その2
「へえ‥あれがスタンシアラか。」
順調に航海を進めた一行は、程なくして、目指すスタンシアラへと辿り着いた。
小さな島が幾つも連なり形成されたような国。船を半島の一角に寄せると、一行は馬車
で城を目指す事にした。
「きれいねえ‥。」
流れる景色を見つめながらアリーナがうっとりと呟いた。
「ええ‥そうですね。水の都とは聞いてましたが、海がこんなに間近な国とは‥。
緑も豊かですし。いい所ですね。」
隣に居たクリフトがにこにこと笑う。
どこまでも広がる青い空と爽やかな風。隣には明るく微笑む姫様の顔。
旅っていいよなあ‥と、のんきなクリフトは上機嫌に、幌から見える空を眺めていた。
島の中央部。高い外壁をくぐると、城下町が広がっていた。
一行はすぐ近くに見えた宿屋へ向かうと、早速今夜の宿を頼む事にした。
「もう夕食のお時間なのですが、皆様方はいかがなさいますか?」
部屋に案内しながら、宿の主人が声をかけて来た。
「ああ、頼むよ。すぐ出来るのかな?」
「はい。ご用意出来ます。」
「じゃ、荷物置いたらすぐ行くよ。食堂でいいんだろ?」
「はい。お待ちしております。」
先頭を歩く鷹耶に答えると、二階に上がってすぐの部屋の前で、宿の主人が立ち止まった。
「こちらが三人部屋になります。」
「じゃ、荷物を置いたら食堂行くっつー事で。ミーティングは食事の後だな。」
部屋を案内されると、鍵をトルネコ・ミネアに渡した鷹耶が予定を説明する。
「じゃ、後でな!」
隣合う三人部屋から離れてしまった二人部屋に、当然のごとくクリフトを引っ張りなが
ら向かう鷹耶。
見慣れた光景を見送ると、残されたメンバーもそれぞれの部屋へ入って行った。
「…たまには、別のメンバーと同室なのもいいんじゃないですか?」
部屋に入ると、遠慮がちにクリフトが勧めてみた。
「お前‥俺と同室なの嫌か?」
上機嫌だった顔を一転させた鷹耶が、低く訊ねる。
「ち‥違いますよ。そ‥その方が、他のメンバーとも親しくなれるのでは…と。」
不機嫌オーラ全開の彼に退避ぎながら、クリフトが言い訳めかした。
「十分してるだろ? …それに。
どちらかっつーと、俺はお前とより親密になりたいんだけどな?」
色を交えた密やかな声で耳打ちする鷹耶。
「‥し‥食事でしたね! 皆も待ってるでしょうから、急ぎましょう!」
クリフトはかあっと頬を赤らめると、ぎこちなく言いながら部屋を出てしまった。
食事の後、そのままミーティングを済ませた彼らは、翌日の予定を確認すると解散した。
「おや。姫様、お出掛けですか?」
部屋へと戻ろうと階段に向かう鷹耶の後ろで、クリフトの声が聞こえた。
「ええそう。なんだかね、舟ですぐの所に酒場があるんですって。
ちょっと行ってみようって話になったの。」
ウキウキと話すアリーナの声が届く。
「行くって‥どなたとですか?」
「えっとね。マーニャとブライとトルネコとライアン。」
「ミネアさんはいらっしゃらないんですか?」
「うん。今日は疲れたからゆっくりしたいって。」
にこにこと答えるアリーナ。
クリフトは大きく嘆息した後、前方で足を止めている鷹耶に目線を移した。
「鷹耶さん‥。」
「‥アリーナ。俺達も付き合うぜ。」
小さな吐息を零すと、鷹耶が少々投げやりに参加を告げた。
「本当? ふふ‥じゃあ皆で早速行きましょ。舟に乗って!」
「え〜。もう着いちゃったの? 本当に近いのねえ…。」
定員四名の小舟の第二陣で酒場へと到着したアリーナが、残念そうにぼやいた。
「クス‥。なんだ、アリーナは舟に乗りたかっただけなのか?」
珍しく酒場へ繰り出した彼女の真意をはっきり理解した鷹耶が苦笑った。
「えへへ。だって面白そうじゃない?」
「‥なんなら。適当に街を巡ってみるか?」
「え‥いいの?!」
「別に構わないさ。今夜はそれほど飲む気分でもなかったからな。」
「本当? じゃあさ、私マーニャ達に断って来るわ。待ってて。」
