合い!? ずるい、どこで知り合ったの!? しかも、お迎えなんて、もしかして彼氏!?」
興奮して機関銃のように喋る鳩音ちゃんに、鳶坂さんは戸惑っている。
わたしは彼がお兄ちゃんの部下で、わたしの護衛をしてくれている人だと説明した。
「もしかして、鷺谷を脅した連中から雛を助けてくれたお兄さんの部下って、この人のこと?」
「え? あ、うん、そうなの」
脅した本人だとは言えずに話を合わせておく。
鳶坂さんも苦笑いを浮かべている。
鳩音ちゃんの瞳はますます輝いた。
「話でしか聞いてないけど、すごく大きくて怖そうな連中だったんでしょ? それを撃退して雛を救い出すなんて、鳶坂さんて、とってもお強いんですね」
鳩音ちゃんの頭の中では、正義の味方のごとく颯爽と現れた鳶坂さんが、華麗な動きで悪人達を叩きのめしている映像が作り出されているに違いない。
鳶坂さんを見つめる鳩音ちゃんは、自分の妄想に酔いしれてうっとりしている。
そういえば鳩音ちゃんは、アクション映画のイケメンヒーローが大好きだった。
「他にも仲間はいたし、別にオレだけが活躍したんじゃないよ。それなりに体は鍛えているけど、一人で大勢を相手にして勝てる気はしないな」
鳶坂さんは汗をかきながら謙遜する。
彼は話題を変えようと、話をわたしの護衛の件に戻した。
「それでオレが雛ちゃんの護衛を任された訳はね。近頃、社長の周辺で身代金目的の誘拐を計画している連中がいるとの不穏な情報が入ってきたんだ。当然、家族も狙われている。副社長と同居している雛ちゃんにも危険が及ぶ可能性があるんだ。それで念のために護衛をつけることになって、大学への通学も送迎することになった。君も彼女の近くで不審者を見かけたら、オレに知らせて欲しい」
もちろん誘拐云々はもっともらしい口実として考えられたものだ。
第一の目的はわたしの監視。
護衛はそのついで。
この間みたいに、男の人に襲われそうになるなんて、滅多にないことだろう。
「はい、もちろんですっ。任せてください!」
すっかり鳶坂さんに夢中になった鳩音ちゃんは、張り切って請け合った。
ただでさえ高いテンションがさらに上がっている。
鳩音ちゃんは美形と見れば飛びついていく。
いつか顔のいい悪い人に騙されるんじゃないかって心配になるよ。
途中までは、鳩音ちゃんと一緒に三人で歩いた。
車での送迎は目立って嫌だと言ったから、鳶坂さんは徒歩で迎えに来てくれている。
かえって迷惑かけたみたいで、申し訳なくなってきた。
鳩音ちゃんは逆方向の電車に乗るので駅に着くとお別れだ。
今日は特に名残惜しそうな鳩音ちゃん。
ここまでの十数分の道のりを質問攻めにされた鳶坂さんは、対照的にホッとしていた。
わたしはそんな二人の様子を見比べて苦笑した。
「じゃあ、また明日ね。帰りは出来る限り一緒に帰ろうねっ。鳶坂さん、今後も鶴田鳩音をよろしく!」
選挙の挨拶周りのごとく、鳩音ちゃんは別れ際まで自分をアピールしていった。
ここまでやられたら、忘れたくても忘れられないと思う。
鳩音ちゃんの積極性は羨ましい。
好きになったら脇目も振らずに突進していく。
その分、失恋も多く経験していたけど、彼女は臆病になるどころか、次こそはとすぐに前向きに切り替えて元気になる。
わたしにはマネできない。
お兄ちゃんに素直な気持ちをぶつけたいけど、拒絶されるのが怖くて一度も言えたことがない。きっとこれからも伝えることはできないだろう。
「彼女って、すごくパワーのある子だな。オレも若くないのかな、ついていけなかった」
鳶坂さんの笑顔は引きつっていた。
圧倒されてペースを乱されてしまったらしい。
「鳶坂さんもまだ二十代でしょう? まだまだ若いですよ」
「いや、ダメ。あの子も雛ちゃんぐらいおとなしかったら話しやすいのに」
「鳩音ちゃんも普段はもっと落ち着いてますよ。鳶坂さんがカッコ良すぎて浮かれてたんだと思います」
「そう? 照れるなぁ。なーんて、オレもそこまで自惚れてないよ」
鳶坂さんは本気にしてくれなかった。
ごめん、鳩音ちゃん。
うまくフォローできなかったよ。
うーん、鳶坂さんの好みのタイプはおとなしい人か。
鳩音ちゃんに教えてあげよう。
がっかりするかな?
