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エンドール。宿の屋上。
『ソロも難しい恋をなさってるんでしたね‥。』
そう話しかけたクリフトに、ソロはハッと顔を上げた。
『‥‥けど。…終わりに‥しないと。もう‥‥‥』
―――デスピサロとは宿敵なのだから。
お互いの立場を改めて認識したソロは、独り宿の屋上へ向かい泣き続けた。
いつのまにか芽生えていた恋心と決別する為に。
人間を滅ぼすという彼の気持ちが変えられない以上、地獄の帝王同様、勇者として倒さな
ければならない敵なのだから。
一頻り泣いて、ようやく呼吸が整って来た頃。
ソロは不意に街の北に現れた気配を察知し、顔を上げた。
暗い夜闇に黒々と浮かぶ山並みへと視線を向けながら、まだ少し残る濡れた跡を乱暴に拭
い去る。気合を込めるよう、両頬を軽く叩くと、その気配はすぐ近くへ移動して来た。
「‥来るかも知れないって、思ってた。」
後方に感じる気配に向かって、ソロは振り向かないまま声をかけた。
「ほう‥。ならば、このまま移動出来るのだな?」
黒ずくめの装束で現れた男が歩を進め、ソロとの距離を詰める。
「ああ‥。大丈夫だ。」
ソロは身体ごと振り返ると、すぐ近くにある男と視線を絡めた。
強い意志を込めた蒼の瞳に、紅の双眸が興味深げに細められる。
「では‥参るぞ。」
男は短く言い、ソロの腕を掴むと移動呪文を唱えた。
ふわり巻き起こった風が止む。
ソロの腕を掴んでいた男は、移動を果たすと彼を解放した。
城からさほど離れていない山中。似たようなコテージが幾つか並んでいるらしい‥という
のは、星明かりの中でも窺えた。
男は小高い場所に位置する大きめのコテージへとソロを誘った。
無言のまま彼の後を追い、扉を潜る。
入ってすぐの広い空間に置かれたテーブルに明かりが灯ると、オレンジ色の柔らかな光が
室内を照らし出した。
頭から被っていたフードを外す彼の姿を横目で見ながら、ソロが部屋の奥へと足を向ける。
広い空間の奥に見えたベッドへ向かったソロは、そのままぽすんと腰を下ろした。
「ロザリーと会ったそうだな。」
テーブルのやや後方にあるカウンターに背を預け、ゆるく腕を組んだ男が、ソロを視界に
置きながら、感情を込めず言った。
銀色の長い髪。切れ長の紅の双眸。酷薄なその瞳が細められると、ソロはひっそり息を飲
んだ。
「…ああ。だから?」
彼との目線を絡めたまま、ソロも負け地と睨みつける。魔王‥デスピサロを。
「‥言っとくけど。オレ達はロザリーに呼ばれて行ったんだ。」
「ああ‥知っている。彼女も同じように言っていたからな。」
固い口調で話すソロに、薄く口の端を上げたピサロが返した。
「ああそう。なら問題ないだろ。
それとも何、オレ達が彼女と話した内容にでも興味ある訳?」
「そんなもの。聞かずとも推測出来るからな。
私が話しているのは、お前とロザリーが会った時の方だ。」
フン‥と鼻で笑うと、ピサロは意味ありげにニヤリと笑んだ。
「2人きりで会ったのだろう?」
「‥彼女に呼ばれたから。」
苦い顔を浮かべながら、ソロが不承不承答えた。
「アレが随分機嫌良く、お前の事を話していた。すっかり誤解したみたいでな。」
―――誤解。…ああ、そうだったな‥
ロザリーヒルでの彼女とのやりとりと思い出し、ソロが一瞬瞳を曇らせる。
―――そう。ロザリーは誤解していた。オレがピサロにとって特別な存在なのだと。
そんな事‥ある訳ないのに。オレにこいつの考えを変えさせるなんて‥そんな事…
出来るはずないのに‥。
「ピサロ。あんた‥わざわざそんな話の為に来たの? オレ、今日はのんびりおしゃべり
したい気分じゃないんだ。やらないなら帰るぜ?」
挑戦的な瞳でソロが彼に投げかけた。
ピサロは口角を上げると、ベッドへとゆっくり向かって来た。
「今宵はまた随分と挑発的なのだな。」
そっと伸ばされた手が、ソロの頬から顎へのラインを辿る。触れた刹那、強ばった身体が
小さく悸えたが、それでも、ソロは自分から目線を外そうとはしなかった。
―――決めたのだから。
緩やかに辿られた指先の感触に、頬がカッと熱くなる。気持ちが揺れる…
けど‥‥
「んっ…。は‥‥‥」
顎を上向かされると、唇が降りてきた。しっとり重なったソレは、すぐに深く熱を孕んだ
行為へと発展する。ソロは始めこそ途惑ったものの、すぐに馴染んだ接吻に応え始めた。
「ふ‥は‥‥ッ‥」
彼に応えながら、ソロが両腕を彼の首にゆるく絡める。上着の裾から入り込んだ彼の手が
