お嬢様のわんこ

第三章・苦労性魔術師の愚痴りたくなる日々・13

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「お見合い……ですか?」

 疲れた私を癒してくれるような伴侶が欲しいなと思った直後に、タイミングを図ったかのように話が持ち込まれた。
 持ってきたのがこの人でなければ、諸手を挙げて歓迎していた所だが……。
 私の前にはエドモン殿がいて、相手の肖像画を差し出してきていた。

「うむ、お前にはディオンのことで迷惑をかけたからな。何か償いをしたいと思っておったのだが、ちょうど独り身であることを思い出してな」
「ディオンの件は、私の監督不行き届きでもあります。責任という面ではお互い様でしょう。償いなどなさらなくても……」

 償いが見合い話というのも変な話だ。
 断る方向で話を進めようとすると、エドモン殿が身を乗り出してきた。

「まあ、そう言わずに話ぐらいは聞いてくれ。本当に良い娘なのだ。器量は良いし、家事は万能、淑やかで心根も優しい良い子だ。年は二十四と多少適齢期を過ぎておるがまだ十分若い、お前は三十だし、釣り合いは取れるじゃろう」

 私は不信感で一杯になりながら、迫ってくるエドモン殿を押し返す。
 それほどの好条件の娘なら、社交界に出た時点で縁談など山ほどあったはずだ。
 この話には必ず裏がある!

「それほど素晴らしい方なら、他に幾らでも縁談があるのでは? 私のような年上ではなく、同年代の男でも条件の良い相手がおられるでしょう」
「いやいやいや! お前でなくてはならんのだ! 頼む、ワシの孫を行き遅れになどさせたくないのじゃ! もらってやってくれえええ!」

 やはり、孫だったか。
 ディオンに姉妹はいないそうなので、従姉なのだろう。

「肖像画をよく見てくれ、名はマリエットだ。可愛い子じゃろう。我が一族で一番の美人なのじゃ」

 エドモン殿は肖像画をこちらに向けて、アピールを始めた。
 むう、確かに一族の男性陣とはあまり似ていない、線の細い美女だ。二十代の落ち着きを持った淑やかさも感じられる。この絵から受ける印象通りの人物であれば、会ってみたいとは思うが……。

「エドモン殿、正直にお答えください。お孫さんについて、何か隠しているのではないですか? お見合いが破談になるような、致命的な何かを」

 エドモン殿は汗を掻いていた。
 この方も嘘のつけないお人だ。
 観念したのか、エドモン殿は項垂れて真実を告白した。

「マリエットは理想が高過ぎたのじゃ。嫁ぐならば強い男が良いと言っては、見合い相手を投げ飛ばしてしもうてのう。昔は数え切れないほどあった縁談もいつしか一つもこなくなった……」

 当たり前だ。
 幾ら美人でも、腕試しで投げ飛ばされては百年の恋も覚める。

「だが、パトリスよ! お前ならば、マリエットも納得するはずじゃ! 魔術師であり、我が国屈指の戦士ならば、あやつの投げ技も通じまいて!」
「戦うことが前提のお見合いなんて嫌ですよ! 結婚後も何かと勝負を挑んでくる妻なんて気が休まらない!」
「待て! マリエットは普段はおとなしい子なのじゃ。お前を強者と認めれば、後は貞淑な妻となろう! とにかく一度会うだけでも!」
「やめてください! しがみつくなー!」

 結局、エドモン殿に押し切られて会うことになった。
 いきなり投げ飛ばされないように、対策を考えて鍛錬でもしておくか。




 私が見合いをするという話は、なぜか城中に広まっていた。
 エドモン殿め、逃げられないように退路を断ちに来たか。
 破談になった時は、彼女の方も好奇の視線や噂に晒されるというのに、後先考えない人だな。
 すでに縁談がこなくなっているから、なりふり構っていられないのかもしれないが。

「それって、絶対逃がさないってことなんじゃないのか?」

 人伝に見合い話を知ったラファル殿下が、憂う私に言った。
 王太子になると決めた後の殿下は、以前と違い、積極的に他者と交流を持とうとしていた。
 リュミエール様と二人だけで完結していた世界はもはやなく、彼らの周りには多くの人が集まり、繋がりはどこまでも広がっていく。
 私の見合い話に興味を示したのも、変化の表れだろう。
 出会った頃なら、そんな他人の事情などどうでもいいと関心を持たなかったはずだ。
 それにしても、殿下の言葉には聞き流せない不穏なものを感じた。
 悪寒がして、体を震わせた。

「実際にお会いしてみて、相手の方から断ってくる可能性もあります。単に強いというだけで気に入るとは思えませんからね。こういうと悲しくなりますが、私はあまり女性には受けが良くなくて、縁談を勧められたのも今回が初めてなのですよ」
「パトリスは仕事であちこち飛び回っていたから、今まで縁談を持ち込む隙がなかったと聞いたぞ。案外、お前を狙ってるヤツは多いんじゃないか? 見合い相手は爺さんの孫だって話だし、人柄や事情も含めて相性がいいと思ったから勧めてきたんだと思うぞ」

