わたしの黒騎士様
キャロリンとレオン
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ノックの音に応えて自室の扉を開けると、アーサーが立っていた。
無言で扉を閉めかけたが、ヤツは隙間に足を挟み、人形をオレの目の前に突き出してきた。
「こんばんは、遊びに来たよ」
ヤツは人形にお辞儀をさせ、おどけた口調で挨拶をしてきた。
この人形には覚えがある。
姫がアーサーにやったエルリンだ。
白騎士団の制服を着た黒髪の人形で、白騎士団の従騎士エルマー=バーネットをモデルに作成されたものらしい。
オレはキャロルをモデルに作られたキャロリンをもらった。
後で我に返り、どうしたものかと悩んだが、捨てるわけにもいかないのでクローゼットに隠してある。
「キャロリンと遊ばせてよ、エルリンが寂しがっているんだ」
そんなわけあるかと、怒鳴って追い出そうとしたが、ふとエルリンと目が合った。
向こうは無機質な人形のはずだ。
そんなはずはないのに、本当に寂しそうな目をしているような気になってきた。
最近忙しくて寝不足だったから、疲れているんだろう。
そうに違いない。
何だかんだで押し切られ、アーサーを部屋に入れた。
クローゼットからキャロリンを取り出して、テーブルの上に置いてやる。
気が済めば帰るだろう。
アーサーは持参した大きめのカバンを開け、女物の服を何着か取り出した。
フリルのついたワンピースやらメイド服、ウエディングドレスまである。
だが、どれも小さくて、赤ん坊でも着られるのかどうかわからないほどだ。
「これ、知り合いに譲ってもらったんだ。リタちゃん人形の服なんだけど、エルリンにもぴったりなんだ」
「なんだ、そのリタちゃん人形ってのは?」
「女の子に大人気の着せ替え人形だよ。もう三十年ぐらい愛されてるシリーズだけど知らない?」
どうやらエルリンとキャロリンは、そのリタちゃん人形とやらと大きさや体型が似ているらしい。
「この服脱げるんだよ。多分、キャロリンもできるはず」
アーサーの言う通り、キャロリンの騎士服は着脱が可能だった。
相変わらず器用だな、マーカス。
無口な友人が作ったであろう服を眺めてつくづく感心する。
服を脱がせてみると、キャロリンは下着を着ていた。
袖なしのシャツと短パンらしき物を穿いている。
芸が細かいな。
とりあえず、近くにあったピンクのワンピースを着せてみた。
ピンのついたリボンの髪留めもあったのでつけてみる。
なかなか良い感じだ。
アーサーはエルリンに白いドレスを着せていた。
首には玩具のネックレス。
あれも人形のためのアクセサリーなのか?
「ほら、他にもたくさんあるよ。着せてみたら?」
多種多様な衣服を勧められて、着せ替えを続ける。
何を着せても似合う。
次第に楽しくなってきて、夢中になっていた。
我に返った時には、キャロリンは豪華なウエディングドレスに身を包んでオレの誓いの口付けを待っていた。
「……何をやっていたんだ、オレは」
「楽しそうだったよ。レオンも才能あるね」
「こんな才能はいらん。もう帰れ」
正気に戻ったオレはキャロリンに元の騎士服を着せなおし、部屋からアーサーを追い出した。
帰り際にアーサーは予行演習になっただろうと言っていた。
何のことかと思ったが、人形で似合う服を試していたということだろうか。
ドアを閉めて室内に戻り、クローゼットにキャロリンを戻そうとしたが、手が止まった。
キャロリンの瞳が訴えかけてくる。
一人で寝るのは寂しい、抱っこしてと、キャロルの声で幻聴まで聞こえてくる。
本格的にやばくなってきたぞ。
今日は早く寝よう。
オレはキャロリンを抱えてベッドに入った。
数日後、街でキャロルとデートをしていたオレは、服屋に入った。
女物の衣服を専門に扱っている店で、キャロルは困惑の眼差しでオレを見た。
「ここで服を買うの?」
「ああ、キャロルに似合う服を買おう。今だけしか着られない服もあるだろう。プライベートの時ぐらいはいいんじゃないか?」
「うん、ありがとう。嬉しい」
オレの提案をキャロルは喜んでくれた。
置いてある既製品の服を手に取り、キャロルに似合いそうなものを幾つか選んだ。
「わあ、どれも素敵だね。試着してみる」
キャロルは試着室のカーテンの中に消え、着替えが終わると見せに出てきた。
キャロリンでの予行演習のおかげか、似合うものが選べたようだ。
やはり着せ替えるなら本物の方がいいよな。
少女らしい装いをして微笑むキャロルを見て、オレは満足した。
あれからオレは、キャロルのいない夜にだけ、キャロリンを枕元に置くようになった。
人形であるがゆえに魂が宿っているようにも思えて、どうしても蔑ろにはできないのだ。
こっそりキャロリン用の服も買った。
あくまで贈り物を装い、店員にプレゼント用のラッピングまでしてもらったオレを誰が責められるだろうか。
かわいいネグリジェを着たキャロリンは、つぶらな瞳でオレを見ている。
今度キャロルにも似たようなの買ってやろう。
オレは人形遊びが好きなわけじゃない。
こいつがキャロルに似ているからだ。
愛着が湧くのもそのせいだ。
必死で心に言い聞かせ、オレは自分を納得させた。
END
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