憎しみの檻

-もしもの物語-

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 泣き声で意識が覚醒した。
 わたしの目線は高く、下を見れば大勢の人が集まっているのが見えた。

 暗く冷たい礼拝堂は、死者を安置する場所だ。
 棺の中に横たわっているのはわたしだった。
 花が敷き詰められた木製の棺の中で、眠るように瞼を閉じていた。
 わたしの亡骸にすがり付いて泣いているのはエリーヌ様だ。

「レリア、どうして? わたしにはあなたが必要なのよ、目を覚ましてちょうだい。わたしを守るとお母様にも誓ったはずでしょう!」

 泣いているエリーヌ様の傍にはフェルナン王子がいた。
 肩を抱き、体を支えている。

 申し訳ありません、エリーヌ様。
 だけど、悲しいのは今だけ。
 あなたには幸せになれる道がある。
 王子はあなたを大事にしてくれる。
 勝手にお暇しますことを、どうかお許しください。




 人々が去った後、一人残った者がいた。
 アシルは棺の傍に立ち、わたしを見下ろしていた。

「お前、何で死んだ? オレはまだ生きてるぞ、復讐しなくていいのかよ」

 答えが返ってくるはずがないのに、アシルはわたしに問いかけていた。

 復讐なんてどうでもいい。
 あなたを愛してしまったから殺せなかっただけ。
 でも、許せなかったから、わたしは自分を殺して全てを無に返そうとした。

「なあ、レリア。お前はオレが好きだったのか? だから、オレを殺すより、自害の道を選んだのか? もしもそうだとしたら、オレは何をしてきたんだろうな。苦しめるだけ苦しめて、自分の心だけ満たして満足していた」

 アシルは身につけていた剣を鞘から抜いた。
 片手で抜き身の剣を持ち、もう片方の手で、わたしの頬を包む。
 優しい手つきで頬を撫でて、彼は懐から何かを取り出し、わたしの左手の薬指にはめた。
 指を飾ったそれは、銀の輝きを持つ指輪だった。

「最後まで勝手な男で悪かったな。勝手ついでに傍に行くことを許してくれよ。オレはお前がいない世界で生きる気はない。オレはお前が好きで、どんなことをしてでも手に入れたかった。愛されないなら憎まれて、最後はお前に殺されることを望んできたのに、こんな形で許されちまったら、もうどうしたらいいのかわかんねぇんだよ!」

 叫んだアシルは、剣を自分の胸に突き刺した。
 背中まで貫通した白い刃が、血を啜って赤く染まっていく。

「……ここに来る前に、婚姻届…出してきた。恋人に死なれて悲しみに沈んだ哀れな男に同情して……しっかり受け付けてくれたぜ。お前はオレと同じ墓に入るんだ。死んだって逃がさねぇ……、お前の体も魂も、全部……オレのもの…だ……」

 アシルの体が力を失って崩れ落ちた。
 わたしは彼の傍に降りて、魂が体から出てくるのを待った。




 覚醒はわたしと同じで遅いのだろう。
 アシルの体から離れた魂は人の形をしていなくて、わたしの両手に納まった。
 憎悪に燃えていた頃のわたしなら握り潰しているところだろうが、胸に優しく抱きしめて、魂の温かさを喜びと共に感じた。
 これであなたはわたしのもの。
 あなたの魂が目覚めるまで、こうして抱いていてあげる。

 死後の世界がどうなっているのか、わたし達の魂が消えてしまうのかわからないけど、少しの間だけでも語る時間はあるでしょう。
 後を追うぐらい、わたしを愛してくれていたと言うなら、教えてあげてもいい気がする。
 わたしがあなたを愛していたこと。
 それから、生まれ変わった世界では、あなたと愛し合いたいと願ったことも。


end05:レリア死亡。アシル後を追って自害。

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