初めてのオークション


 ヴィオラートが自宅を改装して、錬金術の店【ヴィオラーデン】を開店させてから半年が過ぎ、暦が八月に入ったばかりのことだった。
 村長が企画した村おこしイベント、チャリティーオークション当日。
 ヴィオラートは氷室から、伝統ケーキを取り出した。
「うん、これにしよう」
 品質は普通だが、星が二つもついている自信作だ。
 まだ目を見張るような商品を作れるわけではない。
 オークションは三年間開催すると聞いているので、来年はもっとすごいものを用意しようとケーキを包装用の箱に入れながらヴィオラートは決意した。




 オークション会場は、村長の自宅前の広場に特別ステージが用意されていた。
 村はまだまだ誘致が必要な状態。参加者は村人がほとんどで、他の町から来た人々がその間に紛れ込んでいるような具合だ。
 村長の挨拶が終わると、出品者達に登場の順番が知らされる。
「うわあああっ! 一番手あたしなのぉ……」
 ヴィオラートは驚き、不安で緊張して来た。
 初の試みの催し物で、一番手など荷が重い。
「お、どうした、ヴィオ。自信がねぇのか?」
 妹が不安がっているというのに、バルトロメウスはニヤニヤ笑っている。
 彼の手には動物の捕獲用のケージがあった。
 よく近所で見かける野良猫が中に入っていることに気づき、ヴィオラートは半眼で兄を見やった。
 会場についた時、妙に自信たっぷりだった兄だが、これよりは良い結果が出そうな気がしてくる。
 しかし、このまま出品させて良いものかと、葛藤も生じた。
 緊張はなくならず、さらに不安の種が増えて、顔をしかめた彼女の頭にぽんっと手が乗せられる。
 見上げると、ロードフリードが笑顔を向けていた。
「大丈夫だよ、ヴィオの作る物はどれも品質が良いからね。きっと盛り上がるよ」
「そうだといいけど……」
 俯いて、自信なさげに呟けば、頭に乗せられたままの手が優しく撫でてくれる。
 そうしてもらうと、なぜか元気が出て来た。
 緊張が緩み、大舞台に挑戦することへの高揚感が芽生えてくる。
 ヴィオラートは顔を上げて、両の拳を握りしめた。




「ありがとう! 行ってくるね!」
「その調子だよ、頑張れ」
 元気良く手を振って、ステージの方へと駆けだす彼女を、ロードフリードはにこやかに見送る。
 ヴィオラートの姿が見えなくなると、ちらりと横を見やる。そこには少しばかり面白くなさそうな顔のバルトロメウスがいた。
「嫉妬するぐらいなら、素直に応援してやれよ」
 ヴィオラートには見せない意地の悪い笑みを浮かべるロードフリード。
 図星だったのか、バルトロメウスは顔を赤くして狼狽えた。
「だ、誰が嫉妬なんかするか! 大体、お前も出品するんだろう! ライバルを応援してどうすんだ!」
「これは村のためのオークションなんだ、誰の品が高く売れたっていいだろう。俺は村への寄付のつもりで参加してるからな、最初から競争する気なんてない」
「へぇへぇ、そりゃあご立派なことで」
 親友の模範的回答に「つまらねぇな」と、バルトロメウスは呟いた。
 ステージにヴィオラートが上がってくるのを見ながら、話し続ける。
「お前、ヴィオには甘いよな。何かと構いに来るし、すぐに頭撫でやがるし。お前の妹じゃねぇんだから、いつまでもあいつの世話焼いてたら、好きな女ができても勘違いされて逃げられちまうぞ」
「今はいないから問題ないさ」
 鎌をかけたつもりだったが、平然としているロードフリードの様子を見る限り、気になる異性がいないのは本当のようだ。
 この幼馴染は通りすがりの女まで惹きつける容姿を持ちながら、なぜか今まで浮いた噂の一つもない。
 ハーフェンにいた頃はどうだったかバルトロメウスに知る術はないが、時々送られてくる手紙に書かれていたのは、精錬所の話題と村の様子を問う言葉ばかりで、女性の話などさっぱりだった。
 自分の思い人は打ち明けてもいないのに、いつの間にか悟られていたので、いつかこちらも同じように突き止めてやろうと考えているバルトロメウスだった。
「ヴィオは素直で可愛いからな。それに少し世間知らずな所があるから放っておけない」
 ロードフリードはヴィオラートへの褒め言葉を照れることなく言ってのける。本人に向かっても、ほぼ同じことを言えるのだから、とてもマネできない。
 バルトロメウスだって妹を可愛いと思っているが、恥ずかしいので口に出すことはなかった。
「まあな、俺は冒険者になりたくてしょっちゅう村の外に出てたけど、あいつはこんなことになるまで村の外に関心なんて持たなかったからな。目を離すと、何するかわかんねぇ」
「俺には妹どころか兄弟もいないから、昔はお前が羨ましかったな。家に帰る時も、途中で別れて俺だけ一人になるからさ」
 ロードフリードが『昔は』とわざわざ前置きしたことを、バルトロメウスは特に気に留めなかった。
 普通に考えれば、そんなことを羨ましがる年齢が過ぎたと捉えるところだが、ロードフリードの意図は違っていた。そのことを彼が知るのは、知りたがっていた親友の思い人を紹介される日まで待たねばならない。
「たまに会うから羨ましいなんて言えるんだよ。親父達がいなくなって、せっかく一人で好きに暮らせると思ったのに、ヴィオが残っちまって毎日小言言われてんだぜ。服汚すなとか、ゴロゴロしてないで仕事しろとかって、お袋より煩いっての」
 本当にいなくなれば寂しいだろうに、バルトロメウスは愚痴をこぼす。
 ロードフリードは頷いて、ぽつりと真顔で呟いた。
「そうか。なら、俺がヴィオをもらおうか」
「あはは、そうしてくれりゃ助かるな」
「…………」
 いつもの冗談だと思い、笑って返したバルトロメウスだったが、妙な間が空いて不安に襲われた。
「ほ、本気じゃねぇよな?」
「冗談だ」
 今度はすかさず答えが返ってくる。
 胸には先ほどの不安の欠片が残っていたが、バルトロメウスの大雑把な面が顔をだして、それらを脇に蹴り出した。
 よくわからないことを、いつまでもうだうだ考えているのは嫌なのだ。
 ステージ上では競りが始まろうとしている。
 二人は会話を止めて、開幕したオークションへと集中した。




