3
ようやく落ち着いたソロを伴い、3人は夕食をとリビングへ移動した。
「ソロには竜の神から戴いた蜜のドリンクを用意しました。‥もし、他にも召し上がれそ
うでしたら、すぐ用意しますので、遠慮なく仰っしゃって下さいね?」
「…ありがとう、クリフト。」
ピサロの隣に腰掛けたソロが、暖め直された飲み物のカップを受け取った。
それまで離さずに居た布団への執着をやっと捨てたソロだが、まだ熱が残ってる事もあり、
躰を冷やさないように‥とショールを肩から羽織って居る。
彼は両手でカップを持つと、「いただきます」と口に運んだ。
「いかがですか?」
「‥うん、美味しい。」
ソロはふわりと口元を綻ばせ、こくこくと飲み出した。
それを見届けて、クリフト・ピサロが食事を開始する。
「…オレがぼんやりしてる間も、こんな風に食事してた‥?」
なんとなく、覚えのある光景に、ソロがぽつんと訊ねた。
「ええ。その方が美味しいでしょう‥?」
こくん‥とソロが頷いた。
食事を終えると、ソロはピサロと共に寝室へと戻った。
「…食事当番、ずっとクリフトがやってるの?」
寝台に腰を下ろし、ソロがやって来たピサロを窺った。
「ああ‥。役割分担したのでな。」
「‥そう‥なの?」
「気に掛かるというのなら、早く体力を戻すよう努める事だ。」
ぽすん‥と彼の頭に手を置いて、ピサロが言い聞かせる。
ソロは小さく頷くと、そっとピサロを見つめた。
「…おやすみなさい。」
しばらく見つめた後、伏せ目がちに伝え、ソロは寝台に身を乗り上げ、横になった。
「‥オレ。今日は独りで寝る。…だから、ピサロもクリフトも、別の部屋で休んで?」
布団を頭まで被り、ソロが静かに告げる。
くぐもった声音は悸えているようにも聴こえ、ピサロが眉を顰めた。
「‥ソロ。泣いて‥るのか?」
「泣いてなんか、ないもん。‥独りで寝たいだけ‥だもん…」
「泣いているではないか。」
ソロが被っている布団を剥ぐと、眦に小さな滴を見つけ、ピサロが嘆息した。
「違うもん。欠伸の跡なだけだもん。…もう、ほっといてよ。眠いんだから‥!」
ごしごし顔を乱雑に拭って、ソロは布団を引っ張った。
「しかし…」
「ピサロが出てってくれないなら、オレが出てく…!」
がばり‥起き上がって、寝台を出ようとしたソロをピサロが慌てて止める。
「何を怒っているのだ‥?
とにかく、お前はここで休め。眠るのに邪魔というなら、私が席を外そう。」
「…出てって? 独りで寝たいの。」
ソロはそれだけ言うと、再び布団に潜り込んでしまった。
ピサロは嘆息した後、後ろ髪引かれながらも部屋を退出した。
ぱたん…閉まる扉の音を聞き届けて、ソロが再び涙を落とす。
身を抱くようにしながら、ソロはぽたぽた流れ落ちる涙が止められなかった。
「ピサロさん、何してらっしゃるのですか?」
片付けを終えリビングへ戻って来たクリフトが、独りソファへどっしり座る魔王へ声をか
けた。
「‥ソロに追い出された。」
「何をしたんです?」
「何もしていない。いきなり怒って、今は泣いてる。」
難しい顔で告げてくる魔王に、クリフトが深々と吐息を落とす。
「何も‥ねえ? それが問題なのではありませんか?」
ガッカリと肩を落とすと、クリフトは嘆息した後寝室へ向かった。
「…今夜は独りにしろ‥と喚いてたぞ?」
ドアノブに手をかけたクリフトにそう言い置いて、ピサロが眉を寄せた。
かちゃり‥静かに扉を開けると、びくん‥と寝台の上の布団の山が揺らぐ。
「独りで寝るって、言ったでしょう!?」
「‥でも、ソロは嘘つきですからねえ。」
困ったように、クリフトが柔らかく声をかけた。
「…嘘じゃ‥ないもん。」
「…では、どうして泣いてるのですか?」
静かに寝台へと歩み寄ったクリフトが、そっと端に腰掛けた。
「‥‥趣味だもん。」
ぽんと布団越しに頭に手を置かれ、ソロがぽつん答える。
「…オレ、ちゃんと旅は続ける‥から。だから…もういいよ。
独りに‥して…?」
「ソロ‥。そう言われて、あっさり引き下がれるはずないでしょう?」
「‥オレ、知ってるんだ。
ピサロも‥クリフトも…本当のやっぱりは‥っ、ふぇ‥‥‥」
「ソロ‥?」
泣き出した彼が被る布団を少し下ろして、クリフトが首筋に手を当てた。
思った通り、また熱が上がっているらしい。
「何が本当で、やっぱりなんです…? ソロは何を思い込んでしまったんですか?」
彼を布団から剥がし抱き寄せて、あやすようにクリフトが訊ねる。
「…いらないの。もう…厭なんだ‥きっと。…知ってるもん。
2人とも優しいから…仲間だから‥居てくれてるだけなんだよね?
だから‥オレもそうするの。決めたの…」
ぐずる彼を宥め賺して、やっと吐露させた気持ちに、クリフトは深い吐息を落とした。
「だから…独りで眠ると?
困りましたね。ソロは大きな誤解をなさっているようですね。
私はあなたが思う程優しくもないですし、あなたをいらないとも思ってないのですが?
