欲張りな彼女

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 あたしの幼友達は双子の男の子だった。
 一卵性だからか、顔はそっくり。声も似ていて、すぐに見分けがつくのは彼らの家族とあたしだけ。
 それだけ姿はそっくりでも、二人の性格はまったく違う。
 あたし達は仲良しで、毎日一緒に遊んでいた。

「優(ゆう)ちゃーん、秀(しゅう)ちゃんがあたしのアイス取ったぁ」

 三人に一個ずつと、彼らの母にもらったコーンカップのバニラアイス。
 ゆっくりペロペロ舐めて味わっていたら、先に食べ終わった双子の片割れ、秀ちゃんに取られてしまった。
 あたしはもう一人の片割れ、優ちゃんに泣きついた。
 秀ちゃんはムッとした顔でこっちを見てる。
 でも、アイスを食べるのはやめない。

「知恵(ちえ)が食べるの遅いから手伝ってやってるんだよ」
「遅いんじゃないの、味わってたの! ああーっ、上のアイス全部食べたぁ」

 残っているのはコーンの部分のみ。
 悔しくて涙ぐむあたしに、優ちゃんが自分のアイスを差し出した。
 上のところ、まだ半分ぐらい残ってる。

「交換しよう、ボクがそっち食べる。秀はもういいだろ、それ返せ」

 そう言って、優ちゃんは秀ちゃんからコーンを取って食べ始めた。
 あたしは涙を引っ込めて、優ちゃんの隣でアイスを食べた。
 秀ちゃんはつまらなさそうにふて腐れて、どこかに行ってしまった。

「優ちゃん、ありがとう」
「ううん、いいよ。アイス、おいしい?」
「うん」

 秀ちゃんは意地悪で、優ちゃんは優しい。
 でもね、あたしは秀ちゃんのこと嫌いじゃない。
 いじめっ子に嫌なことをされた時に、真っ先に助けに来てくれるのが秀ちゃんだったから。




 天気のいい土曜日の午後。
 公園の砂場で、あたしは一人で遊んでいた。
 優ちゃんと秀ちゃんは、鉄棒のところで逆上がりの練習をしている。
 練習っていっても、二人ともマスターしているから、本当はあたしの練習に付き合っていたんだ。
 何度やっても上手くできないから、癇癪を起こして砂場にいる。
 二人はあたしの機嫌が直るまで離れているつもりなんだ。

 二人がいる反対方向から、別の男の子達が来た。
 近所でも乱暴なことで有名な子達。
 リーダーの子はお姉さんと仲が悪く、ケンカしても勝てないからと、代わりに自分より小さい女の子を目の敵にして意地悪をしてくるのだ。

「おい、お前。オレ達が遊ぶんだからどっかいけよ、邪魔だ」

 砂場で遊ぶ気なんかないくせに、あたしを追い出そうと足で蹴ってきた。

「黙ってないで、何か言い返せよ。女って口だけは達者のはずだろ」

 女の子にだって色々いるんだ。
 あたしは口ゲンカは得意じゃない。
 引っ込み思案で親しくない人の中ではうまく喋れない。
 秀ちゃんに意地悪されても言いたいことが言えるけど、それは彼に気を許しているからだ。
 知らない子に囲まれて、悪意のある言葉を投げつけられたら何もできない。

 押されてこけたところに、四方から砂をかけられる。
 目や口に砂が入らないように顔を覆ってしゃがんでいることしかできなかった。

「お前ら、知恵に何してんだよ!」

 飛んできてた砂が止まった。
 手をどけて顔を上げたら、いじめっ子のリーダーが倒れてて、秀ちゃんがその上に乗っていた。

「オレが相手になってやる、かかってこい!」

 秀ちゃんは立ち上がると、一番近くにいた子を突き飛ばした。
 掴みかかってきた子を投げ飛ばして、叩いて、すごい暴れようだ。

「こいつ一人だぞ、みんなでかかれ!」

 立ち直ったリーダーの号令で、怯んでいたいじめっ子達が勢いを取り戻した。
 秀ちゃんが危ない。
 あたしも加勢しなくてはと焦ったけど、優ちゃんに止められた。

「知恵はここにいて、ボクと秀だけで大丈夫だから」

 優ちゃんが加勢に入り、秀ちゃんと二人でいじめっ子達を追い払ってくれた。
 二人ともあちこち擦り剥いて傷だらけだ。
 いじめっ子の方はもっとボロボロになってたけどね。

「優ちゃん、秀ちゃん、痛い? ごめんね、あたし何もできなくて、ごめんね」

 二人の姿が痛々しくて、あたしは泣いていた。

「何で知恵が泣くんだよ。こんなの痛くも何ともねぇよ。気にすんな、泣き止め」
「知恵にケガがなくて良かった。ボクも痛くないから、泣かないで」

 それぞれの言い方であたしを慰めて、彼らは手を差し出してきた。
 二人の真ん中に入って手を繋ぎ、家に帰っていく。
 優ちゃんも秀ちゃんも大好き。
 あたしにとって二人は大事な存在だった。
 いつまでも、このままでいられたらいいと、ずっと思っていた。