嬉しそうに舟を降りた彼女は、先に酒場へ到着しているメンバーに声をかけて来ると、
駆けて行ってしまった。
「で? クリフトはどうするんだ?」
黙ったままの彼に、意地悪く鷹耶が問いかけた。
「私も‥別に飲みたい訳ではありませんから。」
「そうだよな。姫様の護衛に来たんだもんな。」
「鷹耶さん…。」
感情をみせず言う彼に、困惑顔でクリフトは零す。
「鷹耶、クリフト、お待たせ!」
アリーナが息を弾ませ戻ると、早速舟に乗り込んだ。
小舟が大きく揺らぐと、クリフトがはしっと縁を掴んだ。クリフトの隣に腰掛けた
アリーナは、向かいに座る鷹耶に笑んでみせると早速催促始める。
「さ、行きましょう。街の探検にね!」
「スタンシアラって面白い国ねえ…。」
水路をあちこち走らせて貰ったアリーナが満足気に感想を漏らした。
夜の街でも水路の回りは明るく照らし出されている。今夜は月明かりも手伝って、
夜の散歩には持って来いのコンディションだった。
「街の方々は皆、こういった小舟やイカダで移動してるようですね。
船酔いなんか、ここの人達はしないのでしょうか?」
「そうかも知れないわねえ。ここの人達って、きっと子供でも舟を動かせるんでしょう
しね。ねえ、鷹耶。舟漕ぐのって、難しい?」
そろそろ観光モード解除となったアリーナが、興味津々問いかけた。
「コツさえ掴めば簡単だぜ? やってみるか?」
「うん!」
「じゃ、あっちの広い水路に出たら交代しようぜ。」
鷹耶はそう言うと、静かにオールを漕いだ。
「気をつけて下さいね‥。」
広い水路へ出ると、鷹耶とアリーナが場所を交代させた。
ゆらゆらと揺らぐ舟を気にしながら、クリフトが二人に声をかける。
「じゃ、ゆっくり慎重にな。」
「うん、やってみる。」
アリーナは鷹耶がしていたようにオールを漕ぎ出した。
初めはたどたどしかったその動きも、徐々に慣れて来たのか、スムーズに変わって行く。
「ふふ‥大分掴めて来たわ。」
「ああ。やっぱりアリーナは要領いいな。上手いじゃないか。」
「えへへ‥。」
「はあ、楽しかった。付き合ってくれてありがとう、クリフト・鷹耶。」
宿の側で舟を止めたアリーナが、にっこりと笑んだ。
「まあアリーナには、酒場よりも合った過ごし方だったな。」
「えへへ。鷹耶達はお酒飲み損なっちゃったね。なんだったら部屋で飲む?
宿の食堂にお酒あったでしょ?」
宿への道を歩きながら、彼女が両サイドを歩く二人に声をかけた。
「気遣わなくていいよ。俺達も楽しんだからな。」
彼女の頭にくしゃりと手を乗せると、鷹耶が笑んでみせる。
「本当? 私も楽しかった。明日は私がお城まで漕いで行くんだ。
ブライ、びっくりするかな?」
「どんどん姫君らしくなくなって行くって、嘆くんじゃねーの?」
「あはは。そんなの今更だよ。ねえ、クリフト?」
「はは‥。」
肯定も否定も出来ず、クリフトが苦笑した。
「…じゃ、おやすみなさい。」
アリーナが部屋の前で立ち止まると微笑んだ。
「おやすみ。」
「おやすみなさいませ。」
「はあ‥やれやれ。すっかり遅くなっちまったな。いいけどさ。」
鷹耶は部屋に戻ると近くのベッドに腰を下ろした。
「…ん? どうした?」
部屋の入口でぼんやりと立ち尽くしてしまったクリフトに、彼が声をかけた。
「大丈夫か…?」
暗い場所では気づかなかったが、明かりの下で見ると幾分顔色が悪く見える彼を気遣う
ように、鷹耶は彼をベッドに座らせる。
「‥すみません。」
「酔ったのか‥?」
「多分…。舟を降りたらなんだかふわふわして…。」
「横になってろよ。俺、風呂に行って来るけど、一人で平気か?」
「あ‥はい。」
「寝られたら眠っちまった方がいいぜ。」
クリフトが小さく頷くのを確認すると、鷹耶は静かに部屋を出た。
残されたクリフトは、足音が遠ざかって行くのを聴くと、小さく嘆息した。
今日は一番戦闘の多かった鷹耶もアリーナもあんなに元気が余っているのに。
