その4




「…んじゃ、結局昨日と同じメンバーで、それぞれ聞き込み開始って事だな。」

 翌朝。朝食を食べながら予定を詰めていた一行。クリフト・ブライが昨日の学者から、

もっと詳しく話を聞きたい‥という言葉を受けた鷹耶が、今日の予定を決定した。

「他の武具の行方等も、何か聞けるといいですね。」

「そうですな。今後の進路も考えねばならぬしな。」

トルネコの言葉にライアンが続くと、ブライも頷いた。



「すみません。話し込んだ上、お昼まで呼ばれてしまって‥。」

クリフトが恐縮したように頭を下げる。

スタンシアラ城。城で歴史研究をしている学者のニーズに、詳しい話を聞いていた鷹耶

達は、そのまま昼食を御馳走になっていた。鷹耶とアリーナは聞き役に徹していたが、

ブライやクリフトは、様々な質問を重ねながらすっかり意気投合した様子で、和やかに意見

交換をしていた。

「いえいえ。私こそ、つい夢中になってしまってな。しかしお若いのに物知りじゃの、

  クリフトさんは。」

「クリフトは神学校を首席で卒業してるんですもの。勉強熱心なんだよね。」

「そう。姫様と違ってな。」

「ほほう。あのサントハイムの神学校をですか? 我が国からも時折学びに出る者も居り

ますが、とても厳しい所だと伺ってますよ。」

「へえ。そんなに大変な所なんだ?

俺の村には学校なんてなかったから、ピンと来ないけどな。」

感心したように言うニーズの言葉を、嬉しそうに聞いていた鷹耶が笑った。

「なにやら賑やかだのう。」

 食事を終え談笑していた彼らの元に、初老の男性が訪れた。

「これは王様。お珍しいですな。」

慌てて立ち上がったニーズがぺこりと会釈する。

「王様ですって? まあ‥」

アリーナやクリフト・ブライが続けて立ち上がる。鷹耶もそれに倣うように席を立った。

「王様、こちらはサントハイムの姫君でございます。天空に纏わる伝説を聞きに訪ねて

下さいましてな。」

「おお。確かに、サントハイムのアリーナ姫。お国の話はこちらにも伝わって居ります。

大変な事になりましたな。」

「お久しぶりです、王様。城の件、こちらまで伝わっているのですね‥。」

「詳しい話は判らぬが、城の人間が忽然と消えてしまったとか?

事件を究明すべく、アリーナ姫が共の者と旅立ったと聞き及んで居るぞ。」

「ええ‥。城の件は‥なかなか手掛かりがなくて…。」

「不可解な事件のようだからのう。早く解決するといいのう。」

「あの‥それで王様のご用件は?」

 話が一息つくと、ニーズが声をかけた。

「おお、そうであったな。実はの‥」

 王様がニーズに耳打ちすると、彼は何度か頷いた。

「…成る程。畏まりました。では早速調べて見ましょう。」

「うむ。頼むぞ。」

 

「あ、そうそうアリーナ姫。サントハイム王の書簡にあった婚約の件だが‥」

用件を終え立ち去ろうとした王が、唐突に切り出した。

「婚約?! …私は父様から何も伺ってませんが?」

「ああ‥そうであったな。内密に話を進めて居ったからのう。

こちらとしては、いつ正式な話になっても良いと考えて居ってな。

せっかく来られたのだから、会って見てはどうかね?

アリーナ姫ご自身の問題でもあるからのう。」

「私は…まだ婚約など考えた事ないです。

それに‥結婚相手くらい、自分で見つけたいので、そのお話はお断りを‥」

「まあまあ。だからこそ、一度会って見てはどうかねと言って居るのだよ。

候補者の一人として気楽に考えられるといい。」

「はあ‥‥‥」

「第三王子のウィルフォードなら、アリーナ姫とも気が合うと思うがね。」

「‥‥‥‥!!」

『婚約』という言葉からずっと固まっていたクリフトが、びくんと反応した。

「ウィル王子ですって? …彼はその話知っていらっしゃるのですか?」

「勿論だとも。元は第二王子に来ていた縁談だったのだが、ウィルフォードの方が姫と

も歳が近いしな。剣術も三王子の中で一番秀でて居る。

姫が出した条件にも合うのではないかの?」



「…私、ちゃんとウィルに話しておくわ!」

 王様が帰った後、ニーズの部屋を早々に退出した一行。

しばらく黙って通路を歩いていたアリーナが、ふと顔を上げるときっぱりと言った。

「婚約なんて、全然聞いてなかったもの。私は承知してないんだから!」

「だがのう。王様はその気だったんじゃと思うぞい?」

「ブライ‥。でも‥結婚は私の問題だもん。父様に決められたくないわ。」

「まあまあ。とにかくこのままじゃアリーナも嫌なんだろ?

