「これで、久しぶりにベッドで休めるわ〜。」
ご機嫌な足取りで、マーニャが宿のホールへ集っていた一同の元へ帰って来た。
「3人部屋、2つ取れたからそうしたわよ。はい、これ。」
言いながら、部屋の鍵を2つソロへと渡す。
「あたし達は4人部屋なの。じゃ‥そーゆーコトで。」
ひらひらと手を振りながら、マーニャは女性陣引き連れ階段へと向かって行った。
「部屋割りは先日と同じでよかろう。」
そう言って、ブライが鍵を1つ受け取る。ライアン・トルネコが彼に続いて部屋へと向かっ
た。その後ろ姿を眺めながら、ソロが小さく嘆息する。
「なんだ。不服そうだな?」
「…別に。そんなんじゃないけど。」
「まあ、取り敢えず我々も部屋へ向かいましょう。立ち話、目立ってますよ?」
にっこり笑顔のクリフトに促され、3人も今夜の部屋に向かう事にした。
あれから1週間。街から離れた土地を馬車で移動して回ってた事もあり、宿に泊まるのは
久しぶり。そう。あの日以来、久しぶりの3人きりである。
移動中心だった毎日は意外に平穏で、特に問題などなかったのだが…
街へ到着した辺りから、ピサロとクリフトが何やら妙に牽制しあっているのを垣間見て、
ソロはどうしたものかとひっそり吐息を落とした。
――この間のアレ…本気なのかな?
一体どうしてそうなったのか、未だに憶い出せずにいる3人で過ごした晩。
その朝には、何故かピサロとクリフトの共有と自分は位置付けられていた。
そんな事を憶い出し、頭を抱えていたソロだったが、答えのないまま宿の部屋に到着。
2人に促されるように、ソロは部屋へと足を踏み入れた。
ぱたん‥閉じられた扉が、洞窟へ入り込んだ瞬間を彷彿させる。
「‥あの‥さ。」
つう…と戸口から身を離し、ソロが2人を窺った。
「‥この前の、冗談…だよね?」
不器用な笑みを浮かべ、ソロが恐る恐るといった様子で訊ねる。
「なにがです?」
「えっと‥‥あの…あの晩は飲み過ぎちゃってたから。だからだよね?」
顔を真っ赤に染め上げながら、言いにくそうにソロが話す。クリフトはにっこり笑うと、
ソロの肩に腕を回した。
「妙にそわそわしてると思ったら、先日の事思い出していたんですね。ちょうどよかった。
ソロもその気になってるようで。」
耳元で艶っぽく囁かれて、更に顔を茹立たせたソロがブンブン頭を振った。
「ち‥違う、違うっ! だって、やっぱり変だもん!」
「ですが…私はソロと触れ合いたいですし。そうなると彼だって黙ってないでしょう?
ソロが彼に触れられたくないと言うのなら、話は別ですけど…」
芝居罹った口調で困ってみせるクリフトに、ソロが首を捻る。
そうしていると、ツカツカとソロの前までやって来たピサロが、彼の顎を捉えた。
「私に触れられるのは厭か…?」
静かに訊ねられ、ソロがますます困惑したよう瞳を揺らした。
「…厭じゃ‥ないけど‥‥」
ぽつんとソロが答える。それを待って、ピサロが彼に口接けた。
「…ん‥ふ‥‥‥」
するりと滑り込んだ舌が彼に絡まってくる。それを躊躇いつつ追うと、あやすようにされ
た後離れていった。
「はあ…はあ…。‥も‥ばかぁ‥‥‥」
上気した顔で、ソロが力無くこぼした。
「それは誘いととっていいのだな…?」
にやり‥と口角を上げ、色が滲む彼を覗う。ソロはキッと睨みつけると、ヨロヨロと自力
で立った。
「でも、昼間っからなんて駄目なんだからな! オレ、風呂行って来る!
クリフトも来ちゃ駄目なんだよ!?」
ソロはそう告げると、ぷりぷり部屋を出て行った。
「追わなくてよいのか?」
「別に‥。あの様子なら大丈夫でしょう?」
クスクスと部屋に残されたクリフトが笑った。
「では‥私は部屋風呂使わさせて戴きます。先に貰って構いませんか?」
「‥ああ。」
にっこり会釈して浴室へと消えた神官を見送りながら、ピサロが小さく吐息を落とす。
――読めぬ奴
ソロの様子から、彼へ向けられる信頼の厚さを痛感した魔王は、神官の言葉がどれだけ
ソロを動かしているかも知った。
彼がその気になって言葉を繰れば、邪魔な自分の存在など、幾らでも排除出来たろうに。
不思議と取り込むような形へと誘導してくる。
余裕ないのだ…と、あの晩漸く‥といった面持ちで彼が吐露した想い。
その深さ故なのだろうか…?
