「これでよし‥と。」
薪拾いを終えたソロが、簡易に設けられた竈の側にポスっとその束を置いた。
「早かったですね、ソロ。」
今夜の晩飯当番に当たるクリフトが、野菜の下ごしらえをしつつ笑んだ。
「うん、まあね。」
へへ‥とソロも笑んで返す。ご機嫌な様子の彼に、クリフトの笑みが深まった。
「また今日も特訓‥ですか?」
「うん、そう。この辺さ、あんま強い魔物居ないだろ。だからさ‥」
「フフ‥。この数日でグッと動きがよくなったと、ライアンさんも仰ってましたよ。」
剣を振る動作を見せるソロに、クリフトが笑う。
「がんばって下さいね。」
「うん。絶対あいつから1本とってやるんだ!」
張り切る彼が、じゃあね‥と手を振ってピサロの元へと駆けて行った。
「ソロ‥張り切ってるわねえ。」
同じ晩飯当番のアリーナが、元気よく走る後ろ姿を見送り苦笑した。
「最近毎日じゃない。魔法やら剣やら‥よく続くわね。
‥ピサロってさ。意外に面倒見いいわよね。」
ロザリーとソロ限定だけど…そう付け足して、小さく笑う。
「そうですね。」
「初めはどうなるかと思ったけど。意外に上手くやってるわね‥ソロとピサロ。
まるで‥ずっと前から一緒だったみたい。」
「‥まあ。彼が仲間に加わってから、一番長く過ごしてますしね。ソロと私は…」
クリフトはそう微笑むと、刻んだ野菜を鍋へと移した。
「ああそうね。そういえば‥彼、あなたとも話とかしてるわよね。」
ただ…険悪とまでは言わないが。彼へ対するクリフトの対応が、なんというか、遠慮なく
感じられて。アリーナがじっと上目遣いに、作業をてきぱき進める彼を覗った。
ソロとクリフトの関係は、メンバー暗黙の了解事項となっていたので。
新たな恋敵登場か?――と、密かに彼らを見守っているメンバーだ。
実際恋人‥と思われていたロザリーが、きっちりそれを否定した後で。何故かソロばかり
を構うピサロに、そんな懸念を抱いてしまうのは…偏に、彼と接するソロの様子が関係し
ていた。
あの魔法と剣の修行以来。ほぼ毎日続いている稽古。
ライアンともよく手合わせはしていたが。明らかに、それに取り組むソロの心構えは違っ
ていた。…とても楽しげなのだ。
「…クリフトは。その‥心配じゃないの?」
恋愛事‥というのがどうにも理解出来ないアリーナだったが。
最近女の子部屋で一番ホットな話題だけに、つい訊ねてしまった。
クリフトがそれを不思議そうに見返す。
「…心配?」
「あ‥えっと。気にしてないなら、いいのよ。うん。」
どぎまぎとアリーナが苦笑み、「マーニャに火を貰って来る」と立ち上がった。
残されたクリフトが、クスリと笑う。
(まあ‥あれだけ分かりやすく、楽しそうにしていればね…)
最近沈んだ表情が多かっただけに。元気よく稽古に向かう姿は微笑ましくも、メンバーに
はそれが不思議に映っていた。
それからほどなく。
一行は久しぶりに町へと到着した。
「‥えっと。荷物の補充もあるから2〜3日逗留ってコトで。宿の手配に行って貰ってる
トルネコが戻ったら、今日は解散ね。明日の晩ミーティング入れるから。なにかあれば
その時に‥ってコトで。いいかな?」
「ええ。問題ないと思うわ。」
アリーナが皆を代表するよう微笑んだ。
やがて。トルネコがホールに集う一同の元へ戻って来た。
「あ、お帰りトルネコ。部屋はちゃんと取れた?」
小さな宿だったので。ソロは大丈夫だったかと最初に確認する。
「ええ。取れたには取れたんですけど…」
トルネコが困った様子で笑んだ。
人数分の部屋は確保出来たのだが…
「え‥? 全部2人部屋?」
その内訳を聞いたソロが頓狂に眉を上げた。
「ええ。どうします?」
訊ねられて。ソロは眉を寄せ深く悩み込んでしまった。
女性陣は難無く決まったが。残る3部屋の振り分け…
ソロは深い吐息を落とすと、「じゃあ‥」と仕切った。
「ライアンとブライ。ピサロとクリフト。トルネコはオレとでいい?」
「ソロ。私は別にピサロさんとでも…」
言いかけたトルネコだったが、ギロッと冷たい紅の双眸で睨めつけられ、押し黙る。
「ソロ。夕食は一緒に食べましょう? 荷を置いたら食堂で合流しましょうか。」
それに小さく微笑ったクリフトが、ソロへと声を掛けた。
「うん。オレお腹ぺっこぺこだ。」
夕闇が深くなって来ると、あちこちから美味しそうな匂いが風に乗って運ばれていた。
それに刺激されたらしいソロが、にんまりと笑む。
「では‥後で。」
クリフトも笑んで返し、男性陣も解散した。
「‥残念でしたね。部屋が別々で。」
2人部屋へ着くと、荷を置きながらクリフトが話しかけた。
「ふん‥。貴様とソロを同室に置くよりはマシだ。」
「おや…やっぱり妬けますか?」
愉快そうにクリフトが微笑う。魔王がそれを面白くなさそうに睨んだ。
「‥ま、とりあえず出ましょうか。ソロも待ってますしね。」
