狂愛

10年後

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 わたしが王妃と呼ばれるようになってから十年が過ぎた。
 八つを頭にした四人の子供達は健やかに育ち、毎日明るい笑い声を上げている。
 陛下は夜になると必ず後宮を訪れ、子供達を慈しみ、わたしを愛してくださる。
 あの方が与えてくださる愛のお言葉と快楽は、この身に余る栄誉であり、この上ない喜びであった。
 たとえ、陛下の寵が生涯のものでなかったとしても、すでに十分過ぎるほどの幸福を味わったのだから、何の後悔もない。
 全ては陛下の望まれるままに。




 我がカレークは事実上の列国最強の国。
 周辺諸国に傅かれる立場となっても、陛下は気を緩めることなく戦力を高め、国力を保ち、国の守りを強固なものにされていく。
 外交においても、陛下が世界を率いる王となられてからは一度も戦争は起きていない。野心を持つ国々も、国境を越えて多くの民に慕われるカレークの賢王を相手に戦を仕掛けるほどの器も力も持っていないのだ。
 力で攻め落とせないのならと、美姫を用いて陛下を篭絡するべく送られてくる人質は絶えないが、誰一人として後宮に迎え入れられた者はいなかった。全て重臣達に娶わせ、相手が有力貴族とはいえ臣下に降嫁することを不服とする姫君は国に送り返された。
 そんな暴挙ともいえるべき対応ができるのも、我が国に敵がいない証拠である。
 必要のない婚姻はしない、妻はわたしだけでいいと、陛下は言い続けておられた。

 わたしは今年で三十六になる。
 元々器量よしとは言えぬほどの凡庸な容姿の持ち主であったわたしだ。容色の衰えなど気にしても今さらだが、十年前とは肌の張りも艶も確実に落ちてきていた。
 騎士であった頃の習慣で日々体の鍛錬を行っている成果か、体型自体は引き締まっている。
 せめてこれくらいは維持しておこう。
 陛下が少しでも長くわたしをお傍に置いてくださるように。




 ここ数日、陛下が後宮に渡られる時間は遅く、深夜になることもあった。
 その理由も知っている。
 数日前に我が国にまいられた、テルン王国の姫君イザベラ様の接待のためだ。
 テルン王国は、軍事力も持ちうる資源もカレークには遠く及ばぬが、歴史の古い王国であり、周辺諸国も一目置く精巧な建築技術や、芸術作品を作り出す匠を数多く召し抱える、祖先の知恵と伝統を守る国だ。
 陛下も彼らの技を惜しみ、保護するために様々な援助をされている。
 そのよしみで、年に一度テルンから援助の礼を述べるために、特使が美術品や貢物を伴って我が国にやってくるのが慣例となっていた。
 今年はその役目に、テルン王の息女が任じられたそうだ。

 始めの謁見の時だけ、わたしも陛下の隣でお会いした。
 イザベラ姫は二十になったばかりの美しい女性で、輝かしい金髪と翡翠の瞳を持ち、物腰も優美で艶やか、そして威厳に満ちていた。

 表向きは親善のための訪問。
 だが、陛下と姫君を娶わせるために仕組まれた対面だったことは誰が見ても明らかなことだった。
 最初から花嫁候補として会わせれば、陛下は顔も見ずに臣下に降嫁するか、国に帰るかの二択を迫られる。それを避けるために特使の名目を使われたのだ。
 その目論見は成功し、陛下はイザベラ姫と親密に過ごしているらしい。
 国内を自ら案内して、姫君が不快な思いをしないように御心を砕いていると、女官達を通じて城内に流れる噂は後宮にまで届いていた。

「ヒルデ様、あのようなものはただの噂です。陛下が御心変わりなどなさるわけがありません」

 女官長がわたしを励ましてくれた。
 彼女とも長い付き合いになる。
 わたしが後宮に入れられた日から、ずっと傍にいてくれた人だ。
 今では王宮で一番信頼を寄せる人物となっていた。

「ありがとう。ですが、全ては陛下が決められることです。わたしは陛下のために生き、死にたい。それだけがわたしの望みで幸せなのです」

 女官長はわたしの言葉を聞き、複雑そうな顔で微笑した。

「ヒルデ様は陛下の一番忠実な臣でございましたね。ご安心なさいませ。姫君は近いうちに特使の役目を終えて帰られることでしょう。あの方々が幾ら待ち望んでも、陛下の御口から姫君を迎えるお話など出るはずがありませぬ」

