憧れの騎士様

エピソード6・ルーサー編

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 久しぶりに遠出で洞窟探索に出かけることになった。
 リンは出発前から冒険者らしい仕事ができると張り切っている。
 オレ自身は冒険者という職業がそれほど好きではないが、楽しそうなリンを見ているのは好きなので、その手伝いとなればやる気もでる。

 今回の探索場所に選んだ洞窟には初めて来る。
 周辺地図も手に入れて、万全の用意をしてやってきたつもりだったけど、見つけたのは違う洞窟だった。

「あれ? ここでいいのかな? 地図だとまだ先なのに」
「きっとここは誰も発見していない洞窟なんだよ。やったよ、ルーサー! ものすごい財宝が眠っている可能性もあるんだ!」

 地図にも載っていない未開の洞窟に、オレは警戒心を抱いた。
 冒険者としては燃えるところなのだろうが、リンを危険に晒したくないオレは、何が潜んでいるのかまったくわからない未知の場所の探索は、正直言って避けたかった。
 だが、興奮して大はしゃぎしているリンに、やめようとは言えない。

「未知の魔物もいるかもね」

 苦笑して、一応注意をしておく。
 勇気があるのはいいけど、リンにはもっと慎重になってもらいたいんだけどな。




 洞窟の中は真っ暗で、明かりを灯すために魔法を使った。

「光よ、我が手に集え。ライト」

 手の平に淡い光を集める魔法。
 ところが詠唱を終えても魔法は発動しなかった。
 魔力が流れても力が発現しない。

「おかしいな、魔法が発動しない」
「え?」

 試しに他の魔法を幾つか唱えてみたけど、全て無効にされた。
 結界を破ることも考えたけど、複雑な儀式を行って張られた結界らしく、壊すためには相応の準備が必要だ。
 かなり高位の魔法使いが張った結界のようだ。

「まいったな。これじゃあ、サポートができない。他の方法を考えるから、今日は出直そう」

 魔法が使えない以上、オレは足手まといにしかならない。
 こう言えば、諦めてくれると思ったオレが甘かった。
 リンの探究心は、時に無謀とも言える行動を呼び起こすのだ。

「少しだけ入って様子を見てくる。ルーサーはここで待ってて」

 リンは荷物から松明を出して火をつけた。
 少しだけって、何かあってからじゃ遅いんだよっ。
 ああ、聞いてない。
 リンは松明で洞内を照らし、さっさと中に入っていく。

「ちょっと待ってよ、リン!」

 オレも急いで後を追った。




 リンから松明を預かって、一緒に進むことになった。
 先に進むごとに違和感を覚える。
 生き物の気配がまったくない。
 コウモリぐらいいてもいいのに、この洞窟の中には生ある者の匂いがしなかった。

「リン、戻ろう。何もないよ」
「せっかくここまで来たのよ、もうちょっとだけ行こう」

 強情を張るリンだけど、興奮は徐々に静まって、落胆の色が見え始めていた。
 可哀相だけど、オレとしては何も見つからない方がいいな。

 だが、オレはそれを見つけてしまった。
 人工的に作られたと思しき部屋。

「あ、リン見て。部屋がある」

 反射的にリンに声をかけて、後悔した。
 リンは瞳を期待で輝かせると、表情を引き締めた。

「気をつけていこう、魔物がいるかもしれない」

 頷いて、いつでも戦えるように身構えた。
 魔法が使えなくても体術がある。
 戦闘が長引きそうなら、隙を見てリンを連れて逃げよう。

 中は長方形の広い部屋だった。
 天井も高い。
 壁際に祭壇があって、宝箱が置かれていた。

 リンが蓋を開けると、宝石がぎっしり詰まっていた。
 多様な種類の宝石が燦然と光を放っている。

「すごい! これを持って帰れば、大金持ちだ。家が建てられるよ!」

 リンは宝石を目にして歓声を上げた。
 だが、オレは素直に喜べなかった。
 これは罠だ。
 施錠もなしに無造作に置かれた宝箱は、明らかに獲物を誘う餌だ。
 祭壇に仕掛けがあるに違いないと睨んで周辺を調べ始める。

