6
「なんとか予定通りに着けたな。」
チキーラ達が居るフロアへ着くと、鷹耶がふぅと息を吐いた。
「ここに例の者どもが居るのだな?」
「ああ‥。やかましい鳴き声が届いてるだろ?」
「怒鳴り合う声なら、先程のフロアから掴まえている。流石にここ程はっきりとは届いて
なかったがな。」
喧しいと渋面を浮かべ、ピサロが苦々しく話す。
「それで‥これからどうするのじゃ?」
後方を歩いていたブライが、鷹耶に声をかけた。
「開けた所で馬車呼んで、小休止だな。その辺の魔物を相手にするようには行かねーし。」
「そうだな。なんだかんだと戦闘こなして来たのだ。
3人とも魔力を消耗して居るだろう。」
気遣うよう言うライアンの肩をぽんと叩くと、鷹耶はバロンの角笛を懐から取り出した。
「…あ。どうやらお呼びがかかったようよ。」
ゴッドサイド。宿の入り口に止めてあった馬車が光を帯び始めると、アリーナが嬉々とし
た様子で皆に声をかけた。
「ロザリー、じゃ行って来るわね。あなたは宿で待っていて。早めに戻るから。」
「ええ。私は大丈夫ですわ。皆様のご武運お祈りしております。」
馬車に乗り込むミネアにふわりと微笑むと、残るメンバーにもその笑みを彼女が向けた。
「行って来ます! 早く帰るからね!」
御者台に座るアリーナがブンブンと手を振ると、一段と輝きを増した馬車が光に霞み、
そのまますうっと姿が消えた。
「‥本当に、皆様お気をつけて…。」
うっすら残る光に祈るように手を合わせ、ロザリーが瞳を閉じる。
何故だかそこから去り難くて、彼女はしばらくの間その場に佇んでいた。
「‥来たな。」
空間の揺らぎを見つめ、鷹耶がぽつりとこぼす。
やがて。薄く光が広がると、霞みの中からパトリシアと馬車の姿が現れた。
「やっほーみんな!」
アリーナが鷹耶達を確認すると手を上げた。
その声を合図に幌からマーニャとトルネコが顔を出す。3人が前方から、残るミネア・
クリフトが後方から、それぞれ馬車を降りた。
「まあ大体時間通りだったわね。」
マーニャが茶化すよう鷹耶に話しかけた。
「おう。真面目な奴を選んだからな。こんなもんだろーぜ。」
「ふうーん。ま、いいわ。所でさ。どうするの? すぐ戦闘?」
「いや。流石に消耗したからな。ちょっと小休止。一眠りさせてくれ。」
「了解。まあ大丈夫とは思うけど、あたしらが見張り担当するわ。」
「ああ頼む。」
にっこり引き受けたマーニャに声をかけると、鷹耶がブライやライアンへ視線を移した。
「そうゆーコトだから。俺達は少し休もうぜ。」
「そうじゃな。」
「皆さん、お休みの前にこれをどうぞ。」
トルネコがポットから注いだ温かな飲み物を彼らへ勧める。
「お、サンキュ。」
4人がそれぞれカップを受け取りゴクゴクとそれを飲み干した。
ミネアとクリフトが用意していた掛布をそれぞれに手渡す。
「‥サンキュ。」
鷹耶はクリフトからそれを受け取ると、大きな岩の側に腰を下ろした。
同じように彼から掛布を受け取ったピサロが、鷹耶と同じ岩の元に腰掛ける。
それを見た鷹耶が一瞬苦く睨んだが、隣に来た訳でもなかったので、仕方ない‥というよ
うに肩を竦め、そのまま身体を横たえた。
「‥‥‥‥」
鷹耶の姿を見送ったクリフトが、その場に立ち尽くしたまま、彼をぼんやり見つめる。
特に避けてる風でもなかったが、それでも常とは明らかに違う鷹耶が哀しくて。クリフト
は再び心が波立つのを感じていた。
「クリフト。あなたはそっちの見張りお願いね。」
馬車を挟んだ向こうからひょっこり顔を見せ、マーニャが声をかけた。
「あ‥はい。承知りました。」 承知り→わかり
クリフトはそう返事をすると、周囲を見渡した。
馬車後方、ブライ・ライアンの傍らにはミネアとトルネコの姿が見える。
前方‥チキーラ達が居る方角は、アリーナ・マーニャの姿があった。
つまり‥鷹耶・ピサロが向かった方面が自分の担当となる訳で。
クリフトは小さく嘆息すると、2人が眠る岩の元へ向かった。
(‥眠ってるのかな?)
