その4
「‥‥‥それで、そのまま‥な。…奴の鼓動とか、体温が…『生きてる』事を感じさせ
てくれて…。‥‥‥なんて言うのかな。『独りじゃない』‥って、そう思えてさ。」
話しながらクリフトへと視線を向けた鷹耶は、一瞬躊躇った後、小さく微笑んでみせた。
「…だから。鷹耶さんて、スキンシップ過剰なんですね‥。」
「…まあな。でも一応、相手は選んでるつもりだぜ? これでも。」
「選んでる?」
「ああ。アリーナやミネアには手出してないだろ?」
「アリーナ‥様?」
ピクリと反応したクリフトが、訝しげに問いかけた。
「マーニャにしっかりクギ刺されてるからな。パーティの女に手を出すな‥と。
あいつ怒らせると容赦ないからな。…何度‥」
「え‥?」
「あ‥いや。まあ。今はお前が居るからな。
そんな顔しなくても、彼女達にちょっかいかけたりしねーよ。」
「‥‥‥‥。」
複雑そうな表情で鷹耶をみつめるクリフト。
「‥どうした? 変な顔して? …熱上がったんじゃないか?」
確かめるよう、鷹耶が彼の額に手を当てる。食事の後、熱の方は下がったからと、横にな
らずにいたので不安になったのだ。無理させたのでは‥と。
「…熱は本当に下がってるみたいだな。…疲れたか?」
「…そうかも知れません。」
身体が特にどう‥という訳ではないのだが、気分的にそう感じてたクリフトは答えた。
「横になってろよ。煩かったら黙ってるからさ。」
「…あの、鷹耶さん。」
クリフトは横になると、しばらく目を閉じたまま静かにしていたのだが、身体を横に向
けると、机の椅子に腰掛けてぼんやりとしていた鷹耶に声をかけた。
「‥先程、女の人とはもう…って話してましたよね?
あれは旅立った頃だけの話だったんですか? ‥‥現在は‥?」 現在→いま
「…現在も変わらねーよ。‥‥‥女とは‥本気で惚れた時しかやらないと思う。‥けど。
俺も男だからな。聖人君子にゃなれねーし‥それなりには‥な。」
「‥言っておきますけど。僕は女の代わりにはなりませんからね?」
椅子から立ち上がり、ベッドへと歩み寄って来る鷹耶を睨みながら、苦い顔で言う。
「…お前を[代わり]だなんて…思った事、ねーよ。」
鷹耶はベッド脇で膝を折ると、少し緊張した様子で自分を見つめるクリフトに、小さく笑
んでみせた。
「俺は‥‥」
そっと彼の髪に、漉くように触れる鷹耶。
「‥しっかり休んでおけよ? …夕食の時、声かけに来るよ。」
乗せた手でくしゃりと髪を乱した鷹耶は、そう言うとそのまま戸口へと向かった。
ざ‥ん…。闇夜の中、海の真ん中にぽつんと漂う船は、時折波が打ち付ける音が届くだ
けだった。海風が静かに通り過ぎて行く。
その晩。夕食は普通に取る事が出来たクリフトだったが、後片付けまで引き受けたから
と譲らないマーニャに促され、早々に自室へと戻った。だがどうにも気分が落ち着かず、
外の風にでもあたろうかと、デッキへと上がって来ていた。
今夜は雲が厚くかかってるらしく、空には星一つなかった。クリフトは小さな吐息を落
とすと、遠く暗い海を見つめていた。
「あら‥クリフトじゃない。どうしたの?」
「マーニャさん‥。マーニャさんこそ、どうしたんです?」
「あたしは寝る前にちょっと…って思ってね。」
彼女は持っていたビンを上げてみせた。
「…で? あんたは?」
「‥ちょっと、風にあたろうと思って。今日はずっと中に居ましたから‥。」
「そうだったわね。‥ね。あっちで座らない?」
少し先に置かれた木箱をマーニャが指した。
「…身体の方はもう大丈夫なの?」
並んで腰掛けると、早速マーニャが訊いてきた。
「あ‥はい。今日は本当にマーニャさんにご迷惑おかけして…。」
「ああいいのよ。そうじゃなくてさ。う〜ん。あのさ‥。」
マーニャは思案気に腕を軽く組ませた後、意を決したように両手をがっしりクリフトに乗
せた。
「…今更言うのもなんだけど。鷹耶ってさ‥」
「鷹耶‥さん?」
突然名を出され、続く言葉にハラハラするように彼女を窺うクリフト。
「あいつってさ…すごく面倒な奴よ?」
「…? ‥‥はあ。」
「面倒で性質悪いのよ。すごくね。」 性質→たち
「はあ…。あの…何の話なんですか?」
イマイチ要点が掴めず、きょとんとするクリフト。
「‥あんたが鷹耶に振り回されて、大変なんじゃ‥と思ってね。適当な所であしらって
置かないと、ハマると厄介よ?」 理解らない→わからない
ますます理解らない‥といった表情のクリフトに、大袈裟な溜め息を零すと、マーニャ
は持って来たビンを取り、そのまま口をつけた。
「…困った事があったら、相談乗ったげるからさ。一人で悩まないでね?」
「マーニャさんて…実は面倒見がいいですよね。それに‥しっかりしてるし。」
「そうでもないんだけどね。…あいつの事、あんたに押し付けちゃって、申し訳ないか
な…って、気になってたから‥。」
「…マーニャさんは‥鷹耶さんと親しいですよね。よく知ってるようですし‥。」
「まあ‥。あんた達と合流する前は、懐かれてたしね…。」
「…あの。もしかして‥マーニャさんも‥あの‥鷹耶さんに…」
訊いていいものかどうか、躊躇いながらも口にするクリフト。
「ああ‥あいつ。…時々独りで居られなくなるでしょ?