「どうしたの? 嬉しくないの?」
「リン、宝箱に蓋をして。何かおかしい」

 オレの指示に、リンは不満そうな顔をした。
 渋々蓋に手をかけて、思い直したようにこっちを向いた。

「わかったよ。でも、ちょっとぐらい持っていこうよ。せめて皮袋に詰められるだけでも……」
「あ、ダメだよ、リン!」

 オレの制止は間に合わず、リンが宝石を掴んだ。
 トラップが作動して、オレ達は部屋に閉じ込められた。
 入れ替わりに開いた扉からは、一つ目の巨人――サイクロプスと無数のゾンビが現れた。
 サイクロプスはこの洞窟の番人だ。
 一緒に現れたゾンビ達は、ヤツに倒されたこの洞窟の犠牲者達のようだ。
 死者をゾンビに変える呪いまで、この洞窟にはかけられていたんだ。




 リンが宝石を宝箱に戻すと、閉まっていた扉が開いた。
 だが、魔物達は消えない。
 サイクロプスが襲ってくる。
 オレとリンは巨人の攻撃をかわして、隙を窺った。
 巨体に似合わず、動きは早い。
 外まで逃げ切れるだろうか?
 オレが囮になって、魔法が使える外まで戦いながらおびき出すか?
 しかし、そんな作戦はリンが許さないだろうしな。

「ルーサー! 外に向かって走りなさい!」

 いきなりリンがオレを突き飛ばした。
 作戦を考えていたのと、敵に全ての注意を向けていたので、とっさに受身が取れなかった。
 体は通路まで跳ね飛ばされて、尻餅をついて転がった。
 部屋の中でリンが再び宝石を掴む姿が見えた。

「リン!」

 目の前で扉が閉まる。
 すがりついて、扉を叩いた。
 くそ、岩でできているからびくともしない。

「リン! 何やってるんだよ! 早く開けて!」

 彼女の名前を叫んでいると、中からリンの声が聞こえた。

「ルーサー! わたしの声が聞こえているなら、今すぐここから出て、ギルドに行って応援を呼んできなさい! 半日ぐらいなら持ちこたえてみせる。だからルーサーも、自分にできることを精一杯やるのよ!」

 冷や汗が流れた。
 リンを置いていくって、あんな化け物の巣窟に?
 だめだ。
 サイクロプスは上級の魔物だ。
 サポートなしで、普通の冒険者が勝てる相手じゃない。

「リン、開けてよ! 一人で戦うなんて無茶だ! オレも一緒に……っ!」
「魔法が使えないのに、足手まといになるだけでしょうっ! いいから、行きなさい! 共倒れになるより、マシよ! あなただけでも生きて帰りなさい!」

 オレは彼女の意図を悟った。
 リンはオレを逃がすつもりで残ったんだ。
 自分が命の危険に晒されても、オレを助けるために……。

 中で地面を揺るがす衝撃音がした。
 サイクロプスが攻撃を始めたんだ。

「リン! だめだ、開けて!」

 オレの声は、戦闘に集中しているであろう彼女には届かない。
 拳を叩きつけても、蹴りつけても、扉にはヒビ一つ入らなかった。
 中からは絶え間なく巨人の咆哮と破壊の音が聞こえ、地響きが足下を揺らす。

「そうだ、あれなら……」

 腰に装備していた魔法剣を取り出した。
 この魔法剣は、村を出る時にじいちゃんにもらったものだ。
 戦いの場で、魔法を無効にする能力を持つ敵に遭遇した時に使うようにと言われて。

 魔法剣が作られたのは、魔法封じの結界や魔法に対抗するためだ。
 魔力を直接武器に変えるための媒体である魔法剣には、それらの影響が及ばない。
 こんな時に使わなくてどうする。
 思った通り、魔力を送り込むと魔法剣の刀身が具現化した。
 扉を破壊しようと剣を構えて、ハッと気がつく。
 ここでこの力を使ったら、リンにバレてしまう。
 今まで嘘をついていたことを知られたら、リンに嫌われる。
 どうしよう。
 そうなったら、オレは……。

