憧れの騎士様

エピソード4・リン編・後編

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 グラディスの屋敷は、街の東の端にあった。
 高い塀で覆われた広大な敷地の中には、三階建てのメインの建物の他に、幾つもの家があった。
 白い壁の豪華な屋敷の出入り口には大理石があしらってあり、黄金の置物も据えられている。
 庭は花と緑で整然と形づくられ、噴水が潤いを与えていた。
 この屋敷が悪の巣窟なのね。
 人身売買やあくどい手口で儲けてきたに違いない。

 わたしは正面から乗り込んだ。
 まず門前で、追い払おうとしてきた門番を気絶させ、縛り上げた。
 次に、玄関のドアを蹴り開ける。

「ルーサーを返しなさい!」

 中にいた連中を大声で威圧すると、近くの部屋から用心棒が大勢湧いて出てきて、刃物や棒を持って殴りかかってきた。
 数が多ければいいってものじゃない。
 戦い馴れしているわたしの目には、彼らの動きは十分見切れるほど緩慢に映った。
 金をケチって三流のゴロツキばかり雇っているのだろう。
 一般人相手ならこの程度でも脅しが効くだろうけど、魔物相手に戦う冒険者の敵ではない。

 剣を抜くまでもなく、最初の男を蹴り倒して、持っていた棒を奪った。
 長めの棒を木刀代わりにして、数人を連続して殴り倒す。
 的確に急所を捉えて、気絶させた。

 倒れこむ男の背を踏み台にして飛び上がる。
 うろたえる敵の輪の中に着地して、体全体で円を描くように回転し、得物を振り回した。
 倒れ伏す人間で、瞬く間に床が埋まった。

「姐さん! ここはオレ達に任せて上に行ってください! 二階に明かりがついた部屋がありました。きっと、ルーサーはそこに捕まってるはずです!」

 ガッドが階段を指差した。
 背後を彼らに任せて、わたしは階段を駆けのぼった。
 上にも用心棒はいたけど、手にした棒で殴り、突き倒して、先を急ぐ。
 ルーサー、どこ?
 声を出して呼びなさい。
 昔のように、わたしがすぐに駆けつけるから。

「やめろぉ!」

 角の部屋から声が聞こえた。
 ルーサーの声。
 必死で抵抗する悲鳴のような声だった。

「ここかっ!」

 声がした部屋の前まで走り、力任せにドアを蹴破った。

「こらあ! ルーサーに何してるの!」

 怒鳴りつけられて、部屋にいた女が驚愕の表情でわたしを見つめた。
 女の服は胸元の大きく開いた紫の毒々しいドレスで、金銀の装身具が首や腕、指の先まで飾っている。
 唇も紫だ。
 赤茶色の髪は結い上げて、大粒の宝石がついた髪飾りでまとめてあった
 美人だけどキツそうな、いかにも夜の女王といった感じの熟女だ。
 この女がグラディスだ。

「な……! だ、誰よ、アンタ! 下の連中は何をしていたの!?」

 グラディスがヒステリックな声を上げた。
 わたしは彼女が屈みこんでいたベッドに目をやった。
 三人でも寝られそうな天蓋つきの豪華な寝台に、ルーサーが寝かされていた。
 シャツの前をはだけられていて、たくましい胸板をさらしている。ほのかに赤い痕がついているのは、見間違いではないだろう。虫刺されの痕ではなく、キスマークだ。
 そしてグラディスの手は、彼の股間に伸びていた。
 ズボンのジッパーが下げられていて、ルーサーのあれに触れていた。女の手の平に納まっている彼自身はおとなしくなっていたけど、様子は普通じゃなかった。
 肉棒をねっとりと濡らす液体。
 グラディスはせわしなく喉を鳴らして、唇を舐めていた。
 この女がルーサーに何をしたのか、わたしはそれで察した。

「人の大事な弟分に、何してるのよおおおっ!」

 わたしはグラディスをルーサーから引き剥がして、頬を打った。
 一応、平手だ。
 拳を使わなかった自分を褒めてあげたい。
 悲鳴を上げて、女は床に倒れ伏した。
 命令するばっかりで、戦う能力はなかったようだ。
 それだけで怯えて壁にへばりついた。

「ルーサーは返してもらうからね」

 グラディスを一瞥して、ルーサーの服を整えてあげた。
 自力では起き上がれないほど弱っていた彼を支えて歩かせる。
 下では冒険者達の歓声が聞こえていた。
 彼らの手を借りて、わたしはルーサーをアパートに連れて帰った。




