お嬢様のわんこ
第三章・苦労性魔術師の愚痴りたくなる日々・14
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リュミエール様の御懐妊が公表され、祝賀ムードが国中を覆い尽くす中、私は見合い当日を迎えた。
会場は、エドモン殿のご自宅である。
歴史ある一族の本拠地に相応しく、敷地は広大で、本宅となる大きな屋敷の側には、使用人が住まう棟や分家した親族が住まう屋敷など、幾つもの建物が建ち並んでおり、奥には深い森のような緑が見え、かと思えば、手入れの行き届いた庭園も備えられていた。
一人でお屋敷を訪ねた私は、お相手のマリエット嬢との挨拶を終えると、彼女に案内されて庭園の四阿までやってきた。
雨よけの屋根と四本の柱で造られた四阿には、丸いテーブルを挟んで椅子が二脚置いてあり、促されるまま着席した。
マリエットは、メイドが運んできたワゴンの上で、自ら紅茶を入れている。
手つきは慣れたもので、日常的に嗜んでいるのだと思われた。
マリエットが私の前にティーカップを乗せた皿をそっと置く。
美しい所作に見惚れ、次の瞬間気を引き締める。
いつ彼女の腕が私の体を掴みにくるのかわからないのだ、気は抜けない。
「お爺様からどのようにお聞きになられたのかはわかりませんが、私とて、いきなり殿方に掴みかかったりは致しませんわ。そう硬くならないでください」
私の緊張を見抜いたらしく、マリエットは鈴を転がすような笑い声を立てた。
彼女は私の正面に座ると、優しげに微笑んだ。
灰色の毛並みをした狼族の美女は、肖像画そっくりそのままの姿で私を魅了した。
「エドモン殿からは、あなたは結婚相手に強さを求めるあまり、いつも相手を試すために投げ飛ばすので、いつしか縁談が来なくなったと聞きました。これは本当のことなのでしょうか?」
私は取り繕うことはやめて、率直に尋ねた。
妻になる人を探す場で、肝心なことを聞かずには話が進まない。
「まあ、そうですの。私としては、やはり夫に迎える方には尊敬すべき秀でた資質を求めたくございます。別に強さに拘っていたわけではないのですが、お見合いを申し込んでくださった方々は、なぜか力自慢の方ばかりで……。」
マリエットは気分を害することなく答えてくれた。
彼女としては、頭が良い、性格が良い等、とにかく自分より秀でたもの、何か誇れるものを持つ人をと望んでいたつもりだったのだが、最初の見合いの結果、自分より強い男を求める女性と噂が流れ、力自慢の求婚者ばかりになってしまったそうだ。
「我が一族の方針で、子供の頃は男も女も揃って同じように鍛錬を受けるのが習わしなのです。私も人並みに戦えますので、つい本気になってしまって。強さを己の秀でたものとおっしゃるのなら、私よりはお強い方でないと尊敬はできませんわ」
彼女の尊敬できる強さの基準は一族の男なのだろう。
前提条件からして、普通の男は無理だ。
求婚者達はアピールポイントを間違えたのだ。
真相を聞いた私は、自分の考えを話すことにした。
本来のお見合いは無難な世間話から入るのだろうが、明け透けな質問をしてしまったからには、先にお互いに脈があるのかないのか確かめた方がいいだろう。
「私が結婚相手に求めるのは、安らぎのある家庭を共に作ってくれるかどうかです。ご存じでしょうが私の仕事は多忙を極めます。伴侶にはそれを承知で留守を守り、休暇を得て家に帰った時に、疲れた心を癒してくれる人を求めています」
マリエットは私の希望を聞いて頷いた。
「家庭に安らぎを求めるのは私も同じです。城勤めの方が多忙なことはわかりきったこと。私の父や祖父も同じでしたもの、身近に良き見本がありますから不満を持つことはありませんわ。パトリス様はお爺様も御認めになる武勇の持ち主、魔術師としても陛下の信任厚きお方。私にこの縁談をお断りする理由はございません。私があなたのお気に召したなら、これ以上の喜ばしいことはありません」
彼女の返事を聞いて、心は決まった。
お互いが本当に最良の相手かどうかは、実際に暮らしてみなければわからないが、この人とならうまくやっていけそうな気がする。
私は席を立って彼女の前に立ち、右手を差し出した。
「ならば、私の手を取ってください。共に幸せな家庭を築けるように努力していきましょう」
私が差し出した手に、マリエットは自らの手を添えた。
求婚は成り、私と彼女はその年が終わる前に式を挙げた。
彼女が嫁いできてくれたので、私まであの一族の一員に組み込まれたわけではないが、義理とはいえ一応親族である。
そうか、エドモン殿が私の祖父になるのか。
あの方は孫が結婚しても、ひ孫が産まれてもまだまだお元気で、現役でご活躍なされている。
共に励んでいた任務は終わったが、これからも付き合いは続きそうである。
私が妻を迎えてから、早六年が過ぎようとしていた。
このところ、城内は大工仕事の音が絶え間なく続いている。
建築中の建物は、二階建ての大きなものだ。
まるごと学び舎になるそうで、城内の蔵書を収める書庫も規模を大きくして設置する予定と聞いている。
私はナゼール殿と一緒に、工事の進歩状況の確認に来ていた。
おかしい。
私の本職は魔術師団の団長なのに、なぜこのような場に駆り出されているのか。
工事の確認なんて、文官の仕事ですよね?