 妙に自信たっぷりに、彼女は請合った。
 彼女の楽観的なもの言いはわたしの心を少しだけ軽くしてくれた。




 夜も更け、王子達が眠る時刻になっても、陛下はお帰りにはならなかった。
 子供達をベッドに寝かせ、傍らに寄り添って子守唄を歌う。
 ベッドは親子六人で寝られるように、二つのベッドを並べて置いている。
 四人の幼子達は仲良く連なってかわいい寝顔を見せていた。
 閉じられた瞼の下には青い瞳、髪は全員金色で、どの子にも陛下の面影がある。
 わたしと陛下の間に生まれた子供達。
 掛け替えのない宝物だ。

 本来なら、このようなことは有り得ない。
 私が子供達を全員手元に置くことも、親子が揃って眠ることも、前例のない稀有なことなのだ。
 王の子供達にはそれぞれに乳母がつき、教育係の側近や護衛がつく。
 子供は彼らに預けられ、別々に養育される。
 万が一、例えば暗殺や流行り病などが起きた時、世継ぎが絶えぬようにと決められたことだった。

 だが、陛下はそれをお認めにはならなかった。
 後宮にはわたししかいないこともあり、警備を厳重にすることを指示して、わたしに子供達の養育を命ぜられた。
 王子達にはそれぞれ慣例通りに乳母や教育係がつけられているが、皆わたしの補佐役に徹している。

 一度、冗談混じりに陛下が呟かれたことがあった。
 もしも一箇所に固まっていたがゆえに、不慮の出来事で王家の者が全て死に絶えたとしても、共に逝けるならそれもいいと。
 国は民あってのもの。
 王がいなくなっても、人々が望むならまた新しい王が生まれると、陛下は微笑んでおっしゃった。
 幼くして両親を亡くし、兄弟もおられなかった陛下は、強く家族を欲しておられた。
 この後宮を家に見立てて、妻子を住まわせておきたいのかもしれない。

 わたしは陛下の望みを叶えてさしあげたい。
 あの方が心から安らげる場所を作るために、この後宮を居心地の良い空間にして出迎えるのが私の使命だ。




 かたりと音がして、気配が一つ、部屋に入ってくる。
 薄明かりに照らし出されたのは陛下だった。
 身を起こしかけたわたしに、陛下は人さし指を唇に当てて微笑まれた。

「静かに。子供達が起きてしまう」

 小声で告げられ、頷き返す。
 陛下は子供達を挟んだわたしの反対側にお体を横たえられた。

「すまないな、テルンの特使殿の希望で国内の施設を案内していたら、執務の時間がずれこんでしまった。後数日はこの忙しさが続くが、彼らが帰国すればまた元のように時間が取れる。それまで帰りは遅くなるが、ヒルデも先に寝ていて構わないぞ」
「はい。お気遣い、ありがとうございます。陛下こそ、お疲れではないですか? よく眠れるように別に部屋を用意させましょうか?」

 わたしの提案に、陛下は眉を顰めた。

「ヒルデと子供達の存在が私の活力となるのだ。言葉は交わせずとも、共に眠るくらいは許してくれてもいいだろう?」

 拗ねたように呟かれて困った。

「そのような意味ではありません。ただ、お疲れになっているのだから、広い寝台でゆっくりお休みになっていただきたくて……」

 弁解すると、陛下は笑顔になられた。

「悪かった、困らせてしまったな。だが、本当に私はここで眠りたいんだ。本音を言うと、ヒルデの隣を独占したいが、子供達から母を取り上げるようなことはできんから、ここで妥協しているのだぞ」

 陛下はそう言って、瞼を閉じられた。
 幾らもたたぬうちに、すやすやと安らかな寝息が聞こえ始める。
 よほど疲れておいでだったに違いない。

「おやすみなさい、クラウス」

 わたしは小声で彼の名を呟いた。
 本人に向かって呼ぶことは許されないけど、誰も聞いていない今なら言っても構わないだろう。

 起き上がって、寝台の反対側に周り、陛下のお体にかかる掛け布の乱れを直した。
 それから少しだけためらって、頬にお休みのキスをしておいた。




 さらに一週間が過ぎたが、陛下の忙しさはわたしの想像以上だったようで、この数日は、後宮に戻られない日が続いている。
 休息を取られているのか気になって、陛下の執務室をお訪ねすることにした。