馬車での移動中、街での休息とは違い、常に共に在った訳ではなかったが。
それでも、常にソロを気に掛けて注意を払っていた事を、同じく彼を見守っていたピサロ
も知っている。
ソロは打ち明けなかったが、幾度か背の痛みを抱えていた事も…
『隠したいと思っている間は、出来るだけ触れないで下さい。不安を煽ってしまいますか
ら。皆に知られたくないようなんです。ですから――』
「‥陛下。」
扉の向こうから控えめな声が届く。
「…アドンか。」
ピサロは彼を素早く部屋へ招き入れると、新たな報告に耳を傾けたのだった。
「ねえねえ、ちょっと早いけど。外行って夕飯食べようよ。」
大浴場から戻って来たソロが開口一番そう提案した。
「…って。あれ、クリフトだけ? ピサロは?」
部屋をざっと見回すと、窓際のベッドに腰掛けるクリフトの姿しか見られなかった。
「ああ‥ピサロさんなら入浴中です。
先に私が使わせて戴いたので、まだ済んでないんですよ。」
「そうなんだ。なんだ‥2人とも下のは使わないんだ?」
「ソロに来るな‥と止められてしまいましたから。」
クスっと笑むと、彼を招くよう手を差し伸べた。
呼ばれたソロが隣へすとんと腰掛ける。
「‥だって。クリフトも意地悪なんだもん。」
「すみません。あまりに反応が可愛くて‥つい。」
「…クリフトって。普段すっごく優しいのに。えっち絡むと意地悪なんだよな。」
頬を染め、彼にもたれ掛かりながら、ソロが呟いた。
「彼じゃありませんけど…私も結構煮詰まってるんですよ?」
ふわりと微笑むと、彼の頬へ手を添え正面へと向かせた。ソロがクスリと微笑う。
「…オレも‥だよ‥」
ひっそり白状し、ソロが瞳を閉ざした。啄むように触れ合った唇が、しっとり重なる。
そのまま深まりかけた口接けは、扉が立てた音が阻んでしまった。
「…あ。ピサロ‥‥」
ちょっとばかり存在を忘れかけたソロが、「そうだった」とばかりに浴室の戸口へ立つ彼
を見遣る。
「…外へ食事に出るのではないのか?」
ほんのり刺を孕んだ声音で、ピサロが2人に声を掛けた。
「あ‥うん。…ピサロも来る?」
「ああ。」
「あ〜美味しかったv」
ソロが満足した様子で笑みながら、店の戸を潜った。
「ねえねえ、せっかく出て来たんだし、もう1軒寄ろうよ?」
後ろからついて来る2人に、ソロが強求るよう話した。
「ソロ‥まだ食べるんですか?」
「違うも〜ん。飲みに行こうって言ってるの。解ってるくせに。」
部屋へ帰るのを少しでも延ばしたいソロが、クリフトの腕に手を絡め催促した。
「ああ‥それでしたら。部屋にいいモノが有りますよ?」
「え‥いいモノ?」
「ええ。ねえ、ピサロさん。」
「ああ。先日お前が気に入っていたワインが今日届いてたな。」
「ワイン‥?」
「ほら。この前飲んだでしょう?
ソロも随分気に入った様子で、少し過ぎてしまいましたが。」
「あ‥あれ。…うう〜ん‥‥‥」
思い出しながら、ソロが眉を寄せた。
確かにあれは美味だった。でも…問題は酒でなく、部屋にあるのだ。
「外で飲んで帰ってからでは、ソロはもう飲めないでしょう?」
「う‥うん。…でも。‥‥‥ゆっくり飲ませてくれる?」
ジト目で彼を窺った後、すぐ脇に立つピサロへもソロが疑いの視線をぶつける。
「邪魔などしませんよ?」
「本当…?」
「それとも…ワインは諦めて、どこかの店に入ります?」
「…ワインがいい。」
顎に手をつけて唸っていたソロが、そう答えると、3人は宿への帰路に着いたのだった。
途中つまみにとチーズやナッツを購入し、彼らは宿の部屋へと戻って来た。
真ん中のベッドの上に、それらを乗せた盆を置く。
ベッドに乗り上げたソロと、左右の脇へそれぞれ腰掛けたピサロとクリフトは、早速ワイ
ンを開け、グラスを傾けた。
「ん‥やっぱ、美味しいv」
コクコクと口に含んだソロが、にっぱり笑う。
「ソロは本当に、そのワイン気に入ったんですね。」
クス‥と笑んでみせながら、クリフトも口につけた。
「うん、美味しい。オレ、これ好きかも。あ‥このチーズも美味しいよ?」
ひょいとつまんだチーズも美味しい‥とパクパクほお張る。
その姿がどこか小動物めいてて、ピサロがくっと喉で笑った。
「なんだよお‥? 人見て変な笑い方すんなよ‥。」
ぷう‥と膨れたソロが「感じ悪い‥」とこぼす。
「‥先程までの警戒心はどこへ失せたのかと不思議に思ってな。」
言われてハッと思い出したように、ソロが身を固めた。
「の‥飲むの、邪魔しないって言ったろ?」
「して居らぬだろう‥? 無駄話は邪魔か?」
「そんなコト‥ないけど。」