いや、彼女は燃えるタイプだ。
理想はあくまで理想だと言って、振られるまで突き進むのが鳩音ちゃんなのだ。
電車に乗って二つ駅を越えると最寄り駅に着く。
実家からだと一時間は乗らないといけないから、便利になったのは嘘じゃない。
駅からマンションまでは徒歩五分ほどだ。
背の高いマンションは駅のホームからでも、はっきり見えている。
「あ、雨」
歩き始めた途端、急に曇って雨が降ってきた。
夕立みたいな激しい勢いで、道路際には小川のような流れが、あっという間にできた。
天気予報じゃ雨なんて言ってなかったのに。
困って空を見上げたら、頭に上着がかけられた。
鳶坂さんが自分の上着を使って、雨避けにしてくれたんだ。
「雨宿りできるところもないし、早く帰ろう」
「で、でも、鳶坂さんが濡れてしまいます」
「オレは平気。雛ちゃんに風邪引かすわけにはいかないんだよ。どっちみち濡れるんだから、これでいいんだ」
他にどうしようもなくて、急いでマンションまで帰った。
おかげでわたしはそれほど濡れなかったけど、彼の方は髪から服までびしょ濡れだった。
最上階のお兄ちゃんの部屋までわたしを送り届けると、鳶坂さんは階下にある自分の部屋に帰っていった。
去り際に大きなくしゃみを一つして。
大丈夫かな……。
翌日、鳶坂さんは調子が悪そうだった。
いつも愛想のいい彼が、しおれた花のように元気がなかった。
熱があるのかもしれない。
心配になって今日は車で送迎してもらうことにした。
運転手さんは別にいるし、これなら彼にそれほど負担はかからない。
構内に車で乗り入れてしまうと目立つので、大学より少し離れた場所で下ろしてもらい、迎えも同じ場所でということで妥協してもらった。
帰り道の車の中。
鳶坂さんとわたしは並んで後部座席に座った。
彼はマスクをして、時々咳をしていた。
「ごめんな、雛ちゃん。ちょっと雨に濡れたぐらいで風邪引くなんて、プロ失格だな。鷹雄にバレたらクビかもなぁ」
「そんな、昨日のことはわたしのせいでもあるんです。お兄ちゃんの言うことを聞いて車で送迎してもらっていれば、鳶坂さんが風邪を引くこともなかったんです。ごめんなさい」
「雛ちゃんは優しいな」
ふうっと彼は重い息を吐いた。
熱を吐き出すような呼吸の仕方。
かなりつらいんだ。
いつも通りにマンションの最上階まで送り、帰ろうとする彼をわたしは引き止めた。
「鳶坂さん、うちで休んでください。下には誰もいないんでしょう? 何か口に入れないといけないし、お粥作ります」
「いいよ、寝てれば治る。責任なんて感じなくていいから」
「でも、途中で倒れたら……」
心配で掴んだ腕を離そうとしなかったら、根負けしたのか彼は微笑んだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて少しだけ休ませてもらうよ」
今日もお兄ちゃんは残業で、夜遅くまで帰ってこない。
鳶坂さんの体力なら、数時間眠れば熱も少しは下がるだろうし、それまで休んでいてもらおう。
お兄ちゃんが帰る前に部屋に戻ってもらえば、熱を出したこともバレることはないはずだ。
鳶坂さんの熱は八度を越えていた。
普段は使っていないゲストルームのベッドを急いで整えて案内する。
スーツのままでは寝られないから、お兄ちゃんのパジャマを貸して着替えてもらった。
洗濯もわたしがしているから、こっそり洗えば気づかれない。
