償い

鷹雄サイド・10

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 雁野駒枝と婚約すると母さんに報告すると、隼人さんと二人がかりで問い詰められた。

「鷹雄! 本当にそのお嬢さんのことを気に入ったの? あなたは雛ちゃんのことが好きだったんじゃなかったの?」
「つぐみ、落ち着くんだ。一度に聞かれては鷹雄も答えられないだろう」

 興奮する母さんを隼人さんが宥めている。
 まいったな、雛のことまで持ち出されるとは思わなかった。

「駒枝とは良いパートナーになれそうなんだ。雛のことは好きだ。あいつはオレの妹だからな。マンションにも今まで通りに住まわせるつもりだし、学費や生活費の援助も続ける」

 母さんは納得いかない様子で、同じ問いを繰り返された。
 騙せないことはわかっていたが、白を切りとおした。
 会社に行けば、渡が怒鳴り込んでくるし、しばらくオレの周りは騒々しそうだ。




 雛と顔を合わせるのがつらくて、ホテルで外泊をするようになった。
 渡の部屋に押しかけて、酒を飲んで愚痴り、気を紛らわせたりもした。
 十八年も愛し続けた女を手放すことは容易ではない。
 思い続けてもいいとはいえ、雛を失って、この先オレは生きていけるんだろうか?



 駒枝とはたまに会って食事をする。
 彼女の話は面白い。
 政治に経済、スポーツに芸能、世間を騒がすニュースまで、どんな話題を振ろうが反応を返してくる。
 特にビジネスには多大な関心を寄せていて、経営や起業について語り始めると止まらない。
 駒枝自身も会社を経営しており、若くして女社長となっていた。

「今は父の息がかかった子会社だけど、いずれは独立したいの。鷲見グループと業務提携ができれば、事業の幅は広がる。あなたの方でも利益が出るはずよ、考えてみてちょうだい」

 生き生きと目を輝かせて、駒枝は業務提携による互いの利益について説明している。
 婚約者と話しているというより、仕事相手の接待としか思えない。
 これでいい。
 オレ達には甘ったるい時間や関係はいらない。
 仕事や生活において、利益を共有する戦友であればいいんだ。
 オレが愛するのは雛だけだ。
 今までも、これからもそれは変わらない。




 今日も駒枝と約束していた。
 そろそろ結納や結婚式の計画を話し合わねばならない。
 形だけとは割り切っていても気が重い。
 オレの隣に立つ花嫁は雛じゃないんだ。
 意外にロマンチストだった自分に驚いている。

 系列会社が経営するホテルのレストランにディナーの予約を入れておいた。
 駒枝とはホテルのロビーで待ち合わせていて、オレが到着してすぐに彼女もやってきた。

 レストランに入り、ウエイターの案内でテーブルに向かう途中、隼人さんの姿を見つけた。

「隼人さん?」

 思わず声をかけてから、舌打ちした。
 隼人さんは雛と一緒に来ているはず。
 いずれわかることだとしても、雛にはまだ婚約のことを知らせたくはなかった。

 隼人さんが席を立ってこちらに歩み寄ってきた。
 同じテーブルに、綺麗に着飾った雛が座っていた。
 隼人さんの仕業だな。
 ホテルに入るためだとしても、オレ以外の男の手で磨かれた雛を見て悔しさがこみ上げてくる。
 感情を抑えようと、雛からわざと目を逸らして気づいていないフリをした。

「鷹雄もここで食事かい? それにそちらは駒枝さんだね。写真でお顔は存じていましたが、見合いの件は鷹雄が一人で進めていたもので、直接話すのは初めてですね」
「はい。ご挨拶は婚約が本決まりになってから、父と共にお伺いしようかと思いまして、ご遠慮しておりましたの。はじめまして、雁野駒枝です」

 隼人さんと駒枝が挨拶を交わす。

「そちらは?」

 雛を視界に入れた駒枝は、隼人さんに尋ねた。
 二人の注目が雛へと動いたのに合わせて、オレも視線を動かした。
 さも、今気づいたような顔をして。

「彼女は小鳥雛さんといって、昔から家族ぐるみで懇意にしている女性だ。婚約の話が進めば、彼女の素性も含めて改めて紹介させていただくよ」

 隼人さんに紹介された雛は、立ち上がって会釈した。

「はじめまして、小鳥雛です」

 雛の挨拶を聞いて、駒枝は微笑んだ。
 あの笑みの下で、あいつは雛を観察して想像をめぐらせている。
 お嬢様な外見とは程遠い鋭さで、駒枝は相手の本質を見抜き、自分に有利な状況を作り出すことを自然にやってのける女だ。

