数日後の定休日に、村長宅へと握手会の話をしに行くと、人が集まるイベントになると思ったのか、快く場所を貸してくれることになった。
話を聞きつけたクラーラも協力を申し出てくれて、一緒にお店に帰ってきた。
さっそく準備を始める。
メンバーはいつもの三人に、クラーラが加わって四人だ。
クラーラが来たのでバルトロメウスは嬉しそうだ、いつも以上に浮かれている。
以前は何も知らなかったヴィオラートも、兄が彼女に好意を持っていることに気づいていた。
クラーラの方も、まんざらでもない様子なので、兄の恋がうまくいけばいいと思っている。
紙をたくさん用意して、手書きで握手券を作っていく。
後はこの券を、指定の商品を買ってくれたお客に配るだけだ。
予定の百枚を書き終わった頃、休みのはずの店の扉が叩かれた。
「はーい」
ヴィオラートが応対に出ていくと、扉の外ではブリギットが仁王立ちしていた。
田舎の村に似つかわしくない、蒼いドレスを着た金髪のご令嬢である。
彼女は対ヴィオラート用の高飛車モードで胸を張ると、ふんっと鼻を鳴らした。
「先ほど、村長さんが話しているのを聞いてきたのだけど、ロードフリード様との握手券を商品につけて売るそうね」
「うわ、耳が早いね。うん、そうだよ。今ね、握手券ができた所なの」
無邪気に報告するヴィオラートを、ブリギットは不機嫌そうに睨んだ。
「いくら幼馴染だからといって、少し図々しすぎない? どうせあなたが無理を言ったんでしょう。ロードフリード様はお優しい方だから断れなかったんだわ。どこの馬の骨とも知れない女達が、あの方の素敵なお手に触れるだなんて、想像するだけで忌々しいこと」
「あー、無理を言ったのは否定できないなぁ。でも、握手だけだし、変なことにならないようにしっかりフォローするつもりだよ」
「当然でしょう。私も手伝うわよ、あなただけに任せておけないわ」
「え? 本当! 助かるよ! 打ち合わせもあるから、中に入って!」
相変わらず嫌味の通じないヴィオラートに辟易しつつ、ブリギットは店内に引き込まれていった。
集まった面子にロードフリードの姿を見つけると、ブリギットの高飛車モードは解除され、代わりに猫かぶりモードが発動する。
「あら、ロードフリード様、ごきげんよう」
他二名には目もくれず、ロードフリードへと愛嬌を振りまく。
「やあ、ブリギット。君もヴィオの手伝いに来てくれたんだね、ありがとう」
「ええ、まあ……」
別にヴィオラートのために来たわけではないのだが、安定の返し方をされて少しだけ落ち込む。
だが、周囲にそれを悟らせることなく、ブリギットは商人の目で出来上がった握手券を見つめた。
「それで、整理券は作ったの?」
「え? 整理券?」
きょとんとする一同に、ブリギットはため息をついた。
「こんなものをおまけにつけたら、初日でどれだけ人が集まることか。下手をすれば握手券を巡って暴動が起きます」
「いや、まさかそんな……」
声を上げたのはロードフリードだ。
彼が一番、自身の影響力を信じていない。
「えっと、一日十個ぐらい売れて、十日間で売り切れたらなーって思ってたんだけど」
ヴィオラートが当初の想定を打ち明けると、ブリギットは目を吊り上げた。
「見通しが甘すぎるわ! 初日で完売は当たり前! 徹夜で並ぶ者も出るかもしれないのよ!」
バルトロメウスとクラーラはブリギットの剣幕に押されて、口を挟むこともできずに成り行きを見守っている。
「そのための整理券?」
ヴィオラートが恐る恐る尋ねる。
「そうよ、徹夜をしないように告知する必要があるわね。開店の少し前に時間を指定して、並んだ人達に順番に整理券を配るの。開店してからだって忙しくなるわ。数人ずつお店に入ってもらえるように、こちらが調整しなくてはすぐに混乱するんだから」