ソロはこくんとワインを含んだ。
「あ‥そうだ。ねえ、これ。いつ買いに行って来たの?」
「‥届けさせたのだ。‥アドンにな。」
「アドン? え‥なんだ、来たの?」
「ああ。奴にはデスパレスを探らせてある。その報告にな。」
「そうだったの。ふうん…」
コクコクとグラスに残ってた分を飲み干すと、お代わりを強求るようボトルを持っていた
ピサロに差し出す。半分程注がれたそれを、ソロはそのまま一気に煽ってしまった。
「…影でこっそり、いろいろしてるんだね。」
ぽつっとどこか刺を含ませて、ソロが呟いた。
実は自分の知らない所で、ロザリーと仲良くしてるのかも…そんな考えが浮かび、なんだ
かムカムカしてくる。
「クリフト。」
ソロは声を掛けると、それまで黙ってやり取りを見守っていた彼の方へと移動した。
「クリフトもちゃんと飲んでる?」
「ええ。戴いてますよ。ソロは‥そろそろストップした方が良さそうですけど。」
目を座らせた彼に苦笑いかけ、クリフトがそっと翠の髪を梳いた。
「オレ、まだちょっとしか飲んでないもん! だから、まだ飲む!」
「‥お前は、何をいきなり怒ってるのだ?」
感情の流れが掴めず、怪訝そうにピサロが訊ねた。
「アドンが来たのが不味いのか?」
「そんなコト、言ってないもん。それよりっ、ピサロ、注いで!」
ズイ‥と居丈高にソロがグラスを差し出した。
「‥‥‥残念だったな。もう残って居らん。」
「え〜、もうないの? オレちょっとしか飲んでないのに!」
「…十分のように思えるがな。」
すっかり酔っ払いモードの彼に嘆息しつつ、ピサロが肩を竦めてみせた。
「こいつは‥酒が入るといつもこうなのか?」
彼のグラスを片付けながら、ピサロがクリフトに問うた。
「いろいろですよ。泣き上戸の時もありますし。今夜は怒り上戸‥ですかね?」
世間話を聞かせるような物言いで話すクリフトが、盆をさっさと片付け始める。
ベッドの上をきれいに片すと、不服そうに2人へ目線を送っていたソロの肩を抱いた。
「お酒はお終しまいです。ソロだって二日酔いはたくさんでしょう?」
静かに諭されて、ソロが口をへの字に曲げつつ頷いた。
「それで…一体どうしたんです?」
急に不機嫌になった理由を訊ねると、しばらく押し黙ってたソロがぽつぽつ話し出した。
「‥って。…だって。嫌‥なんだもん。…きっと、オレの知らない所で、ピサロ…ロザリ
ーと会ってるの。2人で内緒なの。きっとそうなの。」
今にも泣き出しそうな声音で、どこか拙く打ち明ける。
「…ようするに。アドンとこっそり会ってるなら、彼女とも会ってるかも知れない‥そう
思ったんですね、ソロは?」
こくん‥ソロは頷いた。
「何故そうなる?」
苦い顔を浮かべ、ピサロが唸る。ソロは上目遣いに彼を見据えると、ぷいと顔を横向けた。
「でも、ソロ。ロザリーさんは常にマーニャさん達女性が護衛についているのですから。
彼女達の知らない所で会うのは無理でしょう? 密偵の彼と同列視しては失礼ですよ?」
「そう‥なの?」
ソロがクリフトを窺った。
「ええ。ですから、内緒はないと思いますよ?」
こそこそ動くのはアドンの職務故と仄めかし、クリフトが微笑んだ。
「うん、わかった。」
それで得心いったのか、ソロがこくんと頷く。髪を梳る感触を心地よさげに受けながら、
彼はそのままゴロゴロクリフトに甘えた。
その光景を面白くなさそうに、魔王が凝視める。
自分に向けられた疑惑だったはず‥なのに、ソロは目の前の本人へ訊ねる事はなかった。
「…ねえ。…しよ?」
しばらく彼の腕の中で微睡んでいたソロが、向かい合わせに躰を返すと、ひっそり強求っ
た。潤んだ眸が情を孕んで揺れる。ふわりと細められた瞳を了承と取り、ソロは口接けた。
「‥ん‥ふ‥‥‥」
すぐに深まった口接けが、ソロの余裕なさを告げる。クリフトは小さく微笑うと、上着の
裾をたくしあげた。ソロの協力もあって、唇が離れた時には白い肌が露となっていた。
「‥ソロ。」
視線で促されて、ソロが蕩けた目で振り返った。その視界に少々不機嫌そうな魔王が映る。
ベッド脇に憮然と座る彼へ、ソロは手を差し延べた。
「ピサロも‥する?」
「いいのか…?」
さっきまで怒っていたのが嘘のように、向けられた瞳は真っすぐで。ピサロは微苦笑を浮
かべ、彼の手を取った。
「…いいよ。」
ふわり微笑んだソロが彼の首へ腕を回す。唇が降りてくると、ソロはそのまま瞳を閉じた。
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