迷惑よね。ベタベタ離れなくてさ。」
言葉とは裏腹に、疎ましさを感じてない様子で彼女が笑んだ。
「あ…。言っとくけど、添い寝までしか許してないわよ? あくまでボランティアだし。
あんたが来てからは、来なくなったしね。」
「…それが。さっき言ってた「押し付けた」‥って事ですか?」
一瞬赤くなった後、小さな吐息を交ぜ、呟くようにクリフトが話した。
「…まあね。図体でかいガキんちょに甘えられてもねえ‥?」
「は‥はは。‥そうですね。」
茶化すように言うマーニャに苦笑した後、クリフトはほっとしたように微笑んだ。
「…あの。そろそろ私は部屋に戻ります。‥おやすみなさい。」
「おやすみなさい、クリフト。」
立ち上がったクリフトに、彼女も笑んで返した。
「‥‥‥‥」
去って行くクリフトを見送った後、マーニャはビンに残っていた酒を一気に飲み干した。
「誰がガキんちょだよ?」
すぐ後ろから、低く突き放すような声が届く。
「あら鷹耶。お行儀悪いわね?」
「…お前に言われたかねえよ。」
鷹耶は彼女の隣へ腰掛けた。
「いつから居たの?」
「…最初から。」
「…あんたねえ。」
呆れるようにマーニャが顔を顰めた。
「あいつ…まだ悩んでるようだったか?」
「‥う〜ん。そういうふうには見えなかったけど?」
「そっか‥。」
翌日。
ようやくサントハイム大陸に上陸した一行は、船員を船に残し、馬車でサランの町へと
向かった。真上にあった太陽が、やや傾き始めた頃、無事町へ到着する事が出来た。
宿の前で馬車を止めると、必要な荷を下ろし、ライアンに託す。
「じゃあ、俺とトルネコは一旦船に戻るから、後は頼むな。アリーナ。情報収集の方は
任せたぞ。あ‥それから、マーニャ。お前は一緒に来てくれ。」
手綱を持つ鷹耶はそう話すと、マーニャを御者台へ促した。
「あたしも行くの?」
「そ。あんたもだ。後で馬車預けるからさ。」
「‥仕方ないわね。」
やれやれ‥といった面持ちで馬車に乗り込むと、来た道を戻るように馬車は走りだした。
「いってらっしゃい。」
アリーナが手を振ってそれを見送る。
残された一行は、宿へと入って行った。
「‥確か、エンドールへ向かうって言ってたわね?」
細い馬車道を走らせる鷹耶に、マーニャが確認するよう訊ねた。
「ああ。船の整備と必要物資の補給だってさ。あそこなら、大抵のモン揃うんだろ?」
「ええそうですね。」
「どうせ何日か、ここには滞在するんだしな。
その間に補給とか済ませてくれてたら、次の出港も楽だろ。」
「エンドールかあ。あそこは飽きない街よねえ。‥なんだったらさ。あたしがエンドー
ルまで送ろうか? トルネコはどうせ今日は、向こう泊まりでしょ?」
「…で。マーニャも付き合って泊まって来る‥ってか? ミネアにきつく注意されたぜ?」
行きの馬車の中で、町に着いてからの予定をアリーナと話していた時に、隣で聞いていた
ミネアからしっかりクギを刺されていた鷹耶が笑い返した。
「ははは‥。読まれているようですね、マーニャさん。」
「しっかり者の妹を持って嬉しいわ…。」
残念そうに肩を落としながら、彼女が零していた。
サランの町で宿の部屋が無事に取れた一行は、荷物を抱え、エプロンドレスを身につけ
た女性の案内に付いて歩いていた。
「それでは、こちらの二部屋と、あちらの突き当たりの部屋をお使い下さい。」
「ありがとう。あ、それから‥後から遅れて来る…」
「ええ。伺っております。女性の方には三人部屋へ、男性の方へは…どちらの部屋をご
案内致しますか?」
「ああそうね。じゃ‥こちらの手前の部屋で。よろしくお願いね。」
「はい。承知致しました。」
彼女は笑顔で会釈をすると、階段を降りて行った。
「…じゃあ。荷物を置いたら、私はミネアと、ブライはライアンと町へ情報集めに回っ
て来ましょう。クリフトは知り合いが居る‥って話してたわね?」
