狂愛
忠実な騎士を愛する王
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城の中は窮屈で退屈で、幼い私は耐え切れずによく王宮を抜け出した。
王宮と一般人も出入りする区域のちょうど境界にあたる小さな庭園までたどり着き、仮初めのものだとしても自由な空気を吸い込んでいた。
そこで彼女に出会った。
よく見かける茶色の髪をした、私と同じ、青い目の少女。
簡素なワンピースを着込み、元気いっぱいの笑顔で庭園へと駆け込んできた。
その少女――ヒルデと私は、毎日一緒に遊んでいた。
花で冠を作ったり、ダンスを踊ったり、庭園のブランコに揺られてはしゃぎあった。
とても楽しい時間だった。
だが、私とヒルデの穏やかな日々はあっけなく壊された。
乳母のロミルダが、私と彼女の仲を引き裂いたのだ。
ヒルデの父まで呼びつけて釘を刺しておいたと、彼女はなにかの手柄のように周囲に語っていた。
「ロミルダ、お願いだ。ヒルデと会わせて。彼女は私の友達なんだ」
泣いて頼んでも、ロミルダは聞いてくれなかった。
あんな下賤の者のことなど忘れろと、ヒルデを貶める発言を繰り返し、私は悔しさと無力感に打ちのめされて泣くことしかできなかった。
私が即位する頃には、ヒルデは軍に入り騎士となっていた。
そのことを間者から聞いた私は不安になり、彼女の身を守る武器を贈ろうと、密かに鍛冶屋を訪ね、剣を打ってもらった。
すぐ間近に戦争が迫っていたからだ。
出陣の前夜、私は間者に手引きさせ、ヒルデを王宮に招いた。
久しぶりに顔を合わせた彼女は、大人びた風貌と女性的な肢体を併せ持つ、美しい少女となっていた。
騎士としても有望で、物腰にも隙がない。
間者の手引きがあったとしても、誰にも見つからないように忍びこめるほど、彼女の身のこなしは卓越したものだ。
戦場に出ても、無理をしなければ生き延びられるだろう。
私は用意していた剣を、ヒルデに贈った。
「ヒルデ、この剣は君を守るためのものだ。敵を討とうと思わなくていい。どうか無事に帰ってきてくれ。私の願いはそれだけだ」
私の手から剣を受け取ったヒルデは、それを大事そうに胸に抱え込んだ。
その姿を見た私は、彼女に対する感情に、新たな熱い情が加わったことを感じた。
しかし、まだ幼い私には、その感情が恋であることに気づくことはできなかった。
「陛下、わたしはあなたのためなら命を惜しみません。この剣に誓います。必ずや、あなたと我が国に勝利を。そしてこの国に永遠の平穏と繁栄をもたらしましょう」
騎士が王に誓う、当たり前の言葉だ。
だが、彼女の口からは聞きたくなかった。
違うと呟いて首を振る。
この時の私は王ではなかった。
一人の少年として、彼女と向き合っていたのだ。
「そんなつもりで剣を渡したんじゃない。どうしたらわかってくれるんだ。私は君に死んで欲しくない、傷ついて欲しくないんだ」
もどかしい思いを拙い言葉で訴える私に、ヒルデは微笑みかけた。
そして、私の前に跪き、臣下の礼を取った。
「我が身をご案じくださる陛下のお言葉を賜り、身に余る光栄です。ですが、わたしは陛下にお仕えする騎士でございます。陛下のために戦うことこそ我が誉れ。たとえ戦場でこの身が朽ちようとも、悲しまれる必要はございません。あなたがこの世界で輝ける王となられることが、この心に抱く唯一の望みでございます」
今はこの国が生き残れるかどうかの瀬戸際だった。
ヒルデも命を捨てる覚悟なのだ。
彼女は一人の女である前に、一人前の騎士だ。
ならば私も、彼女の忠誠に応えねばならない。
ため息と共に、気持ちを切り替えた。
「それが君の望みなら、私は王の道を行く。だが、約束してくれ。私の一生をその目で、我が傍で見届けると。決して、私から離れてはいけないよ、死ぬことも許さない」