 ためらっている内に、どんどん時間が過ぎていく。
 扉の向こうからリンの悲鳴が聞こえた。
 洞内が揺らぎ、壁が崩れる音がして、洞窟の天井からも土がパラパラと剥がれ落ちてきた。

 何を迷っている?
 リンが危ないのに助けに行かなくて、何のための力だよ。
 嫌われたっていい。
 リンを守るんだ。
 オレはそのために、ここにいるんだ。




 剣を振り上げて、扉を一刀両断にする。
 魔力を帯びた光が、入り口を塞いでいた岩でできた扉を爆発させて粉々に吹き飛ばした。
 サイクロプスは衝撃で怯んでいる。
 今のうちにリンを……っ!

 崩れた壁の残骸に寄りかかるように、リンが倒れていた。
 口からは血を流し、腕はだらりと垂れ下がって、全身傷だらけだった。
 脇目も振らずに駆け寄って、抱き起こした。

「ルーサー?」

 虚ろに目を開けた彼女は、オレだとわかると意外そうに呼びかけた。
 口から流れ落ちたリンの血が、抱き起こしたオレの腕に一滴落ちた。

「リン、ごめん! オレのせいだ、オレが、オレが……っ!」

 オレが迷っていたからだ。
 すぐに助けに来ていれば、こんなケガをさせなかった。
 どんなことがあっても守らなければならない人を、自分の弱さで傷つけた。

「何で、ルーサーが…謝るの? 早く逃げてよ。このままじゃ、二人とも、ゾンビに…されてしまう……」

 リンは、まだオレを逃がそうとしていた。
 自分を盾にしても守ろうとしてくれている。
 オレが弟分のルーサーだからだ。

「ルーサー、わたしこそ…ごめんね。いつも偉そうなこと言ってるのに…守ってあげられない。ルーサーだけでも逃がしたかったの。生きてて欲しかったのに」
「オレだけ生き残っても、リンがいなくちゃ生きていけない。そんなこと言わないで」

 今までオレは、彼女に甘えることばかり考えていた。
 そのツケがこんな形で返ってきた。
 自分が情けなくて、リンを失うことが怖くて、気がついたら泣いていた。
 もう、二度と同じ過ちは犯さない。
 誰にも君を傷つけさせない。
 必ず救ってみせる。

 サイクロプスが動き始めた。
 リンはびくっと体を強張らせて、オレのローブを掴んだ。

「ルーサー、早く、逃げ……」

 オレは彼女を胸元に抱き寄せて、言葉を遮った。
 オレの心配なんかしなくていい。
 後は任せて。

 魔法剣の切っ先をサイクロプスに向けた。
 圧倒的な力の差を感じ取ったのか、再び巨人の動きが止まった。

 主人の命令に忠実に従い、侵入者を葬るためにこいつは動いている。
 結界に縛られた哀れな存在だとしても、リンを傷つけるなら倒す。

「リンを傷つけるヤツは許さない。リンはオレが守る。そのためなら、誰が相手でも容赦なく戦う」

 柄を通じて、魔力をさらに送り込む。
 刀身の輝きが強くなる。
 リンが息を呑む気配がした。
 これでわかったよね。
 君の騎士が誰なのか。オレがついてきた嘘も。

 剣の光がサイクロプスを貫いた。
 魔法剣を通じて放たれたオレの魔力は洞内に広がり、岩壁に無数の亀裂を走らせて、結界を壊していく。
 ゾンビ達の体が砂に変わって、崩れ落ちた。
 結界が解けたことで、魂が解放されて土に還ったんだ。
 大小の岩が幾つも上から重なり落ちてきて、洞窟全体の崩壊が始まった。

 気を失ったリンを抱えて、魔法で体を外に転移させた。
 洞窟の入り口から離れるべく走っていると、背後で土砂崩れが起きた。
 振り返っても、大量の土ぼこりで何も見えなかった。
 視界が晴れた後には、洞窟のあった場所は完全に埋まっていた。
 ホッと息を吐いて、腕に抱いたリンを見る。

