わたしの黒騎士様

エピソード4・おまけ 副団長のバカップル観察記録

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 一週間で五人もの令嬢が誘拐され、身代金を要求する犯行声明が被害者の屋敷に届いた。
 王都で起きた令嬢連続誘拐事件。
 これは我が騎士団の威信にかけて解決しなければならない、久々の重大事件だ。

 そんなわけで、両騎士団の上層部が集められて会議が始まった。
 捜査の方法について議論を交し合った結果、囮捜査が最適だと話はまとまった。
 しかし、その囮役を決める段階になると問題が浮上してきた。
 囮とはつまり、令嬢に扮するわけであるから、女装しなければならないのだ。

「女装か……。ドレス着て化粧して鬘つけんだよな。誰がやる?」

 私と共に進行役を務めているオスカーが立候補を求めた。
 彼は白騎士団の副団長だ。
 常にどっしりと構えていて、めったなことで取り乱すことはない。
 物事に動じない鉄の心臓でも有しているのか、彼が驚き慌てる場面を見た覚えはない。
 無口で無表情なマーカスも、その点では共通しているが、オスカーの喜怒哀楽ははっきりしている。
 ただ、彼は何事に対しても大らかなのだ。
 悪く言えば、無頓着。
 例えば、就寝中に嵐で自宅の屋根が吹き飛ぼうとも、自身が無傷であれば、そのまま再び眠ってしまうようなアバウトな性格だと分析している。

 さて、女装を進んで行いたがる者はいないだろう。
 誰もが引きつった顔をして、周囲の様子を窺っている。
 私だって嫌だ。
 それ以前に、女装の似合う人間がこの騎士団にいるのだろうか。

 ふと、キャロルの顔が浮かんだ。
 いや、やめておこう。
 彼女を推薦してはレオンが黙っていないだろう。

「適任者と思われる者を推薦してくれ。この際、従騎士でもいい。時間がねぇんだ」

 オスカーがそう言うと、何人かが思いついたのか手を上げ始める。
 彼らは口々に、二人の従騎士を推薦した。

「黒騎士団の従騎士、キャロル=フランクリンを推薦する。この間の女装を見た限り、囮役は十分こなせる!」
「白騎士団からはエルマー=バーネットを推薦する! あの者なら必ず女装が似合うはず!」

 エルマー=バーネットは確かに整った顔立ちの美少年だった。
 女装させても、いい感じに仕上がるかもしれない。
 だが……。

 バンッと会議用のテーブルを叩いてレオンが立ち上がった。
 睨みつけるような鋭い目で一同を見回し、彼は口を開いた。

「オレは反対だ! 従騎士でもいいと言ったが、囮役だぞ、危険すぎる! 囮にはオレがなる。これも騎士の務めだ、女装でも何でもしてやろうじゃないか!」
「はーい、賛成。私もかわいい従騎士に危険な役をやらせるのはどうかと思う。レオンと一緒なら女装してもいいよ」

 賛同の声を上げたのはアーサー=メイスンだ。
 彼はにこにこ笑って、手を振っている。
 元が中性的に整っているメイスンなら、美女に化けられるかもしれないが、レオンは……。

 思った通り、みんな想像して青い顔をしていた。
 オスカーが頭を掻く。

「あー、心意気は買うが、レオンは無理だ。色んな意味で却下する。アーサーなら少しはマシな気もするが、体格はレオンとほとんど変わらねぇしな。従騎士時代のお前なら迷わず推薦したんだが……」

 レオンは悔しそうに唸り、メイスンは苦笑いを浮かべた。
 話が振り出しに戻りかけたところで、沈黙を守っていたウォーレス団長が立ち上がった。

「レオン達の言うことはもっともだ。経験不足の従騎士に危険な任務を与えることは本意ではない。ここは、この私が囮になろう。この王都の平和を守り、か弱い女性達を救うためなら、多少の恥はやむを得まい」

