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「クリフト‥! 魔物よ! 来て!!」
ドン‥と船体が大きく揺れた後、船員達の声に混じってマーニャの緊張した声が届いた。
船に足をかけようとするたこまじん達を、ライアンが剣でなぎ払い、マーニャが後方から
支援魔法を繰り出している。呼ばれて駆けつけたクリフトと、同じくデッキの向こうから
駆けて来たトルネコの到着はほぼ同時。2人は早速戦闘に加わって、船体を揺らす敵と
対峙した。
トルネコは破邪の剣を掲げ、巻き起こった火炎をたこまじん達へ向ける。
クリフトはスクルトを唱えランスを構えた。
闘いは長引いたが、着実に相手の体力を奪っていった。
1体が海に沈み、残った1体もあと一息で倒せる‥そう思った時、たこまじんが渾身の反
撃を放った。こおりつく息―――冷たい息が船全体へと浴びせられる。
対峙していたパーティ4名は勿論、その冷たい冷気がデッキに居た船員にも襲いかかった。
「キャ…っ‥」
「くっ‥‥‥!」
身構える余裕のなかったマーニャと、一番間近に居たライアンが、強い冷気を受け、動き
を止める。離れた場所に居た船員達からも呻き声が上がり、船上はいつになく緊迫した空
気に包まれた。
「ぐ‥ああっ〜!」
やはり冷気で身体が固まっていたトルネコが、雄叫びを上げ、手にした剣を掲げる。
火炎が剣先に集まると、全身をバネに切っ先を標的へ向けた。
ドオン‥と衝撃音が上がり、船の縁にしがみついていた脚が離れる。
ズルズルと海に没してゆく巨体は、二度と浮かび上がって来なかった。
「はあ‥はあ‥。ど‥どうにか、退けましたね…」
凍った床でバランスを崩し倒れたトルネコが、にっかり笑う。クリフトがそれに微苦笑し
て返して、軋む身体を叱咤し周囲へ目線を巡らせた。
凍りついて動けなくなってたマーニャは、自身の魔力で巧く氷を溶かしたらしく、同じよ
うに凍りついたライアンに近づいて行く。クリフトも向かおうと足を踏み出すと、冷静な
マーニャの声がそれを押し止どめた。
「凍えてる程度なら、あたしに任せて。クリフトは怪我人お願い。」
彼女の言葉に逡巡したクリフトが、膝をついたままのトルネコへ向き返る。
「私も大丈夫ですよ。それより彼らを…」
言って、トルネコが先程の冷気を浴びた船員へ目で指した。
「‥はい。では、後でちゃんと診させて下さいね。」
クリフトは仲間の思いに淡く笑って、船員達の方へ向かった。
冷気の影響を受けた者だけでなく、船が揺れた際、酷く身体を打ち付けた者、落下物など
で怪我を負った者など、被害は思ったよりも広範囲に及んでいた。
クリフトは比較的軽症だった者に、デッキ以外にも怪我人がないか確認を依頼し、重症者
から治癒魔法を行った。
「‥クリフトさん、これくらい何てコトねえですから。」
調理場で火傷を負った青年が、申し訳ないと遠慮がちに話す。
鍋が引っ繰り返った際に浴びた熱湯で、両足を広範囲に火傷している青年の前に膝を
折ったクリフトは、患部にスッと手を翳すと魔力を集め始めた。
「なんともなくないでしょう?
