その1
「…俺、今夜は自分の部屋で休むよ。」
夜のミーティングを済ませ、自室へと戻って来た鷹耶とクリフト。
クリフトが自室の扉を開けると、足を止めた鷹耶が声をかけた。
「…大丈夫‥なんですか?」
気遣うように表情を窺いながら、クリフトが訊ねた。
「‥多分な。…おやすみ。」
問いかけに苦く笑んでみせた後、それだけ言うと自室へと向かう。
ぱたん‥
その姿は静かに、隣の部屋へ消えて行った。
サントハイムからスタンシアラへ向かう航海の途中。
半分程の道程を過ぎた晩だった。
キングレオを倒した後同様、バルザックを倒した後にも、情緒不安定さを垣間見せた
鷹耶。彼はあれから毎晩クリフトの部屋に泊まり込んでいたのだ。
体温や鼓動を確かめながら、ただ抱きしめて眠る。時折重ねてくる唇も、触れる程度と
なっていた。
クリフトは扉を閉めると、自室の入口にそのまま佇んでいた。
覗き込んだその表情は、まだ辛そうで。暗い瞳をしていた――のに。
(どうして‥‥‥?)
彼の気持ちが理解出来ず、きつく唇を噛み締める。
クリフトはのろのろと着替えを済ませると、ベッドの端に腰を下ろした。
頼られてる・頼りに思われてる…そう思えた途端、離れてしまう鷹耶。
自分が考えてる程必要とされてないのではないか?
『自惚れていいぜ』
そんな迷いを否定するように、鷹耶の言葉が蘇った。
クリフトはグダグダ考えるのを止め、直接鷹耶に確かめようと、部屋を出た。
トントン…。控えめなノックが静かな部屋に届いた。
かちゃり。小さく開かれた扉の向こうに見える人影を確認した鷹耶は、そのまま驚いた
ように目を見開いた。
「…クリフト。」
「‥あの。お話があって‥。入ってもいいですか?」
「あ‥ああ。」
鷹耶は不思議そうにクリフトを見つめながら、戸口から退いた。
彼が部屋に入ってくる姿を見届けると、鷹耶は静かに扉を閉ざした。
「‥それで? どうしたんだ一体。」
部屋の中央で立ち尽くしているクリフトの横に立った鷹耶が、静かに訊ねる。
「それを伺いたいのは、私の方です。」
鷹耶を正面に据え、クリフトがきっぱりと語り出した。
「まだ全然大丈夫じゃないのに。どうして頼ってくれないんです?
それとも、やっぱり私では役不足だったんですか?」
「クリフト‥。そうじゃねーよ。」
必死に話すクリフトに、苦しそうな瞳の彼が嘆息した。
「そんなんじゃ‥ねー。」
「…じゃあ、どうして‥?」
途惑うクリフトを鷹耶はきつく抱きしめると、そのまま口づけた。
「ん‥んんっ‥‥」
噛み付くような口づけは、強引に荒々しく彼の口腔を貪った。
「ん‥ふ‥‥。んぁ‥‥‥っ。はあ…はあ…。」
「な? 解ったろ? 今の俺はヤバイんだよ。」
腕の中で呼吸を整えるクリフトに、彼が自嘲気味な笑みを浮かべる。
「それとも…そこまで頼らせてくれるか?」
ねだるように言いながら、彼は唇を重ねさせた。
しっとりと重ねられたそれは、薄く開かれてた入口から舌を忍び込ませると、ゆっくり
と口腔を味わい始める。途惑う舌を絡ませていくと、湿った音が薄暗い部屋に響いた。
「…んふ‥。ふ‥ぁ‥‥んん‥‥。‥!」