「はい。陛下がお望みならば誓います。わたしは生涯お傍におります」
ヒルデの笑顔は私に勇気をくれた。
いざという時は、民と兵の安全と引き換えに、この首を差し出す覚悟で臨んだ戦だったが、騎士達の奮闘のおかげで勝利を収めることができ、我が国は侵略軍を退けることに成功した。
それから十年。
断続的に襲ってくる他国の軍との戦闘において、ヒルデは幾人もの高名な騎士の首を取り、目覚しい功績を上げた。
私が与えた剣は、不本意にも大いに活躍し、彼女を英雄に祭り上げた。
常に最前線に赴いて戦い、彼女は幾度も傷を負い、死線をさまよった。
もうやめてくれと、報告を聞くたびに心で叫んだ。
ヒルデは私のためならば、死んでも構わないと笑顔で言った。
私が輝ける王であることが彼女の望みだと。
だから私は王であり続けた。
いつか、平和な世がきたら、二人で穏やかに暮らせることを願って。
宰相や側近達にも約束を取り付けた。
周辺諸国を平定し、国を取り巻く情勢を安定させることができれば、特例を認め、平民の血を持つヒルデを後宮に迎えることを。
彼らは快く承諾した。
未熟な私は気づくことができなかった。
平民が後宮に入ることを良しとしない、女官長となったロミルダや一部の重臣達が、共謀してヒルデを排除しようと蠢いていたことに。
脅威となる国を全て打ち倒し、支配下に収める事で、我がカレークは列国最強となった。
周辺諸国は手の平を返したかのように擦り寄ってきて、自国の姫や金銀財宝などの貢物を納め、庇護を求めてくる。
これでようやく肩の荷が下りた。
安堵と共に頭に浮かんだのはヒルデの愛らしい笑顔だけだ。
私はさっそく重臣達を玉座の前に集めて、ヒルデを迎える準備をするよう命じた。
ところが私の前に跪いていた彼らは、その命令を一笑に付した。
宰相は駄々を捏ねる子供を相手にするかのごとく、苦笑して肩をすくめた。
「陛下、まだそのようなお戯れを言われますか。あのような血に飢えた獣のような輩を、神聖な後宮に入れることはなりません。それにあれにはまだ使い道があります。遠方の蛮族共なら、あのような女でも与えてやれば喜ぶでしょう。王族の妻になれるかもしれません。一介の騎士にはもったいないぐらいの良縁ですぞ」
周囲を見回すと、誰もが宰相の言葉に頷いている。
ロミルダも、上機嫌で相槌を打った。
「ヒルデ殿のために、最上級のお支度を整えて差し上げますわ。我が国の、そして陛下のおためになるのですから、あの者も本望でしょう」
怒りで目の前が真っ赤になった。
腰に下げていた剣を抜き、宰相の首を一撃で刎ねた。
切り口から血が噴出し、広間を赤で染め上げる。
誰もが声を失くし、一瞬で物言わぬ姿となった宰相と、血に濡れて立っている私を見つめていた。
「陛下! な、何ということを!」
ロミルダの甲高い声が響き、我に返った重臣達が後ずさりした。
私はひどく興奮していた。
血を見たせいか、それとも彼らに対しての怒りのせいか、今まで覚えたことのない残虐な思考に支配され、目に映る者全てをぐちゃぐちゃに引き裂きたい衝動に駆られた。
「宰相は私を謀った。そなた達も同罪だ。王を嘲り、傀儡にしようと謀った罪は重いぞ。貴様ら全員、斬首の刑に処す」
微笑んで斬首を宣告した私に、罪人達は悲鳴を上げた。
「陛下がご乱心なされた! 何をしている、早くお止めしろ!」
警護をしていた騎士や兵士に重臣達は命令を下したが、彼らは指先さえも動かさなかった。
喚く重臣達を無視して、騎士の一人が私に指示を仰いだ。
「陛下、ご命令を」
自らの体が傷つくことを厭わず、先陣を切って国を守ってきたヒルデを、彼らは慕っていたのだ。
私と同じく堪忍袋の緒が切れたということだろう。
「私の意志は変わらぬ、あれらの首を斬れ。この件に関わった者全てを調べ上げ、厳重に処罰せよ。罪状は王への反逆だ」
ロミルダが叫び声を上げて、私にすがりついてきた。