これから会いに行ってみればいいって事で。昨日の場所に行ってみよーぜ?」



鍛練場に着くと、兵士の指導をしているウィルフォードを呼んで貰った。

アリーナが話があると告げると、一同は奥の休憩所へと移動した。

「…それで、話ってなにかな?」

丸い木の椅子に腰掛けたウィルが早速切り出した。

「‥さっき王様にお会いしたの。婚約の話‥聞いたわ。」

「ああアレね。もしかして、アリーナ姫は知らなかったとか?」

不機嫌そうな様子から察した彼が問いかけた。

「ええそう。私はまだそういう事考える気ないの。だから、そのお話は忘れて下さいね。」

「うう〜ん。オレは昨日の戦いぶり見て、すっかり気に入ってるんだけどな。

どうせまだまだ先の話だ。のんびり考えてみてくれよ?」

「…でも。」

「のんびり考えて‥そのままあっさり忘れちまうのも有りって事だろ?

ならほっときゃいいじゃねーか。」

鷹耶が焦れたように割り込んだ。

「出来れば覚えていて欲しいもんだけどね。」

「婚約の件忘れてくれたら、覚えてあげててもいいんだけどな。」

「手厳しいな。他に選択肢はないのかい?」

「…そうね。…あなたが鷹耶と戦って勝てたら、それくらい、いいかもね?」

引き下がらない王子に小さく嘆息した後、アリーナは思いついたように提案した。

「…彼とですか? ‥それでも『覚えて』貰えるだけとは寂しいですが。

でもあなたとは、正直手合わせ願いたいと思ってました。いかがでしょう?」

アリーナの斜め後ろに立っていた鷹耶に目線を移した王子が訊ねた。

「‥止めて置けよ。俺、今機嫌悪りいから、手加減効かねーかもよ?」

冷んやり低い声で答える鷹耶。アリーナ・ブライが凍てつく波動を受けたように固まった。

「…面白いですね。尚更お手合わせ願いたくなりましたよ。」

負けん気強い王子が受けて立つ。結局また試合をする事となってしまった。



「ふうん。これが試合用の剣ね‥。」

 渡された剣を軽く振りながら、鷹耶が呟く。重さは普通の剣と変わらないが、

刃先は丸く、銅の剣同様『斬る』には向かない造りにしてあった。

「一応確認しとくけど。怪我しても知らねーぜ?」

「ええ‥。遠慮は無用です。」



 キーン! 開始の合図と共に金属音が響き渡った。

「鷹耶がんばって!」

兵士の応援に張り合うように、アリーナの声援が届く。

鷹耶が瞬間視線をそちらへ走らせると、観戦モードのアリーナ・ブライのやや後方に、

相変わらず放心状態中のクリフトが見えた。

「チ‥。」

短く舌打ちする鷹耶。彼は王子の剣を大きくあしらうと、距離を取った。

構えを直し相手と向き合う。そこから発せられる気配に僅かに怯む王子。

その瞬間を見逃さない鷹耶が、そのまま彼に斬り込んで行く。

勝敗は瞬く間に決してしまった。勢いある攻撃に劣勢を強いられた王子は、あっさり

武器を奪われ剣を突き付けられたのだ。

「…すごいな。これ程とは思わなかった。完敗だ。」

「俺は彼女程優しくねーからな。精々死なねー程度の加減しかしねえ。」

「…確かに。まるで野生の獣と対峙してる気分だったよ。…実戦を繰り返しながら生き

  抜く‥か。やはり兵の在り方をもう一度見直さねば‥な…」

自嘲するように口の端を上げる。彼は呟くように言った後、膝を落とし崩れた。

「ウィル王子!」

「ウィル‥!」

「大丈夫‥だ。…大事ない。」

近寄る兵士に騒がないよう制する王子。アリーナが心配そうに戦っていた二人を見た。

「…早く治療した方がいいぜ。骨までいってるだろ?」

「鷹耶…。」

アリーナが困惑顔で彼を窺う。

「…治療なら私が致しましょう。」

 慌てて医師を呼びに行こうとした兵を止めたクリフトが、王子の前に歩み出た。

「クリフト…。」

うろんな瞳のまま進み出た彼を、心配顔の鷹耶が見つめる。

「あ‥そうよね。ホイミがあったのよね。」

「…失礼します、王子様。」

膝を折ったクリフトは一声かけると、彼の身体の前に手を翳した。

