憧れの騎士様

エピソード6・リン編

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 今日は冒険者らしく、洞窟探索に出かけた。
 初めて行く洞窟で、獣道みたいな整備されていない道を、地図を頼りに密林をかきわけて歩き進む。
 何度か迷いそうになりながら、ついに洞窟を発見できた。
 でも、変だな。
 人の気配がない。
 まるで、誰も足を踏み入れたことがないって感じで、冒険者が残して行くはずの燃え尽きた松明などの痕跡もなかった。

「あれ? ここでいいのかな? 地図だとまだ先なのに」

 ルーサーが地図を見て唸っている。
 それを聞いてピンと閃いた。
 ここは未開の洞窟なんだ。

「きっとここは誰も発見していない洞窟なんだよ。やったよ、ルーサー! ものすごい財宝が眠っている可能性もあるんだ!」
「未知の魔物もいるかもね」

 ルーサーが苦笑して付け足す。
 もう、出鼻を挫くようなこと言って。
 洞窟の奥は深そうで、わたしの期待は高まった。

「光よ、我が手に集え。ライト」

 ルーサーが光を生み出す魔法を使う。

「ん?」

 怪訝なルーサーの声。

「おかしいな、魔法が発動しない」
「え?」

 どうやら、洞窟の中には魔法を無効にする結界が張られているようだ。
 試しに放った他の魔法もことごとく発動しなかった。
 この洞窟に結界を張った魔法使いは、かなりの実力を持っていたみたい。

「まいったな。これじゃあ、サポートができない。他の方法を考えるから、今日は出直そう」

 ルーサーはそう言ったけど、出直しなんかしていたら、他の冒険者に先を越されてしまうかもしれない。
 せっかく見つけたのにもったいない。

「少しだけ入って様子を見てくる。ルーサーはここで待ってて」

 念のためにと用意してきた松明に火をつけた。
 魔法の明かりよりは不安定だけど、これでも十分だ。

「ちょっと待ってよ、リン!」

 結局、ルーサーもついてきてしまい、わたし達は二人で進み始めた。
 ルーサーに松明を持たせて、わたしが先頭になる。
 剣の柄には手を添えて、いつでも抜けるようにしておく。
 だけど、生き物の気配はしない。
 魔物もいないのかな。
 もしかして、奥まで行っても行き止まりでしたってオチが待ってるかも。
 徐々にテンションが下がっていく。
 発見されてないんじゃなくて、実は何もないから放置されている洞窟だったりして。

「あ、リン見て。部屋がある」

 後ろにいたルーサーが声を上げた。
 顔を上げて、前を見ると、奥に人工的な四角い入り口の枠が見えた。
 枠の向こうは空洞になっているみたいで、部屋になっているようだ。

「気をつけていこう、魔物がいるかもしれない」

 よくあるじゃない。
 ダンジョンの小部屋に魔物がいっぱいってトラップが。
 人工的に作られた入り口に警戒心を強める。
 何が出てきても、冷静に対処しなくちゃ。

 入り口から中の様子を窺うと、そこは四角い部屋だった。
 祭壇みたいなものがあって、その上に宝箱が置いてある。
 慎重に近づいて蓋を開けた。
 中には宝石がたくさん入っていた。
 ダイヤにルビーにエメラルド、黒水晶なんてものもある。
 色とりどりの光の洪水に、わたしは目を奪われた。

「すごい! これを持って帰れば、大金持ちだ。家が建てられるよ!」

 喜んでルーサーを振り返ったけど、意外にも彼の表情は険しかった。
 部屋を見回して、祭壇を調べている。

「どうしたの? 嬉しくないの?」
「リン、宝箱に蓋をして。何かおかしい」

 ルーサーはそう言ったけど、目の前にあるお宝を見逃すなんて手はないよね。
 こんな所にあるんだから、持ち主だってもう亡くなってるはずだ。

「わかったよ。でも、ちょっとぐらい持っていこうよ。せめて皮袋に詰められるだけでも……」
「あ、ダメだよ、リン!」

 ルーサーの制止の声も聞かずに宝石を掴んだ。
 その途端、地鳴りがして、祭壇が少し沈んだ。
 宝箱の重さが代わると仕掛けが作動する仕組みだったのか、入ってきた入り口が上から降りてきた厚い扉で閉ざされて、壁が左右に動いて隠されていた新たな扉が出現した。

