エンドール。昼下がり。

昼食を終えたソロとクリフト・ピサロの3人は大通りを歩いていた。

「ソロは買い物終えたのですか?」

「うん。午前中に済ませた。クリフト達はなにかあるの?」

「そうですね…」

言い掛けたクリフトの足に、横の路地から飛び出した何かがぶつかった。

「‥おっと。…大丈夫ですか?」

クリフトが倒れ込む小さな人影を支え手を伸ばす。子供はそのままくったりと腕の中に納

まってしまった。膝を折った彼が様子を確認するよう仰向けに返す。

「クリフト。その子…」

「…酷い熱です。一体どこの子供でしょう‥?」

キョロっと辺りを覗ったが、保護者らしき人影はない。

意識のない子供を腕に抱え、クリフトは小さく嘆息した。

「…家、判んないかなあ‥」

ソロも同様に周囲を見回す。ふと、通りの向こうから知った顔が大きく手を振った。



トルネコの息子・ポポロの案内で、倒れた少年は教会裏の孤児院に来たばかりの子と知り、

早速そちらへ赴いた。

「まあまあ。レオンを見つけて下さったのですか!?」

パタパタと駆け寄って来た年配のシスターが、クリフトに抱かれた少年を見てホッとした

よう顔を緩めた。

「申し訳ありません。少し目を離した隙に外へ出てしまったようで…」

「酷い熱があるようです。‥私がお運びしましょう。」

彼を受け取ろうと差し出された腕にそう答えると、シスターの案内を乞うた。

ソロとピサロも彼らの後に続いて扉をくぐってゆく。

院内はやけにパタパタ騒がしく、シスター達が慌ただしく駆け回っているようだった。

「‥こちらに。そのベッドへ寝かせてやって下さい。」

室内にキュウキュウに並べられた6台のベッド。子供用なのか、少し小さめのベッドが並

ぶその部屋には、既に4台のベッドが寝込んだ様子の子供で埋められていた。

入り口に近い空いたベッドに少年を寝かせる。

「…流行病ですか?」

寝かせた少年の様子を診ながら、クリフトがシスターに話しかけた。

「ええ‥。ウチでも子供たちの半数がこのような状態で…。とにかく熱が高くて…。

 せめて熱が下げられれば‥と思うのですが。解熱薬も品薄とかで、とても手に入らなく

 て‥‥。ああ、すみません。旅の方にこのようなお話を…」

「…解熱薬なら、群生しているのを見たぞ。」

戸口で様子を見守っていたピサロが、静かに口を開いた。

「え、本当? ピサロ。」

隣で同じように見守っていたソロが頓狂に聞き返す。

「ああ。街の外の丘でな。」

「…はい。確かにその方の仰っしゃる通り。あの丘には薬草となる草花が豊富に茂って

 おります。…けれど。最近あの辺りには黒い翼を持つ魔物が徘徊しているとかで。

 摘みに参る者が居ないのです…。」

「魔物‥?」

「ええ。なんでもとても凶暴なのだとか。一度冒険者が向かったのですが。

 酷い手傷を負って戻って参りました。それ以来、誰も近寄らなくなったのです。」

ソロに答えるよう、年若いシスターが説明した。

「‥そっか。皆困ってるんだね。よし。

 んじゃ、オレ達がその魔物倒して、薬草も持って帰るよ! な?」

気安く請け負ったソロが、隣に立つ魔王の肩を叩いた。

「ソロ。私はここでシスターのお手伝いに残ろうと思うのですが…」

「そうだね。なんか大変そうだもんね。

 うん、解った。宿に戻れば誰か居るだろうし。ひとっ走り行って来るね!」

「ええ。よろしくお願いします。」



孤児院を後にすると、ソロは装備類を取りに、宿への道を急いだ。

「…もしかして。私もそれに付き合うのか?」

彼について歩きながら、ピサロが苦い顔を浮かべる。

「オレ、解熱薬ってどれか解んないもん。当然だろ。午前中クリフト貸したんだから、

 それ返してね。」

「‥‥‥‥」



宿の部屋で装備を整えて。ソロは食堂へと足を向けた。