 自分に任せろと、胸を叩く団長。
 私を始め、全員が何とも言えない顔で団長を見つめた。

「今の話、聞いてなかったんですか?」

 私が問うと、団長は驚いたように目を見開いた。

「どういうことだ? わ、私では無理か?」
「無理も無理、旦那じゃ問題外っす」

 言いにくいことを代弁してくれたのはオスカーだ。
 彼は騎士団長といえども恐れない。
 典型的中間管理職気質の私には、オスカーのような人材が相棒だと心強い。

「うむう、問題外とは心外な。やってもみないうちから決め付けはよくないぞ! よし、誰が一番女装が似合うか勝負しようではないか!」
「いや、十分わかるっての」

 オスカーの突っ込みも、燃える団長には聞こえていない。
 さらに団長に同調する形で、レオンとメイスンが再び乗り出してきた。

「そうだ、団長の言う通りだ! オレもやるぞ! 案外似合うかもしれないじゃないか!」
「うわ、面白そう! 女装コンテストだね。優勝者には私が祝福のキスをプレゼントなんてどうかな」

 待ってくれ。
 これは作戦会議の場だったはずだ。
 どうして女装コンテストの開催が決定しかけているんだ。
 こんなくだらない議論をしている間に、捕らわれの令嬢達が危険に晒されているかもしれないのに……。

 オスカーがうんざりした顔で、自身の団長へと視線を向ける。
 白騎士団団長アドルフ=クラウザー殿は、とても温厚な人物だ。
 外見も花と動物と子供を愛するような、温和な人柄が滲み出ている。
 いつも微笑みを絶やさず、皆を見守っている印象があるが、団長に任命されるほどの人物だ。ここぞと言う時には他者を圧倒し、平伏させる威圧感も持っている。
 彼が怒りの感情を見せる時、それは冷たい海のごとく、じわりじわりと無言で相手を追い詰めていくのだ。
 妙な方向に盛り上がっていく会議を、クラウザー団長は微笑を浮かべて見つめていたが、急にぱんぱんと両手を打ち鳴らした。
 一同はハッとして、クラウザー団長に注目する。
 すでに彼は表情を引き締め、指導者としての威厳を放っていた。

「君達、少し落ち着きたまえ。女装コンテストは非常に面白そうな企画だが、そんなことをしている猶予はないんだ。それに囮役の条件は、誘拐された令嬢達と同じく小柄で美しい少女でなければならない。先ほどの推薦に上がった従騎士二人を至急呼び出してくれ。衣装の手配はエミリア姫に頼もう。あの方なら快く承知してくださるはずだ。出入り口に一番近い席にいる、そこの君。すぐに王宮に行って今の話を伝えてきてくれ」
「はい!」

 てきぱきと指示を出し、クラウザー団長は元の温和な顔に戻った。

「二人の身の安全は我らの命を賭けて守ろう。ところで先ほどの女装コンテストの話だが、秋に行われるチャリティーバザーの出し物にしてはどうだろう? 一級騎士の女装となれば、見物人も大勢集まりそうだ。バザーの売り上げにも貢献できる。よって一級騎士はよほどの重大任務や用事でない限りは全員参加、下位の騎士は希望者のみ参加でいこう。いやぁ、出し物を考える手間が省けて助かったよ。支援の手を待っている人達のためにも張り切っていこう」

 クラウザー団長の一声で、女装コンテストは決定事項となってしまった。
 しかも、強制参加。
 開催目的は寄付金集めのため、誰も反対できない。

 会議室が重い沈黙に包まれる。
 呼び出しを受けた従騎士達が現れるまで、それぞれが近い将来に義務づけられた己の女装姿を思い浮かべてため息をついた。




 会議の本題だった令嬢連続誘拐事件は、キャロルの思わぬ活躍で無事解決した。
 だが、キャロルは胸の大きさのことで、犯人達に何か侮辱的な言葉をかけられたようで、怒り狂った彼女はレオンの言葉も疑い、完全にへそを曲げてしまった。
 夜の誘いも断られ、落ち込んだレオンはなぜか私の部屋で嘆いていた。