今は応急処置程度しか適いませんので。後でもう一度診させて下さいね?」
動かぬように空いた手で制した彼が困ったように微苦笑う。本当なら最大回復呪文を用い
たいのだが、魔法力の消耗が思っていた以上に大きく、適わなかった。
「本当にすいません。てめえの不注意のせいで…」
「そんな事ないですよ。魔物が大きく船体揺らしたのが、そもそもの原因なんですから。
船自体も少し損傷受けたようで。怪我人も多く出してしまって‥。撃退に手間取ってし
まった我々の方が余程不甲斐ないと謝らなければ…」
「そんな事ねえっす! 自分ら、皆さんのおかげで、今も船乗りやってられんす。そんな
不甲斐ないなんて、誰も思やしません!」
力説する青年の周囲に居た連中も、コクコクと頷いた。
「ありがとうございます。私たちも、あなた方が居て下さるから、こうして船旅が出来て
るんです。助けられてるのは、私たちですよ。ですから‥必要な時は遠慮なく頼って下
さいね?」
言って、クリフトはふわりと微笑んだ。
柔らかな笑顔に、普段は厳つい海の漢たちの顔もほんわり和む。
「‥では、デッキに戻りますので。また何かあれば呼んで下さい。」
スクッと立ち上がったクリフトは、そう告げて階段へと向かった。
船内はまだバタバタしていたが、一通り重症者の手当は終わったらしい。船員達は船体の
破損などの修復に追われ、忙しく動き回っていた。
「‥あ、クリフト。どうだった?」
真っ青な顔した船員に連れて行かれたクリフトがデッキに戻ると、真っ先に気づいたマー
ニャが駆け寄って来た。
「あ‥はい。大分酷い火傷負ってらして‥。なんとか応急処置は出来たのですけど…」
「魔力‥残ってない?」
眉を曇らせるクリフトに、マーニャがそっと訊ねた。
「…はい。かなり消耗したようです‥」
「ここだけでも、怪我人多数出ましたからね。お疲れさまでした、クリフトさん。」
側へやって来たトルネコが労いの言葉をかける。
「いえ‥。皆さんの治療がすっかり後回しになってしまって。今すぐに‥‥」
「あたし達は大丈夫だって。さっきトルネコが薬草持って来てくれたし。本当、たいした
怪我じゃなかったんだから。それよりクリフト。さっき船長とも話したんだけどさ…」
クリフトの言葉を遮って、マーニャが切り出した。
「…え? 帰る?」
「そう。まだ昼過ぎたばかりだけどさ。またさっきの奴らみたいのに遭遇したら、今度は
ヤバイでしょ? だからね、鷹耶達には申し訳ないけど、エンドールで待ってよう‥っ
て。これ以上あんたに負担かけられないもの。」
「…すみません。力が足りなくて‥」
「違うでしょう? あんたががんばってくれたから、皆無事に港へ戻れるんじゃない。」
シュンと項垂れるクリフトに、マーニャが発破をかけるよう肩を叩く。
結局。船は彼女の移動呪文でエンドールへと帰港した。
実際クリフトは相当魔力を消耗していて。
エンドールへ着いてすぐ宿へ向かい、部屋へ着くなり倒れるように眠り込んでいた。
装備の類いは部屋まで付き添ってくれたライアンが部屋の片隅にまとめて置いてくれたが。
ベッドを斜めに横断するよう躰を預けて、俯せのまま泥のような眠りに就いていた。
カチャリ…
夕刻。王家の墓の探索から戻った鷹耶一行は、島に船がない事を知ると、呪文でエンドー
ルへと戻って来た。
港に船が帰港してるのを確認し、宿へと足を向ける。途中出会ったトルネコに、今日の経
緯を聞くと、慌てて宿へ走った。
部屋の前で乱れた呼吸を整え、眠っているらしいクリフトを起こさぬように、静かに戸を
開く。静まり返った室内は、茜色の陽光が柔らかく射し込んで、2つあるベッドの1つを
占領した人影の背を照らしていた。
鷹耶はそっと忍び寄ると、片膝を着き眠るクリフトと同じ高さに目線を合わせた。
薄暗い室内では判りにくいが、顔色が悪いようではない‥とほっとする。
「ん‥あれ…? …鷹耶‥さん?」
そっと髪を撫ぜられたクリフトが、ふ‥と目を覚ました。