 小さかったあたしも、すでに高校二年生。
 進路のことを考えると憂鬱な今日この頃。
 一応進学コースに入っているから、後は専門に進むか、大学に行くかを決めなくちゃ。
 資料を集めて、せめて何を目指すかぐらいは考えないとな。

 通学途中に駅で秀ちゃんを見かけた。
 高校に入ってから、秀ちゃんは髪を染めた。
 明るめの茶髪に、紺色のブレザーの制服を着崩している。
 不良っぽいけど、成績は常に上位の方。運動神経も抜群で、体育会系クラブの人達が帰宅部でいるなんてもったいないと嘆いていた。

 秀ちゃんとは中三の時のある出来事から気まずくなってあまり喋ってない。
 話しかけても、そっけない返事しかしてくれない。
 嫌われたんだと思う。
 仲良しだった三人の輪が壊れたのは、本当に突然のことだった。




 中三の夏休み。
 あたしは優ちゃんと、彼の部屋で勉強していた。
 彼の部屋といっても、共同だから秀ちゃんの部屋でもある。
 秀ちゃんはコンビニに行くと言って外出中。
 差し入れに冷たいジュースを買ってきてくれるそうだ。

 二人が受験する高校は偏差値の高い学校で、あたしも同じところに通いたいからと、優ちゃんに家庭教師役を頼んで勉強を教わっていた。
 同学年でも、二人とあたしでは出来が違う。
 同じレベルで張り合うことは難しかったけど、ついていくぐらいなら頑張ればなんとかなると必死だった。

「そろそろ秀も帰ってくるだろうし、休憩しようか」

 優ちゃんの一言でホッと気を抜く。
 クーラーが聞いて涼しい部屋。
 暑いからと薄着してきたのがまずかった。
 ちょっと寒い。

 微かに震えたあたしに気づいて、優ちゃんが上着を持ってきてくれた。
 大き目のジャケットは、優ちゃんの匂いがした。

「ありがと。これ着てると、優ちゃんに抱っこされてるみたいだね」

 照れくさくなって笑い、何気なく思ったことを口にした。
 でも、その一言が部屋の……あたし達の空気を変えた。

「知恵は嬉しい?」
「え? うん」

 何がって聞く暇もなかった。
 気がついたら優ちゃんに抱きしめられてて、顔が間近に迫っていた。

 あたしの唇に優ちゃんの唇が触れる。
 ドアが開く音がしたのは、ちょうどその時だ。

「何してんだ?」

 低い押し殺したような声は秀ちゃんのものだ。
 あたしは呆然と目の前の優ちゃんを見つめて、秀ちゃんへと顔を向けた。

「見ての通りだ。知恵はボクを選んでくれた」

 優ちゃんの声もいつもと違う。
 ケンカしている時みたいに険悪で、あたしはおろおろして二人を交互に見ていることしかできなかった。
 秀ちゃんはあたし達を睨みつけると背中を向けた。

「そうかよ。邪魔者は消える、せいぜい仲良くやれよ」

 秀ちゃんが吐き捨てるように呟き、ドアを閉めて階下に下りていく。
 間を置かず、玄関の扉が開閉された音が聞こえた。
 立ち上がって追いかけようとしたあたしに、優ちゃんが抱きついてきた。

「行っちゃだめだ、知恵! 行かないで!」
「でも、秀ちゃんがっ!」
「いいんだ。これでいいんだよ! ボク達はいつかは離れなくちゃいけなかったんだ、いつまでも三人でなんていられないんだよ!」

 声を荒げた優ちゃんは、泣きそうになっていた。
 あたしは彼を置いていけなくて、ぎゅっと抱きしめた。
 心の中では「どうして?」と繰り返しながら。




 あれから二年。
 こんなに近くにいても、あたしと秀ちゃんの心の距離は遠い。
 秀ちゃんはあたしに気がつくと顔をしかめた。
 そして、隣にいた女の子の腰を抱いて引き寄せた。

「あんっ。どうしたの、秀」

 蕩けそうな甘い声を出した女の子は、ロングの茶髪で派手な感じの綺麗な子。うちの学校の制服を着ているけど、知らない人だ。
 また違う彼女を連れている。
 高校生になってすぐに、秀ちゃんに彼女ができた。
 告白されてOKしたって聞いたけど、一ヶ月も持たなかった。
 それ以来、秀ちゃんの彼女は、月に二、三人のペースで変わっている。告白してきた子と手当たり次第に付き合っていて、酷い時には複数の彼女がいることもあった。
 優ちゃんは秀ちゃんの乱れた異性関係を心配していた。
 あたしも心配だって秀ちゃんに言ったら、すごい目で睨まれて「お前には関係ない」って怒鳴られた。
 そのことがあってから、あたしと秀ちゃんを隔てる壁はさらに厚く高くなった。
 今も声をかけるのが怖い。
 だけど、絆を完全に断ち切りたくなくて、勇気を出して近づいていった。

