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「……ただいま」
「お兄ちゃん、お帰りー!」
「お帰り」
数日後、帰宅したバルトロメウスを出迎えたのは、仲良く店番をしている妹と親友だった。
店内に客はおらず、二人は休憩中だったらしく、カウンターの奥でお茶を飲んでいた。
「バルテルの分もお茶を入れるから、まずは旅の汚れを落として、手を洗ってこいよ」
指図したのはロードフリードで、彼は手慣れた様子で茶器の用意を始めた。
以前にも増して我が家に馴染んでいる姿を見て、バルトロメウスはまるで自分がお客で、新婚夫婦の住処を訪ねてきたような錯覚を起こした。
「ロードフリード。お前、俺がいない間、ずっとここにいたのか?」
バルトロメウスは引きつった顔を向けて問いかけた。
親友は頷き、妹の隣に立つと自然な動作で肩に手を置いた。
「当然だろう。村が大きくなって人が増えた分、治安も少し悪くなった。心配でヴィオを一人にしておけないからな」
それも本当だろうが、ロードフリードは与えられた機会を抜け目なく勝ち取ったのだ。
ロードフリードに肩を抱かれたヴィオラートは、照れて頬を染めつつ、彼と視線を交し合う。
甘い空気の漂う仲の良さを見る限り、二人の間に何もなかったとは思えない。
両親から妹を任された身であるバルトロメウスは家を空けるべきではなかったのかもしれない。
だが、遅かれ早かれこうなることはわかっていた。
責任感の強いロードフリードが考えなしにヴィオラートに手を出すわけもなく、子供が出来れば喜んで夫婦になるだろう。すでに妻子を養う甲斐性だってあるのだ。
両親も驚きはするだろうが、村一番の優良物件に見初められた娘を祝福しても反対することはない。
バルトロメウスは諦め半分でため息をついた。
そんな兄に、ヴィオラートは幸せいっぱいの笑顔で声をかける。
「お兄ちゃん、これからは好きなだけ出かけてくれて良いよ。お店も時々手伝ってくれればいいからね」
今まで店を手伝え、働けと煩かったのに、打って変わって外へ出ることを勧める妹に、バルトロメウスは疑わしいといわんばかりの眼差しを向けた。
「いや、畑のこともあるしな。当分は家にいる」
「えーっ!」
ヴィオラートはあからさまに落胆の声を上げた。
「なんだ、その不満そうな声は! いつも店を手伝えって煩い妹のために、家にいてやろうという優しい兄貴の心遣いを無にする気か!」
「嘘だぁ、絶対嫌がらせでしょう! お兄ちゃんがいたら、ロードフリードさんに泊まってもらえないじゃない!」
ヴィオラートはあっさりと隠していた思惑を暴露した。
どこまでも素直な妹である。
「せめて親父達が帰ってくるまでは自嘲しろよ! あっという間に子供できちまうぞ!」
「そうなったら、早めに一緒に暮らすだけだ。結婚式は準備が必要だから、お義父さん達が帰ってきてからやるつもりだ」
答えたのはロードフリードで、彼はにこやかに言った。
「さりげなく、人の親をお義父さんとか呼んでんじゃねぇよ! まだ早い!」
交際を認めはしたが、結婚まで急には受け入れ難い兄は無駄な抵抗を試みる。
ロードフリードはその気持ちを理解しながらも、笑顔で現実を突きつけることにした。
「そうだ、バルテルのことも、これからは義兄さんと呼ぶべきなのかな」
「やめろ! 絶対にやめろおおっ!」
親友が義弟になる。
兄弟同然に育ったとはいえ、同い年の二人に上下意識はなく、今更兄扱いされても気味が悪いだけだ。
「あはは。心配しなくても、俺も今更バルテルを兄扱いするなんて無理だからやめとくよ。だけど、一応立場はそうなんだから、早いうちに受け入れてくれよ」
冗談だと肩を叩かれて、バルトロメウスは渋々頷いた。
「……わかったよ」
ようやく落ち着いたらしい兄を見て、ヴィオラートが手を叩いた。
「じゃあ、お茶の続きにしましょう。お兄ちゃんは着替えてきてね」
「へいへーい」
やる気のない返事をして、バルトロメウスは二階に上がっていった。
階下では、睦まじい二人の様子が窺える。
「お兄ちゃんが帰ってきちゃったから、お手伝いしてもらえるのは今日で最後だね、できれば晩御飯まで食べて行って欲しいな」
「もちろん、喜んで。仕事があるから明日からしばらく会えないけど、帰ってきたら真っ先に会いに来るよ」
「うん」
ちょっと見ない間に女の顔を見せるようになった妹に、バルトロメウスは喪失感を覚えた。
いつかは嫁に行くのだとは理解していたが、いざそうなると寂しいものだ。
確実に幸せになるとわかっていても、それとこれとは別の話で、心のどこかで妹は妹のまま、いつまでも自分の傍にいるものと思っていたのかもしれない。
「あーあ、マジか。俺が一番妹離れできてないってことかよ」
部屋に入って戸を閉めると、小声で呟く。
祝福する気持ちはもちろんある。
寂しいのは今だけで、二人が夫婦になれば慣れて何とも思わなくなるだろう。
「結婚式とか、泣くかな俺……」
父を差し置いて号泣する自分を想像して、彼は苦笑しながら頭を掻いた。
END
あとがき
公式プロフィールによると、ヴィオの嫌いなものは【身長の話】だそうです。ゲーム中で、ヴィオの地雷となっているその話題を持ち出すのはロードフリードです。
嫌がらせではなくて好意で言ってるものだから、ヴィオも怒るに怒れない。
ロードフリードにしてみれば、ヴィオはそのままで十分可愛くて、高い所に手が届かないのも、手伝う口実にできて良いぐらいの感覚なんでしょうね。
彼の小さいには常に副音声で可愛いがくっついているのに、でもヴィオは卑屈に受け取るという、悲しいすれ違い。
特にロードフリードの来店イベントで、ロード「ヴィオは小さいから高いところは苦手だろ。(箱を)置いてやるよ」の後の、ヴィオ「どうせ高いところは苦手ですよ。そんなにはっきり言わなくても…」のやりとりを見て、ロードフリードさんが不憫になりました。
ロードフリードの言い方も悪いんでしょうけど、愛が伝わってないよー。
さらにその後、交友値が上がった時のセリフで「ヴィオは背の高さのこと気にしてるのかい?今のままで充分かわいいと思うけどな」とフォローを入れてくるロードさんですが、言われたヴィオの反応が気になりました。
かわいいって言われたーと、照れながら喜んでたらいいなぁ。
彼らのすれ違いが解消した場面が見たいなと、ヴィオの身長コンプレックスをネタにお話を書き始めました。
ロードフリードの報われた姿と、両想いに浮かれるヴィオを書くのが楽しかったです。
最初はその辺だけで終わるつもりが、一気に初夜編になだれこんでしまいました。
今回はできるだけヴィオ視点で、愛されて幸せな彼女の心情を綴ってみました。
バルテルの隠れシスコンみたいな言動はちょっとツボです。
ゲーム終盤になると、いつかお前も嫁に行っちまうんだなと寂しそうに呟く姿が印象的でした。
ロードフリードのヴィオへの気持ちにも気づいていない様子だったので、彼が義弟になると知ったらすぐには受け入れ難いんじゃないかと思って、このお話の最後の辺りは書いてました。