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「ふう……」
調合器具が並ぶ机の前に座り、ヴィオラートはため息をついた。
おもむろに、机上に置いてあったにんじんを掴み、生のまま齧る。
大好物をもしゃもしゃと咀嚼しつつ、彼女は窓の外を見た。
まばらな民家と畑ばかりだった村の風景は一変しており、メルヘンチックなお城もどきの建物があり、ぷにぷにの像が至る所に設置され、村外れだった通りに新たにできた雑貨屋の屋根にはデフォルメされた巨大な熊が鎮座している。
自宅の周囲をそんな怪しい建造物で囲まれたブリギットが、せっかく建てた上品で優美な屋敷が台無しだと文句を言っていたが、村長が建築に乗り気だったのでどうにもならなかった。
カロッテ村はキワモノ系の村として、カナーラント王国中に認知されつつあった。
「最近、村に来るお客さんは女性や子供が多いみたい」
彼らはかわいい物を求めてやってきているという。
その反面、年配の村の住人や男性の旅人や商人などは、異様な村の風景にドン引きしていた。
「お店を繁盛させるには、そういう商品をもっと置かないと……」
もぐもぐと口を動かしながら、店内に置かれた棚の様子を思い出す。
「でも、今まで作った物も結構溜まってきたしなぁ」
コンテナに詰め込んだ在庫の山のことも考えてヴィオラートは頭を抱えた。
ヴィオラートがいる場所は、一階奥の台所のスペースで、店舗のスペースとはカーテンで仕切られている。
見えない程度にしか隠していないので、匂いや声などは伝わってしまう。
店には、それなりにお客がいるようだった。若い女性の明るい声が複数聞こえてくる。
お店番はロードフリードに頼んである。
店に入ってきたお客さん達は、始めは商品について尋ねているのだが、なぜか最後は彼のプライベートに踏み込んだ話をしようとする。
「次にお店番をされるのはいつですか?」
「良かったら、仕事が終わった後に一緒にご飯でも……」
「お付き合いされている方はいらっしゃるのですか?」
こんな調子で次から次へと女性達が話しかけている。
対するロードフリードはといえば、反応するでも邪険にするでもなく、購入意思のあるお客さんを優先して接客し、質問については曖昧に受け流し、誘いにはやんわりと断りを入れていた。
幼い頃は気にしたこともなかったが、ロードフリードは当時から見目麗しい美少年だった。
成長しても整った顔立ちは変わらず、目の前で彼に一目惚れをする女性を目撃することが増えて、戸惑うことが多々あった。
それでも平静で見ていられるのは、ロードフリードが誰に対しても一歩引いた態度をとっているからだろう。
(あたしが一番仲良いんだもん)
彼の方にその気がなくても、女性に囲まれている様子はちょっとだけ面白くなくて、そんなことを考えてしまう。
ただ、店のことを考えれば、ロードフリードの集客力は手放せない。
クラーラも客寄せにはなってくれるが、留守を頼むと勝手に値引きセールを始めるので、あまり任せていると店が潰れてしまう。
「まずは在庫をどうにかしないと。また福引してもいいけど、何か新しいことやりたいな」
お客さんに喜んでもらえるサービスを。
ヴィオラートは最近の客層と照らし合わせて知恵を絞った。
夕方になり、出入り口の扉には閉店の木札がかけられた。
ヴィオラートはロードフリードと一緒に、売れた商品と、売り上げ金、物々交換で得た品を確認していた。
バルトロメウスも帰宅していて、三人で机を囲んでいる。
「うう、また酔っ払いのおじさんが来たのー? あの人貴重なアイテムをくれるのはいいんだけど、いつも嫌な従属効果や生ゴミの匂いがついてるんだよう」
生ゴミ臭いローレライの鱗を個別に袋に詰めて、ヴィオラートはむせび泣く。
明日、クリエムヒルトの雑貨屋に売りに行くのだ。
毎度、生ゴミ臭いアイテムを押し付けているのだが、クリエムヒルトは笑顔で買い取ってくれる。商売人の鑑である。
「ヴィオ、店に置いてある商品は女性に人気なのかな? 最近妙に女の子のお客さんが増えた気がするんだけど」
ロードフリードの発言に、ヴィオラートとバルトロメウスは顔を見合わせた。
店に置いてあるのは、妖精さんの道標、アントヴォルト箱、ぷにぷに玉、海の星などである。取り立てて女性用の商品ではない。
明らかに、客の目当ては店員の彼だ。
「お前、鈍いのか鈍いフリしてるのか、どっちだよ」
バルトロメウスがうんざりした顔をする。
「人は増えたけど、冷やかしの人の方が多かったりするんだよね」
ヴィオラートが酒場で噂話を仕入れた時、店の評判も同時に教えてもらっていた。
