償い

鷹雄サイド・8

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 母さんに昼食を一緒に食べようと誘われたので、会社近くのレストランで待ち合わせた。
 現れた母さんはブランド物のスーツに身を包み、大粒の宝石をあしらった貴金属を要所に飾っていて、どこから見ても富豪の妻だ。昔の平凡な専業主婦の面影はない。

「ごめんね、鷹雄。急に誘ったりして」
「いや、昼の予定はなかったから、気にしなくていい」

 誘われなければ、適当に弁当を手配して食っているところだ。
 スケジュールを調整して、一時間半の休憩時間を取ってきた。
 注文した料理が運ばれてくる。
 昼は軽めに済まそうと、パスタを頼んだ。

「雛ちゃんとはうまくやってる?」

 いきなりの質問に、ぐっと喉を詰まらせる。
 どんどん胸を叩いて水を一気飲みすると、母さんの目は探るような目つきに変わっていた。

「その様子だと、うまくいってないのね。焦りすぎて、雛ちゃんに嫌われるようなことしたりしてない?」

 してる。
 思い当たる事柄がありすぎて、オレは否定ができなかった。

「雛ちゃんは純情そうだから、進むのもゆっくりじゃないとね。欲しいって気持ちを抑えて接してあげないと傷つけてしまうわよ」

 母さんのアドバイスは手遅れだった。
 雛は傷つきまくっている。
 無理やり抱いているなんて、母さんには言えないし、助言は期待できそうにないな。

「オレと雛のことはほっといてくれ。それより、聞きたいことがあるんだ」
「あら、何?」
「母さんは親父のことを今でも許せないでいるのか? 本音で答えてくれ」

 オレという共通の守るべき者がいたから、親父と母さんは連絡を取り合っていた。
 だが、母さんは親父のことを許したわけではなかった。
 少なくとも、オレを引き取った頃には、まだ引きずっていたはずだ。

「そうね、あれから十八年も経ったのよね。思い返すとあっという間だった。鷹雄もこんなに立派になって、わたしはすっかりおばさんだわ」

 母さんは微笑して、手にしたフォークを回してパスタを巻きつけた。

「あの時の怒りや絶望、悔しさは一生忘れない。だけどね、お父さんを憎む気持ちはもうないの。ちどりさんのことも許してる」

 母さんは親父を抵抗なく「お父さん」と呼んだ。
 それはオレ達が家族だった名残に思えた。
 母さんの夫でなくなった親父だが、オレにとっては父さんなんだ。

「わたしは隼人さんのことを愛している。でも、お父さんを愛したことも変わることのない事実よ。恋愛結婚だったんだもの、お互い好き合って結婚したんだから、幸せな記憶はたくさんある」

 母さんは昔を懐かしむように、学生時代の話を始めた。
 友人の紹介で親父と知り合って交際を始め、母さんが高校を卒業すると同時に結婚した。
 母さんは二十歳でオレを生み、専業主婦になった。
 オレが生まれた日のこと。
 親父がどれほど喜んだのか、子育て中の出来事などを折り混ぜて教えてくれた。

「どんなに仕事が忙しくても、お父さんはわたしと鷹雄のことを気にかけてくれていた。だけど、わたしは家の中のことしか見ようとはせずに、家を空けてばかりのお父さんに不満を漏らすようになっていった。時々思うのよ。離婚を切り出される前に、わたしがそのことに気づいていたら、彼がちどりさんを愛することもなく離婚もせずに親子三人で暮らしていけてたんじゃないかって」

 母さんは視線をテーブルに落とした。
 自分を責めているのか、表情を消して無意味にパスタをつついている。

「あの人はね、わたしのことが嫌いになって離婚したんじゃないの。今になってそれがわかる。きっとね、できることなら自分の手で、わたしもちどりさんも子供達も、みんなを幸せにしたかったんだと思うわ」

 オレは母さんの言った言葉の意味が理解できず、目を丸くした。
 そんなオレの様子に気づいたのか、母さんは微笑んだ。

「もちろん、離婚せずにちどりさんを家に入れて、みんなで暮らそうなんて言われて納得できるわけはないけどね。お父さんの気持ちがわかったって言ってるだけで、受け入れられたかどうかなんて別問題だけど」