肩でそれをいなしたクリフトが戸口へ向かう。魔王も小さな吐息の後、続いた。
「あ、クリフト。ピサロ。遅いじゃん。」
食堂の入口で、待ちぼうけ食ってたソロが手を振った。
「オレすぐ来たんだよ?」
「それは‥お待たせしてすみませんでした。」
「明日の買い物付き合う事で帳消しだね。」
緩く腕を回しながら、ソロがフフ‥と笑みを作った。
「いいですよ。1日しっかりお付き合いしますから。」
「うん。…えっと、ピサロは‥?」
そっと窺うように、遠慮がちにソロが訊ねる。
「…同伴する。」
「そう…? ‥じゃ、一緒にね。」
ほっと安心したよう笑んで、ソロはテーブルに着いた。
彼らが食事を終える頃、他のメンバーも続々食堂に集まって来た。
入浴を先に済ませたらしい彼らが、空いたテーブルへと腰掛ける。
「あら…ソロ達もう来てたの?」
「うん。だってさ、お腹空いてたんだもん。」
側を通るマーニャに応え、ソロがにんまり満足そうに笑んだ。
「後はね‥デザートくるの待ってるの。」
「なんだ。今夜は一緒に飲もう‥って誘おうかと思ってたのに。先約有りなのね。」
今夜はアルコールでなく甘味の気分らしい‥と知って、マーニャがガッカリ諦めた。
「ごめんね」言ってソロは小さく手を振り、彼女を見送った。
食後のデザートを頼んだのはソロだけで。ピサロは食事の時から飲んでいた酒をくぴくぴ
煽って、クリフトは食後の珈琲を付き合った。
ソロが最近の修行の事やら、明日の買い物の事やらを楽しげに語って。クリフトが適度に
相槌を打つ。ピサロも時々一言二言加えてきて。随分和やかな食事風景だった。
ゆっくり過ごした食事を終えて、3人はそれぞれ部屋に戻った。
ソロは大浴場へ1人向かい、数日の汚れをきれいさっぱり流して、ほかほかな身体で
トルネコと一緒の部屋に帰った。
「ああ…ソロ、お帰りなさい。」
ブライ達と飲んでいたトルネコだったが。ソロが風呂から戻ると、既に部屋で休んで居た。
ベッドに腰掛け帳簿のようなものを広げていた彼が、ソロへと笑顔を向ける。
「あ‥うん。ただいま。」
ソロも笑みを返すと、所在なさげに自分のベッドへと座った。
「…そういえば。随分久しぶりですよね。こうして同じ部屋になるのは。」
「あ‥うん。そうだね。」
「いつもクリフトさんと一緒ですから。落ち着かないのではありませんか?」
「あはは…。そんなコト、ないよ?」
図星指されたソロが不器用に笑いを作った。
一方。ピサロとクリフト。
部屋へ戻ってすぐ、部屋で風呂を済ませたクリフトは、自分のベッドへと身体を乗り上げ
ると、ベッドヘッドにもたれ掛かり寝酒を煽っていた。
少し癖のある地酒は、アルコール度数も高いらしく、腹に落ちるとかあっと熱を帯びる。
ゆっくりそれを味わっていると、遅れて湯に浸かったピサロが浴室から出て来た。
「…今夜は飲まぬのかと思ったが。」
「私まで飲んでしまったら、ソロも欲しがりますからね。」
「ほう‥。あれに酒を教えたのは、貴様ではなかったのか?」
片眉上げて、興味深げに魔王が問うた。
「ソロがお酒を覚えたのは…あなたが原因だと思いますよ?
独りでいろいろ抱えて、随分悩み込んでいたようでしたからね。」
フッと口元に笑みを浮かべ答える彼に、憮然とした様子でピサロが自分の寝床へ腰を下ろ
す。クリフトはそれを横目で見つつ続けた。
「‥特に、あなたと別れてからは、痛々しいくらい落ち込んで、大変でした。
知ってますか? 彼‥あなたの事ではもう幾度も、自分を捨ててるんですよ。」
そう苦くこぼして、クリフトはグラスの酒を飲み干した。
サイドテーブルの酒瓶を取り、並々注ぐ。ふと顔を上げると、神妙な面持ちを浮かべてい
る魔王へと、瓶を差し出した。
「あなたも遣ります?」
「…ああ。」
空いたグラスを手に取ると、彼へそれを傾けた。
トルネコ・ソロの部屋。
「眠れないようですね、ソロ。」
早々にベッドに入ったソロだったが。
寝付けぬのか、ゴロゴロと寝返りを繰り返す姿に、トルネコが話しかけた。
「…うん。‥あの2人、喧嘩とか‥してないよね?」
コロンと帳面へ目をやる彼へと躰を向け、ソロが心配げにこぼした。
「‥そうですね。クリフトさんは大丈夫でしょうし。あのピサロさんも、思ってたより
好戦的なタイプではないようですから。案外上手く過ごしてるのではありませんか?」
笑みを浮かべたトルネコの言葉に、複雑な表情をつくるソロ。
「…仲良く‥してる?」
「ええ‥心配要りませんよ。…ソロ?」
眉間の皺を余計に深める彼を、不思議そうにトルネコが覗う。
「そんなの、嫌だ!」
バッと跳ね起きると、ソロはあっと言う間に部屋を飛び出してしまった。
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