「王妃様、御機嫌よう」

 廊下を歩くわたしの前に、供を連れて現れたのはイザベラ姫だ。
 初対面の時とは違い、彼女は傲然と胸を逸らし、赤い紅を引いた唇を笑みの形に歪めていた。

「私の滞在が伸びましたの。陛下がぜひにとおっしゃって。お聞きになられていますか?」
「いいえ」

 何も聞いていない。
 陛下がこの人の滞在を望まれた?
 あの噂は真実だったのだろうか。

「王妃様は、元は平民出の騎士であられたそうですわね。陛下を夢中にさせるだけの魅力をお持ちになられていたのだろうけど、そんなものもう効きませんわよ。私は由緒正しい王族。どちらがカレークの賢王の后に相応しいかは子供にでもわかりますわ」

 イザベラ姫は、わたしに蔑みを含んだ眼差しを向けた。

「もちろんですとも」
「イザベラ様以上に、カレークの王妃の座に相応しいお方はおられません」

 姫君の意を汲んでか、供の者達が同調して声を揃えた。
 彼らにとって、わたしは所詮卑しい生まれの、自分達より格下の存在なのだ。
 陛下の威光がなければ、取るに足らぬ存在だと言っている。

 イザベラ姫が投げかけた言葉は、わたし自身が身にしみてわかっていることだ。
 わたしは自分の立場を、この身に相応しいものだとは思っていない。
 陛下が望まれたからここにいるだけだ。

「ねえ、ヒルデ様。私はあなたやお子様達に危害を加えるつもりはありませんのよ。ですが、ここだけの話ですが、陛下は私と私が生む子供達がいれば満足だとおっしゃってくださったのですよ。あなたとお子様達などもう不要だと。悪いことは申しません、すぐにこの城からお子様達を連れて出て行かれた方が、あなた方のためですわよ」

 悪意を持って囁かれた言葉であることは明白であったが、わたしには王女の言葉を否定できるほどの自信がなかった。
 ぐらりと視界がまわり、足下がふらついた。

 陛下がわたしを不要だとおっしゃった。
 子供達もいらぬと。
 この人を得るためなら、わたし達を切り捨てると言われたのか?

 呆然と立ち竦む私を見て、イザベラ姫は優越感に浸りながら微笑んでおられたが、そのお顔が急に引きつった。

「へ、陛下……」

 あからさまな狼狽の声を上げて、イザベラ姫は後ずさった。
 わたしの背後から、靴音が近づいてくる。
 振り返ることができなかった。
 陛下のお顔を見ることも動くこともできず、わたしはただ立っていた。

「姫君のお声は思った以上に大きい。全て聞こえていましたよ」

 陛下の口調は穏やかだったが、底冷えするような殺気が込められている。
 靴音が隣で止んだ。
 かちんと金属がぶつかる小さな音がして、鞘から剣が引き抜かれていく。
 ハッとして陛下を見上げると、お手には鮮やかに輝く白刃の柄が握られていた。

「私は大抵のことには寛容だ。人々が犯す愚かさゆえの過ちは許し、正しく導くことこそが最善の道だと考えている。だが、そんな私にも許せぬことが一つだけある。私の妻を侮辱し、害すること。また私から引き離そうとすることは死に値する重大な罪である。そなたが王族であろうとも例外ではない」

 イザベラ姫の供の者が二人、剣を抜いて主君を庇った。
 王女の護衛役である、テルンの近衛騎士だ。
 しかし、彼らの目には怯えが浮かんでいる。
 陛下は王であると同時に、剣技に長けた武人だ。
 王女の近衛騎士であるはずの彼らをしり込みさせるほどの気迫と殺意が陛下から滲み出ていた。