「おはよう、秀ちゃん」

 笑顔で挨拶。
 秀ちゃんは顔をしかめたままだったけど、無視はしなかった。

「おう」

 一言だけど返事がもらえた。
 嬉しくて欲が出てきたあたしはもう一言何か言おうと思ったけど、隣の彼女の存在を思い出して二人から離れた。

「ねえ、今の子って誰?」

 彼女が秀ちゃんに問いかける声が聞こえた。

「優の彼女」

 どうでもよさそうに秀ちゃんが答えた。
 涙が出そうになった。
 違うのに。
 あたしと優ちゃんはそんなんじゃないのに。

「ふーん、それにしては冴えない子じゃない。目を引くのは胸だけね。優くんて巨乳好きなの?」

 彼女の嘲笑が耳に届く。
 無意識に胸元に手をやった。
 ブレザーを着ていてもわかるほど、胸は隆起している。
 中学の時でもそれなりにあったけど、高校に入ってますます大きくなった。
 自分でも気になり始めた頃に、秀ちゃんに「優に揉ませてでかくしたのか」て言われた。
 否定したけど信じてもらえなかった。
 あの時の秀ちゃんの目は冷たくて怖かった。

「あいつのことなんてどうでもいいだろ。つまんねぇことに興味持つなよ」

 あたしの話はつまらないこと。
 小さい頃、あたしを守ってくれた頼もしい秀ちゃんはもういないんだ。




 学校に着くと、先に来ていた優ちゃんに会った。
 優ちゃんは真面目な優等生。
 地毛の黒髪は濁りがなく、短髪を清潔に見えるように撫で付けてある。
 制服はネクタイまできっちり結び、爽やかな笑顔と穏やかな物腰で先生達の受けもいい。
 秀ちゃんと雰囲気も姿もまったく違うから、今では二人を見分けられずに間違える人はいない。

 優ちゃんのあたしに接する態度や距離は昔のまま。
 秀ちゃんは誤解しているけど、あたしと優ちゃんは幼なじみから進展なんかしていない。
 キスをしたのも、中三のあの時だけだ。

「おはよう、知恵」
「おはよう、優ちゃん」

 にっこり笑いあっても、どこかぎこちない。
 以前は居心地が良かった優ちゃんの隣も、秀ちゃんが欠けてからは落ち着かなくなった。

「知恵、今日は一緒に帰ろう。放課後、図書室に寄るから、そこで待ち合わせしよう」
「うん、図書室だね」

 優ちゃんの誘いは素直に嬉しい。
 あたしは優ちゃんが好き。
 落ち着かない場所でも傍にいたい。
 彼はわたしの大事な人だ。




 放課後、図書室に向かった。
 引き戸を開けて中を覗いて、優ちゃんを探す。

 本を読んでいる優ちゃんの隣に女の子が座っていた。
 あの人知ってる。
 優ちゃんのクラスの人で、すごく頭のいい子。
 一緒にクラス委員をやっていて、真面目で気配りのできる子だって、優ちゃんが褒めてた。

 優ちゃんがニコニコ笑ってあの子の話をするものだから、あたしはひどく嫌な気持ちになった。
 今も二人は笑いあって話している。
 他愛のない雑談なのか、読んでいる本についてなのか、理由は何だとしても、あたしの中で嫌な気持ちが膨らんでいく。

「ね、どう? 返事を聞かせてよ」

 彼女は何かの返事を優ちゃんに尋ねていた。
 瞳は期待に満ちて輝いている。
 もしかして彼女は告白していたの?

「ボクも好きだからいいよ」

 優ちゃんが微笑んで答える。
 ショックでよろめいた弾みで、引き戸が音を立てた。
 二人がこっちを向く。
 優ちゃんが立ち上がって、あたしに笑いかけた。

「知恵、もう少しだけ待ってて。今、この子と……」
「ごめんなさい。嬉しくて、つい話し込んじゃって」

 隣の彼女が、あたしに笑顔を向けた。
 付き合うことになったって、優ちゃんの口から言われたくなかった。
 恋人じゃなかったけど、優ちゃんの隣だけは、ずっとあたしの居場所だと信じていたのに。

 仲のいい二人を、これ以上見ていたくなくて、図書室から逃げ出した。
 後ろから優ちゃんがあたしを呼ぶ声が聞こえたけど、振り返らなかった。

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