 ヴィオラートが出品した伝統ケーキに、村人達が次々と値をつけていく。
 特に女性陣が白熱し、クリエムヒルトやクラーラ、ブリギットにメラニーなどが手を上げている。
 50コールで始めた競売は、四ケタに突入していた。
 ヴィオラートはドキドキしながら値が釣り上がっていく様子を見つめていた。
(うわ、すごーい。元値は160コールなのにいいのかなぁ)
 村へのチャリティーの意味合いが大きいことは確かだが、値段に見合う品であることも重要だ。
 今度は違う意味で、冷や汗を掻いてしまう。
「2583!」
「2791!」
 競り合う金額はついに2000を超えて、3000へと届こうとしている。そして、3000を超え……。
「3378!」
 それまで一度も手を上げなかったロードフリードの一声で決着がついたのだった。




 オークションは大盛況で、村長は大喜びしていた。
 後片付けが終わって解散する頃には、夕暮れが迫ってきていて、各々が家路を急ぐ。
 ヴィオラートの左右には、兄とロードフリードが歩いている。
 オークションで優勝したのは郊外の別荘を出したブリギットだった。
 事前に彼女から勝負を挑まれていたヴィオラートは、負けたおかげでお屋敷の草むしりに行かなければならなくなった。少し憂鬱そうに、肩を落としている。
「でも、ロードフリードさん、良かったの? あたしのケーキなんか落札しちゃって……」
 ヴィオラートはロードフリードが持っている箱を見て言った。
 どう考えても、3378コールの価値なんてない。
「いいんだよ。それより、打ち上げも兼ねて一緒に食べないか?」
「ああ、いいな。ついでに夕飯も豪華にして、ぱーっと騒ごうぜ!」
 お腹が空いてきたのも手伝って、バルトロメウスが提案に乗ってはしゃぐ。
「う、うん」
 乗り気な二人にいまいち同調できず、ちらちらとケーキに目をやりながら、生返事になってしまう。
 ロードフリードは苦笑して、ヴィオラートの肩を軽く叩いた。
「心配しなくても、十分価値があると思ったから落札したんだ」
「うー。だって、ロードフリードさんになら、お金なんてもらわなくても、いつだって作ってあげられるものなのに申し訳ないよ」
「もちろん、これからも作ってもらうつもりだよ。だけど、このケーキは今日しか食べられないじゃないか」
「気にするなよ、ヴィオ。こいつがそれで良いって言ってんだから素直に喜んでおけ」
 二人からそう言われれば、ヴィオラートもようやく頷いた。
(ロードフリードさんて、子供の頃からあたしには優しかったなぁ。ついつい甘えちゃうよ)
 バルトロメウスは昔も今も、たまにしょうもない悪戯や意地悪をしてくるが、ロードフリードにはそういうことをされた覚えがなかった。むしろ、ヴィオラートが泣いたり怒ったりしている所に現れて、いつも慰めてくれた。
 兄と喧嘩をした時などは、ロードフリードが兄だったら良かったのにと思ったこともあった。
(もう一人のお兄ちゃん……だったんだけどなぁ)
 彼は仲良しの幼馴染。
 多分、今だってその関係は変わっていない。
 少し前、彼の騎士としての一面を初めて見た時、知らない男の人を見たような気がした。
 胸が高鳴って、頬がぽうっと熱くなり、ふわふわした心地に包まれた。
 好きなのは変わらないけど、憧れの気持ちが強くなった気がする。
 この気持ちが何なのか、確かめるのはまだ怖くて、意識的に蓋をしてしまう。
「じゃあ、早く帰ってお料理しなくちゃ。二人とも手伝ってね!」
 気分を変えて、ヴィオラートは明るく二人を促した。
 やるべきこと、考えるべきことはたくさんあるが、彼らが傍で支えていてくれるから前向きに頑張れる。
 今はまだもらえる好意に甘えていたい。
 いずれは本当の意味で自立し、誰の庇護も必要としない大人にならなければいけないのだから。