「あ、アリーナ・ミネアみっけ。」

テーブル席でお茶をしていた2人に、ソロは嬉々と声をかけた。

「あら‥ソロ。ピサロも戻ってたのね。…クリフトはどうしたの?」

「あ‥えっとね…」

ソロはかい摘まんで説明した。

「へえ〜。魔物退治。面白そうじゃない!」

「アリーナならそう言うと思った。ミネアは? 急だけど、大丈夫?」

「ええ勿論。早く薬草届けて上げないと。子供たちが可哀想だわ。」

「ありがとう! じゃ、早速向かおう!」



2人が装備を取りに部屋へ戻っている間に、宿の入り口でトルネコに会い、そこでも事情

を伝え。準備終えた4人は早速と、エンドールの西にある丘へと出立した。

城下町からさほど離れていないその丘へは、半時もすれば到着し、一行は周囲を確認する

よう注意深く見渡した。

「…別に。魔物なんか、居ないわねえ?」

ガッカリした様子でアリーナが呟く。

「‥先刻ここを通った時も、みかけなかったぞ。」

憮然とした顔のピサロが後を継ぐ。

「…まあ。それならそれでいいじゃありませんか。薬草摘んで帰りましょう?」

にっこりミネアが話し、アリーナも納得したよう笑んだ。

「そうだよ。ミネアは解熱薬になる草判る?」

「ええ。薬草なら任せて下さいな。」

「じゃあ、念のためアリーナと組んで摘んでくれる? オレはしょうがないからピサロと

 組むよ。お互いあんまり離れないよう気をつけて摘もう。」

「了解。」

アリーナが元気よく返事をし、ミネアと共に丘に広がる草原へ向かう。それを見送ると、

ソロも持っていた駕籠を持ち替え、ピサロを覗った。

「さ。オレ達も摘もう。…どれを摘めばいいの?」

「…こっちだ。」

大きな嘆息を落とした後、ピサロは顎をしゃくって彼を招いた。

馬車道から少し外れた丘の斜面。

様々な草花の揺れる丘をしばらく進むと、青々茂った草の前でピサロは立ち止まった。

「これだ。この草を煎じ飲ませれば、解熱効果が得られる。」

「へえ〜。いっぱいあるね。どれだけ摘めば足りる?」

「…駕籠一杯は必要だろうな。流行病なのだろう?」

「じゃあ‥オレはここの摘んでるから。ピサロは別の場所探してよ。」

「…了解した。」



結局。心配した魔物に出遭う事もなく。持ち寄った駕籠一杯に薬草を摘み、一行は帰路に

着いた。大した距離ではなかったが。一刻も早く届けようと移動呪文を用いて。

孤児院へ着くと、トルネコが手配してくれた道具のおかげで、摘んだ薬草を煎じる作業も

滞りなく進められ、当然のようにピサロも手伝わされる羽目となった。

ようやくすべての子供達に薬が行き渡ったのは、夜の帳が降りて大分経った頃だった。

「クリフト疲れたでしょう? お疲れさまでした。」

宿への道を歩きながら、ソロが隣を歩く彼へ労いの言葉を伝える。

「いえいえ。ソロだって、がんばってくれたじゃないですか。ピサロさんも。」

「オレは全然‥。でも、ピサロはがんばってくれたよね。ありがとう。」

「お前は人使い荒過ぎる…」

苦々しくピサロがこぼす。ソロはくすっと「これで貸し借りなしだから」と笑った。

「なんです、貸しって?」

不思議そうにクリフトが訊ねる。

「今日の午前中。クリフトを貸したでしょ。それ。」

「ははは。それを返して貰ったのですか? それはまた、ご苦労さまでした。」

「ふん‥」

くすくす笑う神官に、憮然と返す魔王。

朝とは違った和んだ空気にソロも機嫌よく笑んだのだった。



翌日。本来なら出立の予定だったのだが…

「クリフト‥大丈夫?」

心配そうにソロがベッドに横たわる彼を覗き込んだ。

「…はい。すみません。気をつけてはいたのですけど‥‥」

「昨日の薬、オレ孤児院行って貰って来る!」

余分に採って来たので、まだ残ってるから…とソロが踵を返す。