想像以上に、大変なことに手を出したような気がしてきた一同だったが、今更後には引けない。
「握手会の当日も、一人何秒か握手の時間をきっちり決めておかないと、きっと文句が出るわ。そうね、百人集まるわけだから、一人二十秒ぐらいで区切ればなんとかなるかしら」
どんどん出されていく提案を前に、四人は羨望の目でブリギットを見つめた。
自分達だけでは穴だらけだった企画が、見事に完成されていくのだ。
これならイベントは大成功間違いなし。
「ありがとう、ブリギット! 頼りになるっ!」
「おお、すげぇぜ! あんた、ただの金持ちのお嬢ちゃんじゃなかったんだな!」
「すごいよ、ブリギット。これだけ準備しておけば、当日困ることもないね」
「本当に助かったわ。私達だけじゃ、こんなこと思いつかなかったもの」
四人に囲まれて、次々と称賛の言葉を投げかけられると、ブリギットは怯んだ様子で挙動不審になった。
「いえ、あの……、このぐらい大したことじゃ……」
褒められ慣れていないのか、おろおろと視線を彷徨わせている。
「そうと決まれば、整理券と告知用のチラシを作らないと! 紙はまだあるから手分けして書こう!」
「おう!」
張り切った一同の手によって、準備は滞りなく済んだ。
店内に握手会の開催を知らせるチラシを張り、指定の商品の販売日と時間も告知しておく。ここに握手の所要時間や、徹夜厳禁などの注意事項も書いておいた。
そして、販売日がやってきた。
「うわあ……」
販売日当日、店の前の広場には、大勢の人が集まってきていた。
ヴィオラートは予想以上の人出に驚くばかりだった。
「だから言ったでしょう、まだまだ増えるわよ。早く列を作って並ばせないと、近所迷惑になるわ」
ブリギットに急かされて、ヴィオラートとバルトロメウスが出て行ってお客さんを並ばせる。
整理券を配るのはロードフリードだ。
彼はいつにも増して引きつった営業用スマイルを顔に張り付けて、自身のファンらしき女性達に手渡していく。
クラーラとブリギットは店内で待機しており、指定商品の陳列を確認していた。
整理券を配り終えると、ヴィオラートが声を張り上げた。
「ヴィオラーデン、開店でーす! 店員の指示に従って、順番に入ってください! 指定商品は一人一つでお願いしまーす!」
少しの差で整理券がもらえず無駄足になってしまった人には、ロードフリードが謝っていた。
握手はできなかったが、声をかけてもらって満足そうに帰っていく。
ヴィオラートは整理券の配布が終わった旨を書いた木札を出してきて、バルトロメウスに持たせてしばらく外にいてもらうことにした。
じっとしていることが苦手な兄は、即座に不満を口にする。
「おい、待てよ! ずっと突っ立ってるだけとか、退屈で死ぬだろ!」
「今日はクラーラさんが手伝ってくれてるんだよ。みんな頑張ってるのに、お兄ちゃんがサボっていたら、どう思われるだろうね」
「よし、ここは兄ちゃんに任せとけ。列整理も引き続きやっとくからな」
ころっと態度を変えた兄は単純だ。
ヴィオラートは店の扉の横に立って、お客さんを入れ替えていく。
ロードフリードは混乱を避けるために、店内の手伝いにまわった。
行列は少しずつ短くなっていき、お昼を過ぎた頃には販売が終了した。後は、通常営業に切り替える。
ぱったりと客のいなくなった店内で、疲れ切った五人が各々の座った場所でぐったりとしていた。
「はああ……、疲れたぁ……」
「こんなに客が来るなんて、開店以来初めてじゃねぇか?」
「ねえ、握手会の日はまたこれぐらい忙しいのかしら?」
クラーラの問いかけに、ヴィオラートは思った。
手伝いに何人か冒険者を雇おうと。