「うう、キャロルぅ……」

 部屋の隅でうずくまり、キャロルの名を呟いている。
 そんなレオンを、私とテーブルを挟んで向かい合っていたオスカーが心底嫌そうな顔で見つめた。

「うっとうしいな、騎士団最強の男が振られたぐらいで女々しいぞ。さっさと立ち直って、次へ行け」
「まだ振られてはいないっ! 次はないんだ! オレにはキャロルだけなんだぁ!」

 この絶叫をキャロルが聞けば、すぐ仲直りといきそうだが、今頃は自室で休んでいる頃だろう。
 しかし、今夜は人口密度が高い。
 我々の傍らではメイスンが床に座っていて、王宮の侍女から借りてきたドレスのデザイン画を広げていた。
 彼らは開催が決定した女装コンテストについての相談をしにきたのだ。

「ドレスの注文は早めにした方がいいね。オスカーはどんなのがいい?」
「適当でいい、そんなもん。どうせかく恥は同じだ」

 メイスンの問いに、オスカーは面倒臭そうに答え、あくびをもらした。
 やる気は皆無のようだ。
 適当でいいなら、フリルとリボンが満載のピンクの衣装を調達してやろうか。
 思わず黒い企みが脳裏に浮かび、頭を振った。
 いや、他人事ではないのだ。
 私はできるだけ、シンプルな衣装を選ぼう。
 男が着ても不自然ではないようなもの……って、そんなドレスはないな。

 ドアがノックされる音が聞こえた。
 また客か、誰だろう?

「どうぞ、鍵は開いているよ」

 返事をすると、ドアが開いた。

「グレン、邪魔するぞ」

 元気よく声を上げたのは黒いフード付きのコートを羽織ったエミリア姫だ。
 夜の遅い時間の訪問だ。
 お忍びで部屋を抜け出して来たに違いない。
 姫に続いてマーカスも入ってきた。
 完璧に時間外労働ではないのだろうか、彼も苦労しているな。

「ん? なんじゃ、レオンは暗いのう。せっかく良い物を持ってきてやったのに」

 エミリア姫は眉をしかめて隅にいるレオンを見た。
 その問いに、オスカーが適当な口ぶりで答える。

「例の恋人に振られたそうっすよ」
「振られてない!」

 しっかり否定はするのだが、レオンはまたキャロルを想って嘆き始めた。
 無表情でレオンを見ていたマーカスが、レオンの側へと歩いていく。
 彼は手に何かを持っている。
 あれが姫がおっしゃった『良い物』なのだろうか?
 それは布で作られた人形だった。
 黄色い頭のつぶらな瞳をした、三頭身で小さな枕ほどの大きさの人形だ。黒い騎士服を着ている。

「レオン」

 マーカスは呼びかけると、それをレオンの手に渡した。
 じっと人形を見つめるレオンに、エミリア姫が声をかけた。

「それはキャロルを模して作った人形じゃ。バザーに向けて騎士団のマスコット人形を作ろうと、試作品を製作中でな。その人形の名はキャロリンじゃ。わらわとマーカスが心を込めて縫ったのだ。かわいがってやれ」

 姫は共同制作を主張しているが、この人はそれほど器用ではない。型紙を作って布を切ったぐらいだろう。
 仕上げは、ほとんどマーカスがやったと思われる。
 マーカスは編み物や裁縫も得意だ。
 彼は貴族の子息だが妾腹の子で、早くに母親を亡くし、本妻と異母兄弟によって幼い頃から使用人同然にこき使われていたと聞く。感情が表情に出ないのはそのせいらしいのだが、幸いにも身についたものもあり、彼の手先は驚くほど器用だ。
 我ら同期の面々は、ボタン付けやら綻びができると、よくお世話になっていた。

「キャロル!」

 レオンは恋人の名を呼びながら、キャロリンを抱きしめた。
 彼の脳内では、愛しの少女に変換されているのだ。

「あ、いいな。私も欲しい」

 羨ましがるメイスンに、今度はエミリア姫が人形を一体差し出した。
 こちらは白い騎士服で黒い頭をしている。

「エルマーをモデルにしたエルリンじゃ。これはアーサーにやろう」
「ありがとうございます。わあ、かわいい!」

 メイスンはエルリンを胸に抱きしめた。
 結局、エルマー=バーネットがキャロルを敵視していた理由は彼だった。
 キャロルを羨んでの嫉妬だったとのことで、この件は解決したのだとメイスンは請合った。
 それはエルリンを抱く彼の姿で確信できた。
 本人にもあの調子で接しているのだろう。
 嫉妬などする必要もなくなったわけだ。

