その5





「おはようございます、ライアンさん。」

「おおクリフト。おはよう。…今日は顔色もいいみたいだな。」

 翌朝。見張り番としてデッキに出たクリフトが、同じく当番であるライアンに挨拶をか

けた。ここの所塞ぎ込んでた彼の微笑みに触れ、ライアンが安心したように笑う。

「昨夜はよく眠られたのであろう?」

「あ‥はい。そうですね。でも…私、そんなに酷い顔してましたか?」

「…少しな。心ここに在らずだったように見えたぞ。」

彼を案じるように、ライアンが小さく嘆息した。

「‥すみません。」

「責めてる訳ではない。ただ…なんの力にもなれないのが歯痒くてな。」

「ライアンさん‥。ありがとうございます。」

彼の気遣いが嬉しくて、クリフトがにっこりと微笑んだ。

まだ惑いがあるものの、鷹耶にしろライアンにしろ、こうして気にかけ案じてくれる

仲間が居る――――それを認識出来た事が、小さな自信の回復に繋がったようだった。



「…えっと。今いるのがこの辺りだって言ってたわね。…あら。

ここってフレノールのすぐ近くなのね。ほら‥例の黄金の腕輪があった町よ。」

夜のミーティングで世界地図を見ていたアリーナが、思い出したように話題を振った。

「黄金の腕輪‥って。確か父さんが残した[進化の秘法]に関わるアイテムじゃ‥。」

「そうよ、そう! フレノールにあった物なら、何か[進化の秘法]についての情報とか

あるかも知れないわ! 行ってみましょう!」

ミネアの言葉に続いたマーニャが、張り切った口調で話す。

「そうですねえ。バルザックやキングレオについて等、何か得られるかも知れませんし。」

 頷きながら言うトルネコ。他のメンバーも異論は無いようで、鷹耶が話を纏めた。

「‥そうだな。じゃあ後で船長に予定変更だって伝えとこう。

一番近い海岸に寄せて貰って、後は馬車で移動だな。」

大まかな予定が決まると、解散となった。

 鷹耶は連絡事項が出来てしまったので、ブライを伴って船長の元へ向かう事となり、

クリフトはアリーナとマーニャに掴まっていた。

「よかったわ、クリフトが元気になったみたいで。

どうしちゃったんだろう‥って、心配してたのよ皆。」

アリーナが彼の様子に安心したよう、微笑んだ。

「…すみません。ご心配おかけして‥。」

まだぎこちなさを滲ませてクリフトが応対した。

マーニャはそんな彼の心情を察するように小さく肩を竦ませる。

 彼の落ち込みの原因を唯一人気づいてないアリーナが更に零した。

「悩み事なら相談してくれればいいのに。…そりゃ、私じゃ頼りないかもだけど‥。」

「はあ…。…ありがとうございます‥。」

クリフトが微笑を作った。

「さ。明日はまた馬車で移動が決まった事だし。そろそろ戻りましょうか。

クリフトだって準備あるんでしょ?」

仕切るように言うマーニャ。彼女の意図にクリフトが乗った。

「あ‥はい。町へ向かう前に、荷物のチェックを致しませんと。」

「そっかあ‥。クリフトはそういうトコまめだよね。私も見習おうかな。」

「じゃ、あたしがアドバイスしようか? 必要なモノのリストアップをさ。」

マーニャが彼女の肩に腕を回し、戸口へと誘う。

「え、本当? 嬉しいな。じゃあクリフト、おやすみなさい。」

「おやすみなさいませ。」

 ウキウキと食堂を後にするアリーナに、マーニャが続いた。

彼女達を見送ったクリフトが、その後ろ姿を見守りながら静かに嘆息する。

まだ少し、アリーナと接する事が苦しいクリフトだった。



 トントン‥。小さなノックの後、扉がそっと開かれた。

「よお。」

「鷹耶さん‥。」

 自室に戻っていたクリフトの元へ、鷹耶が顔を出した。

彼はそのまま部屋に入ると、ベッドで読書をしているクリフトに歩み寄った。

「明かりが漏れてたからさ。まだ起きてるかと思って。」

「ええ‥。荷物を整理してたら、懐かしい本見つけたので読んでいたんです。」

「そっか。少しは余裕出来たか…?」

ベッドの端に腰掛けながら、鷹耶が訊ねた。

「…そうですね。ふふ‥今日は皆さんに同じ事言われてしまいました。」

