わたしの黒騎士様
エピソード5・おまけ 副団長のバカップル観察記録
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父親の具合が思わしくないとの手紙が届き、キャロルはレオンと共に帰郷した。
レオンが二週間近くの長期休暇を取るのは初めてだったが、王都は平穏そのもので、任務も他の騎士で十分対応できるものばかり。
団長が不在だったため、私が休暇届を受理した。
二人がいなくなったところで、騎士団の日常は変わらない。
騎士達は任務と修練に勤しみ、それは私も同様だ。
仕事の合間に従騎士達の様子を覗く。
キャロルがいないので、ノエルとトニーは寂しそうだ。
いや、彼らだけではない。
他の従騎士も覇気が薄れているような気がする。
耳を済ませると、従騎士達のぼやきが聞こえてきた。
「あーあ、キャロルがいないと途端にむさ苦しくなったよなぁ。男だってわかってても、華があって癒されてたのに」
「あいつの明るい声を聞かないと調子出なくてさ。やっぱり潤いは必要だよ」
「早く帰ってこないかな」
知らない間にキャロルは従騎士達のアイドル的存在になっていたらしい。
確かに男だらけの空間に、彼女の存在は華を添えていた。
上級騎士達からも、その不在を嘆く声は幾つも聞かれた。
さらに白騎士団にも、彼らがいなくて寂しがる者がいた。
アーサー=メイスンだ。
「レオンもキャロルもいないなんて、黒騎士団に来る楽しみが半減するなぁ」
職務で人の執務室を訪ねて来て、私情丸出しの発言をするメイスン。
私は彼が持ってきた書類を受け取り、淡々と事務処理を進めた。
黒と白の騎士団は普段は独立した運営がなされているが、国を武力で脅かす存在が現れれば即座に同じ国を守る一つの騎士団となる。そういった有事に備えて我々は日頃から綿密に連絡を取り合い、大きな事件には協力し合って立ち向かう。
そのため白騎士団で処理された案件や事件は、黒騎士団にも事後報告される。その逆も然りだ。だから、我々一級騎士は互いの敷地を訪ねる機会が必然的に多くなる。
今日、メイスンが持ってきた書類もそうした連絡事項の一つだ。
用件は済んだので退室してもいいはずなのだが、彼はまだ居座って喋っている。
それなりに相槌を打っているせいだろうか。
メイスンは二人の不在を残念がり、私にいつ帰ってくるのかと尋ねた。
「二週間の予定だが、伸びる可能性もある。それより仕事で来るのに、楽しみも何もないと思うんだけどね」
「それは違うよ。人生に余裕は常に必要だ。例えば、執務室に花を飾ると目の保養になって心が落ち着く。そして仕事の能率も上がる。私にとって彼らはそれと同じ、一服の清涼剤みたいなものなんだ」
「清涼剤に罵られて殴られて嬉しいのかい? 私にはよくわからないな」
レオンと彼のやり取りを見ていると、あれで癒されるとはとても思えない。
二人に散々邪険に扱われていて、そう言えるのであれば、マゾなのかと疑ってしまう。
「そりゃあ、私だって笑顔で話してもらえれば一番いいよ。でも、しょうがないじゃないか、何を言ってもやっても怒らせてしまうんだから」
昔が懐かしいと呟いて、メイスンは笑みを浮かべた。
レオンと仲が良かった頃を思い出しているのだろう。
思えば、レオンは彼と親密になりすぎたのだ。