 ルーサーを運ぶと、みんなは飲み直しに行くと言って夜の街へと出て行った。
 見送って部屋に戻ったら、ルーサーは起きてリビングのソファに座っていた。
 後遺症の出るような、キツイ薬じゃなかったみたい。
 もう効果は切れ掛かっている。

 わたしは部屋着に着替えて、水を用意した。
 一杯飲んで落ち着くと、ルーサーの隣に腰を下ろす。

「気分良くなった? 水でも飲む?」

 顔を覗き込んだら、ルーサーは俯いた。
 泣きそうな顔をして、膝に置いた手を握り締めている。
 落ち込んでるんだ。
 あんなことされたら、無理もないか。

「朝になったら村に帰りなさい」

 できるだけ、優しい声を出した。

「社会勉強はおしまい。ルーサーは村長さんになるんでしょう? 村に戻って仕事を覚えなくちゃ。かわいい恋人も見つけて、結婚して落ち着かなきゃね。その人のことは大事にしなくちゃだめだよ」

 頭を撫でて、抱きしめる。
 ルーサーは顔を上げて、わたしを見つめた。

「リンは帰らないの?」

 か細い声で、ルーサーが尋ねた。

「わたしは冒険者を続ける、村にもたまには戻るつもり。新しい相棒もすぐに見つかると思うし、心配することないよ。うちの両親にもそう伝えてね」

 ぽんぽんと頭を叩いて、笑いかけた。
 ルーサーの瞳に、じわじわと涙が溜まり始めた。

「オレのこと、嫌いになった? あんな簡単な罠に引っかかった間抜けだから、相棒にもしておきたくないの?」
「違うよ。ルーサーのことは好き。大事な幼なじみだから、嫌いになんかならない」
「じゃあ、どうして帰れなんて言うんだよ!」

 泣きながら抱きついてきた彼を受け止めて、ため息をつく。
 泣きたいのはこっちだよ。
 ばか。

 わたしはルーサーを体から引き離して立ち上がった。
 彼に背中を向けて、別れを告げるべく息をつく。

「親の目の届かない場所で、気楽に過ごして遊びたいのはわかるけど、わたしをダシにするのはやめてよね。もう、ルーサーとは一緒にいたくない。離れなくちゃいけないの」

 離れないと、わたしがつらくなる。
 今度のことではっきりわかった。
 ルーサーは、わたしが好きなんじゃない。
 村を出る口実に利用しただけだ。
 その為に連れ歩きたくもない女と、三年も一緒に暮らすなんて本当にバカだ。

「ルーサーは誰にもわたしのことを言わなかったんだね。酒場はお酒が飲めない人は楽しめないってわたしに言って、人には相棒は男だなんて嘘までついてさ。女と同居なんて言ったら、必ず勘違いされる。その気もないのに誤解されるのって嫌だよね。もっと早く気がつけば良かった。好きになる前に知ってたら、こんなに苦しい思いをしなくてすんだのに」

 泣くもんかと思っていたのに、涙が出てきた。
 今までの楽しかった思い出が色褪せて、粉々に壊れていく。
 彼を愛しいと思うから、その分だけ悲しかった。

「違う! そうじゃないんだ!」

 背中にルーサーが抱きついてきた。
 振り払おうとして、バランスを崩し、抱えられたままソファの上に転がった。
 
「何するのよ、離しなさい!」
「嫌だ! 話を聞いてよ!」

 暴れるわたしをソファに組み敷いて、ルーサーは首筋に顔を埋めた。
 肌に唇が触れて、吐息がかかった。

「オレは怖かったんだ。リンが他の男と親しくなって、オレから離れていくのが怖かったんだよぉ!」

 ルーサーはそう叫ぶとまた泣き出した。

「帰れなんて言わないで。リンがいない村に帰りたくない。オレを捨てないでぇ」

 わたしを誰にも紹介しなかった理由を聞かされ、あ然とする。
 子供みたいな独占欲だ。
 すがりついて泣いている姿を見ていると、小さな頃、わたしの後ろを泣きながら追いかけてきていた彼を思い出した。




 村を目指して、わたしは森の中を走っていた。
 ルーサーがその後ろを追って懸命についてきている。
 二人で遊んでいて、気がついたら夕暮れで、急いでいたんだったかな。

「ルーサー、早くおいでよ。置いてくよ」
「リンちゃん、待ってぇ。置いていかないでぇ」

 わたしは立ち止まって振り返り、足の遅い彼を待った。
 半泣きで追いついてきたルーサーは、そのままわたし目掛けて飛びついてきた。
 後ろは柔らかい草地で、一緒になって倒れこむ。