「ソロ。解熱薬ならここにもある。」

「え‥本当?」

「ああ。幾分残しておいたのだ。念のためな。」

すぐにでも部屋を飛び出しそうな勢いの彼に、ピサロが声をかけた。

机に置かれた包みから昨日摘んだ薬草を取り出すと、ソロへと渡す。

「あ‥ありがと。じゃ‥これを煎じて、えっと…メンバーにも予定変更伝えないと‥」

ソロはぶつぶつ呟きながら、部屋を出て行った。

残されたピサロがベッドに横になったままのクリフトを見やる。

「…鬼の撹乱だな。」

「…酷い言われようですね。」

ぽつっと零された台詞にクリフトが苦笑した。



既に食堂へ集まっていたメンバーに、ソロが次第を伝える。

「え‥クリフトが?」

「うん。高い熱があるみたいなんだ。だから今日の出立は…」

「見送りですね。」

トルネコがソロの言葉に続いた。

「鬼の撹乱じゃの‥」

「ホント。」

ブライの呟きにマーニャが応える。

「ええ? なんでさ。酷いな2人とも。クリフトあんなに優しいのに…」

「まあまあ。ソロ、薬草は私が煎じるわ。あなたは氷枕でも届けて上げて。」

ミネアに促され、ソロがコクっと厨房へ向かう。

彼が場を去ると、誰からともなく嘆息が漏れた。

「気づいてないんだねえ、やっぱり。」

「ですね。」

「まあ、あの子とアリーナにだけは、確かに優しいけどさ。」

「‥あら。でも私はちゃんと理解してたわよ。そういう所。」

マーニャとトルネコのやり取りを聞いていたアリーナが口を挟む。

「人当たりいい割に、結構シビアな面あるのよね、彼って。」

「そうそう。このあたしまで使うんだもの。いい性格してるわよ、本当。」

何事か思い出したのか、マーニャが悔しそうに毒づいた。

「まあまあ。きっとこれまでの疲労も重なっての事でしょうから。此の際ゆっくり休んで

戴きましょう。我々にもいい休養になるでしょうし。」

「それもそうね。ずっと移動づくめだったもんね、あたし達。」



氷枕を持ってソロが部屋へ戻ると、クリフトは静かに眠っていた。

そっと近寄り様子を覗き込む。すると、眠っているとばかり思っていた彼が目を開いた。

「…あ。起こしちゃった?」

「いえ。寝てませんでしたから…」

「そうなんだ。あのね、皆にはちゃんと伝えたから。ゆっくり休んで?」

ソロは持って来た氷枕を当てながら、クリフトに話しかけた。

「ご飯‥食べられそう?」

「いえ…今はいいです。」

「そっか‥。ミネアがね、薬草煎じてくれてるんだ。もう少し待ってね?」

「…ソロ。私の事は心配要りませんから。気遣わなくていいですよ?」

「でも‥‥」

「ソロには別に頼みたい事があるのですけど…」



看病はいらないと話すクリフトに頼まれたのは…昨日の孤児院の様子を見て来る事だった。

困ってる事がまだあるようなら、自分の代わりに力になって上げて欲しいと。

丁度煎じた解熱薬を持ってやって来たミネアにそれを伝えると、あっさり看病を引き受け

てくれ、ソロは彼の願いを請け負い外出を決めた。

「…意外だな。」

しっかりとソロについて来たピサロがぼそっと口を開いた。

「何が?」

「看病する‥と離れぬものと踏んでいたのでな。」

「‥だって。オレが側に居たら、ゆっくり休めなさそうなんだもん。それじゃ意味ないし。

孤児院のコト‥気になってるなら、そっちの心配だけでもなくしてやりたいだろ。

 オレだって、気になってたし。」

「昨日の今日で回復するものではないぞ?」

「解ってるよ。それくらい。」

そんなやり取りを交わしているうち到着した孤児院。

ソロはコンコンと扉をノックした。

「‥はい。あらまあ、あなた方は昨日の‥!」





              

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