償い

第9話おまけ −渡の独り言−

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 中では濃厚なラブシーンが繰り広げられているであろう重役室の扉の前で、オレは見張り番をやっていた。
 すぐ隣で、鷹雄の秘書が書類を抱えて立ち尽くしている。
 痩せ型の男は、色白で覇気がない。
 どうして、こんな気の弱そうな人が鷹雄の秘書なんてやってるんだろう。
 人事の連中もひどいことするな。

「あ、あのう、この資料を早く届けないと、ボクまた副社長に怒鳴られてしまうんですが……」

 半泣きになっている男は、今年の春に有名大学を優秀な成績で卒業した新人さんらしい。学歴も幼稚園から有名どころで、汚点のない完璧な代物だった。
 完璧すぎる学歴がやっかみを生み、嫌がらせでここに配属されたんだろうか。
 鷹雄の秘書は厚遇のようでいて、すぐに胃をやられて潰されると評判が高い役職だからな。
 エリート街道まっしぐらのはずが、運のないヤツだ。
 人のいいオレは、こいつがかわいそうになって忠告してやることにした。

「いや、今行く方が怒鳴られるぜ。人の恋路を邪魔するヤツは馬に蹴られて……ってよく言うだろ? タイミングは計ってやるから任せとけ」

 中の様子を窺うべく耳を済ませると、何やら物音と声がする。
 雛ちゃんの声は甘ったるく艶を帯びていた。
 こら、待て!
 まさか、最中なのか!?

 勘違いではない証拠に、雛ちゃんの色っぽい喘ぎ声と、二人分の息遣いが絶え間なく聞こえてくる。
 いや、勢いってものもあるだろうが、ここはオフィスだぞ。
 鍵もついてない部屋でやるなっての!
 お盛んな二人の会話は、こちらが耳を覆いたくなるほど恥ずかしいものだった。

(あん…ぁ……、こんなところでいやぁ……人が来ちゃう……)
(そういや、資料を取ってくるようにいいつけてあったんだ。そろそろ戻ってくる頃だな)
(え? やだ、離してぇ、見られちゃうよぉ)
(…うっ……おい、すげぇ締まったぞ。感じてるのか?)
(やぁんっ、ダメ……恥ずかしいよぉ)

 鷹雄のヤツ、オレが見張ってるのわかってやってるだろ。
 それ以前に、昨夜もやったくせに元気だな。
 雛ちゃんも本気で嫌ならもっと抵抗しろよ……。

 オレは聞き耳を立てるのをやめて、秘書の方を向いた。
 首を振って、肩をすくめる。

「早くて三十分……、長くて一時間はかかるな。茶でも入れてきてくれない?」
「え、でも……」
「心配しなくても、ここで遠慮しておけば、ご機嫌になった鷹雄は何も言わないさ。逆に今入って邪魔をすると、雷が落ちるからやめといた方がいい」
「は、はぁ……」

 不安そうな顔をしつつ、秘書は給湯室へと向かった。
 オレは扉から離れて、壁にもたれかかった。
 ここまで離れれば声は聞こえない。

 そうだ、社長に連絡入れないと。
 メールに任務成功と打ち、送信する。

 すぐに返信がきて、お礼にと夕食に招待された。
 そういや、朝から走り回ってメシ食ってなかったな。
 二晩続けてご馳走だ。
 これも役得なんだろうか?

END


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