「そこを退け。王に剣を向けるなら、そなたらも同罪とみなす」
「わ、我らはテルン王家とイザベラ姫にお仕えする騎士だ! 退くことはできませぬ!」

 あくまで歯向かう姿勢を見せた騎士達を、陛下は冷淡な光を放つ両眼で睨みつけた。

「見上げた忠義心だと褒めてやろう。だが、容赦はせん」

 陛下の足が動く。
 相手が動く前に、王の剣は騎士達を切り裂いた。
 一人一撃。
 たった二度、剣を振っただけで、護衛の騎士達は倒れ伏し、鮮血が廊下を濡らした。

「ひっ、ひいいいっ!」

 悲鳴を上げて、イザベラ姫の傍にいた他の従者達が逃げていく。
 主である姫君を置いたまま。

 残されたイザベラ姫は、倒れ伏す騎士達の前で腰を抜かしており、がくがく震えながら陛下に命乞いをした。

「……あ、ああ……。お、お許しを……。ど、どうか命だけは……」

 涙して蹲る彼女は、弱く哀れに映った。
 しかし、陛下は躊躇することなく、血の滴る剣先をイザベラ姫に向けた。

「許せぬと言ったはずだ。そのよく動く卑しい口が二度と虚言を吐かぬよう、この世から消してくれる」

 無慈悲にも振り上げられる剣。
 とっさに体が動く。
 剣を持つ陛下の腕にわたしはすがりついた。

「おやめください、陛下! 姫君を殺めてはなりません!」

 陛下はぎょっとしてわたしに視線を向けられたが、剣を下ろされることはなかった。

「なぜ庇う。この者は虚言を用いてそなたの心を惑わせ、陥れようとしたのだぞ。当然の報いをくれてやるだけだ」
「いいえ、この方は他国の王族。いかなる理由があろうと、正式な裁きもせずに命を奪っては陛下のご威光に陰りを落とすことになります! 権力を笠に着て正道を外れた行いをすれば、人心はすぐに離れていくでしょう! 我が王は人々に慕われる賢王であらせられます。わたしのことなら気になさいますな。誰に貶められようと、謀られようとも、陛下のためならば耐えられます。どうか、冷静になり、お怒りをお静めください!」

 わたしにはイザベラ姫を案ずる気持ちはなく、この剣が振り下ろされることによって陛下に災いが降りかかることを恐れただけだ。
 大切なのは陛下だけ。
 必死で懇願を続けると、陛下は剣を下ろしてくださった。

「そなたがそこまで言うのなら、この場は見逃そう。誰かおらぬか、イザベラ殿を部屋へ連れて行け。逃げた者共は捕らえて牢に入れろ。姫君がおかしな動きを見せぬように、厳重に監視をつけておけ」

 すぐに近衛騎士が数名駆けつけ、イザベラ姫と倒れた騎士達を連れて行った。
 ホッと息をついて、まだ陛下の腕にしがみついたままだったことに気づく。

「も、申し訳ございません! 出すぎたマネを致しました!」

 手を離して、陛下の足下に跪く。
 陛下は俯くわたしの顎に手を添えて上を向かせた。

「何を謝ることがある。ヒルデは私が過ちを犯さぬように諌めてくれただけだ。感謝しておるぞ」

 陛下の瞳には穏やかな光が戻っていた。
 大きな手がわたしの腕を掴み、立ち上がるよう促された。

「ところで、何か用があったのではないのか? わざわざ後宮から出て来るほどだ。急用ではないのか?」
「いえ、陛下がお休みになられているのか心配になってご様子を見にまいっただけです。すぐに戻ります」

 本来の目的を思い出して安堵した。
 陛下はお元気で、睡眠や栄養も十分とられているようだ。

「まあ、待て。せっかく来たのだ。今の騒ぎで時間が空いた。休憩につきあってくれぬか? たまには二人っきりで過ごすのも良かろう?」

 どこか焦ったような声で引きとめられ、わたしは二つ返事で陛下についていった。




 陛下はわたしを王宮内の客間の一室に誘った。
 貴賓に我が国の隆盛を誇るため、室内の調度品は家具やカーテンに至るまで高価なものばかりだ。

「ヒルデと触れ合うのは久しぶりな気がするな」

 部屋に入るなり、陛下はわたしを抱き寄せ、うなじに口づけて囁かれた。
 触れられた箇所が熱く疼く。
 ドレスの布越しに胸を揉まれ、背を這っていた手の平が臀部へと下りていく。