静かな息を立てる鷹耶の隣に座り込んだクリフトが、そっとその様子を窺った。
丁度鷹耶とピサロの間に腰を下ろした彼は、所在ない想いを抱えながらも、つい視線がそ
ちらへ向かってしまい苦笑する。
覗き込む彼に気づかぬ様子の鷹耶に、ホッと息を吐いたクリフトは、岩へ背中を預け寄り
かかった。
「‥よくこんな喧しい中眠れるものだ。」
不意に声をかけられて、クリフトが振り向いた。
「ピサロさん‥。あなたも出来れば少し休んだ方が…」
岩に寄りかかっているピサロへクリフトが小さく声をかける。
「それ程消耗しては居らぬからな。」
「そうですか? ロザリーさんも心配なさいますから、無理なさらないで下さいよ。」
ふわりと微笑むクリフトに、ピサロがスッと瞳を眇めさせた。
「可笑しな奴だな、貴様も。…だが。それ故なのだな、そいつが心許した所以は。」
「は‥? 一体なんの事です?」
「貴様が側にないと、ソレは上手く眠れぬらしい。それが‥貴様の位置という訳だ。」
「ピサロさん‥」
「だから、遠慮などいらぬ。気に食わぬ時はきっちり叱りつけても‥側に居てやれ。」
「私は‥別に‥‥。」
鷹耶の側から離れたのは自分なのだろうか‥?
クリフトは彼らが洞窟へ向かう前の晩を思い起こし、瞳を曇らせた。
晴れぬ気持ちを抱いたまま、挑んだチキーラ達との戦闘。
相変わらずタフで、半端でない攻撃を繰り出してくる彼らとの戦いは、僅かな判断ミスが
時に命取りになる…そう理解していたクリフトだったが。
自身が負った怪我の治療を後回しに、前衛で戦うアリーナの回復を優先させた。
その直後、大技がチキーラから発せられ、クリフトはダメージを最小限に抑えようと盾を
構え衝撃に備えた。
雨のように降ってくる岩石。戦闘不能に陥る覚悟を決めたクリフトだが、思っていた程の
衝撃は訪れなかった。
「‥た‥かや。鷹耶‥さんっ!?」
クリフトを庇った彼のダメージは、その分も加算されて、その場に膝を折った。
賢者の石が輝き、メンバー全員の蓄積されたダメージが緩和されてゆく。
鷹耶はほう‥と吐息を深く吐ききると、キッと厳しい目線をクリフトへ向けた。
「馬鹿野郎っ‥、回復役が真っ先に倒れちまったら後がねーだろーが?!」
「‥すみません。ハッ‥鷹耶さ、後ろ‥!!」
背を向けていた鷹耶へ攻撃を繰り出して来たエッグラ。だがクリフトの言葉とほぼ同時に
動いた影がそれを受け止め反撃に転じた。
「何ボサッとしてる!? とっとと回復して前線に復帰しろ!」
エッグラに攻撃しつつ、刺のような言葉を投げつけるピサロに鷹耶が苦笑し立ち上がる。
「マーニャ、ちっと援護頼むわ。」
言って、鷹耶は魔力を集中させた。光が彼へ収束され、呪文が発動される。
全体回復魔法―ベホマズン―。
パーティ全員の傷がみるみる癒えて、仕切り直しとばかりに再び攻撃へと転じた。
苦労はしたが、どうにか彼らを負かす事が出来て。
その褒美に‥と、彼らは魔界の武具を1つ出して来た。天空の剣の対の剣とも呼ばれる魔
剣なのだという…
新たな情報は得られなかったが、また挑んで勝てば褒美をやろうとの言葉を貰って、地上
へと帰された。
ゴッドサイド。