「やっぱり、トラップだったか」

 ルーサーが舌打ちする。
 新たに現れた扉が開き、見たことのない魔物が姿を見せた。
 手に棍棒を持った一つ目の巨人。
 実際に見るのは初めてだけど、サイクロプスとかいう上級のモンスターだ。
 背後には腐った生ける屍――ゾンビも蠢いている。
 彼らが発する鼻が捻じ曲がりそうな嫌な臭いが部屋に流れ込んできた。
 格好は様々で貴族風の煌びやかな衣装を着ているものから、旅人、冒険者など、身なりはバラバラ。
 ゾンビ達はゆらゆら動いて遠巻きにこっちを見ていた。
 敵意を持って動いているのはサイクロプスだけだ。

「憶測だけど、あのゾンビ達は、この部屋の宝石を取ろうとした人達じゃないのかな?」

 つまりこの洞窟には何らかの呪いがかけられていて、財宝を荒らしに来た盗人達は番人のサイクロプスに倒され、その後は永遠に生ける屍となるのではというのがルーサーの想像だ。

「魔法が使えないのも、このトラップを作った人のせいってわけ?」
「多分ね」

 わたしは宝石を宝箱に戻した。
 すると、閉ざされていた入り口が開いた。
 でも、魔物が入ってきた入り口は開いたままだ。

 俊敏な動きで、サイクロプスが襲い掛かってきた。
 振り下ろされた棍棒から、身をかわす。
 地面をえぐるような衝撃が洞内を揺らした。
 このまま洞窟から逃げても、この巨人は追ってくる。
 今の動きを見ても、ルーサーの魔法が使える外まで、全力で走って逃げ切れるとは思えない。

 わたしは一瞬で判断を下した。
 この場で取れる、生き残るための最善の方法を。

「ルーサー! 外に向かって走りなさい!」

 わたしはルーサーを力一杯突き飛ばした。
 思いがけないわたしの行動に受身が取れなかったのか、彼を予想通りに部屋の外――出口へと続く通路まで、飛ばすことに成功した。
 すかさず、宝箱の宝石を掴む。
 入り口が再び閉まる。
 わたしは宝石を投げ捨てて、扉を背に、剣を抜いた。
 一枚岩でできた扉の向こうで、ルーサーがわたしの名前を叫んでいるのが聞こえた。

「ルーサー! わたしの声が聞こえているなら、今すぐここから出て、ギルドに行って応援を呼んできなさい! 半日ぐらいなら持ちこたえてみせる。だからルーサーも、自分にできることを精一杯やるのよ!」
「リン、開けてよ! 一人で戦うなんて無茶だ! オレも一緒に……っ!」
「魔法が使えないのに、足手まといになるだけでしょうっ! いいから、行きなさい! 共倒れになるより、マシよ! あなただけでも生きて帰りなさい!」
 
 わたしの上に影が差した。
 サイクロプスの大きな足が唸りを上げて迫ってくる。
 丸太みたいな足での蹴り。
 あんなの一発でもくらったら動けなくなる。
 横に大きく飛んで避けて、剣を構え直す。

「ルーサー、もう行った? 一応、期待して待ってるからね」

 死にそうになったら、いつものように騎士様が来て、わたしを救い出してくれるだろうか。
 情けないよね。
 剣で身を立てるなんて言っときながら、ピンチになるとあの人に頼ってる。
 わたしは剣士で冒険者。
 わたしのことが好きだから、望まない道を一緒に歩んでくれた彼を守りたい。
 何のために、誰のために強くなろうとしたのか、徐々に思い出してきた。
 父さんへの憧れは、家族を、そして村を守る強い姿を見てきたから。
 わたしも父さんみたいになりたい。
 それで、いつも泣いているあの子を守ってあげるんだ。
 わたしの隣にいる大切な幼なじみ。
 大好きなルーサーを守るために、わたしは強くなろうとしてたんだ。




 ゾンビ達が攻撃してこないのは幸いだった。
 一対一なら、まだ余裕がある。
 大振りなサイクロプスの攻撃を、小さな動作でかわしながらタイミングを見計らった。
 巨体の脇をすり抜けて、剣を振り下ろす。
 腕の一本でも取れば勝機は出てくる。
 巨人の腕を寸断するはずの剣は、硬い岩にでも叩き付けたような衝撃を受けて無残に折れた。

