憎しみの檻

-もしもの物語-

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「なら、いいわ。自分の身は自分で守る。あなたの情けに縋る気はないし、代価も払わない」

 強がりではあったけど、アシルにだけは弱みを見せたくなかった。
 頑なに助力を拒むわたしに、アシルは呆れた顔をしたが、すぐに笑い出した。

「何がおかしいの?」
「いいや、気にすんな。お前は良い意味で期待を裏切る女だな。ますます興味が湧いた」

 憤慨して睨むわたしの肩を、アシルがいきなり掴んだ。
 驚いて振り払おうとしたけど、力が強すぎて敵わない。

「お前が嫌でも、オレはやめない。お前に好きな男でもできりゃ別だが、今は諦めろ」

 首筋に口付けられ、強く吸われた。
 ちくりと痛みが走って歯を立てられたのだと気づいた。

「痛いじゃない! 何するのよ!」

 わたしが怒ると、アシルは体を離して、今度は手で首筋に触れてきた。
 何かを確認するように指先で辿って行く。

「おし、こんなもんだな。出かける時は髪を上げとけ。気づかれなきゃ、虫除けになんねぇからな」

 は?
 虫除け?
 首に何かあるの?

 アシルが去った後、鏡を見て悲鳴を上げた。
 赤い痕がくっきり肌についていたのだ。




 アシルがつけたこの虫除けとやらのおかげで、屋敷中の人間が訳知り顔でニヤニヤしているし、訪問してくる騎士達も何事か探るような視線を送ってくる。

 完全に誤解されている。
 わたしが幾ら否定しようとも、照れ隠しとしか受け取ってもらえない。
 どうしてこんなことに?
 アシルは否定などする気はなく、わたしと恋仲であるのだと、さらに吹聴してまわっているらしい。
 女遊びもやめたみたいで、噂を聞かなくなった。

 エリーヌ様が王子に惹かれていることがわかっても、わたしは黙って見守っていた。
 あの戦争について、誰かを責めるのはやめることにしたのだ。
 わたし達が多くの大切な人を失ったのと同じに、アーテスの人々も大切な人を失ったのだと気づいたからだ。

 わたしの父や兄が殺めた兵士達にも家族がいた。
 彼らも家族の死を悲しみ、元凶である者を憎んだに違いない。
 憎しみに囚われて生きることは、無益だと思うようになったのだ。




 数年が経ち、わたし達の生活は落ち着き、穏やかな日々が続いた。
 エリーヌ様は変わることなく大切にされており、いつも笑顔で過ごされている。

「わあ、素敵なネックレス、このドレスも綺麗です。フェルナン様、ありがとうございます」
「ああ、思った通り、どれもエリーヌによく似合うよ。買ってきて良かった」

 遠征から帰ってきたフェルナン王子が、大量の土産をエリーヌ様に渡している側で、わたしもアシルから土産を渡された。
 気に食わないほど、わたし好みのデザインがなされた指輪だ。
 銀製で小ぶりのダイヤが三つも使われている。

「指輪は贈ったことなかったしな。薬指にはめとけ、これも虫除けだ」

 虫除けだと言いながら、渡された品はこれだけではない。
 身につける品だけでは飽き足らず、外出にも誘われた。
 社交の場にも引っ張り出され、その場で偶然出会ったアシルの両親にはなぜか気に入られてしまい、息子をよろしくと何度も頼まれてしまった。
 親まで騙して良心が痛まないのかと、アシルに詰め寄ったが、どこ吹く風で応えた様子はなかった。

 渡された指輪をはめてみると、あつらえたようにぴったりだった。
 サイズ知ってたんだ。
 今まで贈られたものだって、わたしにぴったりで好みに合ったものばかりだったけど。

 指輪をはめると、アシルがおもむろに口を開いた。

「そろそろお前も適齢期だろ。行き遅れになる前に嫁にもらえって周りがうるさくなってきたんだ。オレとしちゃ、良い時期だと思うんだが、お前はどうだ?」
「え?」

 嫁?
 良い時期って?  だってこれは虫除けのお芝居なんじゃ……。

「何だその顔。今までオレが慈善事業で自腹切って貢物してたと思うのかよ。当然、下心があるに決まってるだろうが。そのために何年も女を断って我慢したんだぞ。脈があるからお前も受け取ってたんだろうが、今さら断るなんてどんな悪女だよ」

 だ、だって、全部アシルが勝手にしたことでしょう?
 そう思っても、口には出せなかった。
 断ることもできたのに、受け取っていたのはわたし。
 ちょっと嬉しかったのも本当。
 始まりは勝手でも、これまでずっと誠実に恋人役をしていたことを実は評価してた。

「断るならその指輪返せ。それですっぱり諦める」

 手を差し出されて、わたしは咄嗟に後ろに手をまわして指輪を隠した。
 渡したら、アシルとの繋がりが断ち切られる。
 それが嫌だと本能が体を動かした。

「渡さないなら結婚に同意したとみなすぞ、いいんだな?」

 念を押されて頷いた。
 アシルと離れたくない。

 こうしてわたしはアシルと結婚することになった。
 証人はその場にいたフェルナン王子とエリーヌ様で、取り消すことなんてできなかった。

 流される形で結ばれたわけだけど、不満はない。
 主君夫妻とお屋敷の人々、アシルの家族に近衛騎士団の人達、大勢の人が結婚を祝ってくれた。
 空の向こうにいる両親やお兄様も祝福してくれるかな。
 わたしが幸せになること、きっと喜んでくれるよね。


end02:アシルが一番誠実で忍耐強い純愛ED


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