小舟にただ乗ってただけの自分が、一番しんどくなってるなんて。
(‥不甲斐ないよなあ…。)
いつまでも揺られている感覚に、心地悪さを覚え、もう一度嘆息した。
今夜だって。結局アリーナの護衛として、自分は何の役にも立ってはいなかったのでは
…と、今更ながら思い返し、歯痒さに唇を噛み締めるクリフトだった。
ぱたん‥。
「…鷹耶さん。戻られたんですか?」
扉の音に目を覚ましたクリフトが声をかけた。
「ああ。起こしちまったか?」
「…ちょっとウトウトしてたみたいで‥。」
「気分は‥?」
「あ‥はい。大分楽になりました。」
半身起こすと、心配そうに覗う鷹耶に微笑んだ。
「私も風呂へ行って来ます。」
「大丈夫か?」
「ええ。その方がすっきりしそうなんで。」
「長湯はするなよ?」
身体を気遣うように言う彼に笑んで返したクリフトは、彼と交代する形で部屋を後に
した。
階段を降り、浴場のある通路を歩いて行くと、談笑しながらやって来る二人組の声に
クリフトが足を止めた。
「あらクリフト。これからお風呂なの?」
「あ‥はい。」
「鷹耶は一緒じゃないんだ。」
「え‥ええ。鷹耶さんは先に済ませてしまったので‥。」
「そう。結構広くて気持ち良いお風呂だったわよ。ね、ミネア?」
「そうね。男湯はどうなってるか判らないですけど。」
くすくすとミネアが笑った。
「あ‥そうか。同じとは限らないんだ。広いといいわね。じゃ、ごゆっくりね。」
ひらひらと手を振り去るアリーナと、会釈して去るミネア。見送るクリフトに、彼女達の
残り香がふうわりと鼻をくすぐって行った。
(‥アリーナ様‥‥)
「お帰りクリフト。」
静かにドアノブを回し部屋へと戻って来たクリフトに、待っていたような声がかかった。
ベッドから半身起こした鷹耶が彼をじっと見つめる。
「‥あ。ただいま‥です…。」
「遅かったな? もう少し遅かったら、湯船で溺れてねーか確かめに行ってたぜ?」
「あ‥はは。そんな長湯はしませんよ。上がってから、少し休んでたんです。」
冗談めかして言う鷹耶に、彼が苦笑して答えた。
「‥ふうん。…で。なんかあった訳?」
興味深げな表情でクリフトを窺うと、鷹耶が彼の元へ向かった。
「え‥? な‥なんか…って?」
「俺が訊いてるんじゃん。」
「別に‥何もないですよ。」
赤い顔を更に紅潮させながら、クリフトが彼に背を向ける。
「だってさ。お前‥欲情してない…?」
誘うような声音を響かせた鷹耶が、後ろから抱きしめた。
ビクッと身体を跳ねさせるクリフト。彼は狼狽えるような瞳で、鷹耶を窺い見た。
「あ‥あの。…なんで‥‥?」
「んー? 俺、クリフトウォッチャーだからv」
ぎゅうっと腕に力を込めながら、甘える仕草で彼が応える。
「なんですか、それ…。」
呆れ顔のクリフトががっかりと項垂れた。
「マーニャの真似。でも、当たってるだろ‥?」
「そ‥そんな事ありません! 鷹耶さんの気のせいですよ?」
「コレも…?」
鷹耶がさわっと彼自身を撫で上げた。
「あ‥っ。鷹耶さん、ダメです!」
抗議の瞳を向けるクリフトに構わず、もたげかけたソレを布越しにやわやわと弄ぶ。
「あっ‥ダメ。本当にダメですってばぁ‥。」
半泣き状態で抵抗を試みるが、彼から逃れる事も出来ず、あっさりと彼自身が直に囚われ
てしまった。
「ねえ教えてよ? こっちが元気になってる理由をさ。」
「し‥知りません。僕だって‥困って。折角鎮まったのに…。」
湯船に浸かっている時。不意に蘇ったアリーナの残り香。一度それを過らせると、濡れ
た髪や白い項、ほんのり染まった頬など、次々に憶い出されて身体が熱くなって行った。
上気せそうな思考の膨らみを断ち切ろうと、早々に湯船から上がったクリフトは、その
まま部屋に戻っても、鷹耶にいらぬツッコミを受けるだけ…と悟った。だからこそ。
気持ちを平常心に持って行くまで、脱衣所でやり過ごして帰ったのだ。
それなのに。なんでこんなに勘がいいんだ、この人は?