「うあっ!」

 激痛と痺れが両腕の感覚を奪う。
 まずい、今の反動で腕にダメージが来た。骨までいったかも。
 こんなに皮膚が硬いなんて、下手な鎧より強度がある。
 ゾンビの数を見た時に、予想はついていたはずだった。
 こいつが、どれだけ強いかなんて……。

 腕が動かなくて、動きに隙が生まれた。
 サイクロプスが振り回した腕に胴が捕まって、壁にぶつけられた。

「あぐぁ!」

 腕と壁の間で体を潰されて、血を吐いた。
 呼吸が苦しい。
 中もやられたんだろうか。

「はぁ、はぁ……」

 起き上がろうとしたけど、動けない。
 半日どころか半時間も持たなかった。
 あはは、死んだらわたしもゾンビかな。
 ルーサーはどうするのかな。
 腐ったわたしを見て泣く? それとも気持ち悪がって逃げちゃう?
 意識が残ってたら悲惨だよね。
 そんな姿は彼にだけは見せたくない。
 でも、ルーサーを助けられて良かった。
 戻ってこなくてもいいよ。
 恨んだりしないから。
 あなたの思い出の中では綺麗なわたしでいたいんだ。




 薄れ掛けた意識を呼び覚ますがごとく、轟音が耳を貫いた。
 目を凝らして音の出所を探ると、閉まっていた扉が粉々に砕けていた。
 眩い光が差し込んで、人の姿をした影が見えた。

「騎士……さ…ま?」

 来てくれた。
 こんな所にまで現れるなんて、本当にあなたは何者なんだろう。
 せっかく来てくれたけど間に合わなかったよ。こんな傷を負ってしまっては、わたしは助からない。
 会いたい時には会えなくて、死の間際にようやく会えるなんて、皮肉な巡り会わせだね。
 だけど、最期にあなたにお礼が言える。
 今までありがとうって、そしてわたしの大事な人をこれからも守ってくださいってお願いするの。

 騎士様がこっちに駆け寄ってくる。
 わたしを抱きしめた逞しい腕は、とてもよく知っている人のもので……。

「ルーサー?」

 信じられなかった。
 騎士様だと思っていた人は、わたしの恋人だった。
 扉を壊したのは、紛れもなく騎士様のはず。
 彼はどこにいるんだろう。

「リン、ごめん! オレのせいだ、オレが、オレが……っ!」
「何で、ルーサーが…謝るの? 早く逃げてよ。このままじゃ、二人とも、ゾンビに…されてしまう……」

 喋ることは苦しかったけど、ルーサーをこの場から逃がしたい一心で声を出す。

「ルーサー、わたしこそ…ごめんね。いつも偉そうなこと言ってるのに…守ってあげられない。ルーサーだけでも逃がしたかったの。生きてて欲しかったのに」
「オレだけ生き残っても、リンがいなくちゃ生きていけない。そんなこと言わないで」

 綺麗な顔が泣きそうに歪んで、わたしは苦笑した。
 こんな時でも泣き虫のまんまだ。
 だけど、それだけわたしを想ってくれている証しだから、彼の目に浮かんだ涙はとても愛おしい輝きを放って見えた。

 サイクロプスの敵意を含んだ唸り声が、意識を現実に戻した。
 すっと血の気が引く。
 ルーサーが危ない。

「ルーサー、早く、逃げ……」

 引き寄せられて、ルーサーの胸元に顔を押し当てられた。
 彼の左腕がわたしをしっかりと抱きしめている。

 サイクロプスの動きが止まった。
 ルーサーの右腕が真っ直ぐ向けられていたせいだ。
 彼の手には剣の柄らしきものが握られ、その先には光り輝く刀身が現れていた。
 殺気を宿したルーサーの眼光に射抜かれて、サイクロプスは怯んだのか後ずさりした。

「リンを傷つけるヤツは許さない。リンはオレが守る。そのためなら、誰が相手でも容赦なく戦う」

 ルーサーの力強い言葉に呼応するかのように、刀身を形作る光が強くなる。
 この眩い光は騎士様の……。

 わたしは騎士様の正体を知った。
 幾ら探しても会えなかったわけだ。
 彼はずっとわたしの傍にいたんだ。

 ゆっくりと瞼を閉じた。
 全てが光に飲み込まれていく。
 死者の魂は天に帰り、宝石も番人の巨人も、崩れ落ちゆく洞窟と共に地下深くに埋まっていく。
 わたしはルーサーの腕に抱かれて運ばれながら、意識を失った。