回復呪文の光が彼を包み込んでいく。

「…いかがですか?」

「ああ‥ありがとう。…どこも痛みがない。…すごいな。」

治療が終わると、身体を軽く動かしながら王子が話した。

「君は‥サントハイムの神官かい?」

「はい…クリフトと申します。」

「そう。ありがとうクリフト。」

「いえ‥当たり前の事をしただけです。」

屈託なく笑いかけられ、クリフトは微かに視線を反らせた。

「アリーナ姫。残念ながら、点数稼ぐ事は出来なかったようですね。」

「そうみたいね。でも‥お友達くらいなら構わないわ。」

そう言いながら差し出された手に、ウィルが苦笑する。

「…仕方ありませんね。」

 立ち上がった彼が肩を竦めると、その手を取った。

「大変な旅とは思いますが、頼もしい方々も共にあるようですし。

道中お気をつけて下さいね。旅のご武運お祈り申し上げてます。」

「ありがとう。じゃあね、ウィル。」



ウィル王子と別れた一行は、そのまま城を後にした。

「…あの、鷹耶。ごめんね? 勝手に試合頼んじゃってさ。」

 ずっと不機嫌そうに黙りこくったままの彼に、済まなく思うアリーナが切り出した。

「‥別に。構わねーよ。」

「そ‥そう? …なら、いいけど…。」

彼の機嫌を損ねている要因が見えず、途惑うアリーナ。

普段は軽く陽気に見える鷹耶だが、一度不機嫌モードが全開になると、フォローに入れ

るのはクリフトだけ。その頼りの彼も無言のままで。妙な居心地悪さを覚えるアリーナ・

ブライだった。



ミーティングの後。部屋に戻った鷹耶とクリフト。相変わらず無言なままのクリフトは、

ベッドの端に腰掛けると、深い溜め息を零した。

「…大丈夫か?」

鷹耶は気遣うように声をかけると、隣に腰を下ろす。

クリフトはそれに答えないまま、しばらく黙り込んでいた。やがて…

「…鷹耶さん。…飲みに付き合ってくれませんか?」

ほんの少しだけ顔を上げた彼が、扉口を見つめながら呟いた。



二人は酒場へと向かうと、既にテーブル席で盛り上がっていたブライ・トルネコ・

ライアンから離れたカウンター席に落ち着いた。

適当に‥と頼むと水割りがまず並べられた。

クリフトは目の前に置かれたグラスを手に取ると、煽るように一気に飲み干す。

「おい‥あんまりピッチ速めんな。」

「大丈夫です。…おかわりお願いします。」

鷹耶に答えると、空になったグラスをウエイターに差し出した。

二杯三杯とコクコク口に含んで行くクリフト。四杯目が届いた所で、ようやく一息つい

たように吐息をはいた。

「…すみません。鷹耶さんまで付き合わせてしまって‥。」

「いや…そんな事ねーよ。」

「ちょっと…ぱあっと飲みたい気分だったんで‥。鷹耶さん、そういう事ありません?」

「あるよ。…しょっちゅうだったな。旅を始めた頃はさ…。」

鷹耶が苦く笑った。

「…そう‥ですか。僕は…初めてなんですけど‥。

…そういう気分て、本当にあるんですねえ…。」

「‥まあな。」

「よく飲んで嫌な事忘れるって言うじゃないですか。…鷹耶さんは、忘れられました?」

「どうかな? 俺、酔い潰れた記憶ってなくてさ。」

「ええ? 鷹耶さん、酔った事ないんですか?」

「そんな事ねーよ。ただ‥忘れる程酔った覚えがねーだけ。」

頬を赤らめたクリフトに詰め寄られ、鷹耶が笑んでみせる。彼は自分のグラスを空けると、

おかわりを二人分注文した。

「さ、鷹耶さんも飲んで下さい。今夜はとことん行きましょう!」

「あ‥ああ…。」

 妙にハイテンションになってしまった彼に付き合い、閉店ギリギリまで飲み続ける二人。

翌日、クリフトは激しい二日酔いに悩まされ、船に戻ったその晩いっぱい、苦しむ羽目

となったのだった。





「鷹耶さん、こちらに居たんですか。」

 月明かりが照らし出す海へと視線を向け甲板に佇んでいた彼に、クリフトが声をかけた。

「クリフト。部屋に戻ったんじゃなかったのか?」

