――行為の意味など 考えたこともなかった――――
港町コナンベリー。ここへ来れば船が手に入る…という事で訪れたのだけど‥
町へ着いたオレ達は、船が出せない事を聞かされ、途方にくれてしまった。
なんでも灯台の明かりに異変が起こり、船が港を出ると海が荒れるのだとか。
そのおかげで港の船は軒並み破損、転覆してしまったらしい。
「とにかくさ。もっと詳しく事情知らなくちゃ、どうしようもないんじゃない?」
「そうだよね。じゃあ、落ち着き先決めてから、情報収集してみようよ。」
マーニャの言葉に答えると、オレ達はまず宿屋を目指した。
宿を取った後、オレ達は更に情報を得ようと、それぞれ町へと繰り出した。
結果得られた話を総合すると、現在建造中の船が有り、その持ち主の商人が、灯台の異変
を聞き、事態を解決する為そちらへ赴いてる事を知った。
「…じゃあさ。どちらにしても灯台が元に戻らないと話が進まない訳だし。
オレ達も向かおうよ。」
夕食後のミーティングで一通り話が終わると提案した。
「そうね。その1人で向かったっていう商人さんも気になりますし。」
「じゃあ、明日出立しますか?」
ミネアに続いて、少し前に仲間になったホフマンが確認するようオレを見た。
「そうだね。必要な物買い出しして‥早目に発とうよ。」
「明日の予定はそれで決まりね。じゃ、あたしとミネアはこれから町へ出て夜の情報収集
へと出掛けましょうか。」
マーニャが立ち上がると、ミネアも後に続く。
「え…お2人でですか? 危ないからボクもご一緒しますよ。」
「あら、ありがとホフマン。」
「あ…オレも行く。」
「あんたは駄目。」
立ち上がりかけたオレをマーニャが小突き止めた。
「ええ〜!? なんでだよ?」
「…ここはちょっとガラ悪そうだからね。余計なトラブルは避けたいの。」
声を顰めてマーニャが言い聞かせるよう話す。
「良い子は早目に寝んねしましょうね?」
ぐりぐりと頭を撫ぜ回した後、ヒラヒラと手を振って出て行ってしまった。
ミネアとホフマンも、口々に宿に居るよう言い渡し後を追う。
宿の食堂に、1人残されてしまったオレは呆然とそれを見送ってしまったが‥‥
「なんだよお? オレは子供じゃないんだぞ?」
同行を許可されたホフマンとは1歳違いじゃないか!!
…とぷりぷり怒りながら、残っていた飲み物を煽った。
マーニャとミネアは事有るごとにオレをガキ扱いする。…確かに。これまで歳相応に見ら
れたことがない辺り、オレがガキっぽく見えるのは本当らしいけど。
でも‥夜の情報収集は大切だって、マーニャ達も言ってたじゃないか。
人手があった方が、収穫だってあるだろうに‥‥‥
…って事で。オレは1人夜の町へ繰り出していた。
せっかくのマーニャの忠告も忘れて…
コナンベリー。ここには船が沈んで行き場を失った人間がやたらと溢れていた。
そのせいか。昼間も捨て鉢になってる人間を多く見かけたんだけど。
夜は更に苛立った雰囲気を纏う人間が増えているようだった。
――酔ってるせいなのかな?