クリフトは再び熱を帯び始めた自身を持て余しながら項垂れた。
「ねえ? 話してくれないと、俺勝手な想像して、お前にひどい事しちゃうかも知れない
ぜ…?」
低い声が耳元に冷んやりと届く。
「…浴場の入口で、アリーナ様とミネアさんにバッタリ出くわしたんです‥。お二人と
も湯から上がったばかりで‥‥」
経験上、素直に話した方がましだと知るクリフトが、びくびくと答えた。
「ふうん。それで…こいつが元気になっちゃったんだ?」
そおっと撫で摩りながら、鷹耶が抑揚なく口にする。感情が読みとれないクリフトは、
びくびくしながら様子を見守った。
「浴場には誰も居なかったろ? なんでそこですっきりさせて来なかったんだ?」
「え…?」
思いついたように話す彼の言葉を、きょとんと聞くクリフト。
「わざわざ鎮めなくてもさ。その方が手っ取り早くねえ?」
「そ‥そんな事。…出来ません。だって‥それじゃまるで‥‥‥」
「…汚しちゃうみたいで出来ない‥とか?
クリフトって、特定の誰かを思い浮かべてヤらないんだ…?」
「あ‥当たり前です。」
「当たり前‥ねえ。まあいいさ。…で。こいつはどうする? また鎮める?」
軽く嘆息した後、納得したように笑んだ鷹耶が、握り込んでたソレの先端を弾いた。
びくん‥と身体を震わせると、クリフトは鷹耶を睨みつける。
「…から。‥だから、ダメって言ったのに。」
「んじゃ。俺が責任持って慰めてやる。だからふて腐れんなって。」
恨みがましく零すクリフトに苦笑いながら、鷹耶が妥協案を提示した。
「んっ‥あ。は‥あ…。鷹耶‥さん‥‥ち‥ちょっと‥。」
一定のリズムで扱き始めた彼の手を、どうにか退けようと試みるクリフト。
「言ったろう? 責任持つってさ。俺、責任感強いから。」
(‥‥‥そんな責任感ならいらないです。)
「きっちり達かせてやるよv」
(うわ〜〜。それが一番困るんですってば…!)
声にならない切実な思いは、これっぽちも伝わらなかった。
「あっ‥や…んっ…。は‥はぁ…はあ‥‥‥」
手の動き追いかけるクリフトが、短い嬌声を上げる。
「あ‥あっ‥‥ん…っ。んんっ…はあ‥っ!」
どくん‥と弾けさせると、クリフトが荒い息を整えるよう深い呼吸を繰り返した。
「‥どう。満足…?」
後ろから抱き込む鷹耶に凭れかかると、柔らかな声が耳をくすぐる。
小さな頷きを確認した鷹耶は、身体を移動させ、彼をベッドに横たえた。
「今日はここまでにしておこうな。」
鷹耶はキスを掠め取った後、微笑んだ。
「鷹耶さん…。」
「それとも…まだ足りない?」
「い‥いえ。もう十分です‥。」
悪戯顔で訊かれたクリフトは、慌てて頭を振った。
意外にも引き際をあっさりさせた鷹耶は、そのまま隣のベッドにごろんと横になった。
クリフトは着崩れた服をただし布団に潜り込むと、彼の横顔をちらりと覗き見る。
何かが違う…。それを探るように、密やかに視線を送る。
身体はすっきりとしているのに。何か‥足りない気がする。
「あ…。」
思いついたように声を上げてしまったクリフトは、気まずそうに布団で口元を覆った。
「どうした、クリフト?」
「い‥いえ。なんでもありません‥‥。」
赤く染まった頬まですっぽり布団を被り込みながら、ごもごもと答える。
鷹耶はそんな彼を怪訝そうに見た後、再び瞳を閉ざした。
(…どうかしてるな‥。)
ほお‥っと吐息をつくクリフト。彼もそのまま瞳を閉じた。
――キスが足りないなんて。
思い至ってしまった自分に自己嫌悪しながら、眠りに就くクリフトだった。
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