「悪い。起こしちまったな…」
「あれ‥えっと‥‥‥」
まだぼんやりとした頭を上げて、上体を起こす。
「ここはエンドールの宿屋だよ。気分はどうだ? 随分魔力消耗したんだって?」
「あ‥そうでした! そうだ。船に戻って、怪我人の治療を…!」
バッと立ち上がりかけた彼を、鷹耶が制した。
「ミネアが向かってくれてるよ。それで足りなきゃ、俺が行く。お前は休んでろ。」
「でも‥鷹耶さん達は今日は探索で疲れて…」
「それがな‥しゅくふくの杖って、知ってるか? 結構便利なアイテム手に入れてな。
おかげでいつもよりずっと魔力温存出来たんだ。」
「しゅくふくの杖? それはまた‥随分レアなアイテムですね。」
「おう。やっぱそうだったんだ? 戦った魔物が落としてったんだけどさ。…と、脱線し
たな。だから、心配いらないって、な? お前の方が余程大変だったようだぞ?」
ニッカリ笑った鷹耶がスッと、戦闘中負ったらしい傷が残るクリフトの頬に手を当てた。
癒しの光がぽうっと灯り、傷跡が見る間に消滅してゆく。
「あ‥すみません、鷹耶さん。」
ほおっておいても問題ないような擦り傷なのに‥とクリフトが恐縮したよう返した。
「クリフトはそれでよくても。俺が厭なの。せっかくの美人顔が勿体ない。」
「もう。何言ってるんです? それより、やはり船の様子を見に行きたいのですけど…」
真顔で語る鷹耶に、すっかり照れた様子で瞳を泳がせたクリフトが、話題を戻した。
「…今日はもう、魔法禁止だぞ?」
ジッと彼を見つめた後、肩を竦めさせた鷹耶が妥協する。
「はい。回復魔法が必要な時は、鷹耶さん、よろしくお願いしますね。」
「ああ。任せとけって。」
「あ‥クリフトさん。もう大丈夫なんすか?」
港に停泊中の船に乗った鷹耶とクリフトの元へ、デッキで作業していた船員がパタパタ
寄って来た。
「え…私はなんともありませんよ? それより皆さんの方が酷い傷で…さっきは応急処置
しか出来なくて‥すみませんでした。」
「何言ってんすか。あんだけの人数治療してくれてんだ。俺ら魔法のコトはよく知らねー
けど。えらい大変なんだろ? 船降りる時、すげえ疲れた顔してたって皆心配してたっ
すよ?」
「ニコ‥。心配かけてすみません。まだ魔法力は回復してませんけど。身体はもう大丈夫
ですよ。ありがとう。」
まだ子供っぽさの残るそばかす顔の青年の心配を払うよう、クリフトがふわりと微笑んだ。
「い‥いや。俺らの方が余っ程世話になってるんすから…」
かあ‥と思わず頬を染めたニコが、照れを隠すよう頭を掻いた。
「んで? 怪我人の治療は、まだ必要なのか?」
むっすり顔の鷹耶が、頭1つ分背の低いニコを薄目で睨みつけた。
「あ‥いえっ。ミネアさんが来て下さったんで、大丈夫っす。はい。」
ビシッと直立不動の姿勢で、ニコが緊張を走らせ報告する。
「船は? 修理が必要だったって聞いてるけど?」
「あ…はい。そちらももう終わってると…あ、兄ぃ!」
船員を束ねる若頭の姿を認めたニコが、手を振り呼び止めた。
「鷹耶の兄貴が船のコト聞きてえそうっす。」
呼び止められた若頭がこちらへとやって来る。ニコはホッとした様子で、一歩退いて頭を
下げた。
「じ‥じゃ、俺も作業に戻るっす。」
クルンと踵を返して、わたわたとニコが場を去った。
「鷹耶。あんまり若いのを追い詰めるなよ。」
側へとやって来た若頭が、やれやれと嘆息する。
「俺は何もしてねえぞ。」
「鷹耶さんが不機嫌そうにしてたから、怯えちゃったんですよ、きっと。」
隣に居るクリフトも若頭に同意とばかりに呆れ顔を見せた。
鷹耶がクリフトに入れ込んでるのは、船員も周知の事実だが。実際の関係を察している人
間は少ない。その少ない一人が、微苦笑を浮かべ、鷹耶の頭をポンと叩いた。
「で、用件は?」
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