久しぶりの濃厚な口づけに、振り払えず翻弄されてしまうクリフト。シャツの裾から入り
込んで来た手が、弄り始めた時、ようやく彼は自分の置かれてる状況を自覚させた。
「…あ‥あの。僕‥‥‥‥」
ドンと彼から逃れると、クリフトが数歩後退った。
それを追うように、静かな歩みで鷹耶が距離を詰める。
「あ‥‥。」
どさっとベッドの縁に躓いたクリフトが、そのまま腰を落とした。
「気が利くな。」
にやりと口の端を上げた後、鷹耶はベッドに腰掛ける彼の前に立った。
「あ‥あの‥‥」
「せっかく訪ねてくれたんだ。どうせなら、二人でイイ事しよーぜ?」
緊張するクリフトの頬に指を滑らせながら、間近に顔を寄せる鷹耶。
「気持ち良くさせてやるぜ? またさ‥。」
耳元で甘く誘いをかけられ、彼はその耳まで赤く染めた。
「あ…。」
鷹耶に耳朶を甘噛みされ、ビクンと身体が震える。
「お前‥耳弱いよな‥。」
クスリ‥と微笑った後、耳の中に舌を這わせる鷹耶。
わざと水音をさせると、そのまま唇を首筋に落としていった。
自分の体重を乗せながらクリフトを組み敷く。呆気なく倒された身体からは、何の抵抗
も感じられずにいた。
「…もしかして。多少は期待して来た訳?」
「そんな訳ないでしょう。」
嬉しそうに訊ねる鷹耶に、赤い顔を顰めさせるクリフト。
「‥‥でも。」
瞳を逸らしぽつりと零す彼の両頬を、鷹耶が手の平で包み込んだ。
「その気になって来ちゃった?」
睦言めかしながら囁くと、クリフトは困ったように鷹耶をみつめた。
戸惑う瞳は、朱に染まった頬と合わさり、肯定を表すようで…
鷹耶は唇を重ねさせた。
「ん‥。」
啄むようなキスを贈りながら、シャツの裾から潜り込ませた手が探るように滑っていく。
「あ…。」
指先が突起を捉えると、クリフトが小さく身動いだ。
「や…。なんでそこばかり‥」
突起を爪弾いたり、転がすように弄んだりしてくる鷹耶を非難するように、クリフトが
睨みつけた。熱に潤んだ瞳で睨んでも、逆効果なだけなのだが…
「こっちを早く触って欲しい‥ってか?」
にやり‥と人の悪い笑みを浮かべながら、彼は自己主張を始めたクリフト自身をズボンの
上から軽く揉みほぐした。
「あ…っ! やあ‥‥っ。」
息を乱し大きく仰け反るクリフト。
「ふふ‥。やっぱりお待ちかね‥だったんだ。」
「…もう。鷹耶さん、さっきから意地悪ばかり言って‥‥」
恥じらうようにクリフトが拗ねた。
「優しくしてると思うけど。そろそろ邪魔な服は脱いじゃおうな。」
言いながら。鷹耶はさくさくと彼の上着とズボンを剥ぎ取っていく。
だが、最後の砦とも云える下着に手をかけた時、強固な抵抗にあってしまった。
「ずるいです、僕ばかり…。」
そう言いながら、クリフトは彼を睨みつけた。
「ああ。‥OK。」
鷹耶は彼の意図を汲むと、すんなり身につけてた衣服を脱ぎ去った。
自分ばかり恥ずかしい思いしてるのが居たたまれなくて、鷹耶に文句を言ったクリフト
だったが、なんの躊躇いなく脱ぎ出す彼に、実はこっちの方が恥ずかしいかも…と、前言
を撤回したい心境に陥ってしまった。
(これじゃ…まるで‥‥‥‥)
男女のソレと変わらないんじゃないか…?