 ちなみにエルマーは女の子だった。
 彼女自身も明言しておらず、誰も決定的な確認をしたわけではないが、白騎士団では大半の者が疑い、確信している。
 オスカー曰く、胸が目立ち過ぎるので薄着になるとごまかしようがないそうだ。
 クラウザー団長もあえて追求せずに黙認しているらしい。
 何はともあれ、エルマーはキャロルの良いライバルになってくれそうだ。
 同性であり、戦闘スタイルも同じ事から、刺激を与え合って向上していってくれることを期待する。

 話は戻るが、こうして大の男が二人も嬉々として人形を抱きしめている姿は異様であるのだが、見なかったことにしよう。
 姫は満足そうに頷き、鼻高々に人形の製作秘話を語り始める。

「試作品を作るにあたって今年の従騎士の中で見目良い二人を選んでみた。完成品はその半分のサイズで、頭は茶色のタイプにする予定じゃ。王宮に勤める人間全員に一人一体の作成を義務付けるので、結構な数が作れそうだな。さらにレアものとして、一級騎士がモデルのものも数体製作予定をしておる。そなたらの人気を知るいい機会じゃぞ」

 ということは、私をモデルにした人形もあるのか。
 変な人に買われるのは嫌だが、売れ残っても立場がないな。

 とりあえず、レオンの暗いオーラが消えたことで部屋が明るくなったような気がする。
 私はドレス選びに戻った。

「しっかし、こんなゲテモノコンテストを好き好んで見に来るヤツがいるのかね」

 自身を含む男達の女装をゲテモノ呼ばわりしたのはオスカーだ。
 すかさずエミリア姫が異を唱える。

「何を言うておるのだ、侍女達は乗り気じゃぞ。みな、絶対見に行くと張り切っておる。ミスコンなどは当たり前すぎてつまらぬ。キモかわいいとか言う流行語もあるではないか、ゲテモノとてバカにはできんぞ」
「そういうもんかねぇ……」
「オスカー、そなた、もっとやる気を見せい! 副団長であろうが!」
「晒し者になるのがわかってて、やる気は出ませんよ」

 オスカーは姫と会話を続けながらも、ますます興味を失っていき、だらけた様子で椅子にもたれかかっている。
 レオンとメイスンはキャロリンとエルリンに夢中だし、私は仕方なくデザイン画を眺めていた。
 ふと気づくと、マーカスもデザイン画を手にとって見ている。
 彼は当日も姫の護衛役だろうし、女装の魔の手から逃れられるはずだ。

「マーカスはいいね。君は姫の護衛があるから出場しなくてもいいんだろう?」

 何気なく話題を振ると、代わりにエミリア姫が答えた。

「グレン、マーカスも出るのじゃ。当日の衣装はわらわがデザインする。優勝はいただくから覚悟しておけ。頑張るのじゃぞ、マーカス」
「御意」

 あ然として、マーカスを凝視する。
 変わらない表情からは、戸惑いも否定の感情も窺えない。
 主君の命令とはいえ、本気で付き合う気なのか?
 彼の忠誠心には頭が下がる。
 それとも姫に何か弱みでも握られているのではなかろうか。

 疑いの眼差しを向けたが、そうではないのだと思い直す。
 姫がマーカスの嫌がることをするわけがないのだ。
 この二人は、常人の考えの及ばぬところで通じ合っている。
 きっと、この件も意見の一致で参加を決めたのだろう。

 当日の会場で繰り広げられるおぞましい光景を想像して吐き気がしてきた。
 私もその一端を担うわけだから、憂鬱になる。
 家族や外部の知り合いに、来てはいけないと知らせておかなくては。
 こんな時、実家が遠い地方出身者が羨ましくなった。


 END

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