思い出したようにクリフトが笑う。

「皆も心配してたんだよ。」

「はい。私は柔軟さに欠けてるようで‥。マイナス思考に一旦入ると、それしか見えな

  くなってしまうみたいです。まだまだ未熟なんですね…。」

「まあいいじゃん。次に同じ迷路に迷い込んだ時に、その経験が活かされればさ。」

「そうですね‥。」

軽い口調で話す鷹耶につられ、クリフトも明るく微笑んだ。

「‥じゃ、俺行くな。おやすみクリフト。」

鷹耶はそう言うと立ち上がった。

「…おやすみなさい。」

ぱたん‥。手を上げ小さな微笑を送った後、鷹耶は扉の向こうに消えた。

落ち着いた様子の彼を見て安心したのか、鷹耶はあっさりと自室に引き返して行った。

「鷹耶さん…。」

一人残されたクリフトがぽつりと呟く。

彼は小さな吐息の後、明かりを落とした。薄闇の中ベッドに横たわると、瞳を閉ざした。

――アリーナの婚約話。

いつかは来るだろう覚悟していた出来事だったが、現実に直面すると、まるで覚悟出来

てない自分が居た。彼女自身、その話はきっぱりと断っていたが。いずれ時が来れば‥そ

れはどこかで現実となり得る話。…アリーナは唯一サントハイム王国の後継者なのだから。

 …でも。『‥俺はお前が羨ましい』そう言った鷹耶の顔が憶い出される。例え想いが実

を結ばずとも、何事かあれば心に懸けて貰えるくらい身近な場所に、今自分は在る。

 それは幸福な事なのかも知れない――クリフトはそんな事を考えながら、夢の中へと落

ちていった。





翌日。目的のフレノールに着いたのは、陽も暮れかけた頃だった。

船を降りてから森を抜けるのに、思いの外時間を取られてしまったのだ。

一行はようやく辿り着いた町へ入ると、宿屋へ向かった。

いつも通りの部屋割りで三部屋頼むと、ミーティングは夕食後と確認し、解散した。

「ふう。なんだかんだと随分魔物に遇ったよな。俺、先に風呂行って来るけど。

クリフトは? どうする?」

部屋に荷物を置くと、着替えを用意しながら鷹耶が声をかけた。

「‥そうですね。私もさっぱりしたいので、先にします。今準備しますね。」

「ああ、待つよ。」



二人は用意が整うと、早速浴場へ向かう事にした。

「あ、鷹耶。クリフト!」

階段に差しかかった時、後方から声が掛かった。

「アリーナ様。ミネアさん、マーニャさんも。」

「クリフト達もお風呂なの? 私達もこれから行く所なのよ。」

アリーナがにこにこと話しかける。

「ああ俺達もだぜ。でも残念だな。」

「何が?」

「混浴なら一緒だと楽しかっただろうに。」

「た‥鷹耶さん!」

きょんと訊くアリーナに、悪戯っぽく笑んで返す鷹耶。

クリフトは顔を真っ赤に染め、彼を窘めた。

「ふふん。なんなら女風呂に一緒に来るかい? あんた一人でさ。」

「一人で行っても意味ねーだろが。俺が見たいのは、クリフトが慌てふためく所だし。」

「鷹耶さん…。」

クリフトがガッカリと肩を落とす。

「ふふ…。クリフトさん、鷹耶さんに遊ばれてますね。でも良かったわ。

クリフトさんが塞ぎ込んでる間、鷹耶さんも元気ないようでしたから。」

「ミネアさん‥。ご心配おかけしまして。」

申し訳なさそうに、クリフトが小さく頭を下げた。

「…じゃ。俺達はこっちだから。」

 辿り着いた浴場の入口で鷹耶が彼女達に声をかける。

「じゃあまた。ミーティングの時にね。」

アリーナが応え、それぞれ男女別の入口をくぐって行った。



「…鷹耶さんにも、本当に心配かけてしまったんですね。」

 汚れを落とし湯船に浸かるクリフトが、隣にやって来た鷹耶を確認すると話しかけた。

「‥まあな。お前は自覚なかったろうけど。死んだ魚みてーな瞳だったぜ、ずっと。」

「…すみません。」

「あの野郎に手加減なんかするんじゃなかった…って、何度後悔したか。」

「…え。鷹耶さん‥それって…ウィル王子の事ですか?」

不機嫌そうに言う鷹耶を、驚いたようにクリフトが見つめた。

「…鷹耶さん、あれで手加減していたんですか?

