村人の有志も数名協力してくれたので、人手はなんとか足りた。
冒険者の方は、知り合いを中心に頼み歩いた結果、アイゼルとパウルが来てくれた。
アイゼルは問題なかったが、妖精のパウルは見た目は幼児そのものだ。人員としてあまりアテにはできない。
順番待ちをするお客さんの和み要員として、警備の名目でそこら辺を歩いてもらうことにした。ついでに雑貨屋さんと提携して妖精さん人形も露店販売してみる。本物効果で売り上げを期待してのことだ。
イベント広場は握手券を持った人達だけではなく、野次馬も大勢集まっている。
中には噂のカッコいい店員さんを見ようとわざわざ来た人もいるようだ。
村長はホクホク顔だ。
この老人は、とにかく村が活気に満ちているのであれば嬉しいのだ。
「はぁ……、どうしてこんなこと引き受けたんだろう」
本日の主役であるロードフリードは、楽屋裏でイベント開始の合図を待ちながら激しく後悔していた。
ヴィオラートのためならばと一度は了承したものの、これから百人もの見知らぬ人と握手をするのだ。
若干名老人や子供が混ざっているのが救いだが、妙に目をギラギラさせている女性が多く、身の危険を感じてしまう。
「ロードフリードさん、大丈夫?」
この現場に引きずりこんだ張本人のヴィオラートが、気遣わしげに声をかけてきた。
大丈夫ではないのだが、彼女の顔を見ると恨み言は消えてしまう。惚れた弱みである。
「ヴィオ、ちょっとこっちに来て」
手招きをして、呼び寄せる。
周囲には衝立が置かれており、他の者も忙しそうにしているせいか、誰もこちらに気を配ってはいない。
「どうしたの?」
「癒しが欲しい、補給させて」
何だか色々限界だった。
ロードフリードはヴィオラートを腕の中に抱き込んだ。
小柄で背の低い彼女は、抱きしめれば簡単に捕らえられる。
懐かしい香りがした。
幼い頃、雨の日は外で遊べなかったから、どちらかの家に集まって本を読んだり、盤上で行うゲームをしたりした。
ヴィオラートを膝に乗せて、絵本を読んであげたこともある。
あの時も良い匂いがしていたなぁと懐かしむと同時に心が安らいだ。
「ロ、ロードフリードさん?」
ヴィオラートの戸惑う声に我に返る。
「ああ、ごめん、もう平気。ヴィオのためだし、何とか頑張るから」
そっと体を離して、彼は疲れた笑みを浮かべた。
ヴィオラートは今更ながら気がついた。
ロードフリードは自分が注目されることを厭っている。
特に外側ばかり見て評価されることに、心底嫌気がさしているのだと。
彼にとって、今日のイベントは苦痛以外の何物でもない。
それをヴィオラートのために頑張ると言ってくれたのだ。
申し訳なさと、嬉しい気持ちが混在して、彼女は自分から彼の胸に飛び込んでいた。
「あたしの方こそ、ごめんなさい。お店を繁盛させることばっかりで、ロードフリードさんの気持ちを全然考えてなかった。もうこんなことしないから、今日だけ頑張って。お礼に後で何でもするから」
しがみついてくるヴィオラートをもう一度抱きしめて、ロードフリードは残っていた心労も吹き飛ぶ思いだった。
「ヴィオがお店を頑張るのは村に残りたいからだろう。俺も君がいなくなるのは嫌だから、できる努力を惜しむことはない。それに集まってくれたのは、ヴィオのお店の大事なお客さん達なんだよね、日頃の感謝を込めて御礼を言わなきゃな」
考え方を変えれば憂鬱だった気持ちも晴れてくる。
やはりロードフリードの中心にいるのはヴィオラートだった。
彼女と離れることに比べれば、何でもできそうな気がした。
握手会は大きな混乱もなく順調に行われた。
便乗した行商人達が露店を多く出していたせいで、広場はちょっとした市場にもなり、眺めているだけだった人々もそれなりに楽しめたからだ。
村の他のお店にも立ち寄る人がいて、経済効果は覿面だ。
「本日のご参加、ありがとうございました。またのご来店をお待ちしています」
癒しの素のヴィオラートをたっぷり補給したロードフリードは、世の女性を一撃で落とす爽やかな笑みを大盤振る舞いしていた。
言っていることは、礼儀正しい店員の域を出ないのだが、女性達にしてみれば物語の王子様を目の前にしたような心境なのだろう。時間が来ると、アイゼルかブリギットのどちらかが、素早くお客を引き離して出口へと誘導するのだが、ぼうっとしてフラフラ歩いていく人が続出していた。
「この手はしばらく洗えないー」
「私も、今日は夢のような一日だったわ」
夢見心地で帰っていくお客さん達。
彼女達はまだ知らない。
この日を境に、お店の商品は冒険者向けの品揃えに変更され、噂の店員さんが二度とカウンターに立つことはなく、来店するお客さんの一人に変わってしまったことを。
村への来訪者数にも貢献できて、コンテナを圧迫していた在庫も一掃され、ヴィオラートは大満足だった。
協力してくれた村人や冒険者には、後日家に招待して手料理を振る舞った。
ついでに試作品のカロッテマガストの味見もしてもらう。
またにんじん料理かとバルトロメウスは呆れ顔をしていたが、村長がくれた本に載っていた由緒正しいカロッテ村の郷土料理なのだ。これを店に並べずして、何を置けというのか。
みんな、美味しいと言って喜んでくれた。
あれからお店は冒険者向けにコンセプトを変更した。
ロードフリードがカウンターからいなくなり、浮ついた女性客がいなくなっても、品質に価値を見出したお客さんが大勢残ってくれた。そろそろ宣伝や客寄せが必要な時期を終え、商品の質で勝負する時になったのだ。
店の規模が大きくなるにつれ、より珍しく効果が高い物が好まれるようになってきた。
ヴィオラートは幻影回廊で手に入れた参考書に載っていた、最強の爆弾テラフラムの調合を成功させた。ありとあらゆる回復効果を持ったエリキシル剤も作成済みだ。
それぞれ完成品を量販店に持ち込んでおいたので、後はそちらで仕入れて店で売るだけとなっている。
「お店番はお兄ちゃんとクラーラさんに任せて、時々ブリギットにも頼もうっと」
そして、自身は希少な素材を求めて冒険に出かける。
共に行くのは、頼りになる幼馴染の青年だ。
幼い頃のように手を繋いで、寄り添って歩く。
だけどそれは、昔とは微妙に違う距離感で、ヴィオラートの無邪気な子供時代が終わったことを示していた。
END
あとがき
ロードフリードにお店番を頼んでいる時に店の様子を聞くと、店に置いているのは女性に人気の商品なのか、最近女の子のお客さんが多いと言ってくることがあります。
いや、それどう考えても、あんた目当てだろと、画面の向こうに突っ込みを入れたくなります。
自分がモテていることを自覚しているのか、いないのか、そもそもヴィオ以外の女の子に興味がないから疎いのか、とても気になります。
その辺のセリフから浮かんだお話です。お菓子やCDでよくある、おまけで購買意欲を煽る商法でありますが、やりすぎるとおまけだけ取って本体が捨てられてしまったりと勿体ないことになりますよね。