憧れの騎士様
エピソード4・ルーサー編・前編
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リンは昔から父さんみたいな強い冒険者になると言っていた。
彼女の父さんは、筋骨隆々とした大男で、顔も相応に厳つく、眉毛も太く繋がっていて迫力がある。
ひと睨みで敵を退散させる眼力の持ち主の上に、剣の達人でもある最強の男だ。
リンの理想とする頼れる男とは、恐らくおじさんのようなタイプなのだろう。
外見だけでいうなら、オレとは正反対だ。
オレはリンに内緒で、おじさんの指導を受けていた。
剣ではなく、体を鍛えることについてアドバイスをもらっていたのだ。
オレがリンへの恋心を打ち明けた時、おじさんはこう言った。
「リンを惚れさせることができたら、認めてやるよ。これでもオレはお前のことを気に入ってんだぜ。あのじゃじゃ馬も、お前がもらってくれなきゃ、一生独り身で通しそうだしな」
一番の難関である彼女の父親を味方につけてはいるものの、オレとリンの関係は相変わらずだ。
騎士の正体と魔法剣のことを打ち明ければ、もしかすると一気に進展できるかもしれない。
しかし、話すきっかけをつかめずに、オレは未だにリンの弟分に納まっていた。
「ルーサー、頼むよ。彼女がどうしてもお前に相談したいって言うんだよ」
手を合わせて拝むように頭を下げたのは、冒険者仲間のジャックという男だった。
何でも最近付き合い始めた彼女が、オレの評判を聞いてぜひ相談したいことがあると言っているそうだ。
オレは冒険者仲間の間では、トラブル処理の強い味方と認識されているらしい。
込み入った話らしく、酒場の席も予約済みで、さらに奢ってくれるという。
別に奢ってもらわなくてもいいけどな。
相談には乗るし、アドバイスもするけど、大して面識のない相手に深く関わる気はない。
そのことについて念を押すと、ジャックはもちろん彼女も心得ていると頷いた。
「わかった、引き受けるよ。それで、待ち合わせは……」
当日、ジャックは仕事があって行けないそうで、フェイルという名の彼女とその友人達と会うことになった。
面識がないと渋い顔で言ったら、向こうはオレを知っているから、待ち合わせ場所へ行けば声をかけてくるということだった。
胡散臭さも感じたが、ジャックとはそれなりの付き合いがある。
かわいい彼女の頼みだからと拝まれては、無下にもできなかった。
オレだってリンにお願いされたら、何でも叶えてあげようと奔走するだろうから、気持ちはわかる。
日にちと時間を聞いて、店の名前も聞いた。
ブーンブルドか。
行ったことはないけど、その店って悪い噂があるんだよな。
客が時々行方不明になるとか……。
まあ、用心していけば大丈夫だろう。
約束の日が来た。
サイフにしている皮袋に飲み代分のお金を入れた。
奢ってくれるとは言われているけど、文無しで行くわけにもいかない。
おっと、そろそろ着替えなくちゃ。
袋をテーブルに置いて、出かけるための身支度を始めた。
よそ行き用のシャツに袖を通して、ズボンも履き替えた。
鏡の前で髪に櫛をあてて調え、身だしなみのチェックをする。
「ルーサー、今夜は遅くなるの?」
支度をしているオレに、リンが尋ねてきた。
「うん、相談ごとがあるんだって。何時になるかわからないから、先に寝てて」
「じゃあ鍵は持っていきなよ。遅くなったら、気をつけて帰ってきなさい」
リンに見送られて、オレはアパートを出た。
ん? 何か忘れているような……。
思い出せない。忘れ物があったら取りに帰ればいいか。
フェイルとその友達とは、すぐに会えた。
先に来ていた彼女達は、オレが待ち合わせ場所に現れるなり、声をかけてきた。
みんなそれなりにかわいい子だ。
だが、リンを愛するオレにとっては、どんな美女でもただの人だった。
「はじめましてぇ、わたしがフェイルですぅ」
「きゃー、ルーサーと飲みに行けるなんて信じられなーいっ! 楽しみで眠れなかったのよぉ!」
「近くで見てもカッコいい! 彼女とかいるのぉ!?」
「いるに決まってるでしょ。ねえ、遊びでいいから付き合わない?」
ぎゃあぎゃあとけたたましく、四人の女達は騒ぎ始めた。
全員女か。
この異様なテンションの高さにはついていけない。
彼女達は最近になってこの街に来た冒険者だという。
四人で組んで仕事をしているのだと、早口で自己紹介を聞かされた。
「それで、相談てのは……」
さっさと済ませて帰りたくなった。
リンの傍で静かに本でも読んでいたい気分だ。
ジャックの頼みでなきゃ、帰っているところだ。
「相談はお店の方でじっくりとね。奢りだから、遠慮しなくていいよぉ」