…だって、かなり深手を負われてましたよ?」

「別にたいした事ねーだろ。お前がすぐ治しちまったじゃねーか。」

「当たり前です。目の前に負傷者がいれば、ほおってなど置けませんから。」

「お前の方が余程ひどい負傷者だったぞ?」

「鷹耶さん…。」

 真剣な瞳の彼に戸惑いながらも、どこかで嬉しさを覚えるクリフトだった。



夕食後のミーティングで明日の予定が決まると、一行は解散した。

女性陣は部屋に戻って行き、ブライはトルネコ・ライアンと飲みに出掛けてしまった。

「俺達も戻るか‥?」

 皆より遅れて立ち上がった鷹耶が、まだ椅子に腰掛けたままのクリフトを促した。

「…少し飲みに行きませんか? 今度は無茶飲みしませんから。」

にっこり笑うと、クリフトも立ち上がった。

「‥いいぜ。店の場所、知ってるのか?」

「ええ。前にも一度来ている町ですからね。」



「…ん? お主らも来たのか?」

酒場に着くと既に盛り上がってる様子でブライが声をかけて来た。

「ああ‥まあな。」

「鷹耶さん達もご一緒にいかがですか? 席増やして貰いますよ?」

「ああいいよ。俺達はカウンター行くから。」

陽気に誘うトルネコに断ると、奥のカウンター席へ向かう鷹耶。

クリフトはすまなそうに会釈をし、彼の後に続いた。

店の隅のカウンター席に着く二人。店員が作っていたソーダ割りを目にすると、

同じ物を注文した。

「へえ〜。これ結構美味いな。」

「本当ですね。飲みやすいです。」

鷹耶に続きコクコクと口に含んだクリフトが納得したように応えた。

「あれ? クリフトは前にも来てるんじゃなかったか?」

「町には以前も寄りましたが。あの頃は酒場で飲むなんてしませんでしたから。飲むよ

  うになったのは、本当最近なんですよ?」

「そうだったんだ? だからあんまり限度が判ってないんだな。」

「え‥。私ってそんなに飲み方危なげでしたか?」

「うんうん。危なげ危なげ。ご学友君と飲んでた時なんか、いい例じゃん?」

「‥鷹耶さんてば。…なんか、マーカスに思い入れありません?」

呆れたようにクリフトが零す。

「俺‥じゃなくて。お前がだろ? あいつの話するとさ、赤くなるんだよな、お前。」

「鷹耶さん…。」

自分でも自覚があったので、否定も出来ず困惑するクリフト。正確には彼でなく、彼の

言葉を思い出して赤くなっていたのだが‥。そんな事を知らない鷹耶は、剣呑な表情で

彼の様子を窺っている。

「…で。それは一体どうしてなのかな?」

 探るような瞳で覗き込まれ、クリフトは残り僅かだった酒をゴクンと飲み干した。

「…あ。鷹耶さんももうなくなってるじゃありませんか。」

彼のグラスに視線を移したクリフトは、店員におかわりを二つ頼む。

「はい、お待ちどう様。」

コトリ‥と差し出されるグラス二つ。

「さあ鷹耶さん、どうぞ。」

 鷹耶は促されるままグラスを口に運ぶと、小さく口の端を上げた。

「…で。クリフト?」

あくまで答えを求める鷹耶。心持ち低くなった声がとっても怖い。クリフトは乾きを覚え

る喉を潤す為、コクコクとソーダ割りを含んだ。

「…マーカスに言われたんです。…その。以前はなかった色気があるって‥。」

「お前に? …まあ。それは確かだな。」

言いにくそうな彼に、納得顔で鷹耶が笑んだ。そんな彼を渋い顔で睨むクリフト。

「…それも。鷹耶さんのせいだろう‥って、勘ぐられたんです。」

鷹耶の態度にふて腐れたクリフトが、捨て鉢に話した。

「ふうん‥。当たってるじゃん。」

「鷹耶さん‥。…もう、知りません。」

ニマニマ笑う彼にすっかり機嫌を損ねた様子で、クリフトが顔を背ける。

彼はグラスを取ると、ゴクゴクと酒を飲み干した。

タン‥とグラスを置き席を立つクリフト。彼はそのまま出口へ向かって歩き出した。