 次に目覚めた時は天国だと思っていたのに、そこは探索に行く直前に取った宿の部屋だった。

「あれれ?」

 ベッドから身を起こすと、体にかかっていた毛布が落ちた。
 うわ、裸だ。

「夢だったの?」

 慌てて体に触れる。
 押しつぶされたはずの体は、内も外も傷はない。
 でも、夢にしてはリアル過ぎて……。

「リン!」

 いきなりルーサーが飛びついてきて、頬に熱烈なキスをされた。
 どうも一緒に寝ていたらしく、彼も裸だった。

「傷は完治したのに目が覚めなくて、どうしようかと思った。治癒の魔法が間に合わなかったんじゃないかって、心配で……」

 ルーサーの説明では、わたしはあのまま一週間近く眠り続けていたらしい。
 彼はその間、ずっと傍について看病してくれてたんだ。
 でも、なぜ裸でいる必要が……?

 わたしの疑問に気づいたんだろう。
 ルーサーはにっこり笑った。

「オレの愛を伝えるには、服は邪魔だから」

 臆面もなく言い放ったヤツの顔面に拳をお見舞いする。
 ルーサーは鼻血を吹いて倒れた。

「こんな状況で冗談言わないの! こっちは死に掛けたんだから!」

 もう、何だろう。
 安心したら、ボロボロ涙がこぼれてきた。
 ベッドの上に座り込んで、顔を覆って泣いた。
 一度に知った真実が、いきなり頭の中を掻き乱して混乱させる。

「リン、どうしたの? まだ、どこか痛い?」

 ルーサーがオロオロして顔を覗き込んでくる。
 誰のせいよ。
 安心、驚き、喜び、怒り、戸惑い、悔しさ、思いつく限りの色んな感情が、この涙を呼んだんだ。

「ど…して、嘘、ついてたの?」

 涙で声が震えた。
 ルーサーは動揺して顔を強張らせた。

「ルーサーが騎士様だったの? 本当は強いのに、何で隠してたの?」

 あんな力があるんなら、わたしが守ってあげる必要なんてなかった。
 今まで守ってあげてるなんて、思い上がっていた自分が恥ずかしくなった。
 口先ばかりで肝心な時には役に立たないわたしを、彼がどう思っていたかなんて容易に想像がつく。

「わたしのプライドが傷つくと思った? 自分より強いあなたを認めないとでも思ったの? それとも弱いくせに威張ってお姉さんぶっていたわたしを心の中では嘲笑っていたの? わたし、バカみたいじゃない。守ってるつもりで、守られていることにも気がつかないで、あげくの果てに、あなたが作り上げた幻の騎士様に恋をして……」

 出てくるのはルーサーを責める言葉ばかりだった。
 恥ずかしくて、八つ当たりをしていた。
 今、言わなければならないことは、今まで助けてもらったお礼の言葉のはずなのに。
 ルーサーはそんなわたしの態度を怒りもせずに、逆に謝った。

「ごめんね、リン。嘘をついたことは悪かったよ。でも、嘘までついて隠してきたのは、決して君をバカにするためじゃない。オレが強くなったことを知られたら、助けなんてもう必要ないってリンが離れて行くんじゃないかって怖かったからだ。リンには弟分のルーサーを好きになって欲しかった。だって、どんなに体を鍛えても、強力な魔法を覚えても、やっぱりオレはリンがいないとダメな泣き虫のままだったんだ」

 ルーサーの瞳を真っ直ぐに見つめる。
 彼の言葉が本当だってわかった。
 今まで見てきたルーサーだって、偽りのない彼自身の姿なんだ。

「リンはオレの憧れだった。いじめっ子から守ってくれて、優しく抱きしめてくれる君が好きだった。そして、そんな君だから、この手で守りたいと思ったんだ」

 ルーサーはわたしのために強くなった。
 わたしの理想に近づこうと、影ですごく努力していたこと、今ならわかる。
 離れて行くかもしれないから、怖くて打ち明けられなかったなんて、ルーサーらしいじゃない。
 こんな泣き虫の寂しがり屋を放っておけるはずないよね。
 どんなに強くなったって、ルーサーはルーサーだ。

「もういいよ、ルーサー。あなたの気持ちも、わたしの気持ちもよくわかった。わたしが好きな人はルーサーだってこと。どんな時でも思うのはあなたのことだけだった。強くても、弱くても、わたしが好きなのは、いつでも一緒にいたあなただけよ。今まで守ってくれてありがとう、これからもわたしの騎士様でいてくれる?」