「もう、何するのよ」
「置いていっちゃやだ。リンちゃん、お願い、先に行っちゃやだよぉ」
「置いてかないよ、ルーサーは泣き虫だね。わたしがいないとだめだなぁ」

 ぎゅうって強く抱きしめた。
 小さな体はふわふわ柔らかかった。
 大好きだ。
 わたしはこの子が一番大好き。
 泣き虫でも、弱くても、彼がとっても優しくて、かわいい笑顔の持ち主だって知っているから。




 蘇ってくる温かな記憶。
 大の男が泣く様なんて気持ち悪いだけだけど、ルーサーは別。
 わたしは彼が好き。
 泣きながらでも、わたしを求める彼が好きなんだ。

「捨てないよ。大好き」

 腕を伸ばしてルーサーに抱きつき、顔を寄せて唇を重ねた。

「泣き虫のルーサーには、わたしがついてないとだめなんだね」
「うん、リンがいないとだめ」

 言葉のやりとりの間に、唇が彼のそれと何度も重なる。
 舌を絡めてちゅっと吸いつく。

「わたしもだめ。ルーサーがいない生活なんて、考えられない」

 別れようって思ったけど、できるわけなかった。
 求めてくれるなら、わたしは全てをあげようと思う。
 大好きな彼に抱かれたい。
 理想と現実は必ずしも一致しない。
 あれだけ頼れる男に憧れていたのに、わたしが選んだのは泣き虫の守ってあげなきゃいけない弟分だった。
 おかしいね。
 でも、これが本当の気持ちだ。

「ベッドに行こう。わたしが欲しいならついてきて」

 自分の部屋のドアを開けた。
 初体験を済ませるには色気のない部屋だけど、贅沢は言えないな。
 ルーサーはついてきていた。
 中に入って服に手をかける。
 脱いで、胸を覆っていた布も外し、下腹部を隠す布一枚になる。

「来て、受け止めてあげる」

 それすらも取り払い、わたしは彼に向けて、両手を差し出した。




 ベッドの上で、裸でもつれ合いながら、わたしとルーサーは互いを高めていった。
 彼の胸元についた赤い痕をなぞるように、唇で追う。
 他の女が触れた箇所を、清めるつもりで丹念に舌で舐めていく。

「たくさんつけられたね。大丈夫、ちゃんと消毒してあげる」
「うん……」

 はぁとルーサーの吐く息に艶が混じった。
 感じてるんだ。
 もっともっと喜ばせてあげる。

 わたしは彼の股間にも手を伸ばした。
 彼自身に触れて撫で、顔を寄せて舌を這わせる。
 逆さに跨って肉棒を咥えて愛撫に没頭していたら、ルーサーの手がわたしの胸を揉み、舌で秘所を舐めてきた。
 体位なんて知らなかったけど、自然な流れでそうなった。

「う……、うん……」

 ぴちゃぴちゃってどっちからも音がする。
 わたしは達しそうになって、腰を振っていた。

「あ、あんっ、あう、やぁあああっ」

 一度口を離して声を上げた。
 体がぴくぴく痙攣した。
 秘所から蜜が溢れて、滴っていくのが分かる。

「ん…はぁ……、ごめんね。先にイッちゃった」

 また咥えようとしたら、ルーサーがいいよって止めた。
 体の位置を入れ替えて、今度はわたしが下になった。

「かなり濡れてる。入れてもいい?」

 頷いて、足をゆっくり広げた。
 ルーサーはその間へと体を進めて、濡れそぼったそこに自分のものを当てた。

「痛かったら言って、すぐやめるから」
「うん、来て」

 力を抜いてその時を待つ。
 ルーサーがゆっくりと侵入してくる。
 鈍い痛みを感じて、顔をしかめた。
 濡れているといっても初めてだ。
 なかなかすんなりとは入ってくれない。
 で、でも我慢できないほどじゃない。
 こんなの魔物と戦った時にできる傷とかに比べたら何でもない!