そんなことを思いながら、すれ違う人を僅かに見やる。
「どうした坊主、迷子か?」
4つ角でどちらへ向かおうかと足を止めると、頭2つ分くらい頭上から声がかかった。
船乗りらしい格好をしたえらく体格のいい大男。…あんまり人相善くないけど、人を見か
けで判断するのも失礼だし‥と、オレは一応丁寧に事情を説明する。
すると。男は[勇者]についての情報ならある‥と言い出し、オレは彼の話を聞くため、
馴染みの店とやらに一緒に行くこととなった。
案内されたのは、町の外れの小さな路地裏でひっそりと営業していた酒場。
カウンターとテーブル席が3つばかりのこじんまりした店は、常連らしい男が3人程カウ
ンター席で酒を飲んでいた。
「いらっしゃい。いつもの?」
「ああ。2つ頼むぜ。」
店の女性が親しげに声をかけると、そう返事をしながら隅のテーブル席へと男が座った。
「坊主も来いや。」
「あ…はい。」
男達が吸ってる煙草の煙りのせいか、ひどく空気が悪かったけど、オレは薄暗い店内の奥
へ向かった。
「はいどうぞ。…可愛い子連れて来たわね。」
オレが席に着くと同時に運ばれて来た飲み物がテーブルへと置かれる。
「…まあな。聞きたいことがあるんだとよ。」
「そう。ごゆっくり。」
愛想よく女性が答えると、オレにもウインクして去って行った。
「んじゃ…とりあえず乾杯といこうぜ。」
ジョッキを手にした男がオレを促した。目の前には並々注がれた麦酒。
「あの…オレあんまりお酒は‥。」
「ん‥? 飲めねーのか? 仕方ねーな。別の頼んでやるからよ、一口くらい付き合えよ。」
「…はあ。一口くらいなら…。」
そう言ってジョッキを持ち上げると、カツンと鳴らし、それぞれ口元へと運ぶ。
コクコクと僅かに含んだ麦酒は、口中に苦みが広がるばかりで、あんまり美味しくない。
「…で。勇者‥の話だっけ?」
苦い顔をするオレに苦笑しながら、男が切り出した。
「あ…はい。何かご存じなんですか?」
「…ご存じ‥って程の話でもねーけどよ。
つい最近、旅の行商人が話してたのを小耳にしたんでな。」
「あの…どんな話だったんですか?」
「それがな…」
男が声を顰めてきたので、オレは身を乗り出し耳を欹てる。
「この世にもう、勇者は居ないらしい。」
「え‥‥?」
「殺されたんだとよ。ブランカの北の山奥で、隠れ里が魔物の襲撃を受け全滅したそうだ。
そこにはな…地獄の帝王を唯一倒せる勇者が密かに力を蓄えてたそうだが…もう‥」
呆れるような口ぶりで話すと、男は椅子の背もたれに身体を預けた。
――なんで。村のコトが‥? …しかも、勇者は殺されたって‥‥‥?
一体どこから‥どうしてそんな話が流れたんだろう?
途惑うオレに、男がジュースの入ったコップを差し出した。
「ほら‥。これなら飲めるだろう?」
「あ…ありがとうございます。」
オレはグラスを受け取ると、乾きを覚える喉を潤そうとコクリと口に含む。
甘い果実のジュースは、ほどよく冷えていて美味しかった。
「…あの。他には何か聞いてませんか? その‥隠れ里のコトとか…。」
「いや。俺が聞いたのはそれだけだぜ? 灯台は魔物に乗っ取られちまうし。
あの昏い灯火は、闇が世界を支配する始まりを告げてるんだろうぜ。」
「…そんな事。そんな事ありません。確かに闇は広がりつつあるかも知れない。でも。
闇を払う力は誰の中にも眠っているはずです。それを失くさなければきっと――!」
興奮したオレは、がたんと立ち上がり一気にまくし立ててしまった。
「…あ。すみません。」
オレは座り直すと、残っているジュースを飲み干し向かいに座る男を見た。
「…お話ありがとうございました。じゃ‥オレはこれで…。」
そう言って小銭を置くと席を立った。
「おい坊主まだだぜ。
お前の話が終わったんなら、今度はこっちの話を聞いて貰わないとな。」
男はそう言うと、意味ありげな薄ら笑いを浮かべた。
「…話? ‥‥なんですか?」
下卑た嘲笑を浮かべる男に緊張を走らせながら、ソロは距離を保ったまま返す。
「話…というより、あんた自身に用があるって事さ。」
そろりと立ち上がる男に気取られていたせいで、ソロは後方から忍び寄る気配に気づくの
が一瞬遅れた。
だが。突然2人の男に羽交い締めにされたものの、肘鉄を喰らわせ難無くその腕から逃れ