 わたしの問いかけに、ルーサーは微笑んだ。

「もちろんだよ。何があっても傍にいて守ってみせる。その代わり、リンもオレを守って。君が抱きしめてくれるから、オレは強くなれるんだ」

 気持ちを確かめるように、瞳に互いを映して、手の平を重ねて握り合った。
 わたし達の間を隔てるものは何もない。
 今、とてもあなたが欲しい。

「リン、一緒に村に帰ろう。オレのお嫁さんになってくれる?」

 言葉を返す代わりに頷いた。
 わたしは冒険者として名を上げることよりも、もっと大切なものを見つけた。
 ルーサーを愛して、共に生きることが、自分の本当の望みだとわかった。
 あなたと一緒なら、この先何が起きても乗り越えていける。




 ルーサーとベッドに身を横たえて、厳粛な儀式でも始めるかのように静かなキスを交わした。

「今日のルーサーはおとなしいね。いつもなら、飢えた犬みたいに飛びついてくるのに」

 ちょっと照れくさくなって、笑ってそんな風にごまかしてみた。

「プロポーズの後なんだから、余韻を楽しみたい気分なの。お望みなら、いつも通りに激しくしちゃうけど?」
「あ、やだ。このままがいい」

 ニヤリと笑みを浮かべた彼に、焦ってすがりつく。
 頬に口付けされて、耳朶をかぷっと口に含まれた。耳の裏や中をねっとり舐められて腰が砕けていく。

「ふぁあん、ゾクゾクしてきたぁ……」
「気持ちいい? こういうのどう?」

 ルーサーの手の平が乳房を包み込み、上下に揺らしてきた。
 適度に強弱をつけて指を動かしている。
 何でこんなに、わたしの気持ちいいことがわかるんだろう。

「いいよぉ。ルーサーにおっぱい触ってもらうの好きぃ」

 えっちな気分になってくると、わたしは普段なら言わない恥ずかしいことまで口走ってしまう。
 そういうことを言っている自分にますます興奮しておかしくなる。
 ルーサーはそれがわかっているから、わざとわたしに気持ちいいかとか、何をして欲しいとか聞いて、えっちな言葉を言わせようとする。

「触って欲しいのはおっぱいだけ?」

 ほら、こうやって意地悪を言う。
 それだけじゃ満足できないって、わかってるくせに。

「全部よぉ。体中でルーサーを感じたい。あなたが欲しいの。わたしの中に入ってきて」

 腰をくねらせて、おねだりする。
 彼の逞しい胸板に、自分の胸をくっつけて誘う。
 ルーサーの指が、わたしの秘所に触れて割れ目を撫でた。
 くちゅんと音がして、愛液の存在を証明する。

「ルーサー、早くぅ」
「わっ、リン、待ってっ」

 今回はわたしの方が余裕がなかった。
 ルーサーが欲しくて欲しくてたまらない。
 いつもの彼の気持ちが少しわかった。
 昂った気持ちに導かれ、わたしが上になり、彼自身を受け入れた。

 腰を振るたびに揺れ動くわたしの胸を、ルーサーが揉み解す。
 指が時々乳首を弾いて、摘まんだりして快感を送り込んでくる。

「うぁ……、ううんっ、ああっ」

 気持ちよくて声を上げながら、背中を逸らした。
 胸から離れた彼の手が腰と背に添えられて、抱き寄せられる。
 ルーサーは繋がったまま器用に重心を移し、体の位置を入れ替えた。
 大きく足を開かされて、さらに深く貫かれた。

「あんっ、はぁああんっ」

 こぼれる声が、唇で塞がれる。
 入ってくる舌を夢中で迎えた。
 絡み合った視線がお互い熱っぽく潤む。

「……ルーサーぁ、中でいっぱい出して。わたしの心も体も未来も全部あなたにあげる」
「リン、嬉しい。大事にする。子供たくさん作って、みんなで仲良く暮らそうね」

 重ねた体を一緒に動かしながら、強く抱き合った。
 ルーサーが放った精が、わたしの中へと注ぎ込まれる。

「あ、あ、あああああっ!」

 達して、一瞬意識が飛んだ。
 穏やかな故郷の風景の中で、たくさんの笑い声に包まれて、幸せに暮らすわたし達の姿を脳裏に思い描いた。
 想像だけでは終わらない。
 この光景は、近い将来必ず訪れるわたし達の姿なんだ。