「あなたとは長い付き合いになりそうですね。よろしくお願いいたします」

 駒枝は気がついたんだろう。
 雛がオレの言っていた愛人だと言う事に。

 駒枝と言葉を交わして、雛は動揺している。
 降って湧いた婚約の話と、駒枝に愛人だと見抜かれたことも影響しているのかもしれない。

「あの、申し訳ありませんが、少し席を外させていただきます」

 バッグを持って雛がレストランを出て行った。
 状況から見て化粧室と取るのが普通だろうが、この場から逃げ出したのだということは、オレ達には丸分かりだ。
 隼人さんは口にこそ出さなかったが、雛を気にして出入り口を見つめていた。

「わたしも失礼します。鷹雄さんは先に席に着いていてください」

 動いたのは駒枝だ。
 雛が消えた方向へと向かう。
 隼人さんがオレを振り返った。

「追いかけた方がいい。何があったかは知らないが、雛ちゃんを守るのは鷹雄の役目だろう?」

 オレは急いで二人を追いかけた。
 廊下に出ると渡がいて、視線の先に雛と駒枝を見つけた。
 駒枝は雛に話しかけていたが、どうも良好な雰囲気ではない。
 駒枝の発言がよほど腹に据えかねたのか、怒りを露わにして雛が叫んだ。

「あなたは彼に相応しくない!」

 大声を出して駒枝を怒鳴りつける雛に、オレを庇って親父の前に立ちはだかった幼い頃のあいつの姿が重なって見えた。

「そんな気持ちで彼に近づかないで! 条件とかお金とか、そんな価値だけで彼を見ないで! ちゃんと彼の心と向きあって、愛してくれなきゃだめなのよ!」

 彼とはオレのことだ。
 駒枝はオレとの関係を正直に話したに違いない。
 それを知って雛は怒った。
 オレのために雛が……。

「愛されてるじゃねぇの。とりあえず、この場は止めるぞ」

 渡に肩を叩かれて我に返る。
 目が合って、雛が狼狽した様子でオレを見ていた。
 この程度で気分を害するほど、駒枝の器は小さくないと思うが、話をするのはこちらが先だ。
 雛は渡に任せた方がいい。

 今夜の宿のつもりで取った部屋のキーをポケットから取り出して、二人の間に割って入った。

「渡、雛を連れて行け。隼人さんにはオレから言っとく」

 雛とスイートのカードキーを渡に預けて、オレは駒枝の腕を掴んだ。

「戻るぞ、話は席に着いてからする」
「ええ、どうやらわたし達には話し合いが必要なようね」

 気を取り直した駒枝が小声で囁いた。
 オレは雛を振り返らなかった。
 フォローを渡に任せて去っていくオレを、あいつがどんな目で見ているのか想像がつく。
 誤解されても構わない。
 いい機会だ。
 今夜、この場で終わらせよう。
 雛を解放してやるんだ。

 隼人さんに雛が戻れないことを伝えて、別のテーブル席に駒枝と座った。
 駒枝はため息をついて、オレと向かい合った。

「聞いていた話と違うようね。お金で繋ぎとめているだけだなんて、あなたの思い違いなんじゃないの? 愛人を認めるって言ってる相手に、あんな風に食って掛かってもメリットがないことはわかっているはず。お金だけが目当てなら、わたしの機嫌を損ねないようにするのが普通だわ。少なくともあの夢見がちなお嬢ちゃんは、あなたに惚れこんでいる。間違いない」

 オレは首を横に振った。

「雛は親同士の再婚でできた義理の妹だった。今は籍が別で他人だが、あいつにとってオレは兄貴なんだよ。あれは家族に向ける愛情だ。オレが欲しい愛じゃない」
「そうかしら? わたしには単なる兄思いの妹には見えなかった。一度、ちゃんと話した方がいいんじゃないの?」

 ワイングラスを傾けて、駒枝は冷めた目で窓の外を見た。
 夜景が見えるガラスには、オレ達の姿も映っている。

「あなたは本当に割り切れるの? 愛しい彼女のことを思いながら、他の女を抱けるの? この問いに嘘をついてわたしと結婚すれば、あなたは生涯苦しむことになる。忠告するのはあなたのためじゃない、わたしのためよ。叶えられなかった恋を引きずって、死ぬまで不幸面されるなんて迷惑なだけだわ」