私のように距離を置いて付き合っていれば、今でも良いライバルでいられただろうに。
オスカーから彼の性癖について詳しい話を聞いたのは、レオンがメイスンを嫌うきっかけとなったあの出来事の後だった。
メイスンは親友レベルまで相手に好意を持つと、もれなく恋愛対象にしてしまうのだという。
彼の性癖が作られるに到った過程には生育環境が大きく影響しているそうだが、そんなことは我々の関知しないことだ。
そのことを知ってから、私はメイスンを名で呼ぶことは避け、一定の距離を置いて付き合っている。
だからこうして彼と二人っきりになっても、普通に会話ができる。
「まあ、いいや。二週間すれば帰って来るんだし、その間は他の子で癒されていよう。エルは、すごくかわいいんだ。抱きしめると真っ赤になってさ。照れて嫌がるところが、またかわいくて」
「それってセクハラじゃないのか? ほどほどにしないと本当に嫌われてしまうよ」
二人が居ない分、メイスンが彼女に構う機会は格段に増えたようだ。
エルマーは彼に好意を持っているからいいとしても、セクハラ紛いのスキンシップを繰り返されて戸惑っていることを思うと、気の毒になってきた。
さりげなく忠告してみても、メイスンは本気にしていない。
そうかなぁと、首を傾げて笑っているだけだ。
「さて、そろそろ戻ろう。ところでグレンはいつになったら私を名前で呼んでくれるのかな? 私は君とも仲良くしたいんだけど」
「君と良い友人でいたいからだよ、メイスン。決して嫌っているわけじゃない」
私の答えを聞いて、メイスンは苦笑した。
彼も私の微妙な距離の置き方を気にしていたんだな。
人の気持ちに鈍感なのかと思っていたが、そうでもないのだと彼についての認識を改めた。
そして当初の申請通り、二週間後にキャロルとレオンが騎士団に戻って来た。
思いもかけない人物と共に。
彼らは私の執務室を訪れ、新顔の少女が挨拶をしてきた。
「はじめまして、シェリー=フランクリンと申します。兄がお世話になっております、副団長殿」
ドレスの裾を摘まみ、私に対してお辞儀をする姿は完璧な淑女だ。
キャロルと同じ髪と瞳の色をしていながら、顔の系統はまるで違う。
キャロルはあどけなさを残した可愛らしさを持っているが、彼女は大人びた華やかな美少女だ。
二人が並べば、こちらの方が姉だと思うだろう。
「これはご丁寧にどうも。副団長のグレン=ロックハートです」
わたしが挨拶を返すと、シェリー嬢はにっこり微笑んだ。
不覚にも目を惹きつけられた。
例えるなら素晴らしい名画や、精巧な彫像を見た時のような感動だ。
なるほど、キャロルが劣等感を持つのもわかる。
この世のものと思えぬほど、シェリー嬢の微笑みは美しかった。
「では、団長殿や、他の騎士様方にもご挨拶をしてまいります。キャロルのお友達にもお会いしたいですし」
「グレン様、執務中に失礼しました。レオン、また後でね」
キャロルとシェリー嬢は揃ってお辞儀をして、部屋を出て行った。
扉の向こうから、明るい話し声と笑い声が聞こえた。
姉妹仲はとてもいいようだ。
この場に残ったレオンは、疲れた顔でため息をついている。
私は不思議に思って話しかけた。
「随分、お疲れのようだが、どうしたんだい? 君なら一ヶ月行軍したって耐えられるだろうに」
「疲れているのは旅のせいじゃない。お前もしっかり騙されたな」
騙されたって何のことだろう?