その宿屋で1人待って居たロザリーは、彼らの帰りをにこやかに迎えてくれた。
一行は明日の晩にミーティングを行う事を確認し、解散した。
今夜の宿は鷹耶・クリフト・ピサロの3人部屋。
クリフトは解散後部屋へ向かわずに、風呂へ足を向けた。
魔力も消耗していたし、すぐにベッドへ倒れ込みたい状態ではあったが。部屋へ向かう事
が躊躇われて。独り貸し切り状態になってる湯船へと浸かっていた。
「はあ‥」
幾度目か分からない溜め息がついて出る。
自らの判断ミスが、鷹耶を危険に晒した…それを思い出すと、ぶるりと身体が震える。
戦いに私情を残していたせいだと、他の場面での判断ミスを浮かべて唇を噛んだ。
こんな気持ちのままじゃ駄目だ‥そう思うのに。
彼と向き合うのが怖い。
クリフトはのろのろと風呂から上がると、ふらりと宿を出て行った。
特にアテなどあった訳でもないのだが。気づくと教会の前までやって来て居た。
簡素な佇まいのそこは、少し故郷の教会を思い出させて、クリフトが微かに表情を和らげ
させる。小さな吐息の後、クリフトは扉へ続く石段に腰を下ろした。
「…こんな所で何をしている?」
ややあって。不意に影が降り立ったかと思うと、低い呆れ声が届いた。
「‥ピサロ‥さん…」
自分の前に立ちはだかる男に、クリフトが意外なものを見るよう目を瞠る。
「貴様が戻らぬと、アレが休まぬのだ。相当消耗しているだろうにな。」
「ピサロさん‥。鷹耶さんの‥為に?」
「隣でじたばたされていると、私も休めぬからな。」
言外に自分の為だと含ませ嘆息する魔王に、クリフトが小さく微笑む。
「‥判りました。今は‥体力回復を優先させます。お手数取らせました。」
ぺこりと会釈して、クリフトは宿へ戻る道を歩き出そうとするが‥
「‥なんですか?」
腕を魔王に掴まれ、クリフトが不思議顔を向けた。
「移動した方が早い。それに‥連れて戻ると約束したからな。」
言うと、クリフトを伴ってピサロは呪文で飛翔した。
「鷹耶‥さん…」
宿の部屋へ入ると、3つ並んだ真ん中のベッドで苦しげに横たわる彼の姿が在った。
心配そうに近寄ったクリフトが、そっとその額に触れる。
熱はない。少々呼吸の乱れが気になるが、どこか傷めているようにも見られなかった。
「ピサロさん、一体‥?」
「魔力の消費が負担になったのだろう。ここの所、あまり休めていなかったようだしな。」
「そんな…。」
「クリ‥フト?」
苦々しい顔を浮かべるクリフトと、ふと目を開けた鷹耶の瞳が交わされる。
「よか‥った。戻ったん‥だな。お前も疲れてる‥だろ? ちゃんと…休んで‥‥‥」
「鷹‥耶さん。」
絶え絶えに話しかける姿が余りに辛そうで、それ程までに消耗している状態で、己の身を
案じてくる鷹耶に、クリフトはいたたまれなさを募らせた。
苦しい時に一番側にありたい‥そう望んで来たはずなのに。
それを果たせないばかりか。反って負担になっている自分‥
クリフトは伸ばされた彼の手を握り締めて、祈るよう自らの額へ導いた。
しばらくそうしていると、徐々に鷹耶の呼吸が整い始めていく。
やがて。眉間に刻まれていた皺が解かれたのを確認して、やっとクリフトも安堵の息を落
とした。
|