お粥を作って、薬と一緒に運んだ。
鳶坂さんはベッドの上で体を起こしていたけど、熱のせいでぼうっとしていて、呼吸が荒くなっている。
わたしは冷水で絞ったタオルで、彼の額や首の辺りを拭いてあげた。
「気持ちいいですか?」
「……うん…気持ちいいよ、雛ちゃん……」
気が緩んで意識が遠のいたのか、鳶坂さんがわたしの方に倒れてきた。
「あっ」
びっくりして声を上げて、彼の体を受け止める。
首筋の辺りに息がかかってくすぐったかった。
「やぁ」
変な声が出て慌てる。
鳶坂さんは熱でフラフラで下心なんかないってわかっているのに焦ってしまう。
「雛ちゃん、ごめん…重い? もう少しこのままでいさせて、動くと…キツイ……」
熱で頭が重いのかな。
体を支えてあげなくちゃ。
「わたしなら大丈夫ですから、気にしないでください」
彼の背中に腕をまわして支え、座ってもらう。
とりあえずお粥かな。
その後で薬を飲んでもらおう。
小さな器に少しだけ移して、試しに食べてもらうことにした。
「ゆっくりと、慌てないでくださいね」
落ち着くように声をかけながら、お粥を勧めた。
飲み込むのはつらそうだったけど、全部食べてくれた。
「雛ちゃんの…温かい……、もっといけそうだけど、いい?」
「はい、好きなだけどうぞ」
食べられるみたいだし、回復してきてるのかな。
お代わりを渡して、こぼさないように介助して見守る。
鳶坂さんは二杯目も綺麗に食べてくれた。
「ありがとう、雛ちゃん。久しぶりに人の手料理を食べたよ。ごちそうさま」
鳶坂さんは空の食器をわたしに渡しながら、懐かしそうに目を細めた。
「しばらく実家に帰ってなかったしなぁ。今度の休みにはお袋の顔でも見に帰ってみるか」
わたしのお粥は母の味だったらしい。
お母さんか。
わたしも熱を出した時は、お粥とかすりおろしのリンゴとか食べさせてもらったな。
わたしがしんみりと母との思い出に浸っている間に、鳶坂さんは薬を飲んでいた。
何気なくその様子を見ていて、彼の枕元に携帯電話が置いてあることに気がついた。
「鳶坂さん、携帯はこっちに置きましょうか?」
サイドテーブルを示して言うと、鳶坂さんは携帯を手にとった。
「しまった、切れてる。出た時、熱でぼうっとしてて、ちょうど雛ちゃんが来てくれたから忘れてた。まあ、いいや。聞こえてたんなら、こっちの様子は伝わっただろうしな」
掛け直さなくていいのかな。
相手の人が気を悪くしていなければいいけど。
気になったけど、口を出すことでもないので黙っておいた。
彼が横になるのを見届けて、空の食器を下げていく。
氷枕を用意してあげよう。
時間を開けて様子を見に行くと、鳶坂さんはよく寝ていた。
時々、氷枕を取り替えて看病を続けた。
その合間にリビングでレポートを書いていると、玄関が開く音が聞こえた。
あれ?
お兄ちゃんが帰ってきたの?
そんな。
遅くなるって言ってたのに。
どうしよう、鳶坂さんのことを知られたら、彼がクビにされてしまう。
部屋に入ってきたお兄ちゃんは殺気立った目で室内を見回した。
「渡はどこだ?」
開口一番のこの問いに、心臓をわしづかみにされたかのようにぎくりとした。
わたしの反応を見て、お兄ちゃんの顔がさらに険しくなる。
「これみよがしにあんな会話を電話口で聞かせやがって、お前ら覚悟はできてんだろうな。渡の野郎もここにいるんだろ? それとも怖気づいて逃げたのか?」
電話って何?