首を傾げる私に、レオンは故郷で起こった出来事を話してくれた。
あの美しいシェリー嬢の意外な素顔を……。
話を聞き終え、衝撃ですぐには言葉が出てこなかった。
「……その。……た、大変だったね」
「ああ、口では言い表せないほどにな。頼むが、この話は他言しないでくれ。キャロルの耳には入れたくないんだ」
レオンはキャロルを思いやり、黙っておくつもりのようだ。
しかし、信じられない。
シェリー嬢の天使のごとき微笑の裏にそんな本性が隠されていようとは。
「あの女はオレを消す機会をまだ狙っている。油断はできない」
レオンは険しく眉を顰め、拳を握り締めた。
レオンとシェリー嬢の対決はこれからが本番ということか。
面白くなってきたな。
はっ。
いやいや、そうではない。
心配しているのだ。
決して、野次馬根性が疼いて仕方がないとか、そういうわけではないぞ。
「私でよければ相談相手になるよ。いつでも話しにおいで」
「そうさせてもらう。キャロルにはできない話だからな」
ようやくレオンは表情を緩めた。
レオンの誠実さは、私もよく知っている。
いずれシェリー嬢も認めるだろう。
根気は必要そうだけど。
キャロルの不在を嘆いていたことからわかるように、むさ苦しい男所帯にとって、うら若き女性の訪問は貴重な潤いだ。
夕食時の食堂は、シェリー嬢の話題で持ちきりだった。
「ああ、この世にあんな美人が存在していようとは」
「キャロルとは雰囲気が違うけど、彼女も綺麗だったなぁ」
「領主の娘ってことは、生粋のお嬢様だよな。お淑やかで可憐で……いいよなぁ。あの子に頼みごとをされたら、何でも聞くぞ」
シェリー嬢の姿を思い浮かべて、ある者はため息をつき、またある者は陶酔の眼差しを宙に彷徨わせる。
彼女は多くの騎士団員の心を一目で奪い去ったのだ。
それは団長も例外ではなかったらしい。
昼間、挨拶に来たシェリー嬢を、団長はいたく気に入った様子だった。
「シェリー嬢は素晴らしい淑女であったぞ。私も彼女と同年代であれば、お近づきになりたいところだ」
レオンの話が真実であるなら、彼女は団長に気に入られる振る舞いを狙ってしたに違いない。
団長の心証を良くしておけば、騎士団への訪問も気軽にできるからだ。
全てキャロルの傍にいるため。
シェリー嬢の思考は、キャロルを中心にまわっていると言っても過言ではない。
姉妹愛で片付けるには、あまりにも度を越している。
レオンのこれからの苦労が目に見えるようで、思わず同情の念を強くした。
夜になり、プライベートの時間がやってくる。
私はノエルとチェスをしていた。
ゲームの合間に世間話をしているうちに、シェリー嬢の訪問に話題は移っていった。
「確かに綺麗な子でしたけど、どこか違和感があったんです」
他の者の反応に比べて、ノエルは冷静だった。
どうやらシェリー嬢は彼の好みではなかったようだ。
ノエルは盤上を見つめたまま、言葉を続けた。
「偽物の笑顔っていうのかな? キャロルと話している時は自然だったけど、オレ達に向けた笑顔は作り物みたいに思えた。もちろん誰にも言ってません。オレの思い違いかもしれないし」
なかなか鋭い洞察力だ。
私でさえ見抜けなかったのに、彼は何の先入観もなしにシェリー嬢の本性に疑いを持った。
感心していると、ノエルが顔を上げた。
「それとは別に気にかかることがあるんです」
困惑の面持ちで語る彼の言葉に、私は耳を傾ける。
シェリー嬢はさっそくこの騎士団にも、キャロル奪還のための計略の種をまき始めたのだろうか。
「彼女が帰る時、オレに言ったんです。「わたし達、お仲間ですね」って。どういう意味だと思います?」
シェリー嬢とノエルの共通点。
それは立場は違えど、キャロルを好きだということ以外にない。
彼女はノエルの気持ちを短時間の接触で察知し、レオン抹殺計画の要員として利用しようと企んだのか?
もしも、私の推測通りなら、恐ろしい少女だ。
咳払いして、気を落ち着かせる。
「シェリー嬢の言動には十分気をつけるように。私から言えるのはこれだけだ」
余計なことは言わずに注意を促しておく。
今はこれが一番いい方法だ。
「は、はい。よくわかりませんけど、そうします」
ノエルは頷き、私達の話題は別のものへと移って行った。
だが、この忠告は無駄となり、彼は後日シェリー嬢の企みに巻き込まれることになるのだが、その経緯と顛末は別の機会に語ることにしよう。
嵐のような少女の乱入で、彼らの行動を綴る観察記録はさらに私の興味を煽る面白いものになってきた。
END
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