「あ‥おい、クリフト待てよ!」

勘定を置き、慌てて後を追う鷹耶。

 酒場を出ると、宿とは反対の方角に足を向ける彼の後ろ姿があった。

「クリフト!」

 鷹耶は小走りして、少し先を歩く彼と並んだ。

「宿はそっちじゃねーだろ?」

「判ってますよ。鷹耶さんは先に宿へ戻って構いませんから。」

突っ慳貪に言い切るクリフト。

「クリフト‥。俺、悪い事言ったか‥?」

じろり‥とクリフトが鷹耶を睨みつけた。彼の勢いに、心持ち仰け反る鷹耶。

「…僕はすごく恥ずかしかったんです。いたたまれなくて‥。

でも。鷹耶さん、愉しげでしたね?」

後半冷ややかな瞳でクリフトは答えた。

「…あ。いや‥悪かったよ。つい‥な。」

 すまなそうに言う鷹耶を見届けると、彼は再び歩き出した。鷹耶も黙って彼の後に従う。

クリフトは広場の噴水の回りを少し歩くと、その縁に腰を下ろした。

 真正面には仄かな明かりに照らされた花壇の花が静かに揺れている。

彼は小さく吐息をつくと、揺れる花影を見つめた。

「…以前この町へ来た時。夜の町をこうして姫様と散歩出来たら‥と思いました。」

クリフトがぽつりと話し始めた。

「あの頃は‥毎日一緒に過ごせる事に浮かれていて。

そんな想像を走らせては、ドキドキ胸を躍らせたものです。」

 クリフトの隣に立つ鷹耶が、続く言葉を待つように彼を見つめる。

「…だけど。不思議ですね‥。こうして一緒に散歩してるのはあなたなのに。

僕は…それを楽しく感じている。どうしてだろう‥?」

「クリフト…。」

視線を上げ苦く微笑うクリフト。鷹耶は微笑んで返すと隣に腰掛けた。

「きっとさ‥二人で居ると暖かいって、お前も知ったからだろ?」

「…そうかも知れません。」

そっと頬に触れる手の温もりを心地よく思いながら、クリフトが応えた。

「クリフト。」

鷹耶は彼の髪を漉くよう両手を滑らせた。そっと顎を上げると、唇が重なる。

「ん…。」

しっとりと重なったそれは、軽く触れるだけで離れて行った。

「…不謹慎なんですが。」

 身体を離すように視線を外すと、クリフトがぽつりと呟いた。

「…あの時鷹耶さんが不機嫌だった理由を今日知って‥。少し‥嬉しかったです。‥あ。

言っておきますけど。王子を傷めつけた事じゃありませんよ?」

クリフトが誤解するなと言いたげに、顔を上げる。

「…あの時は、自分の事しか見えてなくて。気づく事が出来ませんでしたが。鷹耶さん

  が私の事を案じて…ああして怒ってくれていたのが…なんだか、嬉しかったんです。」

「当たり前だろ。お前を泣かしていいのは、俺だけだからな。」

威張るように腕を組んだ鷹耶が、きっぱりと言い切った。

「鷹耶さん‥。それはあんまり嬉しくないお言葉なんですけど…?」

泣かされるのはありがたくない‥とクリフトが苦い顔を見せる。

そんな彼に悪戯っぽい笑みを浮かべる鷹耶。彼はそっと耳元で囁いた。

「泣かせてやるさ。…イイ声でたっぷりと‥な♪」

「…な‥?!」

ボッと火を噴くように茹だったクリフトが、耳元を抑え困惑顔で退避いだ。

「イヤ‥?」

彼の表情を窺いながら、鷹耶は彼の手を取ると自分の口元へと運ぶ。

「…ん‥。鷹‥耶さん…。」

指先を口に含まれ舐め上げられると、ぴくり‥と身体が震えた。

「…ずるいです‥それ‥‥。」

「どうして…?」

悸える声が拒絶を顕さない事を知る鷹耶が、クスリと微笑んだ。

「‥だって‥‥‥」

「…宿、戻るか。」

恥じらうように赤い顔を背けてしまったクリフトに、鷹耶が優しく促した。

立ち上がる彼に倣うよう、腰を上げるクリフト。二人はそのまま宿への道を歩き出した。





           

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