などと。今更ながら思い至って、頬を赤らめてしまうクリフト。
「‥あ‥あの。‥‥やっぱり。これって…変なんじゃ‥」
上体を起こしたクリフトが、俯きがちに零した。
「なにが?」
「だって‥なんだか‥‥」
恥ずかしさが、その先を口籠もらせる。
「俺に‥触れられるの、嫌‥?」
「い‥いえ。そんなんじゃ…。ただ‥‥」
気弱な響きで訊ねられたクリフトが、慌てて否定した。
「好きだよ…。」
「え…?」
「そう言って欲しい‥?」
からかい口調で鷹耶が囁いた。
一瞬本気にした自分が恥ずかしくて。でもそんな冗談言う彼が許せなくて。
真っ赤な顔でクリフトは睨みつけた。
「触れられるの嫌じゃないならさ。楽しもうぜ…?」
鷹耶はそんな彼に軽く口づけると、ぺろりと唇を舐めた。
「お前だってさ。溜まってるんだろう‥?」
低く甘い声が唆すよう耳元をくすぐる。
首筋から這い降りて来る唇は、鎖骨をなぞるように滑り、きつく吸い付いてきた。
ビクン‥と肩を震わせるクリフト。もう自分でも、どうしたいのか見えないまま、
彼は鷹耶に身を委ねた。
「…ん。」
胸の飾りにねっとりとした舌が絡みついて来ると、彼の背がしなった。
上体を支えていた鷹耶の手が徐々に緩められる。緩やかにベッドに沈んでゆく身体は、
執拗に弄ばれてる飾りから広がる熱に、浮かされつつあった。
「あ‥っ。はあ…っ。」
いつのまに剥ぎ取られてたのか。ふいに自身を握り込まれたクリフトが、直接的な刺激
に大きく仰け反らせた。
「ああっ…。やあ‥‥ん…っ。」
先走らせていた先端を指の腹で転がすように撫でられ、きゅむきゅむと扱かれると、熱い
疼きが巻き起こった。熱い衝動がどっと込み上げてくる。
「あ‥はあ‥‥は‥。ん…んはぁ‥っ。んんっ‥。」
「マジで溜まってたんだな、クリフト。」
クスリ‥と鷹耶は達した彼を窺った。
「もしかして‥あれからヤッてなかったのか?」
かあっと頬を赤らめるクリフト。そんな様子に機嫌良さそうな彼がクリフトに口づけた。
「…あの。鷹耶さんは…?」
掠めるようなキスの後、まだぼんやりとした様子の彼が、小さく訊ねた。
「自分で確かめて見るか?」
にんまり笑んだ後、彼の手を自身へと導く。
「嫌か?」と訊ねるとクリフトは小さく首を振った。
導かれた手に添えるように、おずおずと残った手を伸ばすと軽く握り込む。
既に屹立していたソレは、びくんと脈打ち、ほんの少し彼の表情が色を帯びた。
怖々と握り込んだモノを扱き出すと、彼の眉根がピクピクと反応を示す。
堪えるような表情に、何故だか昂揚感を覚えるクリフト。
「…あっ。は‥‥ぁ…っ。」
ふいにあらぬ場所への刺激を感じ、クリフトが戦慄いた。
「あ…そこは‥。や…」
キュッと締まった蕾を解し始めた彼の指から逃れようと腰を浮かすと、逆にすっかり指に
捉えられてしまった。彼が放ったモノを潤滑にして、するりと忍び込んでくる。
じわじわと広がる疼き。指は慎重に奥まで進むと、ゆっくりとソレを蠢めかせた。
「あ…んっ。た‥かやさん‥。そっちは…やめ‥んんっ。」
「‥クリフト。そんなに煽るなよ…。」
抑えが利かなくなりそうだ…と、鷹耶が声を掠れさせた。
「な。その前に‥これで達かせてくれよ? ひどい事しちゃう前にさ…。」
すっかり置き去りにされてしまった自身に、再びクリフトの手を導いた。
言われるまま素直に両手で握り込む。そろそろと握ったソレは、先程よりも重量を増し
てるかに思えた。
「‥なあ。このまま俺、動いてもいい?」
拙い動きに焦れたように、鷹耶が甘くねだった。彼が促されるまま頷くと、鷹耶が自分
のリズムで動き出した。
湿った音と浅い呼吸に包まれた空間。クリフトはどうすればいいのか解らないまま、
ただただ受け身でいた。だが…
「は…あっ‥んっ‥‥。」
後ろを弄っていた指がある一点を滑った時、艶めいた声を発したクリフト。
彼は瞬間、手に力を込めた。ふいに生じた刺激に鷹耶が顔を顰めさせる。