「ええ。まずそちらを訪ねてみようと思ってます。」
「じゃ、そういう事で。明日も午前中は情報収集に当てるって言ってたから、今日は適
当な所で切り上げてね? じゃ‥ミネア。行きましょう。」
アリーナはミネアと共に奥の部屋へと歩きだした。
「わしらも荷を置いて出掛けるとするか?」
ブライがライアンに話しかけた。
「あ‥あの。部屋はどのように?」
「あん? いつも通りでいいじゃろ? お主が鷹耶と同室で。何か問題あるのか?」
「あ‥いえ。…分かりました。では、私も荷を置いたら出掛けて参ります。」
ぱたん…。
クリフトは部屋に入ると、深く息を落とした。
昨日自分が熱を出した後から、なんとなく鷹耶の様子がいつもと違っているようで。そ
んな時に二人きりになるのは、どこか気詰まりで落ち着かなかった。
「はあ…。」
小さく嘆息したクリフトは、鷹耶と自分の荷を奥へと運ぶと、部屋を後にした。
「それじゃあ、マーニャは馬車と一緒に戻っていてくれ。俺もエンドールへ彼らを送っ
たら、そのまま戻るからさ。」
船の近くで馬車を止めた鷹耶は、そう言うとトルネコと共に馬車を降りた。
「パトリシアもご苦労だったな。
町に戻ったら、マーニャにちゃんと手入れして貰うんだぞ?」
「…それもあたしなのね。」
「それが済んだら、今日は自由行動でいいからさ。頼んだぜ?」
「はあ〜い。じゃ‥帰るわね。ルーラ!」
マーニャが去った後、二人は船へと向かった。
「おお! 待ってたぜ!」
二人の姿に気づいた船長が、戻って来た彼らに声をかけた。
「お待たせしました。そちらは大丈夫でしたか?」
「おお。陸の魔物が時々寄って来てたがな。問題なかったさ。」
「ここらのは、それ程危ない奴じゃなさそうだったからな。」
船に乗り込みながら鷹耶は言うと、ぐるっと船内を見回した。
「もう、すぐ発てるのか?」
「ああ。いつでも大丈夫だ。」
「んじゃ…早速行くぜ? …ルーラ!」
船ごと移動呪文をかけた鷹耶は、エンドールの沿岸に船を着けた。
「野郎共!」
「「おう!」」
船長の号令で動き始めた船は、ゆっくりと港へと向かった。
平和な時なら賑わう港も、連絡船が全て止まってしまっている現在は、人の行き来すら
まばらだった。
静かな港に船を着けると、船長は若頭のディーンに指示を出した。
「俺達は買い付ける荷を見て来る。船の事は頼んだぞ。」
「はい。あ‥頭。例のもんも忘れないで下さいよ?」
「おう。今度はちゃんと入れとくよ。任せとけ。」
「楽しみにしてます!」
ディーンに送られ、船を降りた鷹耶・トルネコ・船長は、街中へと向かった。
「…なあ。例のもん‥ってなんだ?」
不思議そうに鷹耶が訊ねた。
「ん‥ああ。…娯楽‥だな。あの船必要なもんしか積んでなかったから、連中暇な時間
を持て余しちまってな。停泊中は結構退屈してんだぜ?」
「ああ‥そうだよな。キングレオには長く滞在しちまったし‥。」
「ま‥。あんときゃ、ハバリアの港に入っちまってたから、野郎共も町へ繰り出したり
してたけどよ…。」
「港町だけに寄ってる訳じゃねーからな。」
「そういう事だ。」
「でしたら‥それも必要経費で出しましょう。ね、鷹耶さん?」
「ああそうだな。あんたらが居てくれて、実際助かってるしな。
じゃ‥その辺も含めて、必要な物の買い出しはトルネコに任せたぜ? 今日はこっちへ
泊まって構わねーからさ。特に問題なければ、明日の夜までには合流してくれ。
船の方は、出立の時に、俺がここまでまた来るよ。」
「おう。待ってるぜ。」
「買い物はお任せ下さい。」
「ああ。じゃあな!」
鷹耶は街に入ると、一足先に路地へと走って行った。
「…あいつ。帰らねーのか?」
「…ですねえ‥? …買い物でもあるんでしょうか?」
残された二人が不思議そうに呟いていた。