「ん……、あ……、陛下……」

 血を見て興奮しておられるのだろうか。
 性急に求められ、少々戸惑ったが、わたしに拒む意志はない。

 全てを脱ぐには大掛かりな衣装を前に、陛下は脱がすことを諦めたらしく、スカートの中に手を入れられた。

「あっ」

 下着に覆われた股の間を陛下の指が往復する。
 割れ目の上を強弱をつけて、じっくりと嬲るように。

「や、やぁ……」

 足に力が入らず、膝が震えた。
 こらえきれずに、その場にしゃがみこんでしまう。

「ヒルデ、こちらにまいれ」

 陛下はわたしの腕を掴んで立たせると、長椅子へと向かわれた。
 椅子の上に座り、ご自分の膝を指して座れと命じられた。

「陛下のお膝にですか? そ、そのようなことは……」

 困って無意識にスカートを握り締めた。
 臣下の身で、主君の膝に腰を下ろすなど、不敬極まりない大それた行いだ。

「私が来いと命じているのだ。そなたが迷う必要はない」

 焦れた陛下がわたしの手を引き、抗う間もなくその両手の中に捕らえられた。
 後ろから抱きつかれる形で、わたしは陛下の膝の上に座ってしまった。

「御放しください、このようなことはいけません!」

 立ち上がろうともがいたけど、陛下は放してはくださらず、それどころか、あちらこちらを撫で回し始めた。

「あっ、やぁ……。陛下、やめてください……」

 胸元の布地が引っ張られ、乳房がこぼれ出た。
 スカートもめくり上げられ、陛下の指が下着をくぐって秘所に触れる。
 右手の指でわたしの中を弄くり、左手で乳房を揉みほぐす。
 たまらず背を逸らすと、耳朶をぺろりと舐められ、甘く口に含まれた。

「ぁあっ、うぅ……、はぁ……」
「段々とよくなってきただろう? そなたのここも嬉しがっておるぞ」

 くちゅくちゅと愛液が音を立てて陛下の指に絡みついた。
 きゅっと乳首を摘ままれて、愛液にまみれた陛下の指を締め付ける。

「あっ、あああっ」

 絶頂を迎え、声を上げた。
 抑えることもできずに、腰が跳ねる。
 陛下の指が蜜で濡れた秘裂を探り、さらなる快感を与えようと動いていた。
 いつまで続くのかわからない甘い拷問に、わたしの意識は蕩けていく。

「……ふぅ……んっ、あぁ……、あん……」

 円を描くように胸を捏ねられ、先端を弾かれた。
 首筋に舌が這い、熱い息を間近に感じた。
 陛下の気配が傍にあり、貪欲なまでにわたしを求めておられる。

 嬉しい。

 わたしにとって、陛下に必要とされることこそが最上の幸福なのだ。
 ましてや女として寵を受けるなどと、いつかきっと罰が当たるだろう。

「ヒルデ、こちらを向け。私をその身に迎え入れろ」
「はい、陛下……」

 わたしが立ち上がると、陛下はご自身の欲望の昂りを取り出された。
 ドレスの裾を持ち、わたしは再び陛下の膝の上に跨り、腰を落とす。
 雄々しい陛下の分身が、わたしの中を満たしていく。
 目の前の逞しい体に抱きつき、突き上げられながら、共に腰を動かした。

「ああっ、あんっ、はぁんっ」
「ヒルデ、……はっ、くうっ、ううっ……っ!」

 陛下の瞳に欲情の色が浮かび、心地良さに喘ぐ吐息がわたしの肌をくすぐった。

「ヒルデ、そなたを……、私は……愛している……」

 切なく囁かれる愛の睦言。
 応えたくなる心を押し殺し、唇を固く結んだ。

 言ってはいけない。
 絶対に。

 愛しい人の名さえも、呼ぶことは叶わない。
 言葉の代わりに、想いを口づけに託して唇を求めた。
 陛下の舌がわたしのそれと交わり、執拗に求め合う。

 愛しています。
 理性で抑えていなければ狂ってしまいそうなほど、あなたが欲しい。




 情事を終えた後も、乱れた衣服もそのままに陛下の腕に抱かれていた。
 体はだるく、動くにはしばしの休息が必要そうだ。
 陛下はわたしの額や頬にキスをして、抱き寄せた体に触れていた。
 先ほどの激しいものとは違い、穏やかで愛でるような愛撫だ。

