2


耳元に囁かれて、ルークが明らかに動揺した様子で彼女を凝視する。

「可愛いらしい方‥」

彼の頬をゆっくりなぞって、艶やかに微笑んだ女は、唇を彼のそれへと重ねさせた。

逃げようとする体をがっしり押さえて、女が口接けを深めさせようとする。

「んっ‥ふ‥‥」

ルークは思いの外力強い女からどうしたら逃れられるのか、慣れない感触に戸惑いながらも

考えを巡らせた。

「‥考え事なんて。失礼ですわよ、王子様?」

唇を解放した女が、クス‥と口角を上げた。

「‥‥突然口接けて来る程ではないでしょう?」

小さく呼吸を整えさせて、ルークが負けじと微笑を作った。

「申し訳ありませんが、僕は行きずりで関係を深めるような礼儀知らずでもありませんので。」

そう苦く告げて、彼女の脇を通り抜けた。



ルークはそのまま借りた部屋へまっすぐ目指し、扉にもたれかかるようズルズルヘタり込んだ。

―――ビ‥ビックリしたぁ!

かあっと顔を湯だたせて、ルークが膝を抱き丸くなった。

「‥あの人。」

何か落ち着かない雰囲気は、それでだったのだろうか?

自分の身の上を知った上で、関係を迫ろうとの下心があったから、引っかかってた?

そうぼんやり考えて、でも‥と思考を切り替えた。

それだけじゃない、違和感を自分は感じたはず‥なのに、それを思い出そうとしていると、

頭がくらくらして来た。

「なんだろう‥?」

まるで慣れない酒で気分が悪くなった時のような、不快感を覚えて、ルークはゆっくり

立ち上がると間近のベッドに横たわった。




「クスクス。逃げられちゃったわね。」

「お姉さま!?‥見てらしたの?」

ルークが立ち去った後、呆然と佇んでいたエリスの前に、場にそぐわない女が現れた。

女は妖艶な微笑を浮かべ、からかうような声音で更に続ける。

「ええ、バッチリと。なかなかてこずっているみたいじゃない。」

「ふ‥ふん。相手が子供過ぎるのよ。」

肩に掛かる髪をうざったそうに掻き揚げて、エリスが毒づく。

「あら‥。アルラウネは順調そうだったわよ?

 純真なお姫さまも、あの子のペットに夢中になってたわ。」

「まあ。お姉さま、今回は張り切ってたものね。」

「あら‥あなただって、自信満々だったじゃない。」

「それはそうなんだけど…。なんだか全然乗ってくれないんだもの。調子狂うわ。」

「2人とも薬与えたのでしょう?」

「ええ。少し警戒してるようだったから、ほんの少しずつ料理に混ぜてね。

 じわじわ効いてくるはずよ。」

妹の説明に姉は満足そうに口の端を上げた。




「よし‥と。これくらいでいいかな。」

井戸の水を汲み終えて、アルフレートが額に滲んだ汗を拭った。

「‥ご苦労様です。」

人の気配に振り返ると、エリスより年上らしい女性がアルフレートに声を掛けて来た。

「‥こんばんは。えっと‥あなたは?」

「初めまして。エリスの姉のラウラと申します。」

「お姉さん‥ですか?」

エリスとは違う華やかさを纏った女性は、確かにどこか彼女と似た面差しをしていた。

「こちらの方に用事があったものですから。顔を出してみたら、珍しいお客様がいらっしゃる

 のですもの。驚きましたわ。」

「夜道は難儀でしょうと、妹さんのご厚意に甘えさせて頂きました。‥アルフと申します。」

会釈をすると、女が艶やかに笑んだ。

アルフレートは、不意にぐらりと視界が回るような気分の悪さを覚えて、足元をふらつかせた。

「まあ‥大丈夫ですか?」

「あ‥すみません。」

とっさに手を伸ばしたラウラに肩口を支えられたアルフレートが体を起こそうとした時、

ふわりと微香が鼻をくすぐった。

癖のある花の香。以前どこかで嗅いだような‥

(あれは‥どこでだっけ…?)

