『暁闇』 オルガ×鷹耶
その4
「ふむ‥。ようやくお目覚めのようじゃな、少年。」
茜色の夕陽が、彩りのない部屋を暖かな色に染め始めた頃。
やって来た街医者モーリが、鷹耶と顔を合わせにこやかに笑んだ。
「誰が少年だ。俺はガキじゃねー。」
「ふぉっふぉっふぉ。まだまだひよっ子じゃろう。
随分とやんちゃな坊主みたいじゃがな。」
白髪の老人は、蓄えた髭を揺らしながら肩で笑うと、上体を起こし訝しげに
見る鷹耶の頭に軽く手を乗せた。
「まだ大分高いみたいじゃな。お前さん、一人旅だったそうじゃが‥きちん
と夜は眠ったかね? 食事もちゃんと摂っていたかい?
相当身体に負担強いた旅だったようじゃよ?」
「‥‥‥それは‥‥。」
勿論鷹耶だって、それは「必要」な事だと、頭では理解していた。
だが‥‥。心が眠りを拒否し、身体が食を拒否した。
だから‥
本当に最小限しかとって来なかった。
「‥とにかく今は休む事じゃ。
発熱は休息を必要としている身体からのシグナルじゃろう。な?」
俯いてしまった彼の頭を軽く叩くと、諭すようにモーリは話しかけた。
「どれ‥。一応念の為、触診もしておくかね。」
微かに頷く彼に微笑かけると、胸をはだけるよう指示をする。
言われるままシャツのボタンを外すと、開けた合わせの隙間から手を差し入
れた。注意深く、トントンとノックするように指で叩いていく。
「ここを押すと痛いかね?」
「‥ああ。」
「大分固くなってるな。もうずっと、こんなだったんじゃないかね?」
ミゾオチにグリグリと指を押し当てた後、周辺を触診しながらモーリが訊ね
た。
「さあ‥。わかんねー。」
「とにかく。お前さんに今一番必要なのは、ちゃんと寝て、ちゃんと食べる
事じゃ。それが出来るまで、抱え込んでるモン全部忘れてしまえ!」
「‥‥‥?! ジイさん‥。」
厳しい瞳で言い放つモーリを、鷹耶は途惑うように見つめた。
「‥まあ。それが出来んから、ここまで身体を酷使したんじゃろうが‥。
気負い過ぎてはいかんぞ。
この時代に一人旅など、何か訳あっての事じゃろう?
目的があるなら、その明日の為に力を尽くしなさい。
その為に「忘れる事」は、生きる上での知恵じゃ。
恥ずべきモノじゃあない。そうじゃろう?」
「‥ジイさん。」
「とにかく、きちんと熱が下がるまでは大人しくしておる事じゃな。
旅はしばらくお預けじゃよ?」
そう言うと、モーリは立ち上がった。
「ジイさん。診察は済んだのか。」
寝室から出て来たモーリ医師に、オルガが待っていたように声をかけた。
「‥‥で。奴の具合はどうなんだ?」
「うむ‥まあ心配はいらんじゃろう。身体の方はな。
この3日の記憶が曖昧じゃと言っておったが。
まあ高熱に浮かされておったせいじゃろう。」
「そうか‥。」
「身体の方は休養を取れば回復もするじゃろうが。
それも食欲が戻らなければの。そっちの方のケアは、お前さんに任せる
ぞい。‥‥まあ。一応まだ病人じゃ。無理はさせるでないぞ?」
玄関口で意味ありげに笑むと神妙に忠告するモーリ。
「あ‥ああ。解ってるよ。」
昨夜の事を指摘されていると理解したオルガが苦笑した。
「ありがとうな、ジイさん。後は‥‥‥」
「そうじゃな。また2〜3日後にでも顔を出そう。」
「ああ、すまないな。よろしく頼むよ。」
「鷹耶。もうすぐ飯出来るけど、食えそうか?」
モーリ医師が帰った後。寝室に顔を出したオルガが声をかけた。
「‥あんまり欲しくねえ。」
「腹減らねーのか?」
「‥‥よく、解んねー。」
鷹耶がぽつりと零した。
「んじゃまあ、適当に持って来るさ。食えるかも知れねーしな。」
努めて明るく言うと、彼は炊事場へ戻って行った。
|