イムルを出てガーデンブルグに近い陸地へ上陸した俺達は、馬車で何日か揺られた後、
彼の国へと繋がる道が塞がれている場所へと辿り着いた。
「はあ〜。これが例の埋まっちゃった道ってやつね…」
マーニャがやれやれと口を開く。
「成る程のう。随分な大岩に塞がれてしまっておるな。」
両サイドには切り立った岩山が聳える、ガーデンブルグへの道。
そこを塞ぐ大岩は、魔法を用いても除去する事など不可能に思われた。
「困ったわね。蹴ったくらいじゃ砕けそうにないわよね、これ…」
「アリーナ様‥いくらなんでもそれは‥‥」
本気でそうするつもりだったのが伺える彼女の横顔に、苦笑交えたクリフトが答えた。
「そうそう! アレなら行けるかも知れませんよ?」
トルネコがポンと手を叩いた。
そう行って、馬車からごそごそと彼が持ち出して来たのは…サントハイムで手に入れた[マ
グマの杖]。確かにこいつなら、なんとかなるかも知れない。
トルネコは俺に杖をほおって寄越したが、ここは炎の扱いに慣れてるマーニャに任せる事
にした。
「…じゃ、行くわよ〜!」
彼女が杖を振るうと、途端に大岩が熱を帯び始める。やがて高熱を発し、岩はゆっくりと
氷のように熔けていった。
「うわあ〜。すごい、きれいさっぱり塞いでいた岩が熔けてくれたわね!
この杖ってすご〜い!!」
アリーナがマーニャから杖を借りると、興味深げに振り回した。
途端、あちこちに熱球が飛び散る。
「わっ。きゃっ‥うそっ!?」
「バカ! 何やってんだ!?」
慌てて彼女から杖を奪い取ると、彼女を安全な方へ引き寄せた。
幸い杖を振ったのは、人気のない方角だったので、被害に遭ったのは、ごろごろ転がる岩
達だけ。岩はシュウシュウと上気を上げながら、熔けて行った。
「ああ‥びっくりした。まさか私にも使えるなんて思わなかったから…」
アリーナがミネアに体を預けると、まだ動機が逸る心臓を押さえながら呟いた。
「ああ…まあな。けど。これでアリーナも、直接攻撃が効かない敵への攻撃が出来る事が
解ったじゃねーか。」
「‥そうね。直接攻撃すると分離しちゃう敵相手には、便利かもね‥」
にっこり笑った俺につられるよう、彼女も笑んで返す。
「…あ! ねえねえ、見て!」
熔ける岩を見守っていたマーニャが、嬉々とした声を上げた。
「おや…これは。すごいですね‥」
「温泉かの…?」
トルネコ・ブライが口々に言う。
みんなの視線がその一点に集まると、熔けた岩が空けた穴のあちこちから湯が吹き出して
いた。
「すご〜い。温泉が湧いちゃったね!」
アリーナがにこにこと笑う。
吹き出した湯は、瞬く間に低地へと溜まっていった。
そろそろと近づいたマーニャが湯に手を伸ばす。
「ふ〜ん。なんか丁度いい湯加減‥って感じよv
ねえ。ちょっと早いけど、今夜はここで一泊するコトにして、温泉入りましょうよ!」
「あ〜。それ賛成!! 私もお風呂に入りた〜い!」
「そうですね‥。ここの所ゆっくり休めませんでしたし、今日はゆっくりさせて頂けると、
私もありがたいですわ。」
ミネアの言葉にブライがうんうんと頷いた。
「…そうだな。んじゃ‥早速野営の準備にかかって、ゆっくり湯に浸かるとしようぜ。」
野営の準備も滞りなく終え、食料調達を済ませる頃には、少し早めの夕食が既に出来上がっ
ていた。イオウの匂いを嫌ったのか、この辺りは魔物の気配もしないので、久々にのんび
りした夕餉となった。
「ねえねえ。温泉に入る順番なんだけど…」
「ああ。アリーナ達が先でいいぜ。早く入りたいんだろ?」
「うん! えへへ‥でも、本当に先に貰っていいの?」
「構わねーさ。でも一応その間、離れた場所で見張りに着くのは了承してくれよ?」
「魔物の気配は感じられませんけど…その方が安心ですわね。」
「ああ‥。幸いか弱い女性‥ってのは見当たらないけどな。一応、あんたらも女だしな。
面倒な見張り役を買って出てやってる訳さ。」
「面倒で悪かったわね! …じゃ。あんたらが入ってる時の見張りは必要ない訳ね?」