左右から腕にしがみつかれた。
歩きにくいけど、振り払うのも、雰囲気が悪くなるかとできなかった。
四人に連行されるがごとく街を歩いていたら、ガッドとボブに出会った。
この二人も、オレの親しい冒険者仲間だ。
山賊みたいな風貌だが、ガッドは気のいい男だ。
少々短気で女に飢えているのが欠点だが、相棒のボブ共々、オレとは仲が良くて相談にも乗っているから、一目置いてくれている。
「おう、ルーサー。いいなぁ、美人ばっか侍らせて。オレ達もお供させてくれよ」
ガッドがニヤニヤと女達を見やる。
彼女達は露骨に嫌そうな顔をして、早く行こうとオレを急かした。
「悪い、今日はこの子達の話を聞かなきゃいけないんだ」
相談事だから他のヤツは誘えない。
そう言って断ると、二人は残念そうな顔をした。
「何だ、また相談持ち込まれてんのか? 今日はどこの店に行くんだ?」
「ブーンブルドだよ。近いうちにいつもの店にも顔出すから、今度一緒に飲もう」
話していると、フェイルがオレの腕を引いた。
「ルーサー、早く。予約してあるんだから!」
オレがガッド達と別れの言葉を交わすなり、女達はオレを引っ張っていく。
何を慌てているんだろう。
様子がちょっとおかしいな。
ブーンブルドは街一番の大きな酒場だ。
高級を売りにしているこの店は、酒も値の張る品しか置いていない。
悪い噂以前に、冒険者の収入で気軽に入れる店ではないのだ。
「大丈夫なの? ここって高いんだろ?」
フェイル達に確認を取ると、大丈夫だと返された。
予約されていた席は奥の方にあり、衝立で仕切られ、コの字型にソファが配置されている。
オレを中央に座らせて、四人は左右に分かれて席に着く。
注文も先に済ませていたのか、落ち着くなり、酒と料理が運ばれてきて、テーブルの上に並べられた。
「さあさあ、支払いのことは気にしなくていいの。なんたってオーナーの奢りなんだから。飲んで、飲んで」
手渡されたグラスに酒を注がれた。
オーナーの奢り?
どういうことだ?
相談があるのは、この店のオーナーなのか?
「それで相談て何? 誰が困っているんだ?」
早く話を済ませようと尋ねると、女達は笑みを浮かべるだけだった。
「その話は後でいいじゃない。ほら、まずはお近づきの印しにお酌させてよ」
仕方なく、酒を飲む。
オレは酒には強い方だけど、今日は妙に早く酔いがまわってきた。
変だな、まだ二杯ほどしか飲んでないのに。
視界がぐらぐらしてきた。
気のせいか人数が増えているような気がする。
「どうしたの? 気分でも悪い?」
「シャツのボタンを外してあげましょうか、楽になるわよ」
両隣に座った女達が、オレを気遣う言葉をかけてくれた。
肩に、服に女の指が触れる。
触って欲しくなかったけど、振り払う力が出なかった。
うーん、体が重い。
自然に両脇の女にもたれかかってしまう。
問いかけの言葉も遠くに聞こえる。
聞き取るのも面倒になってきて、適当に相槌を打っていた。
ぼうっとしているところに、いきなり床を踏み鳴らす大きな音が響いた。
びくんと体が跳ね上がり、音の出所を見る。
なぜか、リンがいた。
怒りに燃えた形相で、オレを睨みつけている。
どうして、リンがここに?
それに何を怒っているんだ。
リンはぴくぴく顔を引きつらせながら、笑顔を作った。
作り笑いだって誰が見てもわかるほど、不自然な笑みだった。
「忘れ物を届けに来てあげたの。ずいぶん楽しそうじゃない。かわいい子に囲まれて飲めるからって、浮かれてサイフを忘れるなんて、ルーサーは慌てん坊だね」
は?
待ってくれ! オレはそんなつもりは微塵もなかった。
ただ相談に乗ってあげるつもりで来ただけで……て、うわあっ、いつの間にこんなに女が増えてるんだ!
オレのいる席には最初の四人だけでなく、十人近くの美女が集まってきていた。
その真ん中に座っていたら、ハーレム状態でウハウハの男にしか見えない。
違うんだ、リン! これは誤解だ!
こ、声が出ない!?
体も動かない!
しまった、酒に薬を盛られたのか!
リンが皮袋を投げつけてきた。
胸に当たって膝の上に落ちてきたそれは、オレのサイフだった。
忘れていたのを、持ってきてくれたんだ。
「今夜は存分に楽しんでおきなさい。心残りがないようにね」
リンはオレを冷たく一瞥すると、踝を返して歩き始めた。
待って!
行かないで!
もがいても、女達にたやすく押さえつけられてしまうほどの抵抗しかできない。
リンが店を出て行くのを、オレは見ていることしかできなかった。
「彼女の言う通りだわ。心残りがないように楽しまなくちゃ」
「ごめんなさい、ルーサー。これも仕事なの」
フェイルが口移しでオレの口に酒を注ぎこんだ。
仕事……?