「…さて‥と。相変わらずごちゃごちゃ煩せー所だなあ…」
いろいろな店が立ち並ぶ通りを歩きながら、鷹耶が一人ごちた。
「ん‥と…」
店のウィンドウを眺めるように立ち止まる。
「おい‥あんた。」
鷹耶は、突然後方から肩を掴まれた。
「…あ。あんたは‥‥」
「やっぱり‥な。鷹耶だろ? 久しぶりだな。元気だったか?」
振り返った鷹耶に、嬉しそうに男が笑いかける。
「本当久しぶりだな。あんたは相変わらず元気そうだ。」
「ああまあな。ルーも元気だぜ? 今は興行に行ってるがな。」
「そっか。遠いのか?」
「そうだな。サントハイムの城下町だってさ。」
「え‥本当か? 俺、買い物済ませたら、そこへ向かうんだぜ?」
「は…?」
以前鷹耶がエンドールへ着いた時、世話になったオルガに、鷹耶はざっとこの街へ寄っ
た訳を説明した。
「…はあ。いつの間か随分と大所帯で旅してるんだな、お前は。」
「‥まあな。」
「ここへ着いた時は、独りだったけどよ。今は‥違うんだな。安心したよ。」
鷹耶より一回り大きな体格をしたオルガは、がっしりと肩を引き寄せると、頭をくしゃく
しゃと撫ぜた。
「まあ‥あんたには、随分世話かけたからな…。」
「時間があるなら寄ってけ‥と言いたい所だが。待ってる仲間がいるんじゃな、引き留
めらんねえな。」
「ああ。やぼ用済ませて、さっさと俺も戻らねーと煩く突っ込むのが居るからな。」
エンドールに来たがっていた彼女を思い出しながら、鷹耶が苦笑した。
「でもまあ、あんたに会えて丁度良かったぜ。」
「…ふうん。随分イメージ変わったと思ったが、恋人が出来たのか。」
店へ案内しながら、オルガがにやりと笑んだ。
「今口説いてる最中。真面目な奴だからさ。なかなかね…。」
「ははは‥。苦戦してる訳だ。だが強硬突破はよくないぜ?」
「あんたが言うかね?」
鷹耶が呆れたように返した。
「あれは合意だったろ? お前、マジ可愛かったぜ?」
「…そりゃどーも☆」
「じゃ‥俺行くよ。いろいろサンキュ、オルガ。」
買い物を済ませた鷹耶は、路地に入ると久しぶりに会った友人に、改めて感謝を伝えた。
「ルーの奴にも会ってやってくれな。お前の事、大分気にかけてたからよ。」
「ああ。じゃ‥元気でな。」
「お前もな。その真面目な彼氏にもよろしくな。」
鷹耶は頬を染めると、小さく笑い、手を上げた。その別れの合図の後、移動呪文を唱え、
エンドールを後にした。
思いがけない再会の後、鷹耶がサランの町へ着いたのは、陽も落ちた頃だった。
宿に向かうと、丁度帰って来たばかりのアリーナ・ミネアとばったり出会った。
「あ、鷹耶。お帰りなさい。」
「よお。そっちも今帰りか?」
「ええ。あんまり収穫なかったんだけどね‥。」
「そっか…。まあ明日もあるしな。他の連中が何か得てるかも知れねーし。」
「そうね。私達これから夕食のつもりで、マーニャを誘いに戻って来たんだけど、鷹耶
もどう?」
「ん−。俺は荷物置いたら、ちょっと出て来ようと思ってさ。俺の部屋どこ?」
「ああ。案内するわ。」
アリーナはそう答えると、早速階段へと案内した。
「‥皆三階の部屋なの。鷹耶はね…ここよ。こことこの隣が男部屋。私達は奥の三人部
屋。先に置いて行った荷物は、もう運んであるから。じゃ‥明日ね。」
「ああ。今日はゆっくり休んでおくんだぞ。」
「ふふ‥。鷹耶こそ。夜遊びしないでね!」
笑いながら言うアリーナを見送った後、鷹耶は案内された部屋へと入った。
かちゃり…。
誰も帰ってない部屋は、静寂に包まれていた。
薄暗い部屋の中、置かれた荷を確認するよう視線を巡らせる。
(…クリフトの荷か。じゃ‥今夜は…)
避けられてない事に安堵したように、鷹耶は小さく肩を落とした。
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