る。狭い店内で動き回るのは楽ではなかったが、どうにか2人を伸した後、ソロは余裕顔
で近づいてくる男と対峙した。
「ほう…見かけに寄らず、強えじゃねーか。伊達に旅はしてねーってか?」
「一体なんのつもりだ?!」
ソロが険しい瞳で男を見据える。
「言ったろ? あんた自身に用があるってな。
きれいな兄さんなら、いい買い手がすぐ見つかるからな。」
「な‥。ふざけるなっ! こっちこそ、取っ捕まえて役人に突き出してやる!」
携えていた小刀を取り出し身構える。
が…。ソロの視界が突然ぐらりと揺れた。
「‥あ‥れ?」
酒を酔う程飲んだ覚えがないのに、奇妙な浮遊間がソロを襲う。
立っている事すら覚束無くて。ソロは膝を着くと、そのまま床に倒れ込んでしまった。
「へへへ‥。兄貴、こいつは久々の上玉ですぜ。高く売れらあ。」
「おうよ。エンドール辺りへ行って売っ払ちまおうと思ってな。
あそこは金持ちも多いだろうからよお。」
「それいいですねえ。砂漠越えは面倒ですが、海路行くより安全ですし。」
男達の下品な笑い声に、ソロはぼんやりと目を覚ました。
「お。兄貴、気づいたようですぜ?」
先程ソロを後ろから羽交い締めにしていた男の1人が声をかける。
それに呼ばれた先程の大男が、ソロの側へやって来た。
「…ここ‥は…。」
まだ焦点の定まらぬ様子で、目の前の男に視線を向ける。
その男が先程の大男だと認識出来ると、ソロはその身を起こそうと身動いだ。
そこで初めて、自分が後ろ手を縛られ、足を縄で括られている事に気づく。
「…っく。あんた達、一体オレをどーする気だ!」
ソロは怒気を孕んだ声音で男達を睨みつけた。
「言っただろう? いい買い手を見つけてやるとな。」
やれやれ‥といった面持ちで、大男が嘲笑った。
「ふざけるな…って言っただろ!?」
「ふざけてなんかいねーぜ? きれいな子供は高く売れるのさ。」
大男はそう応えながら、オレの身体に触れてきた。
ざわり‥と悪寒が走り抜ける。…なんだろう。ひどく…気分が悪い。
「や‥っ。何‥‥?」
身体に触れた手先が意図を持って胸から脇腹を滑っていくと、ぞくりと鳥肌が立った。
「ほ‥う? 怯え顔ってのも悪くねえな。色気もそこそこあるし…」
大男がオレの顎を捉え上向かせる。獰猛な眼が違う光に変化した。
――こいつら、もしかして‥‥‥?
情欲を帯びた眼で、歪んだ笑みを浮かべる男達。
オレはここへ来てようやく、自分が置かれている状況を自覚した。
――冗談じゃない!!
オレは自由の利かない身体ながらも、どうにか抵抗し男の手を逃れる。
けれど。やがて、この小さな漁師小屋の隅へと追い込まれてしまった。
…なんでだろう。さっきから、身体が重い。呪文も上手く出せないし…
余裕顔の男の顔が近づいてくる。
すっと伸びた手が二の腕を掴むと、ぐいっと引っ張られた。
小屋の中央に投げ出されたオレを、3人の男が取り囲む。
――嫌だ。
「嫌だ―――っ!!」
伸びてくる手が再びオレに触れようとした刹那、オレは魔法力を放出していた。
火炎呪文が小屋を包み込む。
一瞬の炎は男達をその衝撃で吹き飛ばし、小屋の壁面に叩きつけていた。
オレを戒めていた縄も熱に焼け、手足の自由を取り戻す。
「はあ…はあ‥‥よかった‥」
がっくりと項垂れると、オレは大きく嘆息した。
オレはまだ重い身体を引き擦って小屋を出る。一刻も早く、この場から逃れたかった。
けれど。小屋を出て数歩進んだ所で、膝が折れてしまう。
そんなオレの前に、不意に人影が現れた。
追っ手かと恐る恐る顔を上げたオレの前に居たのは…銀髪の魔族‥ピサロだった――
「‥‥はっ!?」
ふと目を覚ますと、そこはゆったりとしたソファの上だった。
ぼんやりとした頭で静かに上体を起こすと、周囲を確認するよう視線を巡らせる。
どこかの建物の中。人気はないけど、それなりに豪華な造りとなってるのは、
なんとなく見てとれた。
「気が付いたか…?」
低い声音にびくんと身体が悸える。続きの間から現れたのは、ピサロだった。
「あ…オレ‥?」
えっと…確かオレはコナンベリーで変な男達に捕まって…それから‥‥‥
コトリ‥と目の前のテーブルにグラスが置かれる。
「なに…?」
「ただの水だ。飲め。」
「え…?」
「お前何か薬飲まされたな? …少しは楽になる、飲め。」
…薬? …それでこんなに頭が重いのか?