 翌日、酒場【月光亭】に立ち寄ったヴィオラートは、表で例の野良猫を見つけた。
 猫は日向で丸くなり、太々しく眠っている。
 落札したのはクリエムヒルトだったが、彼女は特に猫を構うことなく放置しているようだ。
 ヴィオラートは入り口を通ってすぐの雑貨屋のカウンターに歩み寄った。
「ヴィオちゃん、いらっしゃい」
 クリエムヒルトが愛想よく声をかけてくれた。
「あのう……、クリエムヒルトさんが、お兄ちゃんが出した猫を落札したんですよね? あの猫のこと知ってたんですか?」
 恐る恐る問いかけると、クリエムヒルトはにっこりと微笑んだ。
「ええ、気づいていたわ。この辺でよく寝ているもの」
「その、良かったんですか? お兄ちゃん、血統書付きだなんて嘘までついたのに」
「マングースの血を引いている猫なんて、誰が聞いても嘘だって気づくでしょう、面白いわね」
 くすくすと彼女は笑っている。
「落札したお金はオークション用に貯めていたの。結局、村に入るのだから、お金を出すのはどの品でも良かったんだけど、せっかくなら……ね。とにかく、納得してしたことだから気にしないで」
 含みを込めた言い回しをしながら、クリエムヒルトは問題はないと重ねて言った。
「それなら良かったです。お兄ちゃんのせいで嫌な思いをさせてたら謝らないとって思ったから」
「ありがとう、大丈夫よ。ヴィオちゃんは優しくて良い子ね」
 クリエムヒルトは怒ってはいなかった。
 彼女が猫を落札した理由は結局よくわからなかったが、ヴィオラートは胸を撫で下ろした。
「お兄ちゃんに、来年は良い物出すように言っとかないと。また変なもの出されたら、村の人達に笑われちゃうよ」
 ヴィオラートが口を酸っぱくして言い聞かせたにもかかわらず、翌年のオークションでバルトロメウスが出品したのは『昨日の夕飯』だったという。


 END


 
あとがき
ブリギット絡みの一枚絵を回収するために、今回のオークションは負けなくてはと、元々の値段の低い伝統ケーキを出品した時のデータがお話の元になっています。
最後にいきなり値を付けたロードフリードが、ケーキを落札したので思いつきました。

ロードフリード初登場時にヴィオの頭を撫でていたり、ゲーム序盤ではまだ子供扱いしているのが目立ちます。幼馴染の少女が子供から大人になっていく姿を見守りつつ、好意の形が変わっていくって、幼馴染物の王道萌え展開じゃないですか。
バルテルが、ロードフリードに好きな子がいるらしいと言ってくるのが、多分四年目か五年目に入ってからだった気がするので、ヴィオの成長に伴って、好意がはっきりと恋愛方向に向かい出したのかと想像しました。
設定上、くっつく下地はできているので、ゲーム期間五年の間に(恋愛の)自覚イベントを徐々に入れて行けば、EDで結婚式をやらかしても納得できる二人だったのに惜しいことです。消化不良を起こしちゃったじゃないか。仕方がないので妄想で補いますよー。

このデータの二年目では、バルテルとの勝負で、彼を勝たせようと頑張りました。ヴィオが負けるのは簡単でも、ブリギットかロードフリードのどちらかが良いものを出してくるので、優勝させるのは難しく十回ぐらいロードしました。
苦労して見た、バルテルが勝つバージョンの後日談は、ヴィオが勝った場合よりも面白かったです。祝勝会の準備でにんじん料理ばかり作るヴィオとか、クラーラさんまで来てくれて、一部ヴィオバージョンと同じセリフもありましたけど、盛りだくさんで楽しかった。

ネタにした、この時のオークションの出品物です。

ヴィオラート  伝統ケーキ。
バルトロメウス 血統書付きの野良猫。
ロードフリード 高級ハタキ。
ブリギット   郊外の別荘。

オークションは何度かやりましたが、毎回バルテルが変なものを出してきて、クリエムヒルトさんが競り合って落札していくのを見ているのは楽しい。
クラーラさんと対決してくれたらもっと楽しいんですが、彼女はバルテルの出品物には興味がないのか、あまり入札してくれません。幻のたるやら謎の仮面とかだったら入札してくれるかも?

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