 母さんはすっきりとした笑顔を見せて言葉を続けた。

「鷹雄の質問への答えは「許している」よ。雛ちゃんのことで気にしているなら安心なさい。昔の恨みを晴らすために、嫁いびりなんてしないから」

 結局、話題は雛のことに戻る。
 オレは苦笑して頷いた。

「母さんが苦しんでいないならいい。親父達への援助をすることになって、母さんが関わりを持つことを嫌がっていないか気になっていたんだ」
「バカね。鷹之はあなたのお父さんでしょう。あなたが助けたいと思ったなら、好きなように行動しなさい。むしろ、薄情な息子を見る方が悲しいわ」

 母さんは今でも親父のことが好きなんだと思う。
 あんな酷い別れ方をしても、二人が愛し合った事実は確かにあって、その結晶がオレだ。
 親父もそうなんだろう。
 離婚の原因が母さんにもあるというのに責めを全て背負い、罵られても反論せずに聞いていた。
 本当に愛想を尽かしたのなら、お前も悪いんだって母さんを責めてもおかしくなかったのにな。
 互いに新たな人生のパートナーを見つけても、心のどこかに相手への想いを残している。そんな気がした。




 母さんと一緒にレストランを出ると、向かいの花屋で母の日に向けた宣伝をやっていた。
 当日に花を届けてくれるサービスらしい。
 それを目ざとくみつけた母さんは、オレの袖を引いた。

「鷹雄も小さい頃はお小遣いでお花をくれたりしたよね。ああ、何か思い出しちゃったなぁ」

 遠まわしにねだられている。
 そういや、プレゼントなんて長いこと贈ってないな。

「わかったよ、今年は何か考えとく」
「嬉しい、楽しみにしてるからね」

 きゃっと声を上げて、母さんはオレの腕に抱きついた。
 いや、かわいくないし。
 年を考えろ、年を。
 これが雛なら喜ぶところだが、母さんに甘えられても反応に困る。

「そうそう、ちどりさんにも贈り物してみたら? 未来のお義母様に点数を稼ぐチャンスよ」

 あっけらかんと母さんはそんな提案をした。
 これにはびっくりした。
 こっちは雛との仲を許してくれるだけで精一杯だろうと気を使っているのに、そこまで応援してくれるとは意外だ。

「母さん、無理してないか?」
「無理はしてないわ。ちどりさんのことも許したって言ったでしょう? 彼女とも何度か話したけど、お人よしで憎めない人ね、雛ちゃんにそっくり。鷹雄が雛ちゃんと結婚すれば、もう一度義理の親子になるんだから、彼女のことをお母さんと呼ぶのは自然な成り行きだし仕方ないわね」

 仕方ない、なんて言いながら、母さんは笑ってオレの肩を叩いた。
 ちどりさんに贈り物か。
 あの人の好みなんて知らない。
 雛はどうするんだろう。あいつのことだし、毎年何か用意してるんだろうか?




 午後にまわってきた分の書類をチェックして、承認の判を押していると、渡が報告にやってきた。

「今日から二週間ほど、雛ちゃんは鳩音ちゃんの家に行って帰宅が遅くなるそうだ。レポートを一緒にやるのかもな、学生は大変だな」

 渡が送迎するというので、鶴田鳩音の家に行くのは本当だろう。
 しかし、渡の言い方に微かな引っ掛かりを覚えた。
 こいつ、何かごまかしてないか?
 長年の付き合いで培った勘が働いた。

「わかった。責任を持って雛を送り迎えしてくれ」

 渡が退室してから、オレは机の鍵付き引き出しにしまっていたファイルを取り出した。
 ここには雛の身辺調査の結果が収めてある。
 鶴田鳩音に関する書類を取り出して住所を確認した。
 自宅近辺の写真も添えてある。
 覚えていた通り、喫茶店が写っていた。
 母の日を間近に控えた二週間の勉強会。
 雛の考えたことが、なんとなくわかった。
 ちどりさんへのプレゼントを買うのを遠慮して、バイトをすることにしたんだろう。
 あいつらしいな。
 今回は好きにさせてやるか。

 オレは知らないフリをして一週間を過ごした。
 その日は早めに仕事が終わったので、ふいに思い立って運転手に鶴田鳩音の住所を伝え、前を通る道を行けと指示する。
 車が喫茶店の前に着くと、大きな窓から店内の様子が見えた。
 店の中では、制服代わりの赤いエプロンを身につけた雛が、愛想を振りまきながら接客をしている。
 車を降り、運転手に近くの駐車場で待機しているように命じて店に入った。

