「…デス‥ピサロ‥。」

夜の街。宿の屋上で独り風にあたっていたソロは、前触れなく現れた来訪者を、途惑い混

じりの瞳で見つめた。



ここはサントハイムの城下町サラン。

ミネア・マーニャ姉妹の追っていた仇敵バルザックを見事倒し、その戦闘の疲れを癒すた

めしばらく逗留していたサランの宿に、いつもの彼が訪れたのだ。



――今はまだ、逢いたくなかったのに。



ふっと視線を反らせたソロに、黒づくめの男が静かに歩みよる。

彼はソロの前に立つと、その顎を捉え上向かせた。

「‥移動するぞ。」

低い声が静かに耳へと届く。ソロは反射的に両手を突っぱねると、彼から離れた。

「‥‥仲間に、断って来るから。…待ってて。」

視線を落としたままそれだけ言うと、ソロは踵を返し階段を降りて行った。

「‥‥‥」

残されたピサロがひっそりと吐息をつく。

少し前まで、尻尾を振っているのが見えるような歓待ぶりだったのに。

ソロがキングレオと一戦交えて以降、無邪気な笑顔が消えてしまった。

お互いの立場を鑑みれば、当然の反応ではあるのだが…。



ややあって。ソロがゆっくりと階段を上り戻って来た。

「もういいのだな?」

ピサロの問いかけにソロが小さく頷く。彼はソロを抱き寄せると、移動呪文を唱えた。



ふわり‥巻き起こった風が止む。

「…ここ‥は。」

ソロは眼前に広がる建物を訝しげに見つめた。夜の闇の中にぼんやり浮かぶ城。

そこは―――

数日前仲間と共に訪れたばかりの、魔物に乗っ取られてしまった城、サントハイムだった。

「なっ‥なんで、こんな所に!? …オレ、帰る!!」

不快を露にソロが言い捨てた。

「貴様に拒否権などない。‥来い。」

立ち去ろうとしたソロの腕を掴んだピサロが、強引に腕を引き歩き出した。

「や‥っ。嫌だってば、ピサロ。場所変えてくれよ!?」

「…先だってのように、町の側がいいか?」

冷たい瞳がソロへ向けられる。ソロは海辺の村での一件を思い出し、ぐっと息を飲んだ。



カツカツカツ…

暗く静まり返った城内に、ロングブーツの音が響く。ここの玉座に納まっていたバルザッ

クが倒された事で、サントハイム城は無人の城となっていた。

静かな通路を腕を捕られたまま歩くソロが、ふっと彼の様子を覗った後、再び視線を落と

した。

「…どうした? 何か言いたげだな?」

「‥‥知ってるんだろ? …オレ達がバルザックを倒したって。」

「ああ。勇者一行を恐れた魔物達が、皆逃げ出したって事もな。」

「――!! それだけ知ってて‥どうして‥‥‥」

「人も魔物も寄らぬ場であれば、好都合であろう?」

「でも…ここはアリーナの、…仲間の大切な場所なんだ。それを‥‥‥」

「下らぬな。」

「下らない? なんだよ、それ!?」

「今はただの無人の建物だ。今までだって、そうした場所を使って来たではないか。」

「それは‥‥けど―――!?」

立ち止まってしまったソロに焦れたのか、ピサロが彼を担ぎ上げた。

「ち‥ちょっと、なんだよ!?」

「貴様に付き合ってると、いつまでも寝所に着かぬからな。」



どさっ。

ピサロは目的の部屋へ到着すると、ソロを豪奢な寝台へとほおった。

「うわ‥っ。…こ‥ここって…。」

ソロがきょろきょろと目線を彷徨わせた。暗くてはっきりと判らないが、確かここは‥

「王様の部屋じゃないか。なあ、やっぱり―――ぅん‥」

ここは嫌だ…そう伝えたかった言葉は、接吻に飲まれてしまった。

「ん…っはぁ‥ふ‥‥‥」

歯列をなぞった後滑り込んできた舌が、口腔をねっとりと這い回る。

甘い疼きが広がるのを覚えながら、ソロは身体の力を落とした。

「あ‥っん。ああ…」

上着の裾から忍び込んだ手が胸へと滑り、突起を引っ掻いた。上気した表情で背をしなら

せるソロ。ピサロは上着をたくし上げながら、露になった肌へ唇を這わせた。

桜色の花びらが、白い肌に舞い降りてゆく。

ソロは息を弾ませ、艶を孕んだ吐息をこぼし始めた。

「あ‥はあ‥‥っ。は‥‥ピ‥サロ‥」

ゆったりと寝台に沈んだ身体へ覆いかぶさるピサロに、ソロが手を伸ばそうとした、

その時だった。

「陛下―――」

いきなり間近で男の声が掛かったのだ。ソロが血の気を引かせ、固まる。

「…何用だ?」

ソロを組み敷くピサロは、顔色を変えず静かに訊ねた。

「それが‥‥」

天蓋の向こうで躊躇いがちに話す男の声に、ピサロは身体を起こし寝台を離れた。