「リン?」

 彼女の肌からは血の気が失せていた。
 まずい、早く治癒の魔法を。

 リンを柔らかそうな草の上に下ろして、心臓があるはずの位置に手を当てた。
 治癒の魔法は術者の生命力を削って、相手の治癒能力を高める魔法で、普通の病気は治せない。
 有効なのは、こういった外傷を受けた場合だけだ。

 オレの手を通じて送り込まれた魔力が、リンの治癒能力を上げて、傷を塞いで正常な形に戻していく。
 一瞬、めまいがした。
 先ほど魔法剣に大量の魔力を使い、今はリンに命の源である生気と魔力を与えている。
 多少の傷ならともなく、重傷患者を回復させるには、こっちも相当の量のエネルギーが必要だ。
 下手すると、オレが死ぬかも。

 額から汗が噴いた。
 寒気がして、生気が消えていくのがわかる。
 それに比例して、リンの肌に色が戻っていく。
 呼吸も次第に規則正しく落ち着いてきた。

「リン、必ず助けるから。オレの命にかえても……」

 リンを抱え上げて、もう一度転移魔法を使う。
 街の近くまで飛んだオレは、入り口近くに取っていた宿屋に駆け込んだ。




 あれから一週間、リンはまだ目覚めない。
 街の医者や、回復魔法を専門に操れる教会の神父さんにまで来てもらったけど、目覚めないのは体力が戻っていないからだと結論づけられた。
 オレの治癒魔法は成功していると、彼らは口を揃えた。
 他に打つ手はなく、今日も眠っている彼女を抱きしめて、目覚めの時を待っていた。

 オレの心臓の音が聞こえるように。
 肌の温もりが伝わるように。
 身につけるものは全て脱いで、添い寝を続けた。

 時々、唇に口付けて反応を見る。
 幾度目かの口付けの後、リンの瞼がぴくりと動いた。
 身を起こして見守っていると、ゆっくりと目を開けたリンは、ぼうっと天井を見つめた。

「あれれ?」

 彼女は体を起こして首を傾げた。
 はだけた毛布から、裸であることに気がついて驚いている。

「夢だったの?」

 体を触って傷を確かめている彼女に、嬉しくて飛びついた。

「リン!」

 しっかりと抱きしめ、頬にキスをした。
 良かったよぉ。
 本当に良かった。

「傷は完治したのに目が覚めなくて、どうしようかと思った。治癒の魔法が間に合わなかったんじゃないかって、心配で……」

 状況を把握できないでいるリンに、あれからのことを説明した。
 自分が一週間近く寝ていたと聞かされても実感が湧かないのか、リンは半信半疑の面持ちで聞いている。
 それから、ちらっとオレと自分の体を見て、もの問いたげな顔をした。
 どうして裸なのか聞きたいのかな?

「オレの愛を伝えるには、服は邪魔だから」

 正直に答えたのに、顔面に強烈なパンチをお見舞いされた。
 うおおおおっ、痛いぃ。
 でも、リンが元気になったことが確認できて満足だ。
 鼻から血を撒き散らしながら、オレは笑みを浮かべてぶっ倒れた。

「こんな状況で冗談言わないの! こっちは死に掛けたんだから!」

 リンはオレを怒鳴りつけて、気が抜けたようにベッドの上に座り込んで泣き出した。
 え?
 もしかして、まだ傷が残ってた?
 痛いの? 苦しいの?