若い女性の間で、カッコいい店員がいる店と噂が広まっていたということだった。
数人で訪れて、そのうちの一人が商品を買う程度だ。外から窓越しに見て、満足して帰る人もいる。
こういった人達を、なんとかして購買層に結び付けたい。
「なんか甘い食い物とか置くか? 女性の客だと妖精の人形とかも売れそうだけどな」
「人形は雑貨屋さんでも売ってるよ。それより在庫を売りたいんだけど」
コンテナから商品を取り出して並べてみる。
爆弾に楽器、アクセサリーに薬など、種類は様々でどれも少量だ。
参考書で作り方を覚え、とりあえず作ったものの、酒場での依頼はなく、店に並べても売れずにひっこめた物ばかりだ。
「これに何かおまけをつけたいの」
「んー、おまけか。いつもの福引だとだめなのか?」
「ちょっと違うことをしたいの。女性のお客さんが喜ぶようなものをおまけに……」
ヴィオラートは呟きながら、ロードフリードを見つめる。
目が合うと、彼はにっこり微笑んだ。
カッコいいなぁと、ヴィオラートは心の中でこっそり惚気た。
ふと、目の前が明るく開けた気がした。
「そうだ、握手券とかどうかな?」
名案を閃いたと、ヴィオラートは手を打った。
他の二人から、怪訝そうな視線が向けられる。
「握手?」
「何だそれ?」
「券と引き換えにお客さんと握手するの。ほら、有名な人なんかに出会うと、握手してくださいってやるじゃない」
カロッテ村のような田舎には滅多に来ないが、都会には舞台の役者や作家など、それなりに有名人がいて、サイン会や握手会などもたまに行われているらしい。
趣旨は理解できたものの、男二人はまだ疑問が残った顔をしている。
「それはわかったけど、この辺に皆が会いたくなるような有名人なんているの?」
「伝手もなしに呼ぶとなると、すごい金がかかるんじゃねぇか?」
二人の問いに、ヴィオラートは首を横に振った。
「呼ぶ必要はないよ、握手会の主役はロードフリードさんだから」
「ええっ!」
「ああ、なるほどな」
驚くロードフリードと、納得するバルトロメウス。
「ちょ、ちょっと待って、ヴィオ! 商品に、俺と握手する券をつけるってこと?」
狼狽えたロードフリードが、ヴィオラートに詰め寄る。
ヴィオラートは可愛らしい笑みを浮かべて、元気よく頷いた。
「うん、在庫の分に全部ね。大丈夫! 百個限定にするから! 握手会は後日イベント広場でやるの、村長さんに言えば絶対許可してくれるよ!」
「いや、そうじゃなくて、俺と握手したがるお客さんなんていないと思う」
「そんなことないよ、すごく売れるって。握手するだけだから! お願いっ!」
ヴィオラートに上目遣いで懇願されると、ロードフリードは断れなくなってしまう。
幼い頃から愛おしく思ってきた彼女の頼みなら何としても叶えてあげたい所である。
「……わかったよ。だけど、人が来なかったら握手会は中止にして欲しい」
「うん! ありがとう!」
了承を貰ったヴィオラートは大喜びだ。
そこで二人のやり取りを見ていたバルトロメウスが口を挟んだ。
「女だけでなく、男の客も集めるなら、いい方法があるぞ」
彼は在庫の山から育毛剤【種子】を取り出してニヤリと笑った。
「昨年のカロッテ村美人コンテストの優勝者! 謎の美女ローディちゃんとの握手券……うわわっ、剣を抜くな! こっちに向けるなー!」
言い終わらないうちに、ロードフリードの剣が喉元に突きつけられていた。
「二度とやらないって言っただろ! 嫌なことを思い出させるなっ!」
怒りに震えるあまり、ロードフリードは尋常ではない殺気を放っていた。
あの時も人数が足りないからとヴィオラートに頼まれて女装し、絶対バレると冷や冷やしてステージに立ったにも関わらず、結果は村一番の美女クラーラを抑えて優勝してしまったのだ。熱狂的な男どもの歓声や熱を帯びた視線を思い出すと未だに鳥肌が立ってくる。
「俺は、俺は観客席で、可愛く着飾ったヴィオを見て応援したかったんだ! 同じステージに立ちたかったんじゃないんだ!」
美人コンテストの件は、かなりのトラウマになっているようだ。
彼は剣をしまうと、部屋の隅っこに移動して膝を抱えてしまう。
自分が発案者であっただけに、さすがのバルトロメウスもバツが悪くなったのか、育毛剤を引っ込めて宥めに入った。
「俺が悪かった。反省してるから、これからは絶対に話題にしないって」
「次言ったら、お前にも女装させて同じ目に遭わせてやる」
隅っこで話す二人を見ながら、ヴィオラートはこっそり手に取っていた育毛剤をそっとコンテナに戻した。
(言わなくて良かった)
あれほど嫌がるとは思っていなかった。
兄が先に提案してくれて良かったと、彼女は胸を撫で下ろした。