「いらっしゃいませ!」

 ドアに取り付けられたベルの音で、雛がこちらに笑顔を向ける。
 その笑顔は、オレの姿を認識するなり強張ったものに変わった。

 当然の反応として受け取り、無言で空いていた席に着く。
 がちがちに固まった雛が、お冷とおしぼりを運んできた。
 ちらっと雛を見てから、メニューに視線を戻す。
 赤いエプロンが似合っている。
 雛は何を着てもかわいい。
 心の中でこっそり惚気ておく。

「ご、ご注文はお決まりですか?」

 オレが何も言わないからか、雛も接客に徹することにしたようだ。
 店員の顔を作って応対している。

「たまには紅茶にするか、アールグレイで頼む」

 目に付いた紅茶を注文し、書類を取り出して目を通した。
 こんな場所で広げる書類は重要なものではない。
 適当に文字を追いながら、時々顔を上げて雛の様子を盗み見る。
 雛は真面目に与えられた仕事をこなしていた。
 オレに隠し事をしてまでやってるんだから、そうでないと許さないがな。

 程よい時間に紅茶が運ばれてきた。
 マスターの腕がいいのか、香りを損なうことなく淹れられている。
 紅茶を堪能し、雛のバイト姿も見ることができて、オレは機嫌良く店を後にした。
 雛は最後までびくびくしている様子だったが、あえて何も言わないでおいた。
 それがオレの言いつけに背いた雛へのささやかな罰だった。




 マンションに戻って、テレビを見ながら雛が帰ってくるのを待つ。
 そろそろかと思った頃に玄関が開き、足音が聞こえてきた。

「ただいま」

 恐る恐る雛が声をかけてきた。
 怖がっているな。
 きっとオレが怒っていると思っているんだ。
 もう少しだけ、この状況を楽しみたい。
 オレは浮かんでくる笑みを消して、無表情を取り繕った。

 テレビを消して立ち上がった。
 身をすくめた雛を一瞥して横を通る。

「風呂に入る、背中を流せ」

 通り過ぎながら命令した。

「は、はいっ」

 雛の返事を聞いて、バスルームに向かった。
 脱衣カゴに服を脱いで放り込み、浴室へと入る。
 浴槽に湯を張って、体を洗い始めた。
 雛が来たら、どうやってかわいがってやろうかと考えながら。




 後から入ってきた雛にタオルを渡して背中を擦らせた。
 浴室の鏡に雛が映っている。
 女らしい丸みを帯びた体に、形良く整った胸。
 昔、オレと風呂に入っていた頃は、男か女かもわからんような真っ平らで色気の欠片もない体つきだったのにな。
 大きくなったなぁ。
 オヤジくさい感想を抱きながら、おとなしく雛に洗われていた。
 体についた泡がシャワーのお湯で流されていく。
 背中に手が触れた気がして振り返ったが、気のせいだったようだ。

「後ろを向け、今度はオレが洗ってやる」

 雛に後ろを向くように指示して、今度はオレが洗ってやることにする。
 膝の上に座らせて、泡のついた手で体を触る。
 石鹸で滑りがよくなった肌の感触を楽しみながら、胸や腹の辺りを撫で回す。
 胸を揺するように持ち上げて、わざと乳首を弾いてやった。

「んあぁんっ」

 雛に快感を与えて喘がせながら、タオルも使って全身を洗っていく。
 軽く達してぐったりしている雛を抱きかかえたまま、シャワーからお湯を出す。
 愛撫で感度が増した雛の体は、湯が肌を伝う感触にまで反応していた。

「はぁ…ん……、ああっ…んはぁ……」

 雛が敏感に感じる場所にはわざと長くシャワーを当てた。
 雛はスイッチが入って快楽の虜になっている。
 今ならどんな奉仕を命じてもやるだろう。

「雛、ここに来て舐めろ」

 湯を止めて、雛を呼んだ。
 何をとは言わなかったが、雛は黙ってオレの前に跪いた。
 オレの膝の上にうつ伏せになり、股間に顔を埋める。
 雛の舌が猛り始めたオレのモノを舐めた。
 何度もやらせて経験を積ませた成果で雛のフェラは気持ちがいい。
 オレを喜ばせようと一心不乱に頑張る姿を愛おしく見つめた。