どくん‥と脈打つ証。
「あ…。悪い‥クリフト。…間に合わねーや…。」
バツが悪そうに苦笑うと、大きく動き、彼が昇り詰めた。
「悪りい。…汚しちまったな‥。」
済まなそうに言いながら、彼は近くにあった自分のシャツで放ったモノを拭き取る。
クリフトの腹にかかってしまったソレを拭うと、きれいな部分で彼の両手も拭って
やった。「怒った?」との小さく問いかけに、首を振って答えるクリフト。
鷹耶は微笑んだ後、彼に口づけた。
「ん…ふ‥。」
差し入れられた舌を受け止めると、自らも絡みつかせる。覆い被さる鷹耶の広い背中に
腕を回すと、ねだるように引き寄せた。
彼の昂ぶりを感じながら、鷹耶は先程中途になってしまった後孔へと指を滑らせた。
「んっ‥ふう…ん‥‥っ。」
異議はあっさりと封じられ、身動ぎすらも適わぬまま、じりじりと蕾を押し開かれる感触
を味わう。
「ああ‥っ! はあ…。は‥ぁ‥‥。んんっ‥ダメ…」
「何がダメ…?」
甘く低い声が囁きかける。
「このままじゃ‥んっ…。はあ…。」
一番感じる場所を外されながら内部を弄る指に、もどかしさばかりを募らせたクリフトが、
焦れるように腰を揺らした。
「こっちにも刺激が欲しい?」
ふふっと笑みを浮かべながら、鷹耶は彼自身に片手を添えた。
クリフトはそれに答えるように彼の背に両腕をきつく回す。
「どうせなら…ちゃんとねだって欲しいな。…ダメ?」
唇が触れ合いそうな距離で、鷹耶が甘く瞳を眇めさせた。
「あ‥ん。…鷹‥耶さ‥ん‥‥お願‥ぃ…」
困惑を露にしながらも、込み上げる熱が勝ってしまったクリフトが取り縋る。
「すげ‥え。ゾクゾク来たぜ‥。」
鷹耶は色めいた表情で呟くと、そのまま唇を重ねさせた。 噛み付くような口づけは、
全てを奪うかのように口腔を蹂躙する。下しきれない唾液が口の端から零れ落ちた。
「ん‥ふう‥んんっ…。は…ん…。」
下腹に広がる熱が出口を求めて一気に収束を始める。
「あっ…ああ! はあ…はあ‥‥。」
達したクリフトが、ぐったりと身体を預けるようにしな垂れた。
「うん…。」
ぼんやりと目を覚ましたクリフトは、眼前に度アップで在る顔に気づくと、反射的に
離れようと退いた。…が、がっしりと抱かれた身体はびくとも動かない。
「‥おはよう、クリフト。」
そんな気配に気づいたのか、目を開けた鷹耶がにっこりと笑んだ。
「…おはようございます。‥あの。…腕、痺れません?」
彼の腕から解放されたくて、クリフトが遠慮がちに声をかける。
「全然。お前、抱き心地いいからな。」
一瞬ぽかんとした鷹耶だったが、口の端を上げさせるとぎゅむっと抱きしめた。
「た‥鷹耶さん。あの…僕、もう戻らないと。」
「そうだな。名残惜しいけど、もう起きないとな。」
そう言うと、クリフトの頬に軽く唇を寄せた後、彼を解放した。
鷹耶の腕から解放されたクリフトがベッドから出ると、上体を起こした鷹耶が大きく伸
びをした。半裸でいる彼を見ると、昨夜の事が思い出される。クリフトは自分がきちんと
寝着を着込んでるのを顧みながら、首を捻った。
「…ん? どうした、クリフト。」
「あ‥ええ。その…自分で服を着た記憶がないので…。」
「ああ。俺が着せたからな。お前寝付きいいよな。」
「す‥すみません…。」
「はは‥。別に悪くねーさ。それよりさ…」
鷹耶はベッドから出ると、クリフトの前に立った。
「また‥愉しもうな。」
そっと耳打ちする鷹耶。クリフトはかあっと頬に朱を走らせると、耳を押さえ飛び退いた。
「…ぼ‥僕、もう部屋に戻ります。では‥!」
バタン。踵を返したクリフトは、足早に鷹耶の部屋を後にした。
残された鷹耶はベッドに腰掛けると、にんまりと笑みを浮かべながら、彼の様子を思い
返すのだった。
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