衣服を掴む強い力に眉を顰め、彼女を振り払った。
無様に床にへたりこんだロミルダは、恐れの浮かんだ表情で私を見上げた。
「へ、陛下、なぜ? 私共がしてきたことは、この国とあなたのために……」
「笑わせるな、貴様らの都合のいい人間ばかりに高い地位を与え、私が必要とする者を排除する。それの何が私のためになった? この国のためにもならない。貴様らは私欲で動く害虫でしかない」
迷うことなく剣を振るった。
大量の血飛沫と共に、ロミルダの首と胴が離れる。
乳母だった女のはずなのに、胸に湧いてくるのは憎しみの感情だけだった。
この女が、母亡き後も、主に世話をして私を育てたのは事実。
だが、決して愛情は存在していなかった。
理想ばかりを押し付け、己の力を誇示するために私を利用したに過ぎない。
さらに私の愛する人を侮辱し、厄介払いのために蛮族共に売り渡そうとしたのだ。
哀れにも思わない、これが当然の報いだ。
瞬く間に広間は惨劇の場となり、多くの死体が運び出された。
これから少し忙しくなる。
新しい宰相と大臣達を任命して、全ての憂いを取り払い、ヒルデを迎えよう。
王宮で起きた血なまぐさい事件は、宰相とその夫人である女官長が仕組んだ謀反の粛清であったと公表した。
ヤツらの息のかかった人間は、反逆の徒として全て始末した。
後宮も解散させ、処罰の必要のない者には恩賞を与えて故郷に帰す。
国が安定していないことから忙しいと理由をつけて、後宮の女にはほとんど手をつけていなかったこともあり、世継ぎを孕んだ女もおらず、後宮の整理は順調に進んだ。
新たに側近となった者達は、私の行動の裏にヒルデへの並々ならぬ愛情と執着が起因していることに気づいたようだ。
ヒルデだけを後宮に迎えるという私の命令に異を唱える者は一人もいなかった。
個人的にヒルデに悪い感情を持っている者が少なかったこともあるのだろうが、彼女の件に関してだけは、私の決定に異論を述べれば、冤罪であろうが汚名を着せられて首が飛ぶことを、彼らは薄々察していたのかもしれない。
私は暗黙の内に、家臣に理解させた。
ヒルデを私に与えておけば、皆が望む理想の王でいてやることを。
私はもう我慢などしない。
私のために戦い、傷ついてきた彼女を、この手で守るのだ。
この胸に抱き、存分に愛し、生涯を共に生きる。
十数年の月日を耐えてきたのだ。
やっと私の望みが叶う日がやってきた。
準備が整い、浮かれる気持ちを押し隠しながら、ヒルデを王宮に呼び出した。
社交辞令を含んだやり取りを終え、いよいよ本題に入ろうとした時だ。
ヒルデが私の声を遮った。
「お許しください、陛下。わたしは本日騎士の位を返上し、城を去ります。ご命令を無視した身勝手な願いゆえ、恩賞や報酬なども頂くつもりはありません。どうか、その栄誉あるお役目は、わたしよりも相応しい者にお与えください」
彼女が何を言い出したのか、すぐには理解できなかった。
城を去る。
他の者に役目を譲れとはどういうことだ。
「……なんだと?」
私は目にヒルデのみを映し、立ち上がった。
ヒルデは毅然と私を見返し、再び口を開いた。
「ただいま申し上げた通り、わたしは城を去ります。これまでの功績を評価してくださるのなら、わたしの最初で最後のお願いをお聞き届けください」
「ならん!」
反射的に怒鳴っていた。
ヒルデの願いは到底聞き入れられるものではない。
私の傍を離れるなど、二度と会えなくなる場所に行くことなど許さない。
「なぜだ、ヒルデ! そなたは約束したではないか、一生私の傍にいると! あれは嘘だったのか、そなたは私に偽りを申したのか!?」
「違います、わたしは……」
ヒルデは言葉を切り、俯いた。
彼女の気持ちがわからない。
俯いたヒルデはひたすら許しを請うた。
「お許しを、許してください陛下……」