あ、さっきの鳶坂さんの携帯。
でも、あんな会話って看病してただけなのに、どうしてそこまで怒るの?
「た、確かに体調管理は大事かもしれないけど、どんな人でも病気になることぐらいあるよ。うちで休んでもらったことがいけなかったの? でも、鳶坂さんはお兄ちゃんの友達でしょう? ほっとけないじゃない」
「あいつとは長い付き合いのダチだが、女まで共有しようとは思わない。病気とか、何をわけのわからん言い訳してるんだ。それを口実にあいつに誘われたのか? それともお前の方からか? いや、どっちでもいい。どのみち渡はぶっ飛ばさねぇとオレの気が収まらん」
お兄ちゃんが勘違いをしていることに気がついたけど、その原因はわからない。
確かなことは、お兄ちゃんはわたしと鳶坂さんが、この部屋で逢引していたと思っているんだ。
「ヤツはどこにいる? クビにする前に血祭りに上げて、オレを裏切ったことを死ぬほど後悔させてやる。どこで寝てやがるんだ、ベッドのある部屋だとすれば、ゲストルームか寝室だな」
「ま、待って、お兄ちゃん! 違うの!」
わたしはリビングのドアの前に立って、お兄ちゃんを止めようとした。
あんな状態では、鳶坂さんは弁解も逃げることもできない。
お兄ちゃんは鳶坂さんを殴る気なんだ。
ここはわたしが誤解を解かないと……。
「何が違うってんだよ。そんな下手な芝居でオレを騙せると思ってんのか?」
お兄ちゃんは冷たくわたしを見下ろすと、床に引き倒した。
「言い訳は聞かない。そうだな、先に雛にお仕置きをしてやろう。オレだけじゃ足りないから、他の男を引っ張りこんだんだろ? 満足いくまで抱いてやろうじゃないか。オレに抱かれて喘ぎまくってる声を、あいつに聞かせてやる」
説明する前に、服を引き裂かれた。
ボタンが飛んで、前を開かれる。
「や、やだ! 鳶坂さんがいるんだよ、やめて!」
「何を恥ずかしがっているんだよ。ついさっきヤッたばかりの相手なんだから見られても構わねぇだろ。それともオレに抱かれているところを、あいつには見られたくないとでも言う気か? まさか、本気になったわけじゃねぇだろうな。お前はオレのものだ! 他の男に足を開くようなマネを誰が許すかよっ!」
スカートを履いていたから抗う暇もなく、ショーツがパンストごと引き下ろされた。
足から抜かれたそれらの下着は投げ捨てられ、ブラはフロントホックのものをつけていたから、簡単に外されてしまった。
痛みを覚えるほど胸を乱暴に揉まれる。
解放されたと思ったら、お兄ちゃんの舌が乳首を嬲り、指が肌を撫でて体中に散らばる性感を刺激し始めた。
「あっ、あっ、……ぅあ、ああん……」
声を抑えなくちゃ。
出てくる喘ぎを懸命に堪えた。
「……やぁうっ」
潤い始めた秘所を舐められた。
わたしは指より舌で触られた方が感じてしまう。
お兄ちゃんはそれを知っているから、わざとやらしい水音を立てて、吸いついてくる。
小さな突起を舌で嬲られ、体の奥が熱く、疼き始めた。
「……うっ、……ひぅ……、ん、あうっ……っ!」
手で口を押さえて、声を出さないようにしていたけど、くるんと体をひっくり返された。
うつ伏せになった体を支えるために、膝と両手を床につく。
これじゃ、口を押さえられない。
お尻を高く上げさせられて、獣みたいに四つんばいに這わされた。
やだ、恥ずかしいよぉ。
こんな姿を、鳶坂さんに見られたら……。
お兄ちゃんの指が、後ろからわたしの秘所を撫で回した。
愛液が溢れ出ていることを確かめるように、ぐちゅぐちゅ中をかき回す。
その度に、わたしのそこはひくひくと痙攣した。
「ああっ、やめてぇ……」