マーニャが肩を怒らせると、呆れ交じりに唇を尖らせた。
「まあ‥あんた達が入ってる間、平和だったら要らないな。
一応武器は身近に置いて入るしさ。」
食事の片付けが終わると、彼女達はいそいそと風呂の準備を始めた。
温泉湖と化したそこは、後方を切り立った岩壁に、両サイドもごつごつした岩がうまい具
合に壁としてぐるりと囲んでくれたので、岩を登らない限り、中の様子を覗く事が適わな
い作りとなっていた。
ライアン・ブライ・トルネコは、馬車が置かれた側の見張りを引き受け、俺とクリフトが
反対側の見張りに立った。
まあ。注意が必要なのは、空からの攻撃くらいだろう。けど、どうやら魔物はこの温泉特
有の匂いが苦手っぽいから、意外に楽勝かも知れない。
クリフトは真面目に空と前方の気配に集中しながら、岩に身体を預け座っていたが、俺は
久々にのんびりと2人で過ごせる状況が出来て、チャンスと思って話しかけた。
「‥なあ、クリフト。」
「…なんですか?」
「…あのさ。お前‥ここんとこ、俺のコト避けてねー?」
馬車での移動中は、元々2人きりになるチャンスなんて、そうはないんだけど。そういう
のと違って、なんとなく目が合うと逸らされる気がするんだよな…
「‥別に、避けてなんて‥‥」
「本当?」
ふいっと顔を背けながらじゃ、説得力ないんだけど‥☆
俺は彼の顎をとり、こちらへと顔を向かせた。
「…俺、なんかしたか‥?」
「いえ…別に‥。そういう訳じゃ‥。そんなんじゃ‥ないです…」
俯きがちに答えるクリフトの頬がほんのり赤みがかった。
「じゃ‥どうして?」
「だから。別に避けてなんていません‥て。」
キッと睨むように顔を上げるクリフト。でもその表情は、なんだか誘われてるようで…
「‥ふぅ…んっ‥。」
つい、俺はそのまま口づけてしまっていた。
「ん…っ‥はぁ‥‥‥」
抵抗はほんの一瞬で、口腔に舌を差し込むと、躊躇いながらも応えてくれた。
「…鷹耶さん‥」
キスの後、ほうっと身を委ねてくれるクリフトの背に腕を回し引き寄せる。
「んん‥はぁ‥‥‥」
一頻り彼の中を味わった後、唇を解放すると、クリフトがくったりと身体を預けてきた。
「…なあ。温泉早目に切り上げてさ、後でここで落ち合わないか?」
甘ったるく囁いた俺を、クリフトが驚いたように見つめた。
「あの‥それって…まさか‥‥」
心持ち動揺した様子で彼が俺の顔色を覗う。
「だってさ。街に着くまで我慢出来そうにねーんだもん。
ここならさ、余計な邪魔も入らず愉しめんじゃねー?」
「そ‥そんなの絶対駄目ですよ! こんな…外でなんて‥私には‥‥‥。」
真っ赤な顔で首を振って、クリフトが拒否を示した。
「…じゃ、温泉でまたこっそり悪戯仕掛けちゃおうかな? どっちがいい、クリフト?」
余裕たっぷりに笑んでみせると、その意味を十分理解しているように、顔を引きつらせた。
「‥‥‥後でがいいです。」
ぽつり‥と観念したようにクリフトが答えた。
まるで湖のような温泉に浸かりながら、俺は上機嫌にお湯の中で身体をう〜んと伸ばした。
「すっげえ、広々してていいな、ここは。平和になったら、ちょっとした名所になるんじゃ
ねーか?」
「そうかも知れませんね、鷹耶さん。そうしたら、私達はそのお客第1号って訳ですね。」
「というか。アリーナ姫が温泉を掘り当てたという方が、すごい事と思うが。」
「ふぉっふぉっふぉ。それもそうじゃのう‥。おかげでこうしてゆっくり身体を休める事
が出来たのだからな。こういうハプニングなら、いつでも大歓迎じゃな。」
トルネコ・ライアン・ブライが銘々好きな所でゆったりと身体をくつろがせながら、ほの
ぼのと語っていた。
「また機会があったら、絶対来ようぜ。な、クリフト。」
しっかり手の届く範囲内に移動しながら、俺は俯いたままのクリフトに話しかけた。
「え‥あ、そうですね。(って。どうして隣に座るんですか?)」
適当に相槌打ちながら、ぼそぼそと訝しむよう小声で話し俺を睨みつける。
「いやあ。こっちの方が落ち着くからさv」
(…約束は守って下さいね?)