 駒枝の問いに、オレは本心と向き合った。
 割り切れるかと言えば、答えはノーだ。

「無理だな。雛と離れることができても、他の女なんて抱けねぇよ。オレが欲しいのは雛だけだ。お前とは仕事のパートナーとしてはやっていけるが、夫としての責務は果たせそうにない」
「残念ね。それなら、婚約の話は白紙にしましょう。ちょうど鷲見社長もいらっしゃるし、都合がいいわ」

 オレの出した答えを、駒枝は平然と受け取った。
 切り替えの早い女だ。
 すがりつかれても困るが、こうまでばっさり切り捨てられると、清々しい気持ちになる。

「あっさりしてるんだな」
「当たり前でしょう? わたしはあなたに何の未練もないのだから。ああ、でも業務提携の話は考えておいてね。ビジネスでのお付き合いは、終わらせるには惜しいもの」
「わかった。近いうちに連絡する」

 オレ達は隼人さんが席を立つのを待って、一緒に外に出て報告した。
 婚約を取りやめたことについて、隼人さんは驚いていた。
 雛が原因かとも問われたが、関係ないで押し通した。
 後は雛に別れを告げるだけだ。
 駒枝と隼人さんを見送って、渡とホテルに戻った。
 渡は別に部屋を取りに行き、オレは雛がいるスイートに向かった。
 あいつとの最後の夜を過ごすために。




 室内に入り、雛を探す。
 雛はベッドに入って眠っていた。
 寝顔は苦しそうで寝言でも呟いているのか、もぐもぐ口が動いている。

「お兄ちゃん、ごめんなさい……」

 確かにそう聞こえた。
 夢の中でまで、雛はオレに償い続けている。
 優しい雛をオレは苦しめ続けてきた。
 悪いのはオレだ。
 許しを請わねばならないのは、オレの方なんだ。

「雛、今まで悪かった。お前が苦しむ必要はもうないんだ。解放するから、今夜だけはオレのものでいてくれ」

 雛の頬を撫でて、額に口付ける。
 雛の瞼が上がり、目が開いた。
 触れていた手を離す。
 ご主人様の仮面を被るのも今夜で終わりだ。

「お兄ちゃん、どうしてここに? 隼人さんは? それに……」
「隼人さんと駒枝なら帰ったよ。ここは今夜のオレの宿だ。誰かさんのおかげで、予定が大幅に狂っちまった」
「ごめんなさい。あの人、お兄ちゃんの……なのに……」

 駒枝のことで謝る雛を黙らせたくて、乱暴に唇を重ねた。

「躾けのなってないペットにはお仕置きが必要だ。謝罪がしたいなら、体で償え」

 ネクタイを外してシャツを脱ぎ捨て、雛の体をベッドに押し付ける。
 バスローブを剥ぎ取って、愛撫を始めた。
 胸を揉み、肌にキスをして、体を高めていく。

「はぁ、あんっ、……あうっ……ん……」

 オレが触れるたびに、雛の喘ぎが大きくなる。
 指で秘密の花を開き愛でると、女の蜜が絡まり、くちゅりと音を立てた。

「まだ入れてもいないのに、イキまくってんのか? 雛はどうしようもないスケベだな」

 耳を舌で嬲りながら、わざと嘲り、羞恥を煽る。
 言葉で責めてやると、雛の体がまた震えた。

「あ…ぅん……、はぁ…あん……」

 幾度も達して理性を失った体を抱き寄せた。
 右腕を枕にして、雛と見詰め合う。

 もういいだろう、ここからは偽りのない気持ちで抱く。
 自己満足でしかないが、最後の夜ぐらいは優しい思い出として残したい。

 雛の感触を記憶に刻み込もうと、じっくりと唇を重ねた。
 何度も離して軽く押し当てていると、雛の方から舌を差し出してきた。
 迎え入れて、絡めあう。
 求めてくれているのかと嬉しくなり、我を忘れてキスを続けた。

「…ぅはぁ……ぅん……」

 キスをしながら、体をまさぐる。
 硬くなった乳首を指の腹で捏ねながら、胸を揉む。
 そのまま指を滑らせて、脇や背中にも触れた。
 吸い付くような肌は、どこに触れても気持ちがいい。

 仰向けに寝かせた雛の足を開かせて、股の間に顔を埋めた。
 オレしか知らない秘密の場所は、愛液が溢れて艶っぽく濡れていた。
 グロテスクなその眺めも、雛のだと思うと愛しくて美しく感じる。
 茂みを指でかき分けて割れ目に舌を這わせた。