指で与えられる刺激で、自然に腰が揺れてしまう。
覆いかぶさってきたお兄ちゃんは、秘所をいじりながら、胸にも手を伸ばしてきた。
体と一緒に揺れ動く乳房も、彼の手の平で弄ばれる。
乳首がピンピン弾かれて、その度に達して、中を蹂躙している指を締め付けてしまう。
「うあぁんっ、いやぁ、お兄ちゃん…お願い……だから…」
やめてと言い終える前に指が抜かれた。
愛液が一緒にこぼれ出たのか、股間から内腿へと滴が伝い落ちる感触がした。
だけど、お願いを聞いてもらえたわけじゃなかった。
お兄ちゃんの意地悪な声が、背中越しに聞こえてくる。
「しっかり濡らしてやったんだから感謝しろ。目を離すと見境なしに男を欲しがるお前には、相応しい格好で入れてやるよ」
腰を掴まれて後ろに引き寄せられる。
秘所に押し当てられた彼自身が、潤滑剤となった愛液のおかげで抵抗もなく中に入っていく。
「渡のヤツにはどんな風にかわいがってもらったんだ? オレとヤッてる最中でも、あいつのことを考えてよがってるのか?」
怒りを押し殺した声で、お兄ちゃんはわたしを責めた。
繋がった部分が激しく突き動かされる。
腰が打ち付けられるたびに、触れ合う肌が音を立てた。
「……はぁ、あっ、あうんっ」
違うって言いたいのに、出てくるのは喘ぎ声だけだった。
頭の中が真っ白になってきて、何も考えることができない。
「オレとあいつとどっちがいい? どっちのモノが大好きなのか、あいつにも聞こえるように言えよ。オレを選ばなかったら、二度と抱いてやらねぇからな。これは最後のチャンスだ。お前がオレを裏切ったら親父達がどうなるのか、もう忘れたのか?」
お兄ちゃんは両親のことを持ち出したけど、わたしは二度と抱いてもらえないという宣告に反応した。
その一言で、理性が砕ける。
お兄ちゃんに抱いてもらえなくなるのは嫌。
答えを口にすることにためらいはなかった。
「お兄ちゃんがいいの、雛はお兄ちゃんのモノが大好きだよぉ! 他の人じゃダメなの、お兄ちゃんだけが欲しいよぉ」
この体を自由にしていいのはお兄ちゃんだけだ。
わたしは羞恥心も忘れて、貪欲に彼を求める言葉を叫んだ。
「そうか、いい子だな。雛はそうやってオレのモノだけ咥えていればいいんだよ。バカなお前でもお利口なペットになるように、ちゃんと躾けてやるからな」
囁きと共に背中に口付けが降りてきて、わたしは達した。
彼の方はまだ終わらず、再び体を転がされて、正常位で絡み合う。
理性を失い、本能でお兄ちゃんを迎え、体にしがみついて声を上げた。
「あっ、うんっ、あぁ、お兄ちゃあんっ!」
わたしは家の中にいるはずの鳶坂さんの存在を忘れ去っていた。
憚ることなく大声を出して、喘ぎ続ける。
舌で舐められている耳に、廊下の方から大きな物音が幾度も聞こえてきて、我に返った。
意識がそちらにそれたと同時に、リビングのドアが勢いよく開いた。
「雛ちゃん、どうしたっ!?」
ゲストルームから飛んできたのか、鳶坂さんはパジャマのままだった。
物音は彼がよろめきながら廊下を歩いていた音だったみたい。
鳶坂さんは床の上で繋がっているわたし達を見て、ドアノブにすがりつきながら、ずるずると床に腰を下ろした。
「なんだよぉ、雛ちゃんが襲われてるんだと思って、必死こいてベッドから出てきたってのに……。鷹雄も電話聞こえてたんなら、オレがいるって知ってたはずだろ? 節操なく、こんなところで盛るな、ちょっとは…我慢しろ、紛らわ…しい……」
声が段々小さくなって、鳶坂さんが床の上に倒れた。
カーペットが厚い生地だったことが幸いして、彼は無傷で転がった。