不服そうな私の表情に気が付いたのか、ナゼール殿が説明を始める。
「授業を行う教師についてだが、魔術師団からも人材を派遣してもらう予定だ。実技を行う場も必要となろう、どのような部屋が指導に最適なのか、本職の意見も必要だろう」
「学び舎ではクラージュ様のご成長に合わせて、学ばれる内容を決めると伺っておりますが、まさかもう魔法の授業を行うと?」
「クラージュ様は五才にして獣化能力を発現された。家庭教師が言うには、早期に魔力の使い方を学ばせねば、暴走の危険があるそうだ。他の御子様方も同様に魔力量は普通の子供と比較にならないほど多い。皆様が学ばれる環境を整えることが急務となった」
御子様方の教育のために、わざわざ建物が必要となったのには理由がある。
リュミエール様が御懐妊され、初の御子となったのが、長男クラージュ様。
黒狼族の特徴を持った、ラファル殿下そっくりの御子の誕生に、当時は国中が喜びに湧いたものだ。
その翌年には双子が産まれ、三つ子が産まれ、また三つ子が産まれ、そして双子が産まれた。
男子六人に女子五人、合計十一人の王孫が城で養育されている。ちなみに全員が黒狼族だ。
それぞれに乳母や侍従がつき、遊び相手となる乳兄弟も大勢いて、城は託児所と見紛うばかりに子供で溢れかえっていた。
養育するのに部屋が足りなくなってきたので、増築に踏み切ったわけだ。
私の妻マリエットも乳母となり、一男一女の我が子らと一緒に城で暮らしていた。
現在の私の家は、城内に与えられた宿舎にある。
妻子と離れず過ごせるのはいいのだが、家に帰った気がしない。
城内にいるので、部下からも気軽に呼び出されるしな。
「魔法の実技は魔術師団の訓練場で行いましょう。常時、数名を配置して万全の状態で行わねば不測の事態に対処できません」
「そうか、ならば体力づくりや剣の稽古には騎士団の訓練場を借りるとしようか。あやつらも関わりたいだろうしな」
「しかし、こうなってくると、出来上がるのはもはや学校ですね。他国で見たことがありますよ、子供を集めて一斉に授業を行う場です」
「うむ、我が国の教育は、基本は家庭教師頼みだからな。市井には読み書きだけを教える私塾があるが、地方の農村部にはそれもない場合が多い。今後の課題だな」
我が国初の学校の建造か。
そのうち様々な分野の専門家を招いて、子供達の可能性を広げるような場になればいい。
夢を膨らませて、建築現場を歩いていると、遠くから我々を呼ばわる声がした。
「ナゼール様! パトリス様ーっ!」
我々を呼びながら息を弾ませて走ってくるのは、ナゼール殿の部下だった。
何か火急の用件だろうか。
表情を引き締めて、そちらへと歩み寄る。
「リュミエール様が御懐妊なされました!」
部下の報告に、私達は無言になった。
六度目の御懐妊だ。
前回の出産から一年も経っていない気がするのだが……。
殿下、励み過ぎです。
ナゼール殿はこほんと咳払いをして、取り繕った笑みを浮かべた。
「御懐妊と御出産の祝いが途切れることがないな。目出度いことだ、今回も盛大に祝おうじゃないか。こんなこともあろうかと、すでに予算に組み込んである。準備に抜かりはない」
すでに毎年のことなので、予め用意してあったらしい。
国民の間でも、祝いの言葉を書いた看板や垂れ幕など、何度も使えるものは流用されて、恒例行事となっていた。
「今度は何人でしょうね」
「この際だ、五つ子くらいきても構わん。また忙しくなるが、いつものことだ」
城の者は双子以上を想定して待ち構えていたのだが、産まれたのは、かつてのリュミエール様にそっくりの色と人族の特徴を持った女の子一人だった。
ラファル殿下はもちろん大喜びなされた。
王家初の狼族ではない姫の誕生は、国民には概ね好意的に受け入れられた。
上に十一人もの黒狼族の兄弟の存在があったことと、殿下とリュミエール様の馴れ初めの物語が民衆に浸透していたおかげだろう。
大勢に支持されている恋物語が、改めて事実だと証明された形になったわけだ。
十二人目の御子の誕生となり、そろそろ落ち着くかと思ったが、翌年にはまた新たな御子様がお腹に宿った。
リュミエール様はお体の不調を訴えられることもなく、健康そのもの。
ご本人も、まだまだ産めると張り切っておいでだ。
このペースだと、すぐに二十人は越えそうだな。
我が国の未来は明るい。
将来有望な王族が、こんなに増えたのだから。
私は未来の魔術師団の団員を確保すべく、幼い御子様方に魔法への興味を覚えさせ、魔術師の重要性をこっそりと囁いてまわることにした。
私が引退する頃には、立派な団長候補が育っていることを願うばかりだ。
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