「ああんっ」

 びくんっと雛の腰が大きく跳ねた。
 オレの頭を押さえて、あられもない声を上げた。

「お兄ちゃん、やぁ、イッちゃうよぉ。おかしくなるぅ」
「嫌なのか? やめてやってもいいぞ」

 雛が嫌がるならしない。
 そんな気持ちで問うと、雛は首を横に振った。

「やめないで……、いいの、気持ちいいの……」

 恍惚とした表情がその言葉が本心からのものだと教えてくれた。
 雛を悦ばせるべく、口での愛撫を再開する。
 指も使い、濡れた中をかきまわした。

「うっ、あっ、ひぅ……っ! あ、ああっ」

 仰け反り、腰を振る雛は快楽の虜となり、オレを拒まない。

「雛、気持ちいいか?」
「うん、いいよぉ……、夢の中にいるみたい」
「そうだ、雛は夢を見ている。それでいい、何も考えるな、お前は気持ちよくなってればいいんだ」
「うん、うん……」

 オレに抱きつき、雛は従順に頷いた。
 雛の中に入れていた指を抜き、今度はオレ自身を入れるべく体勢を変える。

「入れるから、力抜け」

 雛が力を抜いたのを確かめて、正常位でゆっくり挿入していく。
 雛はオレの首に腕をまわしてしっかりと抱きついてきた。
 オレに合わせて腰を動かす。
 ぎゅっと心地よい締め付けに、オレの欲望が高まっていく。

「……ぅ…はぁ…、……雛、平気か?」

 愛しさが募り、オレを受け止めて喘ぐ雛をキスで慰める。
 無理やりになんて抱きたくなかった。
 本当は、こうして互いを想い合う触れ合いがしたかった。

「大丈夫だよ。お兄ちゃんこそ、気持ちいい? わたし、何でもするよ。お兄ちゃんのためなら、どんなことでもするから……」

 オレが受けた心の傷を償うためだと、どんなことをされても耐えてきた雛。
 そこまで思われて、オレは幸せだったよ。
 お前が望む兄貴になれなくて、ごめんな。

 しがみついてきた雛を抱きしめて、猛り狂う欲望に任せて突き上げる。

「あ…んっ、あはぁ! お兄ちゃん、はぁ、……ああっ!」

 世界が白く染まる。
 ひと時だけ全てのしがらみから解き放たれて、オレと雛は深く繋がった。

 達した後の脱力感を振り払い、起き上がって情交の跡を拭き取った。
 疲れて眠ってしまった雛の体も拭ってやり、ベッドに戻る。
 雛の顔は安らいでいて、微笑みすら浮かんでいる。
 まだ夜明けには早い。
 あと少し、夢を見よう。
 心に一生残る、幸福に満ちた夢を。




 夜明けの少し前に、起き出して服を身につけた。
 フロントに連絡して女物の下着の手配を頼む。
 その後に渡の携帯を鳴らして、寝ているところを起こした。
 呼びかけると、機械越しに眠気の漂う不機嫌な声が返ってきた。

『まだ、夜中だぞ。……うー、ねむ……』
「話がある。部屋はどこだ?」

 告げられた部屋番号を覚えて通話を切る。
 上着に携帯をしまってから、寝室を覗いて雛の顔を見た。

 よく寝ている。
 この寝顔に何度癒されてきたんだろう。
 さよならだ、雛。
 次に会う時、オレはお前にとって最悪の酷い男になる。
 二度と顔も見たくないってぐらい嫌いになってくれ。
 お前の苦しみを取り除くには、そのぐらいしないとだめだ。
 兄貴もオレも最初からいなかった。
 そう思っていい。
 オレなんか比べ物にならないぐらい、お前を大事にしてくれる男と出会って幸せになってくれ。

 歩み寄り、頬に口付けて顔を離す。
 頭を軽く撫でて、ベッドを背にした。
 部屋から出てドアを閉めると、ため息がこぼれた。
 未練がましい。
 雛のことは諦めるって決めたのに、オレはなかなかドアから離れることができなかった。




 渡に雛を託して、オレはホテルを後にした。

『行かないで、お兄ちゃん!』

 追いすがる雛の声が、まだ耳に残っている。
 大事にしたかったのに、いつもお前を泣かせて去ることしかできない。
 傷つけることしかできなかったオレには、お前の傍にいる資格なんてない。

 その足で出社して、重役室に引きこもった。
 処理すべき書類は途切れることなくまわってくる。
 好都合だ。
 雛を忘れるためには仕事に没頭するのが一番だ。

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