部屋の入り口で、突然の来訪者とピサロが何事か言葉を交わす。

ソロは乱れた服を整えたものの、今の姿を見られるのが躊躇らわれて、天蓋の影から

気配だけを窺ってみた。

燭台の仄かな灯火は、寝台周辺を明るくしていたが、彼らが立つ部屋の入り口まで届かず

にいる。話し声も低く抑えた声音は闇に吸い込まれたかのように霞んでいた。



「ソロ。」

話が終わったのか、ツカツカと寝台へやって来たピサロが声をかけた。

「所用が出来た。すぐ戻るから待って居ろ。」

「え? こんな所に置いて行く気か? オレ、帰るよ。」

「待って居ろ。命令だ。」

「や‥やだ。こんな所、独りで居られる訳‥‥」

「…ならば。アレを置いて行く。

アドン。しばらく頼むぞ。」

「はい陛下。」

ソロの戸惑いなど意に介さないピサロは、それだけ言うと場を去ってしまった。



「‥ピサロ‥‥」

「心配なさらなくても、すぐお戻りになられますよ。」

不安げなソロを安心させるような柔らかな調子で、アドンと呼ばれた男が声をかけた。

「…あんたも‥魔族なの?」

天蓋の影からそっと顔を覗かせたソロが、寝台にゆっくりと近づく男へ視線を向けた。

「ええ。お目にかかれて光栄ですよ、陛下のお稚児さん?」

「え‥?」

爽やかに笑んでみせた男からは、悪意も感じられなくて。ソロは首を傾げながらも、

先程から彼が発している[陛下]という単語の方が気に掛かった。

「…あの‥さ。あいつって‥何者なの? 陛下‥って?」

「あの方は…まあ、直接お聞きになったらいかがですか?」

「…何度か聞いたけど。ちゃんと答えてくれないんだもん。」

ソロがぷい‥と顔を背けた。

「‥‥‥あいつが。あいつが、キングレオやバルザックより偉い‥って事は解るよ。

でも―――」

思い詰めるような瞳でこぼしたソロが、寝台の脇に立った男へ視線を向ける。

「あいつは‥‥。‥‥なんでもない…。」

――あいつは、地獄の帝王じゃないんだよね?

そんな言葉を飲み込みながら、揺らぐ瞳を伏せた。

「…あの方が手放さない訳ですね。」

クスリ‥と鳶色の瞳が細められた。魔族と知りながらも、向けられる表情に敵意も嫌悪も

現れない。今の時代、魔族と対峙した人間が見せるのは、恐れか怒り・憎しみである。冒

険者であろう彼からは、それら負の感情など微塵も伝わって来なかった。



「…ピサロ。」

部屋へ戻って来た彼に真っ先に反応したソロが、扉へ目線を移した。

アドンが彼を出迎えるべく、戸口へ向かう。

「お帰りなさいませ。」

「ああ。済まなかったな、守りをさせて。」              
守り→もり

「いいえ。なかなか可愛らしい方ですね。」

にっこりと笑うアドンに、ピサロが苦い顔を浮かべる。

「あれには何も…」

「余計な事は申してません。ですが‥」

アドンはそっと彼に耳打ちをした後、数歩退き礼を向けた。

そんな2人のやりとりを見守っていたソロは、アドンに小さくウインクを寄越され、思わ

ず身体を退いた。

ソロの反応に気をよくしたアドンがくすくす笑うと、彼はキメラの翼を使い、いずこかへ

去って行った。



突然の来訪者が去り、部屋には再びソロとピサロが残される。

ピサロは寝台の端に腰掛けると、複雑な表情で彼を見送ったソロの頬に手を伸ばした。

「…アドンとはどんな話をしたのだ?」

「…あんたが何者か訊いた。…教えてくれなかったけど。」

「‥以前にも申してたな。」

「だって…オレはあんたのコト、なにも知らない。…村の皆の仇だってコトしか‥。」

「それで十分ではないか。」

「…旅の先々で、あんたの名前を耳にする。…あんた、前に言ってたよね。オレが自力で

 あんたの元に辿り着けたら、オレを[勇者]と認める‥って。あれは‥

 オレの進む道の先に、あんたが立ち塞がっているって事だよね?」

ソロが自嘲するような微笑を浮かべた。

「…そうだな。」

ピサロは答えながら、ソロの上着を脱がせてきた。抗議しようと口を開いたソロだったが、

上着をほおったピサロに手早く組み敷かれてしまう。

「貴様が勇者の道を進むなら、いずれ魔族を束ねる王とも相見えよう。」

がっしりとソロを押さえ込んだピサロが薄く笑う。

「私が――その王なのだ。」





                  

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