腰から這い上がってゆく感触に小さく悸えながらも、ソロは決意の鈍らないうちにと、手
の中にそっと忍び込ませていた塊を指先に移した。
「‥気が散じているようだな。」
唇を解放したピサロが、不満そうに眉を寄せる。
「べ‥つに。そんなコト…」
内心の焦りを隠しながら、ソロが答えた。
口の端を伝う唾液を指で拭うと、今度はソロがピサロの頬に手を伸ばした。
「ピサロ‥もっと、キスしよ?」
甘えるように見つめ、彼の首に腕を回す。ソロはそのまま彼に口づけると、薄く開いた入
口から舌を忍び込ませた。
触れ合う肌はいつも自分より低く冷めているピサロだったが、口内は思いの外温かい。
ソロは彼の口内を一巡りさせると、喉の奥に先程口へ含ませたばかりの小さな丸薬を移動
させた。そのまま送り込んだ唾液ごと彼に嚥下させる。
無事それを飲み込んだ事を確認したソロは、徐に彼から離れた。
「‥何を飲ませた?」
ソロの前に立つピサロが苦い顔を浮かべた。
「毒薬。」
躊躇いなく告げると、彼はにこりと笑んで返した。
「いつ仕掛けてもいいって言っただろ?」
「ああ‥そうだな。今までで一番まともな企てだったな。褒めてやる。」
ピサロは余裕たっぷりに笑い、意地悪く目を細めた。
「だが‥相手が悪かったな。」
「え‥?」
ピサロに両腕を取られ、ベッドに縫い止められたソロが、圧しかかる彼の顔を凝視める。
「残念だが毒殺は諦めた方がいい。効かぬからな。」 凝視める→みつめる
「効か‥ない?」
「そういう事だ。ところで。ルールは覚えてるな?」
すっかり脱力してしまったソロの様子を覗いながら、ピサロが睦言めかせ囁いた。
「‥覚えてるよ。」
愉しげな彼に、頬を染め上げたソロがうんざりと吐いた。
そう。まだ出会って間もない頃。
村を滅ぼした仇‥ピサロとの関係に割り切れなさを感じたソロは、幾度となく命を狙った
攻撃を仕掛けた。隙をついて…と狙った作戦は悉く失敗に終わり、その代償として、彼の
命令に従う羽目となったのだ。
「…で。何すればいいの?」
大抵の行為にはすっかり慣れてしまったソロが、開き直り訊ねる。
「そうだな…」
怯えのない瞳で返す彼を眺めたピサロが思案げに答えた。
「…これは‥」
組み伏せた彼の上着を左右に開いたピサロは、ソロの胸元を彩るペンダントに気づき、
手に取った。
「あっ‥触るなよ。これは‥‥」
「あの時のエルフの形見か‥?」
「え…?」
「お前の身代わりとなったのだろう?」
「ど‥して。それを‥‥‥」
ソロの瞳が惑いに揺れた。
「あの時‥。あんたが…シンシアを、殺したのか‥?」
「忘れたのか? あの村を襲わせたのは私だ。」
「そ‥じゃなくて。…あんたが直接手にかけたのかって聞いてるんだ。」
「‥下らぬな。」
ピサロは身体を起こすと髪をうざったそうに掻き上げた。そんな彼に、上体を跳ね上げ起
こしたソロが噛み付く。
「下らないってなんだよ!
あんたはシンシアが、ロザリーと同じエルフだって知ってて‥
知ってて殺したのか!? オレに変化してた事も承知の上で…!!」
「勇者は殺された…そう噂が流れたであろう。そういう事だ。」
「…あの時、みんな騙されてたって事?」
「そうなるな。」
「けど‥あんたはあの時、一度去った村に戻って来たんだろう?」
「確信が持てなかったのでな。」
「それでオレを見つけた。なのに‥噂はそのままだった‥」
「いい玩具になりそうだったからな。」
淡々と話すピサロの横顔を睨みつけていたソロの表情が苦々しく歪んだ。
「そうだったな。今日でそんな関係を清算したかったんだけど…」
「徒労に終わったな。」
キッと睨みつけるソロの視線を軽く往なしたピサロが、彼の顎を捉えた。
「そろそろおしゃべりの時間も終わりにせぬか?」 往なし→いなし
「ふ‥ぁ。‥‥んっ。」
唇を奪われたソロが腕を突っ撥ね、彼を退こうと試みる。が、ただでさえ力で適うはずも
ないソロに、身体の力が抜けきってる今、抵抗は空しいだけだった。
「ん…んんっ‥。は…っ‥。」
口腔を蹂躙する彼の舌がソロのそれに絡みついてくる。最初は拒み続けていたソロも、徐
徐に熱を孕んでくると、それを忘れてしまったよう受け入れた。
ねっとりとした蜜が口内に溢れると、口の端からぽたぽた伝い落ちてゆく。
息継ぎすらままならない深い接吻は、たっぷりと注ぎ込まれた蜜を嚥下させられた所で離
れていった。
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