(お前が守ってくれるなら‥な)
ひそひそと声を顰めて言葉を交わす。クリフトが頬を染めながらも頷くのを確認すると、
俺はさっさと湯から上がった。
「おや。鷹耶さんはもう出られるんですか?」
「ああ。今夜はのんびり過ごせそうだからな。その辺散策してみたくてさ。」
「そうでござるな。まだ宵の口から自由時間を過ごせるのは、滅多にござらんからな。」
トルネコの問いかけに答えた俺に、ふむふむと納得顔のライアンが頷いた。
「じゃ‥みんなも湯あたりしない程度に楽しんでくれな。」
身体を拭きさっさと身支度を整えた俺は、馬車のある野営地へ向かった。
「あら鷹耶。早いじゃない。」
意外そうにマーニャが声をかけて来た。
「ここらは案外魔物も少ねーみたいだからな。気分転換に散歩して来ようと思ってな。」
「ふ〜ん。独りで?」
「俺だってたまには独り考え事に耽りたい時だってあるんだよ。」
訝しげなマーニャにふんっと答えると、クスリ‥と側でやり取りを見ていたミネアが
笑った。
「そうですよねえ。移動中は団体行動に縛られてしまいますものね。」
「そゆこと。見張りの時間までには戻るからさ。じゃ‥な。」
「はあ…」
湯船の中でクリフトは、ひっそりと嘆息した。
さっきの場所で鷹耶が待ってる―――そう思うと、なんだか気が重くて動き出せない。
抱かれるコトは…嫌ではないのだ。むしろ、さっきのキスで煽られてしまったせいか、躯
が湯のせいとは別に熱く感じる。
けれど…
(僕は結局代わりでしかないんだ―――)
そう思うと、どうしてもいたたまれなくて、苦しくなる。
「クリフト。また湯あたりせんようにな。」
不意に近くへ移動して来たブライが声をかけてきた。
惚けたようにじっと動かないままの彼を案じて、やって来たらしい。
「え‥あ。そ‥そうですね。では‥そろそろ私も上がります。お先に失礼します。」
クリフトはそう答えると、残るライアン・トルネコにも会釈をして、湯から上がった。
ふらふらした足取りで、クリフトは野営地に戻った。
「まあクリフト。大丈夫? また上気せちゃったの?」
アリーナがのんきそうに、彼の以前の失態を思い出させてくれる。
「あ‥いえ。姫様、今夜はそこまでひどくは…。」
「はいお水。喉渇いたでしょう?」
マーニャがつい‥とコップに汲んだ水を差し出した。
「あ‥ありがとうございます。」
彼女からコップを渡されたクリフトは、一気にそれを飲み干した。
ほう…と人心地着いたような吐息がこぼれる。
「…あの、少し夜風に当たって来ても大丈夫ですか?」
遠慮がちにアリーナ・マーニャ・ミネアへと視線を流したクリフトが訊ねた。
「ああ。なんだかこの辺、本当に魔物出ないみたいだし。大丈夫よ。鷹耶もさっきのんき
そうに散歩行くって出て行っちゃったし。あんたも自由に過ごせば?
見張り当番までに戻ってくれば問題ないわよ。」
「鷹耶‥さんもですか? そうですか。じゃ‥私も少しのんびりさせていただきますね。」
マーニャの言葉に意外そうな顔を見せてから、クリフトはゆっくりと場を離れて行った。
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