「リン、どうしたの? まだ、どこか痛い?」

 どうすればいいのかわからなくて、焦って様子を窺う。
 リンは涙で濡れた顔のまま、オレを見つめた。

「ど…して、嘘、ついてたの?」

 ぎくりと、顔が強張った。
 忘れていたが、リンは騎士様の正体を知ったんだ。
 嘘が何のことを指しているのか、とぼけることもできなかった。

「ルーサーが騎士様だったの? 本当は強いのに、何で隠してたの?」

 オレの嘘でリンが泣いた。
 彼女が泣くってことは、それだけ心が乱れている証拠だ。

「わたしのプライドが傷つくと思った? 自分より強いあなたを認めないとでも思ったの? それとも弱いくせに威張ってお姉さんぶっていたわたしを心の中では嘲笑っていたの? わたし、バカみたいじゃない。守ってるつもりで、守られていることにも気がつかないで、あげくの果てに、あなたが作り上げた幻の騎士様に恋をして……」

 オレはリンの優しさを欺いてきた。
 裏切ったと思われても仕方がない。
 でも、違うんだ。
 オレはそんなつもりで君の傍にいたんじゃない。

「ごめんね、リン。嘘をついたことは悪かったよ。でも、嘘までついて隠してきたのは、決して君をバカにするためじゃない。オレが強くなったことを知られたら、助けなんてもう必要ないってリンが離れて行くんじゃないかって怖かったからだ。リンには弟分のルーサーを好きになって欲しかった。だって、どんなに体を鍛えても、強力な魔法を覚えても、やっぱりオレはリンがいないとダメな泣き虫のままだったんだ」

 謝って、自分の気持ちを包み隠さず打ち明けた。
 オレって、どうしていつもこうなんだろう。
 リンの前でいい所を見せたいのに、結局は情けない告白をしてすがりつくことになる。

「リンはオレの憧れだった。いじめっ子から守ってくれて、優しく抱きしめてくれる君が好きだった。そして、そんな君だから、この手で守りたいと思ったんだ」

 さすがに愛想を尽かされたかな。
 リンの理想は頼りになる強い男だから、オレみたいな情けない泣き虫のことなんか、嫌になったかもしれない。

 かろうじて涙を堪えて俯いた。
 泣いたら、リンに迷惑だ。
 大好きな彼女に、これ以上嫌われたくない。

「もういいよ、ルーサー」

 顔を上げたら、リンの笑顔がそこにあった。

「あなたの気持ちも、わたしの気持ちもよくわかった。わたしが好きな人はルーサーだってこと。どんな時でも思うのはあなたのことだけだった。強くても、弱くても、わたしが好きなのは、いつでも一緒にいたあなただけよ。今まで守ってくれてありがとう、これからもわたしの騎士様でいてくれる?」

 聞いているうちに、オレの胸が熱くなった。
 リンは許してくれたんだ。
 オレの全てを認めて、それでも好きだって言ってくれた。
 この上ない喜びに満たされて、オレは舞い上がった。

「もちろんだよ。何があっても傍にいて守ってみせる。その代わり、リンもオレを守って。君が抱きしめてくれるから、オレは強くなれるんだ」

 リンと見つめあい、手の平を重ね合わせて握り合う。
 今言わなくて、いつ言うんだよ。
 ずっと言いたかった、求婚の言葉。
 伝える時は今しかない。

「リン、一緒に村に帰ろう。オレのお嫁さんになってくれる?」

 言えた。
 拘っていたシチュエーションは、この際どうでもいい。
 気持ちが伝わればいいんだ。
 大事にする誓いを込めた告白をして、オレは彼女の返事を待った。

 リンの頭がゆっくりと縦に振られた。
 照れくさそうにオレを見つめている。
 OKの返事をもらって、世界が輝いた。
 彼女と共にこの世に生まれてきたことを、全ての人に感謝したくなった。




 プロポーズの余韻に浸りながら、リンとキスを交わした。
 ベッドに横になって、重ねるだけのおとなしい口づけを何度もする。
 いつもなら貪るという表現がぴったりのオレの愛撫が、今日に限っておとなしすぎることに、リンは戸惑っているようだ。

「今日のルーサーはおとなしいね。いつもなら、飢えた犬みたいに飛びついてくるのに」

 静かな空気をごまかしたいのか、リンはそんな風に揶揄して笑った。
 オレは意地悪がしたくなって、ニヤリと口の端を持ち上げた。

「プロポーズの後なんだから、余韻を楽しみたい気分なの。お望みなら、いつも通りに激しくしちゃうけど?」
「あ、やだ。このままがいい」

 リンがすがりついてきて、柔らかい乳房が体に押し当てられる。
 望まれてもする気はないけどね。
 今日はじっくり責めていこう。
 病み上がりだし、激しい行為は避けた方がいい。

