償い
第6話おまけ -渡の独り言-
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雛ちゃんと母の日のプレゼントを選びに行った鷹雄は、上機嫌で帰ってきた。
機嫌の良さは数日続いているらしく、ヤツのいる重役室を訪ねると、空気が普段より和らいでいた。
仕事もはかどっており、机の上の書類は順調に処理されている。
あまりにも穏やかな鷹雄の様子に、秘書はかえってびくびくしているようだ。常なら怒鳴られるミスが発覚しても、鷹雄は一言注意をしただけで流してしまうのだ。後で大嵐が来るような不安が拭い去れないのだろう。
「なあ、日曜日に何かあったわけ? 部下からは何事もなく店から出てきたとしか聞いてないんだけど」
「報告通りだ。特に何もなかった」
仕事を続けながら、すました顔で答える鷹雄に、舌打ちする。
気になるじゃねぇか。
くそう、休みなんか取るんじゃなかった。それとも部下に一部始終を撮影させておけば良かったか。
オレはいつから、他人の色恋沙汰に強い感心を示すようになったんだろう。
ワイドショーに張り付く輩と同類と化している自分に呆れ果てる。
いやいや、これも鷹雄と雛ちゃんに限ってだしな。例えるなら、一度見かけたドラマの続きが気になって仕方がない感覚に似ているのかもしれない。
「まあ、お前が上機嫌な理由ぐらい察しがつくけどさ。雛ちゃんに「お兄ちゃん、ありがとう」って、笑顔でかわいく言われたんだろ」
鷹雄の動きがぴたりと止まった。
ん? 何だ当てずっぽうで言ったのに、正解だったのか。
「雛ちゃん、喜んでたもんなぁ。怒られるって思ってたから余計にな。これで下がる一方だったお兄ちゃんの株も少しは上がったか」
雛ちゃんは、オレのアドバイスが効いたと感謝してくれたが、正直言って、オレの助言は大した役には立っていなかった。
なぜかというと、鷹雄は端から怒ってはいなかったのだ。
雛ちゃんの性格を把握しているヤツにとって、内緒でアルバイトは予想通りの行動だったらしい。
「しかし、お前も許す気ならあの場で言えよ。オレもマジ焦ったし、雛ちゃんもかなり不安がってたんだぞ。かわいそうだろ」
「オレの言いつけを破った罰だ。次があれば雛に言っとけ。買い与えた物をあいつがどうしようが、いちいち追求するほどオレは暇じゃない、黙って贈り物にしてもバレやしねぇってな」
鷹雄はオレの抗議を鼻であしらい、腰かけていた重役椅子に深く背中を預け、足を組んでふんぞり返った。
「あのなぁ、雛ちゃんはそんなことわかってたよ。だけど、お前の気持ちを考えて金を使わなかったんだ。お前、憎いだの許さないだの言ってるけど、親父さん達のことはとっくの昔に許してるんだろ? 中学の時だって雛ちゃんのお母さんのこと本気で嫌ってなかったはずだ。いつまで過去のことを口実にして、雛ちゃんを縛りつけておく気だよ、あの子は自分達がお前を傷つけたと思っているから一生懸命なんだろうが」
家族のことは他人のオレが立ち入る領域ではないと、意見をすることを何度も自制していたが、雛ちゃんが鷹雄のことを思って心を痛めていることを知れば知るほど気の毒になってきた。
鷹雄の気持ちもわからないわけではないのだが、今のオレは完全に雛ちゃんの側に立っていた。
つい熱くなってまくしたて、すぐさま後悔した。
鷹雄の目の色が変わったのだ。
しまった、こいつの異常な嫉妬深さを忘れていた。
「渡。お前、えらく雛に肩入れするんだな。オレの気持ちを知ってる上で、惚れたとか言わねぇよなぁ?」
青年実業家というより、ヤクザの跡取りの方が納得いくような眼光の鋭さで、鷹雄が睨んでくる。
この部屋の壁には日本刀が飾られていた。
先日、傘下企業の社長が貢いできたものだ。
おのれ、そんな物騒な代物より、日本人形か山吹色の菓子にしておけ!
鷹雄の目がそちらにいかないように祈りながら、オレは弁解を始めた。
「オレはただ、雛ちゃんがかわいそうで……。事情を知ってりゃ誰だってそう思うだろ? どうしてお前はすぐそっちの方向に持っていくんだよ!」
鷹雄はしばらくオレを睨み続けていたが、ふっと敵意が消えた。
命の危機が去り、体の力を抜いて息を吐く。
鷹雄は足を組みなおすと、くるっと椅子ごと背中を向けた。
「お前に言われるまでもなく、雛を苦しめていることはわかっている。オレはあいつの兄貴で終わりたくない。そのためなら、利用できるものは何でも使う。雛が泣いても、オレのものにしておけるなら、良心なんぞ消し去ってやる」
こいつの思考はそこで止まっている。
別の未来を考えようとしない。
傍若無人に振る舞うくせに、大事な人のことになると臆病になるんだ。
「手放せないほど好きなら、苦しめて平気なわけねぇだろ。諦めずに雛ちゃんに自分の気持ちを素直に言えよ。言わずに嫌われるより、言って玉砕する方が何倍もマシだ」
鷹雄からは答えは返ってこなかった。
手に触れた肘掛を強く掴んで苛立ちを抑えている。
失いたくないから傷つけるなんて、そんなバカな愛情表現があってたまるか。
怒鳴ってやりたくなったけど、今は何を言っても聞き入れはしないだろう。
雛ちゃんも厄介なヤツに惚れられたよな。
素直じゃねぇし、嫉妬深いし、オレ様だし、良い所はどこだっけ?
それでも、オレはこいつを見捨てられない。
早く気づけよ。
雛ちゃんがお前の傍にいたがる本当の理由にさ。
END
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