お嬢様のわんこ
第二章・わんこ、お嬢様への愛を叫ぶ・17
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程よい暖かさの昼下がり、俺は狼の姿でリュミエールと中庭にいた。
芝生の上に座っている彼女の隣に寝そべり、全身を撫でられて幸せを噛みしめる。
「父上ー、母上ー」
息子が俺達を呼ぶ声が聞こえる。
五才になる長男クラージュのものだ。
間もなくこちらを見つけたらしく、城内からクラージュが出てくる。
赤子の時から俺に瓜二つらしい息子は、後ろについてきている乳母や侍従達が息を切らせているのにも気づかぬ様子で、脇目も振らずこちらに駆け寄ってきた。
「どうしたの、クラージュ」
リュミエールが優しく尋ねる。
クラージュが生まれた時を境に、俺は彼女をお嬢様と呼ぶのをやめた。
クラージュは興奮した様子で腕を振りつつ叫んだ。
「父上、母上、見てください! 僕もできるようになったの!」
ちょっと待て、息子よ!
なぜこの狼が父だとわかった!
リュミエールの視線が一瞬だけこちらを向いた気がした。
毛並みを撫でる手つきは、変わらず優しいものなのに、冷や汗が流れる。
「まあ、何ができるようになったの?」
リュミエールがクラージュに声をかける。
彼女の方は見られずに、はしゃぐ息子を見つめる。
「獣化! 変身できるようになりました!」
クラージュの姿が瞬く間に小さく毛深くなっていく。
目を丸くしているリュミエールの前には、息子の衣服が落ちていて、中で何かが動いている。
動いてた何かが顔を出した。
俺をそのまま小さくした黒い子狼が、尻尾を振りながら飛び出してくる。
「え? クラージュ?」
「そうです! 上手にできたでしょ?」
得意そうな顔をして、クラージュはリュミエールの膝に飛び乗った。
そのまま膝の上で丸くなり、無邪気に甘えだす。
「すごいわ、クラージュ。これも魔法なの?」
息子の変身に驚いていたリュミエールだったが、すぐに立ち直り、頭を撫でて誉め始める。
俺の視線は息子に固定されたままで、怖くて目を合わせられない。
「魔法じゃないです、王族や獣の血が濃い者は自分の意志で先祖の獣の姿になれると先生に教わりました」
「そうなの、お母様は知らなかったわ。変身の仕方は先生に教わったのね」
「いいえ、父上が変身なさるのを見てました!」
はきはきと元気よく答えるクラージュ。
しっかり育ってくれて、父は嬉しい。
だが息子よ、どうかその先は言わないでくれぇ!
「お父様が? それで真似をしたの?」
「はい! 母上がお庭にいらっしゃると、父上が狼に変身なさって走っていかれるのを何度も見ました! だから僕も狼になりたくて頑張りました!」
クラージュは、満面の笑顔で父の秘密を暴露した。
息子の頭を撫でていたリュミエールの手が止まり、俺の方へと視線が動く気配がした。
顔を、顔を向けられない。
伏せの姿勢で固まり、彼女が動くのを待った。
やがて背中に小さな重みが掛かった。
リュミエールが乗せた暖かいそれは息子だ。
クラージュは俺の背に腹這いになり、体を安定させるときゅんきゅんと獣の子らしい鳴き声を発した。
「父上の背中、あったかいですー」
父の毛皮を気に入ったか。
嬉しいが、やはり動くことはできずに、息子の簡易ベッドと化して伏せを続けた。
クラージュは俺の背の上で丸まり、寝息を立て始めた。
「クロもクラージュもすごく可愛らしいわ。私も変身できるように練習してみようかしら、狼の姿で皆でくっついて寝たら冬でも暖かそうね」
俺の頭を撫でながら、リュミエールが嬉しそうに呟いた。
狼のクロが俺だって、黙っていたこと怒ってないのかな。
「怒ってないわよ。人の姿のクロも、狼の姿のクロも大好きだもの。ただ教えてくれていたら、もっと狼のクロに触れる機会があったのにね」
残念がる彼女に、今夜は狼の姿で添い寝することを約束させられた。
どちらの姿でもリュミエールが一番好きなのは俺。
伴侶として認めてもらい、精霊が結んだ契約の上では俺が主人だけど、時々は昔のようにお嬢様の犬でいたい。
あなたを抱きしめるのも、抱きしめてもらうのも好きだ。
リュミエールと一緒に生きられることが俺の幸せ。
二度と誰にも奪われないように、これからも全力であなたをお守りします。
END
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