 うーむ、エドモン殿とは十年以上もの長い間、共に任務についていたからな。
 まったく合わないと思ったなら、話は持ってこないか。
 少しだけ、期待を持ってしまう。

「結婚っていいよな。二人で一緒にいられさえすればいいと思ってたけど、きちんと式を挙げて周りに認められるとさ、また違うんだよ。俺の妻ですって彼女を紹介できる日が来るなんて、幸せ過ぎて未だに夢かと疑ってる」

 殿下の思考は、私の見合い話から自身の惚気話へと移っていた。
 黒い尻尾が嬉しそうに振られている。

「旦那様呼びも良いけど、あなたって呼ばれるのも好きなんだ、夫婦って感じがするだろ。ああ、いいな、夫婦。お嬢様が俺のお嫁さんなんだー」

 殿下はニヤニヤ笑いながら、ご自分の世界に浸っておられる。
 お二人の結婚式はすでに挙げた後で、国民にも夫婦として認知されている。
 正真正銘の新婚生活が始まったわけだが、私にとっては今更な気がしても、殿下にとっては新鮮な気持ちだったらしい。
 長くなりそうだなと、思ったのもつかの間、部屋の扉が慌ただしく開かれた。
 入ってきたのは、リュミエール様付きの侍女だ。
 彼女は忙しなく礼の姿勢を取ると、焦った顔つきで殿下に訴えた。

「で、殿下! パトリス様も! お二人ともすぐにリュミエール様のお部屋にいらしてください! 侍医がお話があると……」

 言い終わらないうちに、殿下の姿が室内から消えた。
 私と侍女は顔を見合わせ、すぐに殿下の後を追う。
 リュミエール様の身に何か起こったのだろうか。
 今朝、お見かけした時は元気なご様子だったが、侍医の健診で異常が見つかったとか。




 嫌な予想をしながら部屋に到着すると、扉は開いたままで、廊下は侍女や騎士や文官で溢れかえっていた。
 向こうから、ナゼール殿もやってくる。
 ナゼール殿は入り口付近にいた者達を掻き分けて、室内に入って行く。
 私も後に続いた。
 入ってすぐの応接間の長椅子にリュミエール様とその傍に寄り添っている殿下が座っており、二人と向き合っている壮年の侍医の姿が見えた。

「おめでとうございます! 御懐妊ですぞ!」

 侍医が嬉々として声を上げた。
 私とナゼール殿は足を止めた。
 周囲から歓声が湧き起こる。
 え? 懐妊?
 まさか、もう?

「御懐妊の兆しが表れてから幾度も確認してまいりましたが、間違いはございません。あとひと月もすれば腹部も目立ってこられましょう。これからは妊婦に相応しい食生活に、休息を取られねばなりません」

 侍医の指示に、殿下は真剣に聞き入っておられた。
 リュミエール様は嬉しそうに微笑んで、自らの腹部を撫でている。

「御子が産まれるとなると準備が必要だな。乳母と侍従の選定を早めにせねば。養育用の部屋も整えねばなるまい」

 ナゼール殿はそう呟き、殿下達の傍まで行くと、手短に祝いの言葉を述べて部屋を出ていった。
 文官達はこれからが大変だ。
 男子であれば、未来の王の誕生となる。
 女子だとしても、王家の血を継ぐ御子だ。皆、共に祝い、喜びの声が国中を満たすだろう。
 祝い事があれば、経済にも影響する。
 国外からも人が来て、特に事務仕事が増えるはずだ。
 また城内は忙しく賑やかになる。
 それでも人々の顔には笑みが絶えない。
 こんな忙しさなら仕事のやりがいもあるというものだ。

「御懐妊おめでとうございます」

 私が祝いの言葉を述べると、寄り添う二人は幸せそうに笑った。
 殿下が私の手を取って、返礼のためか口を開く。

「ありがとう、これからも色々相談に乗ってくれよ。パトリスのことは一番頼りにしてるんだからな」

 殿下から頂いた言葉が意外過ぎて、私は少し戸惑ってしまった。
 陛下に労われるだけで十分だと思っていたが、殿下からもそのように信頼されていると知って、驚くと同時に嬉しさも感じた。
 私の反応を見て、殿下が顔を赤くした。

「な、なんだよ。言う機会がなかっただけで、今までだってちゃんと感謝してたんだぞ。お前がずっと俺達のために働いてくれてたのも知っている、今では一番信用できるヤツだと思っている」

 照れくさそうに話す殿下に続いて、リュミエール様からもお言葉を頂いた。

「私からも感謝の言葉を言わせてください。パトリスさん、ありがとうございます。私が今ここにいられるのも、あなたのおかげです。お城に来てからも至らないことばかりで迷惑のかけ通しですけど、見捨てないでくださいね」

 私の献身を認めてくれたお二人に、改めて臣下の礼を取る。

「もったいないお言葉を賜り、嬉しく存じます。私の忠誠は王家に捧げております。お二人がこの国を良き方向へと導いて行かれる手助けとなれるよう、これからも精進いたします」

 これまでの私は、陛下と王妃様のためにお仕えしてきた。
 殿下に対しては取り戻すべき大事な人とは認識していたが、どこかで己の主君となる人だとは認めていなかったのかもしれない。
 私を信頼し、頼ってくださる言葉を聞いてからとは現金なものだが、ラファル殿下とリュミエール様に対し、心からの敬愛の念と忠誠心を持った瞬間だった。
 この先、生まれてくるお二人の御子が健やかに成長なされるように、これからも力を尽くしてお仕えしていこう。


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