 頬にキスをして唇を這わせながら、耳へと移動する。
 耳朶を甘噛みして、耳の裏や中を舐めて、リンの性感を刺激していく。

「ふぁあん、ゾクゾクしてきたぁ……」

 うっとりとした声音でリンが喘ぐ。
 その声だけで、オレの興奮は高まる。
 彼女の中に入りたい衝動を抑えて、愛撫を続けるべく胸に触った。

「気持ちいい? こういうのどう?」

 手からこぼれおちそうなほど大きい膨らみを、下から包むように持ち上げて上下に揺らす。
 軽く押すように指を動かし、柔らかい肉をふにふに揉んだ。
 リンの唇からは、官能の喜びに震える息遣いが聞こえる。

「いいよぉ。ルーサーにおっぱい触ってもらうの好きぃ」

 完全にスイッチの入ってしまったリンは、別人みたいに淫らになった。
 こうなったらしめたもの。
 オレは言葉でも、彼女の欲望を引き出すために意地悪を囁く。

「触って欲しいのはおっぱいだけ?」
「全部よぉ。体中でルーサーを感じたい。あなたが欲しいの。わたしの中に入ってきて」

 リンは腰を振って、胸を押し付けてきた。
 激しくしないなんて、無理かも。
 熱に浮かされたような色っぽい目で、リンがオレを見つめている。
 愛しい彼女にお願いされて、なけなしの理性が吹き飛んだ。

 リンの足の間に手を滑り込ませた。
 指で秘所を探ると、愛液が絡み付いてきて音を立てた。
 これならいけるか。
 できるだけ、そっと静かに……。

「ルーサー、早くぅ」

 オレが慎重過ぎて待ちきれなかったのか、リンに押し倒された。

「わっ、リン、待ってっ」

 リンは起き上がってきたオレのモノに手を添えて、自分から導き入れた。
 こんな情熱的なリンを見るのは初めてだった。
 セックスは、いつもオレの方が飢えていて、渋々付き合ってくれている感じだったのに。

「あっ…、はぁ…、ああんっ」

 腰を動かされるたびに、目の前でリンの乳房が弾む。
 リンも気持ちよくしてあげなくちゃ。
 繋がった下半身から蕩けそうな快感を味わいながら、リンの乳房を揉み、乳首を摘まんで弄んだ。

「うぁ……、ううんっ、ああっ」

 リンが大きく仰け反った。
 イッたかな?
 オレもイキたい。
 繋がったまま、彼女と体の位置を入れ替えて組み敷いた。
 膝を持ち上げて足を開かせ、秘所に打ち込まれたオレ自身を深く深く沈めた。

「あんっ、はぁああんっ」

 正面を向き合い、無心で唇を貪った。
 喘ぎ声は止み、代わりにくちゅくちゅ舌を絡める音が響く。
 呼吸の合間に視線が重なった。

「……ルーサーぁ、中でいっぱい出して。わたしの心も体も未来も全部あなたにあげる」

 瞳を潤ませて、リンがオレの体にしがみついてきた。

「リン、嬉しい。大事にする。子供たくさん作って、みんなで仲良く暮らそうね」

 中で出したのは、初めて結ばれた時だけだ。
 幸か不幸か、あの時は子供ができなかったから、冒険者を続けることにしたんだ。
 リンは本気でオレのプロポーズを受けてくれたんだ。
 愛した人に応えてもらえるって素晴らしい。

「あ、あ、あああああっ!」

 リンが達する声と一緒に、オレは精を放った。
 このまま溶けてしまいそう。
 ねえ、リン。
 ずうっと一緒にいようね。
 君が応えてくれたから、オレはもう離す気なんてない。
 君はオレのもの。
 オレの全てを捧げる代わりに、オレは君の全てを望む。