やはり‥元気になるまで待つのはやめましょうか‥?」
そう言うと、クリフトがソロへ口接けた。
「…ん‥。ふ‥‥‥」
「‥ソロ、大分熱が上がってますね。‥大丈夫ですか?」
「…ん、平気。クリフトは‥オレに触れたくないんじゃ‥なかったの?」
唇が解かれても、ぎゅっと躰を抱き込んだままの彼に、ソロがそっと訊ねた。
「とんでもない。あなたの回復を優先させただけですよ? …彼もね?」
クリフトの視線を追うと、その先にすぐ側に佇むピサロの姿が在った。
「…ピサロ。‥嘘だもん。」
きゅっと口を噤んで、ソロがクリフトの肩口に顔を埋める。
「…その対応の差はどこから来るのだ?」
苦虫を噛み潰したようなピサロに、クリフトが苦笑し提案した。
「ソロ‥あなたが選んでいいですよ?」
「え…?」
「私と魔王サン。どちらと夜を過ごしたいか‥です。まだ本調子じゃないのですから。
いつものようには無理でしょう…?」
「…だって。ピサロは‥もう‥‥‥」
「私も‥お前をいらぬなどと‥言った覚えはないのだがな?」
自嘲するよう口角を上げ、ピサロが彼へ手を差し伸べる。ソロは惑う瞳を伏せた。
「…でも、厭‥でしょう? …知ってるもん‥」
「ほお‥? 何をどう知っているのか、詳しく聞かせて貰おうか?」
低く告げた後、ピサロが強引に、クリフトからソロを剥がした。
少々乱暴に寝台へ縫い止められてしまったソロに、ピサロが覆い被さってくる。
「それだけ訳の解らない理屈を連ねる元気があれば、遠慮はいらぬだろう…?」
否を言わせぬ鋭い目線が突き刺さる。ソロはごくん‥と息を飲み、魔王を凝視めた。
「ピ‥サロ…。ふ‥ぅん‥‥っ…」
普段よりずっと熱い口内が冷たい侵入者に乱される。
冷んやりしたそれは、籠もった熱に心地よく、優しく巡った。
「ふぁ…ん‥‥‥ん…はあっ‥」
くらくらと酩酊する思考。発熱のせいなのか、久しぶりの濃厚な口接けのせいなのか…
ソロにはもう解らなかった。
ただ…ぼんやりと霞む思考の中で。このまま熱に浮かされてみたいと本能が求めてくる。
「ピサロ…もっと‥‥」
そっと彼の首に腕を回して、ひっそり乞う。
すぐに与えられた口接けに、ソロが必死に応えた。ピサロはゆったり彼を味わいながら、
ソロの寝着を剥いでいった。
「ピサロ‥っ、ピサロ‥‥!」
きゅっと彼に縋りつき、ソロが熱い息をこぼす。
彼の膝に跨がった体勢へ移されたソロは、秘所へ伸びた手に最初は怯んだものの、体中に
施された愛撫に緊張を解かせて、身内を巡る指先に息を乱していった。
「も…いい‥よ。ね‥お願‥い‥‥‥っ。あいつを…忘れ‥させて‥‥‥」
「ああ…。忘れてしまえ‥! お前は‥私のものだ‥‥!」
酷く熱い躰を気遣いながら、ピサロはソロを貫いた。
灼熱に穿たれて、ソロが一際高く啼く。
自身の迸りが落ち着いた頃、ピサロも追って弾けさせ、ソロはその熱を内奥で受け止めて
意識を遠退かせたのだった。
翌朝。
ソロはピサロの腕の中で目を覚ました。
「…ピサロ。」
「おはよう、ソロ。…熱は、大分下がったようだな?」
こつん‥と額を合わせて、ピサロがそう安堵の息を漏らした。
「気分はどうだ‥?」
不思議そうに魔王を覗うソロに、小さく微笑って、彼が続ける。
「‥うん。平気‥。」
そう答えると、躊躇いがちにソロが身を寄せた。
「…オレ。側に‥居て…いいの‥?」
「居てくれ‥と、何度も申して居るだろう? お前の耳は飾り物か‥?」
「‥だって。オレ‥綺麗じゃ‥ないもん。だから‥‥‥」
「もうその件は気に病むな。お前のせいではないのだから。
これから幾らでも、私が忘れさせてやる。」
「本当…?」
「ああ‥。だから、ずっと‥私の側に居ろ。天界などに帰る必要はない。」
「ずっと‥? ずっと‥居るの? 本当に…?」
「ああ。…誓いのキスでも返そうか?」
顔を覗き込んでくるソロに、ソフトタッチの口接けを落とすと、ピサロが小さく笑った。
ソロがきょとんと彼を凝視め、やがてふわりと微笑みを浮かべる。
「ピサロの方が熱あるみたい。変なの…」
突如飛び出した彼らしくない言葉に、ふふふ‥とソロが涙を落とした。
3人揃っての朝食は、明るく和やかな雰囲気の中進んだ。
とはいえ。ソロの食欲がそう簡単に回復する訳でもなく。
昨夜と同じ蜜で割った飲み物と、冷たいミルクを飲み干せただけだったのだが…
「少しは元気になったみたいでよかったです。」
落ち着いたソロの様子を眺め、クリフトが微笑んだ。
「‥うん。クリフトも、いっぱい心配させちゃって‥ごめんね?」
「いいえ。後は‥体力の回復を待つばかりですね‥」
頭を撫ぜてくる手を受け止めて、ソロはこっくり頷いた。
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