オレは勧められるまま、コクコクと水を飲み干した。
緊張の連続で乾いていた喉に心地よく流れる水は、少しだけ重い身体を癒したようだった。
「…ここ、どこ…?」
いつも見知らぬ場所に連れて行かれるけど。建物の中は初めてだった。
「知らん。…人間が建てた物だが、使われてないようでな。」
ぽつりと訊ねると、すぐ答えが返された。
「じゃ‥ここ、町の中なの?」
「いや。ずっと離れた山の中だ。」
「山の中? なんでそんな所に家があるんだろ?」
避暑地用に金持ちが建てた事など思いもしないソロが怪訝な顔をする。
「さあな。時々みかけるぞ。それより…気分はどうだ?」
「あ‥うん。さっきより楽みたい。」
いつになく優しく問いかけてくるピサロに、すっかり落ち着いた様子でソロが答えた。
「落ち着いたのなら湯にでも入れ。」
「え‥お風呂があるの?」
コクリと頷いた後、ピサロがついて来るよう促した。
手足をゆったり伸ばせそうな広いお風呂。大理石で出来てるみたいな豪奢な浴室には、
浴槽に並々と湯が張られ、優しい湯気に包まれていた。
ピサロは浴室に案内すると、踵を返し元の部屋へ戻って行った。
1人残されたオレは、あちこちススだらけの服を脱衣所に脱ぎ捨て、浴室へ向かった。
軽く汚れを流した後、浴槽へと浸かる。
温かな湯が全身を包み込むと、ようやく人心地着いたようで深い息がこぼれた。
「はあー。」
ふと戒められていた手首に片手を添える。
あの時…確か火炎呪文はオレ自身にも広がったんだよな。だから縄も焼け切れたんだし。
随分ヒリヒリしていたはずの手首には、火傷の跡などどこにもなかった。
オレは身体の強ばりが解けると、湯から上がり浴室を出た。
脱衣所には脱いだ服の代わりにバスローブが用意されていた。
ピンク色‥ってのが気に掛かったけど。これしかないんじゃ、着るしかない。
着込んで元の部屋へ戻ると、ソファにもたれ掛かったまま、ピサロがワイングラスを片手
に考え込むよう空を見つめていた。
「戻ったのか。」
それでも。部屋の戸口に立ったオレにすぐ気づいた様子で、視線だけこちらへ向ける。
「あ‥うん。」
オレは奴に促されるまま隣へと腰掛けた。
「…あの火炎呪文はお前が放ったものだな? 何があった。話せ。」
状況から大方の推測はついてたピサロだったが、本人の確認を得ようと問いかける。
ソロは表情を曇らせると、視線を反らした。
「…酒場で情報聞いて、帰ろうとしたら‥オレを帰さないとか言い出して。
普段なら、あんな奴らに取っ捕まったりしないのに…オレ‥‥
気づいたら、あの小屋で手足縛られて転がされてたんだ。
あいつら。オレが高く売れるとかなんとか言って…オレに触れてきて‥
そしたら…なんか、すごく‥‥気分悪くて。だから必死で逃げて‥‥
魔力がちっとも働かなかったけど…でも。暴走気味に魔法を放って…
それで…それで――――っ!!」
オレは少し前の出来事を思い出し、あの時の嫌悪感、恐怖心に身体がガタガタ震え出した。
――そう。オレはすごく…
「‥‥すごく…怖かった。‥‥‥怖かったんだ…! ふ‥‥‥っ…」
ぽろぽろと涙がこぼれてゆく。あんな瞳で見られて触れられるのが、こんな怖いとは知ら
なかった。もしあの時魔法が出せずに居たら…オレ‥‥!!
ゾッとする想像に、身を竦ませる。
「人間どもに何をされた?!」
オレの両腕を掴み、ピサロが怒気を露に訊ねてきた。
「‥‥ふ‥。別に…なにも…。…少し‥身体に触れられた‥だけ‥‥‥」
呼吸を整えながら、ぼそぼそとオレは返答した。
「…でも。」
本当はすぐにでも泣き止みたかったんだけど。あの時の悲愴感が一気に込み上げて来て‥
「…でも‥‥怖かった! 本当に…怖かったよぉ‥。ふ‥ぇ―――」
オレは一気に泣き崩れてしまっていた。
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