床に額を擦り付けて謝罪の言葉を繰り返していた彼女は、おもむろに頭を上げた。
「どうかお怒りをお静めください。わたしの願いが陛下への裏切りだと、どうしても許せないとおっしゃるのなら、この場で自害して果てます。わたしは陛下の忠実な臣です、それだけは真実でございます」
腰の剣を抜き、刃を自らの首に当てる。
脅しではない、彼女は本気で自害する気だ。
それほどまでに私の傍にいるのは嫌なのか。
絶望に駆られたが、それでも私の体は動く。
刃が首に食い込む前に左手で掴み取った。
ヒルデは驚愕の目で私を見つめ、柄を握っていた手の力が緩んだ。
その隙を逃さず、剣を奪う。
守るどころか、彼女を傷つける道具に成り下がったそれを、怒りに任せて投げ捨てた。
「わたしの……」
ヒルデが剣へと手を伸ばす。
彼女の腕を、傷ついた左手で掴み制止した。
「こんなことをさせるために与えた剣ではない。あんなもの、もう何の役にも立たない」
ヒルデに剣は不要となった。
これからは私が彼女の剣となり鎧となり盾となるのだ。
兵士に命じて、ヒルデを地下牢に閉じ込めた。
自害を防ぐための応急処置だ。
予定が狂ってしまい、職人を呼んで後宮に用意したヒルデの部屋の寝台に、拘束具を付けるように命じた。
「陛下、そろそろ……」
側近の一人が、びくびく怯えながら声をかけてきた。
執務の予定が迫っているのだ。
今すぐにでもヒルデの傍に行きたいが、それはできなかった。
「わかっている。必要な書類はまとめてあるな、報告も迅速にせよ。夕刻までには終わらせるつもりでおれ」
王としての顔に戻り、部屋を移り、執務に集中する。
手当てを受けた左手が多少の熱を持っていたが、障りがあるほどではない。
手の痛みより、なぜヒルデが私から離れようとしたのか、そればかり気になっていた。
もしや、男か?
男がいるのか?
無意識に右手に力が入り、ペンをへし折った。
傍にいた側近が慌てて変えのペンを差し出してきたが、しばらく気づかないほど動揺していた。
私とヒルデは幼い頃一緒に遊んだだけだ。
彼女が向けてくれる深い忠誠心を、あの時に育まれた愛ゆえだと私は思い込んでいた。
だが、違ったのか?
全て私の勘違いだったとしたら?
恐怖が心を支配した。
女としての彼女を私は欲してきた。
あの体に触れる男がいるなどと、想像したこともなかった。
宰相の首を刎ねた瞬間から、私の中にあった抑制に必要な理性を司る感情の一部が壊れてしまった。
良心ともいうべき感情だ。
ヒルデを失うぐらいなら、私は無垢な赤ん坊でさえ、邪魔であれば平然と殺めてしまうだろう。
彼女に恋人がいるならば、草の根分けても探し出し、八つ裂きにしてやる。
罪なき男であろうとも容赦はしない。
いいや、私からヒルデを奪うのなら、それ自体が罪なのだ。
後宮にヒルデを軟禁し、子種を受けることを拒む彼女を陵辱し続けた。
衣服の下に隠されていた彼女の肌には、無数の痛々しい傷跡がついている。
ヒルデが私のために受けた傷だ。
この傷、一つ一つが私のために負ったもの。
そう考えるだけで、狂おしいほどの想いに胸を焦がれ、何度も舐めて愛しむ。
「あぁ……、はぁ……、陛下……」
快楽に蕩け、上気した顔で、ヒルデが私を見上げてくる。
涙の浮かぶ目尻に口づけ、肌への愛撫を繰り返した。
乳房は大きくも小さくもなく、私の手に程よい大きさと弾力を持ち、手の平を楽しませてくれる。
危惧していた恋人の存在もなかったようで、ヒルデは私と交わるまで、正真正銘の生娘であった。
彼女の体は私だけのものだ。
足を抱え上げ、ヒルデの中に私自身を打ち込む。
彼女の体は私をしっかりと受け止め、精を絞りとろうと締めつけてくる。
気持ち良くて、満足げな吐息をついた。
どんな女を抱いても、これほど満たされることはない。
愛しいヒルデだからこそ、私は最高の快楽を味わえる。
