薔薇屋敷の虜囚
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城壁に備えられた見張り塔に上り、ミレイユはこちらに近づいてくる騎士の一団を見つけて瞳を輝かせた。
彼らの中に、彼女の夫になる男がいる。
男の名はロジェ・シルヴェストル。
彼は一介の騎士であったが戦場にて華々しい戦功を立ててオネット侯爵に気に入られ、褒美として城を与えられることになった。
オネット侯爵は王の側近にして、国内有数の実力者。
彼の人の統括する領地を分け与えられるということは、腹心に近い信頼を得られたということ。
年は二十五になったばかりの若者であったが、将来有望なのは間違いない。
昨年、ミレイユの父は重い病を患い、神の御許に召されてしまった。
看病の疲れと心労からか、後を追うように母も天に還り、彼女は一人残された。
ミレイユの父もオネット侯爵の配下で、城主として、また勇敢な騎士として、長年忠実に仕えて来た。
父の葬儀に参列した侯爵は、故人に感謝と哀悼の言葉を捧げ、生涯捧げられた忠節に報いようと、ミレイユを仮の城主に据えて良き結婚相手を探そうと約束してくれたのだ。
侯爵は約束を守り、先ごろ結婚相手が決まったと知らせが届いた。
オネット侯爵にとって都合の良い事に、新たに召し抱えたお気に入りの騎士に与える褒賞として、件の城とミレイユとの縁組は最適なものだった。
それとなく探りを入れてみたが、ロジェは独り身で恋人もいないということで何の問題もなく話はまとまった。
守護すべき騎士を失った土地を、新たに得た頼もしい騎士に任せられる上に、残された未婚の娘の結婚問題も同時に片付けられるとあって、侯爵は大いに喜んだ。
花嫁となるミレイユにも、将来を語り合う相手などいなかった。
貴族の娘にとって、政略結婚は当たり前のこと。
侯爵の覚えも良い、それも若くて頼りがいのある男だというなら文句などあるはずがない。
十七才の初々しい花嫁は、愛おしい家族を喪い悲嘆に暮れる生活から新たな一歩を踏み出すためにも、花婿が到着する日を指折り数えて待ち望んできたのだ。
間もなく騎士達が城門に到着した。
扉が開かれて、広場に一行が入ってくる。
ミレイユは急いで見張り塔から降りて、彼らを出迎えに行った。
馬から下りてくる男達の中で、一際大きな体躯を誇る騎士がミレイユの目を惹きつけた。
兜を外した顔は汗と埃で汚れていたが、長旅による疲労の色は窺えず、堂々とした態度で周囲を見回している。
黒髪の騎士が有する青い瞳は鋭い光を宿し、口元は真一文字に結ばれて気難しそうな印象を与えた。
だが、ミレイユに気がつくと、硬く結ばれていた唇が綻んだ。
野獣のような気配が、瞬く間に大らかで温かなものに変わり、ミレイユは息を呑んだ。
一目惚れなんて、物語の中の出来事だと思い込んでいたのに。
彼を映す瞳に熱が宿った。
それは相手も同じであり、惹き付けられたように互いを見詰め合う。
ロジェの手を取った時、ミレイユはこの結婚の先にある未来は幸せなものだと信じて疑わなかった。
自らは頼もしい夫を得て、領地は新たな領主を迎えてますます繁栄し、この平穏が永久に続くものだと――。
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