 数日後、冒険から戻ったわたし達は村に戻るべく準備を始めた。
 冒険者仲間からは盛大な送別会と、新たな門出を祝う祝福の言葉をもらった。
 ガッドやボブを始め、知り合えたみんなは別れを惜しんでくれた。
 三年間だけの冒険者生活だったけど、楽しかったな。
 村を出て学んだことは、きっとこの先も役に立つだろう。
 人生に無駄なことなんてないと思うから。

 村に戻る道中は、徒歩でのんびり移動することにした。
 ルーサーと手を繋ぎ、並んで歩く。
 そういえば、旅路はいつもわたしが先を歩いていたな。
 ルーサーを導いていたつもりだったけど、本当は後ろから守られていたんだ。
 自分の間抜けさに苦笑しつつも、今はそのことがとても嬉しい。

「あの洞窟のことだけど、大昔に魔法使いの女の人が作ったものだったらしいよ。見つけた人はあの部屋の呪いに囚われて戻って来なかったから、今まで噂だけで見つからなかったんだね」

 ルーサーが例の洞窟について話し始めた。
 ずっと昔。
 お金持ちの魔女がいて、結婚することになったんだ。
 ところが婚約者には貧しさで病に倒れた恋人がいて、彼女のために魔女を騙して、お金を得ようとしていたことがわかってしまった。
 裏切られたと知った魔女は逆上して、婚約者を呪い殺そうと、あの洞窟を作り上げた。
 何も知らずにおびき寄せられた婚約者は、宝箱を運び出そうとして閉じ込められ、復讐を果たした魔女もまた、洞窟の呪いを受けて、外に出ることはできなかった。
 あの生ける屍達の中に、魔女と婚約者もいたのかな。

「悲しいお話だね。あの宝石は魔女に幸せじゃなく不幸を呼んだんだ。お金がたくさんあっても、人は幸せにはなれないのかな」

 もったいないと思っていたけど、宝箱は地中深くに埋もれてしまって良かったのかもしれない。
 悲劇を生んだ宝石は、魔女の魂を慰める唯一の宝物だったような気がしたから。

「魔女だって復讐なんか考えなければ、幸せな人生もあったのかもしれない。諦めなければ、オレとリンみたいに、信じあえる人に出会えたのかもしれなかったのにね」
「それだけ好きだったんだよ。想いが深すぎて、裏切りが許せなかったんだと思う」

 自分で言って驚いた。
 以前のわたしなら、ルーサーの意見に同調して違う人生もあったのにと切り捨てただろう。
 何となく魔女の執着心が理解できたのは、それだけわたしがルーサーを想っているからだ。
 村を出るまでは、色恋沙汰にまったく無関心だったわたしが……。

「ルーサーも気をつけてね。わたしも嫉妬深いみたい。裏切ったら、地の果てまで追いかけて行って、この剣の錆にしてあげる」

 ふふっと微笑み、冗談のつもりで凄んだら、ルーサーはニヤリと不気味に顔を緩めた。

「それは大丈夫。オレがリン以外の女の人を好きになることなんて絶対にないから。リンこそ浮気したら、相手の男は未来永劫生き地獄を味わわせて、リンはオレが作り出した世界に閉じ込めて、二度と浮気できないように鎖で繋いで可愛がってあげるから、覚えておいてね」

 ええーっと……。
 今、さらりと怖いこと言わなかった?
 冗談に聞こえないんだけど。

 何、この黒い微笑みは?
 ルーサーの笑顔はもっとほわほわしてて、天使みたいなはずなのに。

「やだなぁ、本気にした? 冗談だよ」

 にこにこ笑って、ルーサーが抱きついてきた。
 彼の腕の中にすっぽりと収まって、わたしはたらりと冷や汗をかいた。
 蜘蛛の巣に捕らわれた蝶の気分。

「愛してるよ、一生逃がさないからね」

 耳に囁かれる甘い声も、悪魔の囁きに聞こえてくる。
 ねえ、もしかして、ルーサーって……。

 深く考えるのはやめよう。
 わたしが彼を裏切ることは絶対にない。
 きっと犠牲者も出ることはないだろう。

「早く村に帰ろう。結婚式の準備もしなくちゃいけないし、忙しくなるよ」
「うん」

 ルーサーに手を引かれて、笑顔で走り出す。
 新たな未来が待つ、懐かしい故郷を目指して――。

 END

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