最初の内は、交わりに抵抗していた彼女だったが、最近では素直に受け入れてくれるようになった。
「ヒルデ、どうしたのだ? 最近はおとなしくなったな」
不思議に思って問いかけてみた。
ついに私を心から受け入れてくれたのかもしれないと、淡い期待も抱いていた。
だが、ヒルデの答えは私の期待を打ち砕いた。
「わたしは陛下の忠実な臣でございます。あなたがお望みなら、この体も心も全て投げ出してごらんにいれます」
ヒルデは愛ではなく、己の全てを委ねるほどの信頼と忠誠を捧げてくれた。
彼女の腕が私を抱き、互いをより深く求めた。
「ああっ、んあああっ」
「愛している、そなただけだ。初めて会った時から、私の心にいたのはそなただけだった」
求めても得られない愛を悲しむ心を隠し、私は彼女に愛の言葉を語り続けた。
君を愛している。
君への想いだけが私を形作る真実だ。
人々が崇め敬うカレークの賢王の影に潜む、クラウスという名のちっぽけな人間がこの世で欲する唯一の存在がヒルデだった。
ヒルデを妻に迎えてから、幾度も年が明けた。
一日の執務を早めに終えて、夕刻に後宮へと足を運ぶと、子供達の歓声が聞こえてきた。
庭園にて、我が愛息や愛娘が、同じ年頃の子供達と遊んでいる。
私の希望で、城に出入りする子供達なら、王子達の遊び相手として後宮に入って良いことにしていた。
私が味わったような孤独を、我が子には知って欲しくなかったからだ。
ヒルデは彼らより、少し離れた木陰で椅子に座り、微笑みを浮かべていた。
彼女の腹は大きく、四人目の子が宿っている。
「陛下、お帰りなさいませ」
ヒルデは私に気づくと立ち上がりかけた。
それを制して、座るよう促した。
「動くでない、体に障る」
「このぐらいではなんともありませんよ」
過剰に心配し過ぎだと笑ったものの座り直し、彼女は子供達の方へと視線を動かした。
ヒルデの瞳には、慈しみの感情が溢れていた。
私はそれを確認して安堵する。
子供達がいる限り、ヒルデは私の許を去らない。
そしてまた、私が彼女に与える枷が一つ増える。
彼女の大きな腹を布越しに撫でる。
時々、内から蹴っているのだという。
とても元気な子らしい。
「ヒルデ、つらくはないか?」
「いいえ、陛下のためです。この子も無事にこの世に生み出して、お育てしてみせます」
ヒルデは腹に置いたままの私の手に、自分の手を重ねた。
「わたしの命は陛下のもの。あなたのために、わたしは生きます」
彼女の口癖のようなものだ。
私は自分のために、彼女の命を捧げて欲しいなどと望んだことはない。
だが、その忠誠心を私は利用する。
「そなたは私の傍で生涯仕えるのだ。子供達が成人しても、私が王の位を退いても、我が生ある限りずっとだぞ」
ヒルデは澄んだ瞳で私を見つめ、微笑んで頷いた。
「陛下の御心のままに」
私が唯一愛した女性は、この身に仕える騎士だった。
臣下としての分を弁え、彼女は決して私を求めない。
きっと、彼女の口から愛しているとは、生涯言ってはもらえないだろう。
それでもいい。
私は彼女を手に入れた。
老いた彼女の両親を人質に取り、后とし、子を生し、幾つもの彼女を縛る鎖と枷を増やしていく。
人々は賢王と私を称える。
公平に国を治め、民を大事にし、知力と武勇に優れた心正しき良き王だと。
それは買いかぶりだ。
本来の私はとても醜く、一人の女性に執着するみっともない男でしかない。
たくさんの血を浴びて、彼女の心を無視してまで、私は愛しい人を求めた。
ヒルデ。
私のただ一人の愛する人。
君の幸福が私の許にはないのだとわかっていても、傍に置くことを望む私を許しておくれ。
もらえない望む言葉は、私が君に囁き続ける。
愛している。
永遠に君だけを――。
END
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