  「う、うう……」

 目にじわっと涙が滲んできた。
 そしたらルーサーがキスしてきた。

「愛してるよ。君がずっと欲しかった」

 わたしは彼にしがみついた。
 首に腕をまわして抱きつき、一体感を得ようとする。

「ルーサー、好き。大好き。あ、愛してるよぉ」

 ぐっと奥まで押し込まれた。
 完全に入った?
 今、ルーサーと一つになってるんだ。

 痛みが治まりかけたと思ったら、ルーサーが動き始めた。

「ああっ!」

 痛いのと幸せな気分が混ざり合い、わたしは声を上げていた。
 何にも考えられなくて、夢中で繋がっている彼の体を抱きしめる。
 爪を立てていたけど、ルーサーは痛みを顔に出さなかった。
 愛してるって甘い声で何度も囁いてくれた。
 彼も初めてだったせいか、最後は余裕がなくなってて中に出されてしまった。
 いいか。子供ができたら、冒険者をやめて村に帰ろう。
 ルーサーの奥さんになって、平穏に暮らすのもいいかなと思った。




「リン、痛かった? ごめんね」

 ルーサーは腕枕をしてくれて、初めて男を受け入れた体をしきりに心配していた。
 彼の気遣いが嬉しくて、微笑む。

「平気だよ、でも今日は眠らせて。次はもっとさせてあげるから」
「うん、おやすみ」

 いちゃいちゃとキスしたりして、十分余韻を楽しんでから眠りについた。
 幸せだぁ。
 大好きな彼に愛されて、わたしの初体験は満足のいくものとなったのだった。




 翌日の朝は、なかなか起きられなかった。
 秘所には違和感が残って微かに痛むし、体もだるかった。
 ルーサーは先に起きていったみたい。
 目が覚めたらいなかったんだ。
 隣にあったはずの温もりが消えていて、少し寂しかった。
 初めての朝ぐらい、一緒にいてくれてもいいじゃない。

 起きてリビングに顔を出すと、ルーサーが笑顔で「おはよう」って言ってくれた。
 それだけでわたしの機嫌は直る。
 恋とは不思議なものだ。




 昼食は外食にしようと、二人で街に出た。
 腕を組んで並んで歩き、食堂街へと足を向ける。
 途中で、ガッドとボブに出会った。

「昨日はありがとう、助かったわ」
「いやいや、姐さんのお役に立てて嬉しいですぜ」

 声をかけると、二人は照れたように笑った。
 顔が赤いけど、お酒でも飲んだのかな。
 飲むなとは言わないけど、昼間からは感心しないな。

 ルーサーが絡めた腕を引き寄せた。
 むっとした顔で彼らを見ている。

「昨日のことは感謝してるけど、リンはオレのだから、手ぇ出さないでね」

 ルーサーの声は低く脅しが効いていた。
 びくっと二人は肩を跳ね上げ、首を縦に振った。

「も、もちろんだ。それに姐さんにはキツイお灸をすえられたからな。オレ達は憧れてるだけさ」
「そうそう、知ってるか? あの後、グラディスの屋敷に謎の男が現れて、誘拐されていた男女を解放して、屋敷をぶち壊したらしい。一味は全員お縄について、領主の裁きを受けるために、今朝護送されていったんだってよ。あれだけ余罪があれば、極刑は免れられないだろうなぁ。ほら、これがその号外だ」

 話題を変えようと、ボブが差し出した新聞には、謎の英雄現ると見出しがついていた。
 捕まった連中の供述によると、光の剣を操る謎の男が、未明にアジトに押し入ってきて、捕らえられていた人達を助け出し、屋敷を破壊して立ち去ったのだということだ。
 そして自警団の詰め所のポストには、屋敷から持ち出されたらしい悪事の証拠となる書類が投げ込まれていたそうだ。
 光の剣って、もしかして騎士様!?
 えーと、何々……姿は黒尽くめの上に覆面で、素顔も何もわからないのかぁ。残念。

「騎士様がこの街に現れたんだ! ルーサー、騎士様はやっぱりわたし達を見守ってくれてるんだね!」

 わたしはルーサーと組んでいた腕を離して、うっとりと空を見上げた。
 騎士様は悪を挫き、弱きを助けるヒーローなのよ。
 きっとすごい剣の達人に違いない。
 剣士のわたしにとって、彼は目標でもあった。
 本物の恋を見つけて、浮かれた熱は冷めてしまったけど、騎士様はやっぱりわたしの憧れの人だった。

「リンにはオレがいるのに、もう騎士様なんていいじゃないかぁ」

 ルーサーが抱きついてきた。
 わたしは彼を引き剥がし、べしっと頭を叩いた。

「ルーサーも騎士様を見習って、もっと頼りがいのある男にならなくちゃ。これからは甘えさせてあげない。わたしが付きっ切りで鍛えてあげるから、覚悟してね」

 わたしの恋人になったからには、びしびし鍛えてあげるから。
 そうよ、理想の男は待ってるんじゃなくて、作ればいいんだ。
 呆然としているルーサーに向けて、にっこりと微笑む。
 育て甲斐がありそうだ。
 頑張れば、たまには甘えさせてあげるからね。

 END

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