赤い顔をして、苦しそうな呼吸を繰り返している。
「渡!?」
さすがにお兄ちゃんも、様子がおかしいことに気がついた。
わたしから離れて、素早く後始末をしてズボンを履く。
最低限の身なりを整えてから、鳶坂さんに歩み寄り、熱を見ている。
わたしはその間に服を着替え、お兄ちゃんが鳶坂さんの肩を支えてゲストルームに運んでいくのを手伝った。
「減俸一ヶ月」
誤解が解けたお兄ちゃんは、ベッドに入っている鳶坂さんを見下ろして言った。
「あ、ひどい」
「これでも寛大な処置だ。一応仕事はこなしていたようだから、これだけで許してやる。今後は体調管理に気をつけろ」
鳶坂さんがクビにならなくて胸を撫で下ろした。
お兄ちゃんにバレたのも、わたしがここで休むように引き止めたせいだから。
「何を聞いて誤解したのかは知らないけど、雛ちゃんは看病してくれてただけ。オレが一人暮らししてるから、ぶっ倒れないか心配してくれてさ。雛ちゃんは本当に優しいなぁ、誰かさんとは大違い」
当てこすりをする鳶坂さんに、お兄ちゃんは顔をしかめた。
くすくす笑う鳶坂さんを黙らせるためか、拳骨で頭を軽く小突いた。
「今夜はここに泊まれ。一晩寝ても治らないようなら、医者を呼んでやる」
「頼むよ。悪いな、世話かけて」
鳶坂さんが寝付いたので、わたしとお兄ちゃんはリビングに戻った。
お兄ちゃんはソファに座り、背もたれに体を沈めて大きく息を吐いた。
「お兄ちゃん、ごめんなさい」
わたしが謝ると、彼は驚いた顔でこっちを見た。
「どうして謝る? オレが勝手に誤解しただけだろう」
「でも、誤解されるようなことをしたのは、わたしだから……」
お兄ちゃんはため息をついた。
そして手招きして、わたしを呼んだ。
「お前はいつもそうだな。だからバカだって言うんだ」
何でだろう。
お兄ちゃんの声は罵倒するものとは違って、穏やかだった。
隣に腰かけると、頭に彼の手が置かれて髪を撫でられた。
お兄ちゃんの方へ体を預けて、瞼を閉じた。
昔、わたしが泣いたり、落ち込んだりした時は、こうして抱き寄せて頭を撫でてくれてたな。
お兄ちゃんが原因の時は特に優しかった。
誤解したこと、悪かったって思ってくれたのかな。
「さっきは中途半端なところで終わったからな。今から社の方に戻るのも面倒だし、今夜はお前を抱いてさっさと寝る。その代わり、明日は帰れねぇだろうけどな」
わたしはお兄ちゃんの首に腕をまわして、自分から口付けを求めた。
お兄ちゃんからは、さっきまでの獰猛さは消えていた。
キスにも応えてくれて、ゆっくりと舌を絡め合わせて唇を重ねる。
口付けを終えて目を開けたら、冷静さを取り戻した彼の瞳にわたしが映っていた。
錯覚かもしれないけど、暖かい眼差しを向けられた気がした。
「寝室に行くぞ。邪魔はされたくないからな」
「はい」
キスの余韻に浸りながら返事をした。
お兄ちゃんはわたしを横抱きに抱え上げて、いわゆるお姫様抱っこで運んでくれた。
オレンジ色の小さな明かりだけを灯し、寝室のベッドの上で体を重ねた。
彼の指が丁寧に肌を撫でて、蕩けそうなキスが落ちてくる。
胸の膨らみが手の平に柔らかく包み込まれた。
動きの一つ一つに優しさが感じられて嬉しかった。
お兄ちゃんは悪い人じゃない。
口は悪くても、行動で優しくできる人なんだ。
昔の彼が、復讐のためだけに優しかったわけじゃないって信じてる。
いつか心から笑って欲しい。
あなたが憎しみから解放される日まで、わたしは傍にいて償い続けるから。
渡の独り言
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