そんな事を考えて、動きが止まったのは僅かな時間だったはずなのだが。

アルフレートは気がつくと、女に誘われるまま口接けていた。

甘い香がまとわりつくように、情動を煽ってゆく。

濡れた音を響かせた後、離れていった唇は、赤い弧を描いていた。

「‥あの、俺…」

戸惑いを見せるアルフレートに、女は笑みを深めさせる。

「可愛いらしい方。」

そう言って、女は細い腕をアルフレートの首に絡めさせた。

そのまま誘われるように唇が重なると、先程よりも深く交わってくる。

きつい花の香を思いながら、アルフレートは女に導かれるままその柔らかな肢体を味わって

いった。




「…あっ。俺…」

バッと体を起こしたアルフレートが、クラリとした眩暈を覚えつつ周囲を見渡した。

乱れた着衣を整えながら、井戸端で寝込んでいた理由を思い出そうと頭を捻る。

着衣に移った残り香が鼻孔を擽って、ドクンと体に残る柔肌がよぎった。

(…あれは、現実だったのか‥?)

体が覚えている感覚は、現実味を帯びているのだが。

辺りに人の気配がないので、狐につままれたような感覚だ。

辺りは夜の闇が一層深まっていて、自分がどれだけ眠り込んでいたのかも、よく把握出来ない。

「…そうだ。ルークは?」

ハッと顔色を変えて、アルフレートは立ち上がった。




「ふふ…大分苦しそうね。そろそろ降参したら?」

「‥う、うるさい。誰がそんな事…っ‥」

彼らが通された部屋の方から、苦しげなルークの声が届いて、アルフレートが眉を顰めた。

「ふ‥あっ…やめろ‥っ‥‥」

(ルーク?)

乱れた息づかいの合間に上がるどこか艶を孕んだ吐息に、アルフレートは一瞬ドアノブに

伸ばした手の動きを止めた。

(…飛び込んでもいいんだよな?)

お楽しみの最中だったとしたら、無粋なだけだ。

そんな考えが過ってしまったが、女の冷たい笑い声が、それを払拭させた。

バタンと少々乱暴にドアを開けたアルフレートが、室内へと踏み込む。

「ルーク!」

「あ‥アルフ?」

ベッドに拘束されている彼が、戸口の方をぼんやり眺め呟く。

「あら‥もうお目覚め? 早かったわね…」

「本当ねぇ。手加減し過ぎたかしら?」

ベッド端に腰掛けていたエリスが振り返って優雅に微笑む。

その彼女の傍らに立っていた女も戸口へ顔を向けると、頬に手を当て小首を傾げた。

両手を纏めて括られベッドに拘束されているルーク。上着は肩口まで捲り上げられ、露わに

晒された上半身が大きく上下し、呼吸の乱れを示している。よく見ると、下肢の着衣はすべて

剥がされてしまっているようで。白い足首に巻きつくロープが左右の支柱と繋がれていた。

女達のやけに呑気な応対とは対照的なルークの置かれた異様な現状が、この場の異質さ

を際立たせる。

「貴様ら、一体何を‥!」

ギっと女達を睨み付けて、すぐさまルークの元へアルフレートが駆け寄ろうとするが‥

「‥なっ!?」

足を踏み出した途端、突如空間に浮かび上がった闇からスルスル伸びたロープが彼の胴に

絡みつき、天井の柱へ伸びた。

「邪魔しちゃいけないわ、王子様。」

エリスの姉と語った女が、拘束されたアルフレートの前に立ち妖艶に笑んだ。

「それとも‥あなたも混ざる?」

「は‥‥?」

「妹がね、ルーク王子と交わりたいそうなんだけど。彼ったら頑固なのよ。」

そう困ったように呟いて、女が踵を返しベッド端へと腰掛ける。

「躰の方はこんなになってるのに、妹とは交われないって頑ななの。」

張り詰めた彼の欲望を指で弾いて、女がしんみり語った。

「はあっ…、やめっ‥くっ‥‥」

ビクンと全身を震わせて、ルークが声を絞り出した。

「私を受け入れて下されば、こんなに苦しい思いせずともいいのですよ、王子様?」

根元を塞き止められてしまっているルークが苦しげに繭を寄せると、愉悦を含んだ微笑を

浮かべたエリスが諭すように大きく上下する胸元へ手を滑らせた。

「‥ふっ。それは最初に丁重にお断りしたでしょう?」




               

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!