 リンとの結婚が決まり、冒険者は廃業することになった。
 三年暮らした街ともお別れだ。
 せっかくできた仲間達とも会えなくなるのは寂しいな。
 酒場で送別会を開いてもらい、最後の酒盛りを楽しんだ。
 男共はどいつもこいつも大泣きしていた。
 オレとの別れが寂しいというよりは、リンがいよいよ人妻になると知って嘆いているヤツが大半だ。

「ルーサー、姐さんを幸せにしろよぉ。子供ができたら、顔見せに必ず来いよ」

 髭面を涙でぐちゃぐちゃにしながら、ガッドがオレの肩をがしっと抱き込んだ。
 その隣でボブが同じく泣きながら、リンに声をかけてくる。

「姐さん、お元気で。短い間でしたが、あなたのことは忘れませんぜ」
「ありがとう、みんなも元気でね」

 冒険者仲間の女の子達からは、花束を贈られた。
 花に囲まれて、リンは幸せそうに微笑んでいた。
 この笑顔が消えないように、これからも頑張らなくちゃ。
 オレはリンを守る騎士様だからね。




 村への帰路をリンと手を繋いで歩く。
 旅路はいつもリンが先頭で、オレが後ろをついて歩いていたけど、これからは隣を歩く。
 守られるだけの弟分はやめたんだ。

「あの洞窟のことだけど、大昔に魔法使いの女の人が作ったものだったらしいよ。見つけた人はあの部屋の呪いに囚われて戻って来なかったから、今まで噂だけで見つからなかったんだね」

 リンが眠っていた一週間の間に聞いた、幻の洞窟の噂を話した。
 恐らくあれがそうだったんだろうと確信している。
 伝え聞いた魔女が洞窟を作るに到った話をすると、リンの表情が曇った。

「悲しいお話だね。あの宝石は魔女に幸せじゃなく不幸を呼んだんだ。お金がたくさんあっても、人は幸せにはなれないのかな」
「魔女だって復讐なんか考えなければ、幸せな人生もあったのかもしれない。諦めなければ、オレとリンみたいに、信じあえる人に出会えたのかもしれなかったのにね」
「それだけ好きだったんだよ。想いが深すぎて、裏切りが許せなかったんだと思う」

 リンの言葉は意外だった。
 以前の彼女なら、恋情のもつれから起こる、人の黒い感情など理解できなかったと思うから。
 オレと恋をして、リンは変わった。
 眠っていた女性の部分が輝き始めて、新たな魅力を引き出している。

「ルーサーも気をつけてね。わたしも嫉妬深いみたい。裏切ったら、地の果てまで追いかけて行って、この剣の錆にしてあげる」

 冗談のつもりなんだろう。
 リンはわざと凄むフリをしてオレを脅した。
 それはこっちのセリフ……なんて言ったら、君はどんな顔をするだろう。
 君はまだオレの本性を理解していない。
 まあ、これからも気づくことはないだろう。
 だって、リンがオレの傍にいて、見つめてくれている限り、明かす必要もないからさ。

「それは大丈夫。オレがリン以外の女の人を好きになることなんて絶対にないから。リンこそ浮気したら、相手の男は未来永劫生き地獄を味わわせて、リンはオレが作り出した世界に閉じ込めて、二度と浮気できないように鎖で繋いで可愛がってあげるから、覚えておいてね」

 ひくっとリンの顔が引きつった。
 おっといけない、本気が滲み出ていたか。

「やだなぁ、本気にした? 冗談だよ」

 天使の笑顔を作って、リンを腕の中に閉じ込める。

「愛してるよ、一生逃がさないからね」

 オレの囁きを、リンはどう受け取ったかな。
 言葉通り、オレは君を生ある限り逃がさない。
 手始めに紙の上の契約からだ。
 その後は、幸せな家庭と満足いく性生活に溺れさせて、離れられなくしてあげる。

「早く村に帰ろう。結婚式の準備もしなくちゃいけないし、忙しくなるよ」
「うん」

 こんな歪んだ思考でも、君を愛していることには変わりがない。
 手に入れることができた最愛の人の手をとって、オレは家族が待つ懐かしい故郷への旅路を歩き始めた。

 END

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