ここの所。当番以外こもりがちだった彼なのに‥と意外そうに鷹耶が返した。



 ――あの後。パノンの協力もあり、無事天空の兜を手に入れた一行は、次なる武具を目

指しバトランドへ向かう事となった。バトランドの王様が天空の盾を所持しているという

情報が入手出来たのだ。船は順調に航海を続けていた。

「…ええ。そうしてたんですけど。鷹耶さんに謝ってなかったのを憶い出しまして‥。」

クリフトはそう言うと、彼の隣に並んだ。

「謝る…?」

「ええ。…スタンシアラで、随分飲んでしまって‥。その‥迷惑おかけしました。」

心当たりなそうな顔をする鷹耶に、クリフトがぺこりと頭を下げた。

「別に迷惑なんかじゃなかったぜ?」

「でも‥。翌日も二日酔いで皆さんにご迷惑かけてしまいましたし‥。」

「そっちはこの間皆に謝っただろ。誰だって好不調はあるんだしさ。」

「はあ…。」

「…少しは、落ち着いた‥?」

クリフトの頭に軽く手を乗せた鷹耶が控えめに訊ねた。

「え…?」

「ずっと…元気なかったろ?」

「そ‥そうでしたか…?」

じっと顔を覗き込まれたクリフトが、瞳を反らせる。鼓動が一気に速まるのを感じ、

ほんの僅か頬が染まった。

「クリフト…?」

「も‥戻りましょうか? 夜風が少し冷たくなって来ましたし…。」

「ああ‥。」

 鷹耶とクリフトは、船の自室へと歩き出した。鷹耶の少し前を歩くクリフト。

彼は自分の部屋の前まで辿り着くと、その歩みを止めた。

「あの…鷹耶さん。‥よかったら、少し寄って行きませんか?」

「…いいのか?」

 コクリ‥と小さく頷くクリフト。

鷹耶は笑みを浮かべると、そのまま彼の部屋へ招かれて行った。



「…お前、なんか顔色悪くないか?」

 部屋の明かりに照らされた顔を間近で見ながら、鷹耶が心配そうに声をかけた。

「寝不足なだけですよ。ここの所…よく眠れなくて。」

彼から瞳を反らせると、クリフトがベッドに腰を下ろした。鷹耶も続いて隣に腰掛ける。

「…なんか、いろいろな事ごちゃごちゃ考えてしまって。

前に鷹耶さんに叱られてしまいましたけど。でも…。私には‥遠い女性だな‥と。

改めて思い知らされました。」

「クリフト‥。」

自嘲気味に微笑むクリフトを抱きよせる鷹耶。

「…けどな。遠い‥って言っても、それは目に見えねー柵の部分だけだろ?

実際望めば、触れる事も想いを伝える事も出来る訳だ。

‥俺はお前が羨ましいけどな。」

「鷹耶‥さん?」

「‥触れる事も、声を聴く事も出来ない遠くへ、逝かれちまったからな…。」

「あ…。‥すみません‥‥」

彼の想い人が亡くなっている事を憶い出したクリフトが、心苦しそうに謝る。

「いいさ。…俺は随分お前に助けられてるからな。」

‥もっと気の利いた話で元気づけられたらいいんだけどさ。

そう付け足しながら、彼はクリフトの頭を抱き寄せた。

「…なんだか。少しだけ鷹耶さんの気持ち‥判った気がします。」

 しばらくそのまま頭を預けていたクリフトが、小さく呟いた。

「…こうしていると、なんだか安心するみたいだ。」

「…だろ? なんか体温て癒されるんだよな。」

「そうですね‥‥。」

穏やかに応えるクリフト。彼はそのまま身体を預けて来た。

整ったリズムで繰り返される呼吸。どうやら眠ってしまったらしい。

鷹耶は小さく嘆息した後、そっと彼をベッドに寝かせた。

「…鷹耶‥さん‥?」

おやすみ‥と小さく額にキスを贈られたクリフトが、寝ぼけ眼で彼を見つめる。

「ゆっくり休めよ。俺は部屋に戻るからさ。」

「え…?」

「それとも…泊まって行っていいのか?」

揺らぐ瞳に気づいた鷹耶が、小さく訊ねた。

「ええ‥。側に‥居て下さい。」

 何故そう答えてしまったのか。その奥にある想いに自覚のないクリフトだった。



             

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