「すまない、ヒルデ」

 突然聞こえた謝罪に驚いた。
 陛下のお顔に視線を向けると、悲しみを宿した微笑みが浮かんでいた。

「幾ら謝ろうとも、償いにはならぬ。そなたを傍に置くのは私のわがままだ。体だけではなく、心も縛り、少しでも不安を覚えればどこにもやらぬと泣き喚く私は、そなたにとってはさぞ迷惑な存在だろう。このような情けない王に、なぜそなたは仕えてくれるのだ?」

 心が表にでているのだろう。
 強国に国を攻められ、絶望の中にあっても倒れることなく強くあられた陛下のお姿はなく、弱々しい幼子のような気配をまとい、わたしを見つめている。

 その瞳の中に、小さな少年の姿を見た。
 何も知らぬわたしが、無邪気に好意を寄せたクラウスという名の男の子。
 彼は確かにこの人なのだ。
 王と臣下というしがらみがなくとも、わたしと彼は、ただの男と女として出会い、求め合っていたはずだ。
 それは理屈ではない。
 わたしにはこの人が必要で、またその逆も然り。
 理由を考えるなど、無意味なことだ。

「陛下はわたしのただ一人の王であらせられます。なぜと問われましても、お答えするには当たり前すぎて言葉が出てまいりません。それでも、あえて申せとおっしゃるのであれば、初めて出会った時にわたしとあなたの運命は交わり、けっして離れることのない強固な鎖で絡め取られたのでしょう。その鎖がどちらのものなのか、わたしにもわかりません」

 陛下はわたしの言葉の意図が掴めないらしく、困ったお顔をなされた。
 困惑に歪むお顔に右手を伸ばし、頬に触れる。

「陛下はわたしが不本意にも王妃という立場に囚われているとお思いでしょうか? いいえ、それは違います。確かに、この身には分不相応な栄誉であり、陛下の寵愛を受けることは恐れ多い。しかし、わたしは我が身を不幸だと嘆いたことはありませぬ。陛下のお傍で生涯御仕えできるばかりか、あなたとの間に大切な御子様を四人も授かったのです。わたしの人生において、これほどの喜びがありましょうか。あなたがお望みになられている言葉は口にできずとも、これだけは言えます。わたしは幸せです。幸せなのです、陛下」

 わたしを抱いていた腕に力が込められた。
 引き寄せられ、瞳の距離が縮まる。

「幸せだと言ったのか? そなたは私の傍にいて、幸せなのだな?」
「ええ、そうです。わたしは幸せです。この世に二人といない、果報者でございます」

 陛下の青い瞳が生き生きと輝きだした。
 わたしの唇に、彼のそれが重なり、ついばむようなキスを重ねた。
 恋人同士の戯れのごとき口づけを、頃合を見て途中で止めた。

「ですが、お忘れくださいますな。このヒルデは陛下の騎士でございます。王妃となっても、この身は陛下の剣であり盾なのです。もしもの時は、身命を賭して陛下をお守りする覚悟をしております。わたしは陛下のもの、剣を頂いた時に、この命はあなたに捧げたのです」

 陛下はわたしの言葉を黙って聞いておられたが、聞き終わると苦笑を浮かべられた。

「ならば、私の治世では戦など決して起こすまい。他国にも起こさせない。私が主導し、この世を良き方向に導いていく。そなたが戦う必要のない日々を送れるように、私は後世にまで称えられる賢王となろう。遠いあの日、約束したように、輝ける王である私の姿をその目で生涯見守っておくれ」
「陛下、あなたならばできます。今のお言葉の通り、戦のない平和な世を作りだせるお方だと、わたしは信じております」

 誰の目もない、静かな空間でわたし達は抱き合った。




 いつか、遠い未来で、陛下が王でなくなった時。
 王と臣下のしがらみから抜け出し、わたし達がただの男女に戻れたとしたら、言葉にして伝えよう。

 あなたを愛していると。
 誰よりも愛しい、たった一人の男性として、あなたを求め欲していたと。

 来世でもめぐり合い、今度は始めの出会いから、真っ直ぐに想いを伝え合って生きていきたいと願ったら、あなたはどんな答えをくれるだろう。
 私もだと、笑って言ってくれる気がする。

 陛下はわかってくださった。
 臣下であることに拘りながら、陛下を愛するこの心を。

 心に宿す愛を言葉にできぬことぐらい、些細なことだ。
 まだこれからも十分な時間を共に過ごすことができる幸福を、わたしは神に感謝しよう。


 END

おまけの王視点

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