「うまいぞ、雛。頑張ったらそれだけかわいがってやるから、しっかり咥えろ」

 声をかけてやると、雛は小さく頷いた。
 ちゅぱちゅぱと唾液の混じるやらしい音を立てて、雛はオレの分身をしゃぶり続けた。
 その間に雛の胸を揉み、性感を指で刺激してイカせる。
 これだけやれば濡れてるだろうな。
 オレのモノも十分硬くなってきたので、頃合かと雛に舐めるのをやめろと命じた。

「もういい。入れるぞ、来い」

 バスマットの上に座り、向かい合う形で雛を跨がせて挿入した。

「あっ、うあんっ」

 下から突き上げられて、雛が声を上げた。
 愛液で満たされた膣内はオレをすんなりと受け入れたが、雛がしがみついてきたので、すぐに動くのはやめておいた。
 余韻が収まらないことには、雛に快感は与えられない。

 雛が落ち着いたのを見計らって、次の奉仕を命じることにする。

「腰を動かせ。これはオレに隠し事をしていた罰だ」

 雛は逆らうことなく従った。
 淫らに腰を振り、オレを満足させようと動き始めた。

「はぁ…うっ……ううんっ」

 唇を触れ合わせ、貪るように幾度も重ねる。
 雛を抱きしめ、我を忘れて体を求めた。

「お兄ちゃん、雛はお兄ちゃんが欲しいの。めちゃくちゃにしてもいいから、たくさん抱いてぇ」

 雛もオレを求めてくれている。
 雛がオレに逆らえないことを知っていても、この言葉が本心からのものであることを願う。

「お前もようやく自分の立場がわかってきたようだな。オレのご機嫌を取るために頑張ってるなら成功してるぞ」

 心にもないご主人様としてのセリフを吐きながら、首筋に口付けて囁いた。

「お前の頑張りに免じて許してやるよ。ほら、後は気持ちよくなるだけだ」

 繋がったまま、雛を仰向けに転がして、奥を突くように腰を動かした。
 両手で乳房を揉み、舌で肌を舐めまわす。

「…あっ…あんっ、ふぁっ、……んぁ、あああああっ!」

 雛の喘ぎが大きくなる。
 もっともっと気持ちよくなれ。
 これは良い子のお前へのご褒美だ。

「はぁ…、あ…お兄ちゃん……、やぁ……ぁあああん!」

 雛が達したのを見届けて、射精寸前のオレ自身を中から抜き出す。
 吐き出された精は雛の腹の上にかかり、熱を持って赤く染まった肌を白く汚していった。




 雛を抱えて湯船につかり、情事の跡を綺麗に流した。
 風呂から出ると、動く元気のない雛に服を着せて、寝室に運んだ。

 存分に交わりを堪能したので、ベッドの中では何もする気は起きなかった。
 腕枕をしてやり、雛の温もりを感じて至福の時を過ごす。
 ああ、そうだ。
 バイトの件や母の日のことは、調査だけで雛の口からは聞いていなかったな。
 一応、問い詰めておくか。

「バイトの期限はいつまでだ?」
「一週間後までだけど、お兄ちゃんがだめだって言うならすぐやめるよ」

 オレの問いに、雛はこちらの顔色を窺いながら答えた。
 バイトの期限は報告通りのものだ。
 確認しただけで、辞めろと言う気は毛頭ない。

「バイトは続けろ、途中でやめたら店に迷惑がかかる。無理言って雇ってもらったんなら、最後まで全うしろ」

 雛もわかっているだろうが、念のため説教をしておいた。
 それからカードのことも問いただす。
 これは母の日の件について、口を割らせるためだ。

「欲しいものがあれば買えと言ったはずだ。しかも二週間程度のバイトで買えるようなものなら、何を遠慮する必要があるんだ」

 雛は答えに詰まり、目を泳がせた。
 理由を言えば、オレがプレゼントを買うのを邪魔すると思っているんだろう。
 オレはちどりさんを憎んでいることになっているからな。