そうか、最初から仕組まれていたんだ。
ジャックはこいつに利用されたのか。
くそ、オレとしたことが、こんな単純な罠に引っかかるなんて……。
意識が次第に薄れて、オレは微かな揺れを感じながら、どこかに運ばれていった。
んん……。
ここは、どこだ?
薄目を開けると、豪華な内装がまず飛び込んできた。
天蓋つきのベッド、壁には金の額縁に飾られた巨大な絵画。寝転んでいるベッドに敷かれた寝具は、手触りから高級品だとわかった。
オレの部屋じゃない。
酒場でもないようだ。
「目が覚めたのね」
知らない女が、オレの顔を覗き込んでいた。
紫の露出の多いドレスを着た女だ。
年は若くない。
おばさんと言えば殴られそうな、微妙な年恰好の美人だった。
「わたしはグラディス。あなたのことを気に入ったから、冒険者の女達を雇ってここまで連れて来てもらったのよ」
グラディスと名乗った女は、艶めかしい指使いでオレのシャツのボタンを外した。
くそ、体がまだ動かない。
ブーンブルドのオーナーってのは、こいつだな。
オレは誘拐されたのか。
「すぐには売らないわ。わたしも楽しみたいもの。女は処女だと高い値がつくけど、男はテクニックがある方が喜ばれるしね。たっぷり時間をかけて仕込んであげる」
遠慮します。
……と、言いたいのに、声が出ない。
あ、やめろ!
グラディスの舌がオレの裸の胸元を這い回り、唇で肌をきつく吸い上げたりしてくる。
き、気持ち悪い!
リン以外の女にそんなことされても、嬉しくなんかないんだよ!
ズボンのジッパーが下げられ、股間をまさぐられる。
うわあああっ。
女にイタズラされるなんて、考えたこともなかった。
オレ犯されちゃうのかなぁ。
やだよ、初めてはリンがいいんだ。
「ふふっ、立派なものを持っているわね」
グラディスは舌なめずりをしながら、オレの股間に顔を近づけた。
手で撫でて刺激を与えつつ、起き上がってきたオレ自身をペロリと舐め上げた。
「まずは味見をさせてもらうわ」
文字通り味見をされる。
ぱっくりと肉棒を咥えられ、じゅるじゅると絡みついた唾液と一緒に吸われていく。
絶妙な舌使いで翻弄され、オレの意思とは無関係に射精できるほどにまで高められた。
いやだぁ。
男にだって選ぶ権利ってものがあるだろう。
女なら誰でもいいってわけじゃない。
オレが出したいのは、リンの中だけなんだ!
「やめろぉ!」
声が出た。
でも、同時に射精もしてしまった。
女の喉にオレの体液が飲みこまれていく。
全てを奪われたような喪失感で絶望の縁に落とされた。
「さあ、次はいよいよ本番よ」
グラディスの指が再びオレのものに触れた。
ああ、もうだめだ。
オレは犯されて売り飛ばされるんだ。
最後に見たリンの冷たい目を思い出す。
誤解を解くことができなかった。
愛してるよ、リン。
どんなに体を陵辱されても、オレの心は君だけのものなんだ。
諦めて目を閉じた。
閉ざされた視界の中で部屋のドアが蹴破られる音がして、グラディスが悲鳴を上げた。
その悲鳴に被さって、侵入者の怒鳴り声が聞こえた。
「こらあ! ルーサーに何してるの!」
この声はリンだ!
目を開けたら、開け放たれた出入り口を背に棒を構えたリンが、グラディスを睨みつけているのが見えた。
「な……! だ、誰よ、アンタ! 下の連中は何をしていたの!?」
うろたえて喚くグラディスには構わずに、リンはオレの方を見た。
胸から股間へと視線が動き、徐々に怒りで顔が赤くなっていく。
「人の大事な弟分に、何してるのよおおおっ!」
リンはグラディスに飛びかかり、その頬を平手で殴った。
一発殴られただけで、グラディスはすっかり怯えて壁にへばりついた。
「ルーサーは返してもらうからね」
リンはオレの服を整えて、起こしてくれた。
彼女に支えられて、部屋を出る。
階段のところまでたどりつくと、下から勝ちどきの声が上がっていた。
冒険者仲間が集い、オレを助けに来てくれたようだ。
「みんな、ルーサーを助けるのに協力してくれたんだよ」
リンはみんなが動いたのはオレのためだと言ったが、それだけではないことは雰囲気でわかった。
誰も彼もが彼女のことを姐さんなんて呼んで、馴れ馴れしくしている。
オレが捕まっている間に何があったんだ?
彼らの手で運ばれながら、オレはいいようのない不安に襲われた。
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