「もうすぐ母の日だな」

 追い詰めるように話題を振ると、雛は観念して正直に答えた。

「お母さんへのプレゼント買いたかったの。だから、お兄ちゃんのお金で買えなくて……」

 オレの気持ちを考えて、ちどりさんへのプレゼントが買えなかった雛。
 どちらも大切に思うから、内緒でバイトなんて思いついたんだ。
 不器用な雛の優しさが嬉しくて、愛おしくなる。
 目を瞑って審判の時を待っている雛を安心させるために、オレは努めて穏やかな声を出した。

「何を贈るのか、決めてあるのか?」
「う、ううん。まだ何も……」
「決まってないなら都合がいい。バイトが終わる次の日曜にでも選びに行くか。店はオレが探しておく」

 戸惑う雛に構わず、オレは強引に話を進めた。
 これでちどりさんに贈り物をする理由ができた。
 母さんへのプレゼント選びも悩まなくて済む。
 一石二鳥いや、雛を喜ばすことができれば三鳥になるな。




 日曜日に、雛を連れて宝石店に行った。
 品質も人気も高いと、社交の場で何度か耳にしたことがある店だ。
 先に連絡しておいたので、応対に出てきた店員に名乗るとすぐに奥へと案内された。
 すると落ち着きなく店内を見回していた雛が、袖を引いてきた。

「あ、あの、お兄ちゃん。このお店は高すぎて、わたしのバイト代じゃ何も買えないよ」

 雛は陳列された商品の値札を見て、驚いたようだ。
 半泣きになっている雛は、オレがわざと買い物できないような高い店に連れて来て意地悪をしているのだと思っている。
 おい、こら。
 オレはそこまで遠まわしな嫌がらせをするような面倒くさいマネはしねぇぞ。

 誤解を解くために、雛の腰を抱いて、ガラスケースに納められている商品を指差した。

「残りの金はオレが出すから予算の心配はしなくていい。オレも母さんへのプレゼントを買うから、そのついでだ。その代わり、母さんのも選んでくれ。手を抜いて似たような物にはするなよ」
「う、うん……」

 雛は店員の勧めも聞きながら、商品を見比べて選んでいった。
 候補が決まると、オレにも意見を聞いてくる。
 やはりよくわからなかったので、結局は雛に任せた。

 母の日の贈り物だと言って包装を頼むと、店員がメッセージカードを二枚持ってきた。
 先に雛に書かせることにして渡す。
 母さんの分まで渡されて困惑したのか、雛がオレを見た。

「つぐみさんにも書いていいの?」

 過去の出来事を知ってから、雛は母さんにも罪悪感を抱いていた。
 親のいざこざなんて子供には関係ないのにな。
 母さんに雛を責める気がないことだけは教えておいてもいいだろう。

「オレが貴金属を自分で選ぶようなヤツに見えるか? 適当に見繕ったと思われるより、お前が選んだとわかった方が喜ぶ。母さんはお前のことを気に入ってるからな。そうでなきゃ、同居なんて許さねぇだろ」

 オレがそう言うと、雛は二人に宛てたメッセージをカードにそれぞれ綴った。
 戻って来たカードにオレもメッセージを書く。
 母さんには普段の感謝の気持ちを添えて、そしてちどりさんには……。

 ちらっと雛を振り返り、浮かんだメッセージを書き込んだ。
 素直になれないオレが書ける、あの人への感謝の言葉。
 きっと伝わりはしないだろうが、この一行に込めた気持ちだけは本物なんだ。

 店を出ると雛がオレに頭を下げた。

「お兄ちゃん、ありがとう」

 輝くような笑顔は繕ったものではなく、本心からのものだった。
 つられて顔が緩んでしまいそうになり、慌てて横を向く。
 やばかった。
 ここで笑い返したら、今までやってきたことが水の泡になる。

「ついでだ、ついで。お前に金の面で不自由はさせねぇと親父達に啖呵切った手前、安物を贈られたらオレの沽券にかかわるんだよ。お前やちどりさんを喜ばすつもりはねぇからな。全部、オレのためにやったことだ」

 わざと冷たく突き放したが、雛の笑顔が消えることはなかった。
 演技するのも疲れたので、後は黙ってやり過ごすことにする。
 いつも失敗して、株を暴落させてばかりのオレだったが、今回は成功したな。
 久しぶりに見られた雛の心からの微笑みに癒されて、オレは数日機嫌が良かった。

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